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「……悪い…、そんな…つもりは…」
詰まりそうになる呼吸を必死に整える吉埜だったが、傷ついてショックを受けたと物語る古賀の眼差しが痛くて、怖くて…、
逃げるように走りだした。
突然走りだした吉埜に驚いたのは、教室内に残っていた数名のクラスメイトだけではない。
触るなとばかりに腕を振り払われた揚句、逃げ出されてしまった古賀は、驚きと同時に自分の心の中の壁、…それは理性とか思いやりとか呼ばれるもので…、その壁がガラガラと決壊したのを感じ取っていた。
教室を出て行ってしまった吉埜。その後を追うように走りだす古賀。
残されたクラスメイト達は、何が起きているのかわからないといった唖然とした表情で、消えた2人の後ろ姿を見送っていた。
「渡来君!」
走る吉埜の耳に聞こえた古賀の声。
まさか追いかけてくるとは思わなかった吉埜は、すぐ後ろまで迫っている古賀に気付いて目を瞠った。
いつでも受動的で、相手が拒否の空気を醸し出せば何も言わずに身を引いていた古賀が、いくら吉埜相手だとはいえ、追ってくるなんて思いもしなかった。
2人の身長差、約12センチ。勿論のこと、足のスライドが違う。
それに、素質があったのだろう…、高校に入ってからの古賀の運動能力の高さは学年でもトップレベルにまでなっていた。
そんな古賀に追いかけられて逃げ切れるはずがない。
何も考えず近くにあった扉を開けて中に飛び込むと、そこは音楽室だった。
放課後になったばかりでまだ誰もいない室内を通り抜け、奥にある準備室の扉を開けて入り、古賀が入って来れないようにすぐさま扉を閉める。
けれど、それは一歩遅かった。
閉めようと手前に引き寄せたそれはガツッという衝撃と共に止まり、急いでいた為に適当に掴んでいたノブは簡単に手から離れてしまった。
引っ張る力のなくなった扉はなんの抵抗もなく開き、後を追ってきていた古賀が姿を現わす。
「………」
「………」
それまでの勢いなどなかったように静かに入ってきた古賀は、後ろ手に扉を閉めた。その表情はいつもの穏やかなものと違い、無表情。
優しい表情が消えると、古賀の顔は案外男らしく見える。
パニックしている頭とは裏腹に、心の片隅でのんきにそんな事を思っている自分が物凄く可笑しかった。