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蔦え種

作者: あおろ

「お爺さん。ご一緒してもいいですか?」

 「おや、秀雄ヒデオ君か。いいともいいとも。さぁ、座りなさい」

 そう言って老人は座っている夜の縁側に秀雄を誘った。

 秀雄は一礼して腰を下ろす。座ってみると、縁側は彼が今まで生きてきた中で一番風流に感じられた。

 年季の入った板塀を背景に庭は小さな日本庭園になっていた。直径1メートルほどの浅い池があり、横には果実を回収された胡瓜やトマトの葉が未だ活気よく風に吹かれている。微かに香る金木犀は季節を主張するに十分だ。鈴虫は鳴き、秋づく空気は夏よりも空を高く、月は庭園を照らす水銀灯になっていた。

「ここ、とても綺麗ですね」

「そうだろう、私のお気に入りなんだ。この時期に来れた君はなかなか運がいいのかもしれんな」

 老人は自分のことを言われたように喜んだ。そして勢いのまま横に置いてあったお猪口を口に運び、一瞬で中身を終わらせた。

 しばらく景色に酔いしれてから老人は口を開く。

「しかし君は浮かない顔をしているな。悩みかな?だったら御老体に話しなさい。相談に答えられる場数は踏んだはずだよ」

 それを聞いて秀雄は一瞬驚いたが、気づいてもらえたことが嬉しかったのか苦笑した。

「僕は・・・・・・娘の顔を見ていないんです。娘が生まれた日にここを離れてしまったので、会っていないのです」

「そうだったなぁ。私も何故に日が重なってしまったのか当時は残念でなぁ。君と喜びを分かち合いたかったのに」

「何度も会おうと思ったのですが会うことができなくて・・・・・」

一瞬風が強まり木々や池の水面が揺れた。

 秀雄の顔からは不安と同時に諦めが漏れていた。目線は美しい庭園ではなく縁側を眺めている。それを感じ取った老人は自分のお猪口に酒をつぎ込み、そして秀雄に答えた。

「安心なさい秀雄君。君がここに来たのには意味があるんだよ」

「えっ、どういうことですか?」

 老人の答えに秀雄は驚くよりも動揺した。

「ほら、振り向いてごらん。」

 言われるがまま秀雄はゆっくりと振り返った。すると、そこには一人の少女が居た。少女は秀雄と目が合い口を開く。

「おとおさん?」

 舌足らずな一言が秀雄の世界を取り巻く。自分に対して放たれた言葉は心に衝撃を与え、喜びが溢れた。溢れた喜びは感情を具現化するために目尻に昇り涙となって、頬をぬらし始めた。

曜子ヨウコ・・・・・・僕が・・・・・・分かるのか?」

 その少女、娘の曜子はこくりと頷いた。

「写真で毎日みているからね、分かるはずだよ。大きくなったろう。今日で3歳になったんだよ」

 老人は二人を見つめながら言った。とても嬉しそうに酌んだ酒を飲み干す。

 秀雄は立ち上がり曜子に近づく。曜子の前まで来てゆっくりと、優しく、抱きしめた。曜子は抱きしめられて今までにない特別な安心を感じた。

「曜子、ごめんな。一緒に居られなくて本当に・・・・・・ごめん。」

「おとおさんはとおくにいるっておかあさんいってたよ」

 疑問を付加したような態度で曜子は聞いた。

「そうなんだ。遠くて、もう会えないんだ。だから1度だけでもと頑張ったけど、遅くなっちゃったな」

 腕の中で立っているだけだった曜子は、腕を伸ばし秀雄の首に巻きつけ、そして体を寄せてきた。幼い命の暖かさがちゃんと伝わって懐かしい生気が秀雄を包む。

 しかし、時間が来てしまった。秀雄はそれに気づく。人が感じる事のない悟りをする。

「・・・・・・もう、行かなきゃいけないな」

 秀雄は曜子の腕をほどき再び前を向き合う。そして自分のズボンのポケットに入れてあった物を取り出し、曜子の手を取る。

「これをお母さんに渡してくれるかい?」

 それを手に乗せると曜子は頷き手を握る。その様子をみて秀雄は立ち上がり老人のほうを向く。

「お爺さん有難うございます」

「私は何もしていないよ」

 老人は意味あり気に微笑む。

 秀雄は涙をぬぐい、見納めの眼差しで庭園を見回した。夜の秋空、風に吹かれる木々、澄んだ池。それらを目に焼き付けた。

「お爺さん、お世話になりました。僕いってきます」

「そうかい。次に会うときは一緒に酒を飲もう」

「はい。そのときは浴びるように飲ませてもらいます」

「それは楽しみだ」  

 老人の笑顔を見納めに秀雄は縁側を降りた。

「それでは近いうちにまた」

 そういって秀雄は一礼する。その後うしろで見ていた曜子に手を振った。ふと、廊下から足音が聞こえる。二人は振り向くとそこには曜子の母、ヒカリがいた。

「曜子、勝手にどこかにいっちゃうから心配したわ」

 光は曜子の顔を見て眉を寄せた。曜子は何か言おうとしたが言い訳が見つからず、老人の腕にすがり助けを求める。老人はひ孫交可愛さに助け舟を出す。

「一緒に庭を見てたんだよ。許してやっておくれ」

 それを聞いて光は仕方ない様子で曜子に笑顔を送る。

「それより曜子。さっきもらった物をお母さんに渡してあげなさい」

 老人が言うと思い出したように曜子は頷いて母親の方へ向かう。そして目の前で握っていた手を開き中にあるものを見せた。

「これは、種? 」

 曜子の手の中には平べったいしずく形の黒い粒が五,六個あった。

「おとおさんからもらったの」

「えっ?」 

 曜子の言葉に光は動揺した。どういう意味なのか分からず老人に目線をやり説明を求めた。それに気づくが老人は答えは目線で答える。光はますます混乱しそうになったので曜子の手にある種を一粒摘む。

「えっ、あ、あれ? なんで・・・・・・」

 種を持った瞬間、光は涙を流した。同時に感情が満たされた。幸せが彼女の中で飽和した。

「秀雄・・・・・・さん?」

 沢山の幸せの全てに秀雄の愛が感じられる。そう、この種には彼の光への想いが詰まっていた。これから先一緒にいられない彼のできることの精一杯だったのだろう。

 曜子が光を見て心配する。それに気づきおもむろに光は曜子を抱きしめた。そのまま綺麗に涙を流し続けた。

「おかあさん、おとおさんとおなじことしてる」

「そうね・・・・・・。曜子にあの人のぬくもりが残っているわ」

 その後景を見て老人は光に語りかける。

「きっと、その種は秀雄君なんだろう。不慮の事故だったが、光と曜子を心配してできる限りのことをしたんだろう」

 老人は立ち上がる。庭を見て月を見上げ一呼吸する。

「大事に育ててあげなさい。何が育つか分からないが、きっと綺麗な花が咲くだろう。そして三人で生きなさい」

 根拠はないが確信のある放って、老人は酒瓶とお猪口で手を塞ぎながら美しい庭を後にする。すり足の音がだんだん遠くなっていった。

 残された光たちはしばらくそのままでいた。

 


 

  

 1年後。

 庭には新しくスズメウリの蔦が塀を取り巻き、白い花を咲かせている。

 老人は霧吹きの中にお気に入りの酒を入れてスズメウリに巻いていた。





ただ書きたくて書きなぐって。

そしたらこんなのができました。

なんでこれをかいたのか自分自身でも分かりません。


目を通してもらえるだけでも嬉しかったです。

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