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灰の中  作者: 文月一句
12/15

行動

二人で動くのと、三十二人で動くのはかなり違う。

荒れた地面では、特にそれが顕著だった。

進行スピードは明らかに遅い。

それでも、そこに誰かが居るというのはすごく精神的に楽な事だった。

荷物だって分散して持てる。

一番重いのは水と食料だ。

これは途中で自転車を二台調達して、比較的損傷の少ない倉庫の中にあったパレットやビニールひも、鉄パイプで即席の荷車を作って運んでいる。

寝具としていて使っていた毛布を人数分、マットを10枚に絞って持ってきた。

これは個人で折りたたんで持っているのもあれば、荷車に載せているものもある。

特にマットは重いから、全部荷車に乗っていた。

他にも、火種となる新聞紙や木材の破片も乗っている。

共有の資産だ。

満載の荷車には上からブルーシートをかぶせ、

転落防止のためにビニールひもで結ばれ、

引き手に二人、後ろから押すのに二人配置し、それが最後尾になっていた。

荷車が通れる道になっていないからだ。

特に雑居ビルが立ち並んでいた地域は、石の飛散が激しい。

もし自転車のタイヤがパンクしてしまったら、運びにくさが増していく。

先発の人間が道を多少片づけながら進んでいく。

かなり体力の要る作業だ。

それでも、二人では絶対に持ち上がらなかった瓦礫も、十人居れば動かせた。

俺は一番先頭で、撤去の指示と荷車の停止を指示する。

撤去の人間と荷車の人間は交代で、そこには女子男子の別も無い。

ただ決まっているのは、半分が働いている間は半分が休み、それをローテーションするという事だけだ。

か弱いとも思えた女子中学生も、こんな時には隠された力が出るのか、運搬においては男とそう大差ない。

それが救いだった。

おそらく、元運動部部員が多いからだろう。

俺たちは、最初の地点から二キロほどの場所、山に近くなり建物が閑散としはじめた地域で、一旦完全に停止した。

全員疲れた目をしているが、それは労働のためだけではなかったはずだ。

中にははじめて拠点を離れて移動を経験した人もいるだろう。

……つまり、白骨や、腐乱死体を見るのが初めての人がたくさんいる。

精神的にも肉体的にも疲れ、私語もまばらだった。

本当に移動をするべきだったのだろうか。

少なくとも水を大量に得られるあの場所は、放棄するべきではなかったのではないだろうか。

「お昼ご飯にしよう。食料は三日分しかないから、皆、ちゃんと事前に決めた量だけ食べるように」

まばらに、はい、と返事が聞こえてきた。

すっかり引率の先生のようになった俺は、もう皆に対して指示をする恥ずかしさは消え失せていた。

ただ、これがピクニックのようなものだったらどれだけよかっただろう。

そう思いながら、行進中ずっと片手に持っていた松明から火種に熱を移し、その炎をぼおっと眺めていた。

皆がしているように荷を降ろし、缶詰とペットボトルを取り出した。

松明は瓦礫で根元を支え、燭台のようにして保持する。

まるで、部族の長のようだった。

まさにそうなのかもしれないが。

埃の防護のために口に巻いていたバンダナを外し、まずは大きく一息ついた。

それだけで、ずいぶん体に元気が戻ってくる。

水や食べ物を食べるたびに、それが体にしみてくる。

世界がこうなってしまう前までは、まったく感じたことの無い感覚だった。

涙さえ出そうになる時もある。

「ヒロ、大丈夫?」

そう言って、俺の横にマイが腰かけた。

喋るのがずいぶん久しぶりな気がする。

「ああ……うん、俺はほとんど瓦礫どけるの手伝えてないし、歩いてるだけだから」

「全体見て指示してるじゃん。ずっと松明持ってたし……それで……これから……」

言いよどむマイが言いたいことを、俺は分かっている。

なぜ山に行くのか。

これはハイキングでも遠足でもない。

なぜ、生存のために山に行くのか。

一つは、徐々に欠乏していく物資に対する不安だ。

それを補うための農家が山にいくつかある。

もう一つは……例の集団を確認したいからだ。

あの集団の調査をするのは、この地域で生きていくための必須条項だと、俺は感じた。

少なくとも大人が居るだろう。

俺たちのように、子供だけという事は無いはずだ。

拠点が遠くては、偵察もままならない。

どこかの農家を拠点に出来るのならば、それは最高だ。

農業の知識は無いが、残された道具で何とかやっていけるかもしれない。

甘い見通しかもしれないが、どのみちあの場に居ても得られるのは土砂で濁った水だけだ。

その点だけで言えば、山には湧水だってあるだろう。

土や草の生い茂る地面は、虫の被害があるかもしれないがコンクリートよりもずいぶん暖かいだろう。

ビニールシートと毛布だけでも眠れるかもしれない。

それらの計画を、皆に話してもよかった。

それだけで安心が出来るだろう。

理由も無く移動をするというのは、精神的につらいものがある。

ただ、集団の危険性について話して、何人か行きたくないと言う子たちが出てくるかもしれない。

非道な理由かもしれないが、三十二人全員で動くのに、今は理由を話さない。

農家については、幸い谷村さんが昔小学校の先生をやっていた時に、遠足で行った事があったので、

場所は把握していた。

この道をほぼまっすぐ行けば、そこに到達するのだそうだ。

無論、その道の途中には例の集団が居るかもしれないが。

仮に道をふさいでいなかったとしても、山を越えられるルートを監視しているのは必然だとも思えた。

なぜなら、彼らは人に呼びかけて、何らかの理由で人間を集めているのだから。

食料や水、そして電力でさえ確保している彼らは、農家も支配下に置いている可能性は高い。

むしろ、生活圏の真ん中の可能性だってある。

ただ、東西に延びる山の、どちら側にも農家はいくつかあるのだという。

海があるのは東、こちら側は西だ。

海まで見に行った事がある、例のあの凶暴な男は、東側に行ったのではないだろうか。

憶測でしかない。

俺が行ったあの「村」からなら、どちらに行こうがそう距離は変わらない。

ずいぶん削れて標高も低く見えるが、山頂まで登れば周囲の状況が分かるかもしれない。

もちろん、そんな重要な場所が占拠されていないとも思えないが。

高所に登れば、瓦礫だらけの街よりは見晴らしがいいだろう。

俺たちは、周囲の破壊の程度さえまだはっきりとは分かっていない。

あり得ない話だとは思うが、もしかしたら壊滅を免れた地域も発見できるかもしれない。

生存のために、情報は重要だ。

通常の規模の災害の時にも、非常用のラジオといった商品が存在したぐらいなのだから。


「そろそろ行こうか……あと三キロぐらいだ」

そう言って、俺は松明を再び持ち上げた。

太陽の傾きからして、昼過ぎぐらいだろうか。

この調子で進むことが出来れば、なんとか暗くなる前に農家に到着できそうだ。

周囲はほぼ無音で、時折がれきが崩れる音がする程度だった。

俺が目覚めたその日はもっと騒がしかったと思う。

もう、崩れるものはほとんど崩れてしまったのだろう。

俺がこの道を進んでいるときに以外に思ったのは、無事な建物が案外多かったということだ。

山も削れてしまってはいるものの、台風の被害でもっと崩れている山を、ニュースで見たことがある。

本当にこの国を……あるいは世界を、あるいは地域を破壊したものの正体は、いったい何なのだろう。

隕石、地震、衛星、月の一部……あるいは、その複合なのだろう。

もう一度大規模な地震でも起きれば、本当に終わってしまうのかもしれない。

もしくは、今とそう変わらないかもしれない。

崩れるべき建物は、もうほとんどないのだから。

山までの道は、まっすぐの道路だった。

もちろん、道路は例外なく崩れている。

中には亀裂が地中にまで及んでいるものもあった。

たぶん、水道管やガス管が破裂したのだろう。

その暗い亀裂の先に何があるのかは見えなかったが、人間が地中に埋めたものの種類は、そう多くない。

下水なんかもあるのだろうか。

もはや、鼻は正常に機能しているとは思えなかった。

なれない子たちは何度も吐いて、そのうち吐くものも無くなっていた。

俺はもちろん、そんな時期はとっくに過ぎている。

マイも嫌な顔はしても、吐きはしなかった。


俺が立ち上がり、先導するとみんなもぞろぞろと各自の役割を果たしてくれた。

みんなが一人ひとり自主的に行動をしてくれるのは、

群れで行動するという上では問題のある行為なのかもしれないが、

新米リーダーの俺からすれば頼もしいことだった。

この凄惨な都市部を早く離れたいという思いもあるかもしれない。

もうすぐ近くまで山が迫っているこの辺りは、崩れた高架道路以外は、

特に目立ったものはなかった。

ここまで近くに来ると、木々が倒れているのが見える。

もし、木を建材や燃料に使うことになったら、楽に手に入りそうだ。

えぐれて見える土は黒く、水を多く含んでそうだった。

あちこちに水たまりも見える。

ここ最近雨が降った記憶がないが、俺が気絶している間に雨は降ったのだろう。

水はけが悪く湿っているのが、それだけでわかる。

倒木が重なり合って、一日中日陰になっていることも影響しているのだろう。

高架道路が倒壊しているのもあって、この山を登るには苦労しそうだ。

谷村さんが知っている農家が、同じように崩れて流されていても何の不思議もなかった。


「もう少しで着くはずだよ」

谷村さんが、小さな声で俺に言った。

疲れているのだろう。

山に近づくにつれ、土砂や自然石が、今までと違った障害物を作りあげている。

道具があるならがれきより撤去が簡単だっただろうが、

残念なことに大きなスコップが一振りあるだけで、

そのほか有用そうなものは一つだってない。

俺が襲撃の際、置き去りにした猫車があれば、だいぶ違ったかもしれないが。

ともかく、道路が崩れている今、自分たちで道路を作り出さなければ荷車が通過できなかった。

水や燃料、バッテリーに食糧。

以前は使用していなかったが、山小屋があればそこに電球も設置する予定だという。

今までと違って、物資の収集だけじゃなく自然物の加工などもしなければいけない。

何らかの生産行為をしなければ、救助が来るかどうかもわからない俺たちはたちまち窮乏することになる。

今やっている道路の整理も、今後荷車を都市部に送る際には役に立つだろう。

時間が経つにつれて多少荒廃するだろうが、最初よりマシなはずだ。


少し山を登ったところに、開けた場所があった。

相変わらず倒木が続いていたが、この近辺はかなり少ない。

そして、その近くにつぶれたプレハブと、木が何本も突き刺さっている民家があった。

「ここだよ、串本くん」

その言葉を聞かなくともそれとわかったのは、散乱しつつも奇跡的に残った農具を見たからだ。

あちこち雑草が生えているものの、草の生え具合から見てこの周辺だけ栄養状態が抜群にいいのがわかる。

明らかに草の背の高さや密度が違う。

そして、その農具が野ざらしであるという事は、ここには人が来ていないということでもある。

「あの集団」の手は、ここには伸びていないということだ。

周囲がひどい状態だったというのは幸いしていたのかもしれない。

ここに住むには、雨が降っただけで命の危険にさらされるということでもある。

それは、木が突き刺さった民家が証明している。

少し多きな揺れがあれば、あの倒木たちは俺たちに襲いかかってくるだろう。

ここを整備するのは大きな労力がかかりそうだが、

その分見返りは大きい。

一見種や苗などは見当たらないが、民家の中を探せば何かあるかもしれない。

特に春まきの種や苗があったら最高だ……もしかしたら、すでに植わっているかもしれない。

死んでなければ、雑草を取り除けばなんとかなるだろうか……?

農業のことについては、俺はほとんどわからない。

学校の理科の時間に教わる事以上の植物の知識は持ち合わせていない。

しかしそれでも、種や苗、水と肥料と土があれば、どんなものにしろ植物が生えるということは知っている。

実際、そこらじゅうに転がっている木も、生え放題の雑草も、栄養があるからこそ育っているのだ。

しかし、問題は俺たちの人数だ。

相当な数が居るから、ここにある畑だけですべてをまかなうことはできない。

それに、炭水化物もなくタンパク質もない。

もちろん薬なんてないし、医療の知識もない。

それらも知識のある大人が居れば、どうにかなったのだろうが、ここにいるのは二十九人の中学生と高校生二人、それに一人の日曜大工の経験が豊富な大人だけだ。もちろん、それでも十分に恵まれているのだが。


ひとまず俺は、休憩を伝えて自分自身も腰を落ち着けることにした。

水に口をつける。

その時、俺の頭の中で、火花のよう素早く強烈に、ある一点の考えがめぐった。

ここにないものであれば、交換すればいいのだ。

水がほしい集団が居て、俺たちには大量に安全な水を供給できる方法があるのだから。

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