32
一人になった室内で、吉埜はホッと溜息を吐いた。
なんだか、あまりにも頭の中がグチャグチャしていて、まともな考えが出来ていない気がする。
何かが間違っているような…、小さな針でチクチクと突かれているような変な感じが心の片隅から消えない。
朋晴が戻ってきたら、何をどう言えばいいんだろう。
そもそも、正しい答えなんてあるのか?
開けっぱなしのドアを見て、もう一度溜息を吐きだそうとした吉埜の耳に、いきなりそれは飛び込んできた。
「渡来君!そこにいるんだよね?さっきは信じてもらえなかったけど、もう一度言わせてほしい!僕は、渡来君の事が本当に好きなんだ!」
「……………古賀…?」
階下から聞こえてきたのは、ここにいないはずの人物の声。
いったい何が起きてる?
「古賀、その大声は近所迷惑」
どうやら、さっきのチャイムは宅急便ではなく古賀だったらしい。
大声をたしなめる朋晴の落ち着いた声も聞こえる。
「ごめん三井君。でも、こうでもしないと渡来君の耳には届かないから」
…下にいるのは、誰だ?…古賀は、人前で叫ぶようなこんな事はしないし、こんなに強引な行動もしない。
声は確かに古賀だけど、本物の古賀は、こんな事しない。
そこまで考えた吉埜は、フと小さく笑いをこぼした。
“本物の古賀”…って…、俺は、そこまで言えるほど、古賀の何を知っているのか。
本当は、きっと、逆だ。
これが“本物の古賀”なんだ。
吉埜は、ふらりと立ち上がって廊下へ出た。
階段を途中まで下りれば、目の前にある玄関にたたずむ古賀の姿が視界に入る。
「…渡来君…」
吉埜の姿を見とめた古賀が、その力強い双眸を向けてきた。
朋晴は、壁に背を預けて寄りかかり、ひとまずこの場を静観する構え。
「なんで、古賀が、ここにいるんだよ」
階段の途中で立ち止まったまま問いかけると、古賀は目を逸らさないまま説明した。
それによると、古賀は、吉埜が走り去った後、少ししてからあとを追いかけてきたらしい。
家に帰るものだと思って渡来家に行ってみれば、母親が出てきて、「たぶん朋晴君のところよ」と教えてくれたのだと。
古賀は、吉埜とも朋晴とも同じ学区の同じ中学だ。2人の家が隣同士だなんて事は、とうに知っている。
そこまでは納得できた。
でも、吉埜が聞きたかったのはそんな事じゃない。