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古賀は優しいから、きっとどこまでも無理をする。
そうしたら、いつか、治せないような心の傷を負ってしまう事になる。
それはダメだ。今ここで突き放さないと、柔らかな古賀の心がつぶれてしまう。
理性と言う名の最後の杭が、抜けない。…抜いちゃいけない…。
もうこれで終わりにしよう。
吉埜がそう思って踵を返そうとした、その時。
ダンッ!!!
古賀が、拳で横の壁を殴った。
「僕の幸せは僕が決める!誰に何を言われても関係ない!僕は渡来君さえいてくれればいい!渡来君だけが欲しいんだ!なんでそれがわからない!?」
初めて見る古賀の怒りに、吉埜は茫然と立ちすくんだ。
「……無理だと思ってるのは僕じゃない、渡来君の方だよ。……逃げないでほしい。絶対に渡来君を幸せにしてみせるし、僕も不幸になんかならない。渡来君が僕の恋人になってくれないなら、僕は一生誰とも付き合うことはない。その方がよっぽど不幸だと思う」
「………古賀…」
本当に、古賀の事をわかっていなかったらしい。
目の前にいるこの男を、吉埜は、初めてまともに見た気がした。
「…ハァ…、本当にうるさい。近所迷惑だから二人とも出てけよ。痴話喧嘩は自分の家でどうぞ」
「…ッ…朋晴?!」
茫然としたま突っ立っていた吉埜は、いきなり背中を押されてたたらを踏んだ。
振り向こうとする間もなく、玄関に落とされる。
汚れるからとりあえずそこにあった自分の靴に足を突っ込むと、更に後ろから押されて古賀にぶつかった。
「ちょっ…、朋晴?!」
古賀は古賀で、自分の胸元に飛び込む形になった吉埜を支えるように肩を掴む。
「両想いだってわかったんだから、あとは2人で話しあえよ。…意地を張らずにな」
最後にグイッと押されて家から追い出された2人。
暫しの間固まったまま立ち尽くしていたけれど、先に我に返った古賀が優しく吉埜の手を引いて、その場から歩き出した。
そして2人を家から出した朋晴は、完全に閉まったドアに背を預けて座り込んだ。
その顔には、苦い笑みが浮かんでいる。
好きだと全身で訴える古賀と、本人は気が付いていなかったみたいだが、好きだと物語る吉埜の目に浮かんでいた涙。
…参ったな…。
「ホント、やってらんねぇ」
一瞬、辛そうに顔を顰めた朋晴は、「…俺も本気だったんだけどな…」そう一言呟いて、立てた膝に額を押し付けた。
生まれた時から一緒にいた吉埜。
誰よりも大切な存在。
だからこそ、背中を押した。
何よりも、吉埜の幸せには代えられない。
「…あー…、古賀の代わりに俺が一生独り身だったらどうするよ」
苦しさを隠すように冗談めかして呟いた言葉は、それでもどこか柔らかく温かいものだった。