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「邪魔だ。どけ」
「人より幅取ってんだから隅を歩けよ、おデブちゃん」
「…す…すみません…」
渡来吉埜の耳にそんな侮蔑の言葉が聞こえてきたのは、昼休みの廊下を歩いている時の事。
購買で買ったパンを片手に屋上へ向かう途中、雰囲気の悪いやりとりに視線を向けて見れば、背が高く太った生徒と、彼よりも背は低いが平均的な体格の生徒2人が、斜め前方で何やら揉めている姿があった。
背が高くて太った生徒は、吉埜と同じ中2のクラスメイト、古賀静流。
肩に付くくらいの中途半端な長さの髪は黒く、前髪は鼻先まで伸びていて、お爺さんが好みそうな銀縁の眼鏡をかけている。
太り気味のせいか目も細く、性格も大人しい為、周囲からはキモイと言われて敬遠されている奴だ。
そして、そんな古賀に絡んでいるのは、三年の先輩2人。
…またか…。
吉埜は、とにかくよく見るこの光景に溜息を吐きだした。
何もしてない古賀に絡む奴が一番悪いのだけれど、少しは古賀にも原因がある。
誰しも性格があるから仕方がない事とは言え、それでも古賀のオドオドした態度と、質問にハッキリ答えない態度は、周りの人間をどうしても苛つかせてしまう。
性格や感情を持っている人間同士だからこそ、キレイ事だけでは済まない事もあるし、一度悪循環に陥るとそこから抜け出すのは難しい。
吉埜は溜息を吐きつつも、古賀の優しい部分が裏目に出てそんな態度になってしまっている事をわかっている為に、こういう場面に出くわした時の手助けは惜しまない。
性格が良くても優しくても、それだけでは人とのコミュニケーションは円滑にはいかないという、集団生活の難しさ。
「先輩ー。古賀は俺の友達だからあまり苛めないでね?」
吉埜は彼らに近づいていき、古賀の隣に並んで先輩2人にニコっと笑いかけた。
「お、吉埜じゃん。なに、お前こんなオタク野郎と仲良いのかよ」
「やめとけやめとけ。お前なら他に似合ったダチがたくさんいんだろ」
2人は、それまで古賀に対していたのとは180度違ったフレンドリーな様子で答えた。
吉埜は、全体的に色素が薄く、天然茶髪に色白。
緩く癖のついた髪と切れ上がった二重の目は、どことなくヤンチャな猫っぽい雰囲気を持つ。
明るくハキハキとした性格で、クラスのムードメイカーでもあり、先輩同級後輩関係なく慕われている。
先輩2人は、そんな吉埜と古賀では釣り合わないと言いたいらしい。