このすべてが世界
内容は抽象的な文章が多く、ファンタジーに近いかと思います。
短いのですぐに読めます。雰囲気を楽しんでもらえたら嬉しいです。
このすべてが世界
白い空。暗くもなく明るくもない。
白い地面。やわらかくもなくかたくもない。
どこまでも続く乳白色の世界に、一人のこどもクマがぼんやり立っていた。
あたりを見回しても何もない。誰もいない。
こどもクマは歩き出した。
しばらく歩いていると、穴が見えた。
近づいてみると、誰かが白い地面に穴を掘っていた。
「なにをしているの?」こどもクマはきいた。
「掘ったら何があるか調べているんだ」
そういってその人は穴から出てきた。髭を生やした男の人だった。
「なにがあったの?」
「そりゃあ色々さ」男の人は得意げに答えた。
「穴の中をのぞいてみてもいい?」
こどもクマが言うと、男の人はもちろん、と答えた。
穴はとても深かった。
こどもクマは地面に手をついて、奥まで覗き込んでみた。
どこまで掘っても地面は白いんだな、とこどもクマは思った。
よく見ると穴は少しずつ動いて、形を変えているようだった。
男の人にお礼を言って、こどもクマはまた歩き出した。
ずっと歩いていると、今度はたくさんの人たちがいるところを見つけた。
近づいてみると、人々はみんな思い思いのことをしているようだった。
たいていの人は一人で寝そべっているか、何人かで集まっておしゃべりをしている。さっきの男の人のように穴を掘っている人も何人かいる。
白い地面を削って食べている人もいた。よく見るとそうやって地面を食べている人は多いようだった。
こどもクマは一人の青年に近づいた。
青年の横には、白いかけらがうずたかく積み上げられている。
どうやら穴を掘る人たちが捨てた白い地面のかけらを集めてきているようだった。
「なにをしているの?」こどもクマは青年にきいた。
「新しい地面を作っているんだよ」
見ると青年は、集めてきた白いものをこねて、平べったくしてちょっとずつ敷き詰めて置いていた。
「これが新しい地面?」こどもクマはきいた。
「そうだよ。ここからここまでは僕が作った地面さ」
そういって青年は地面を指差した。
そこはたしかに少し地面が盛り上がっているように見えたけれど、相変わらず白く、こどもクマには同じように見えた。
「新しい地面はどこまで作るの?」
こどもクマがたずねると、青年は驚いたような顔をした。
「もちろん全部僕の地面になるまでだよ」
「全部?」
「そうさ。さあ、忙しいからもう行ってくれるかい」
青年はこどもクマに背中を向けると、また地面を作り始めた。
こどもクマはまた歩き出した。。
少し歩いたところに、人が集まっているのが見えた。
こどもクマはそちらへ行くことにした。
一人の男の人が、先ほどの青年のように白いかけらをこねて何かを作っていた。男の人の横には、こねて作ったらしい白い物体がいくつも並んでいる。周りにいる人たちは、それを一つずつもらっては立ち去っていくようだった。
こどもクマは男の人に話しかけようとした。
するとそばにいた赤いドレスを着た女の人がこどもクマをひっぱった。
「邪魔をしてはダメよ」
「どうして?」こどもクマはきいた。
「彼は話しかけられるのが嫌いなの。あなたも欲しいなら、一つそこから選んだらいいわ」
そこでこどもクマは、並べられている白いものを一つ手に取った。
それは奇妙にねじれた形をしていて、よくみてみるとうっすらと透明だった。
「これ、どうするの?」こどもクマは女の人にきいた。
「食べるのよ。とってもおいしいの」
こどもクマはそれを一口かじってみた。
味もなく、食感もない。
これがおいしいというものなのだろうか、とこどもクマは思った。
「どうだい、たいしてうまくもないだろう?」
そばにいたもう一人の紳士が、こどもクマに話しかけた。
「あら、失礼ね。人がおいしいってすすめているのに」
女の人がむっとしたように言い返した。
「僕にはありきたりとしか思えないけどね」
紳士は肩をすくめて言う。
「そんなことないわ。すごく芸術的よ」
「芸術だって?馬鹿馬鹿しい。」
紳士が大きな声をだしたので、こどもクマは思わず紳士を見た。
「いつから芸術はくだらない自己表現になり下がったんだ?芸術はもっと崇高なものであるべきなんだ。」
紳士は憤慨した口調で言うと、こどもクマの肩をつかんだ。
「君もそんなものを食べてないで、僕についておいで」
紳士が歩き出したので、こどもクマはあわてて振り返り、女の人にさようならと言ったけれど、女の人は聞いてもいないように足早に去って行った。
こどもクマは紳士と一緒に歩いた。
しばらくすると、さっきよりもたくさんの人々が集まっているところへとやってきた。
「ここはどこ?」こどもクマはきいた。
「僕たちの場所だよ」紳士が答えた。
そして、どこからともなく白くて丸いものを取り出した。
「さあ、これをあげよう」
それはこどもクマの手にすっぽりと収まるまんまるい球だった。
「これはなに?」こどもクマはきいた。
「神様だよ」
「神様?」
こどもクマはその球をしげしげと見た。それはとてもきれいな丸い形をしていたけれど、やはり地面と同じ白くて少し透明なもので出来ていた。
「これも食べるの?」こどもクマはきいた。
紳士はびっくりしたように首を振った。
「食べるなんてとんでもない!これは大事にいつも身につけておくんだよ」
そこで、こどもクマはそれをポケットにそっとしまった。
「じゃあ僕はもう行くよ」紳士が言った。
こどもクマは、どうもありがとうとお礼を言って、紳士と別れた。
こどもクマはまた歩き出した。
たくさんの人がいた。みんな白い球を手に持っている。球を眺めたり、なでたりして過ごしているようだった。
こどもクマは一人の少女の前で立ち止まった。
その少女は球に向かって話しかけていた。
「なにをしているの?」こどもクマはきいた。
少女は顔をあげてこどもクマを見た。
「お話しているのよ」
「神様と?」
「そう」
こどもクマは少女の持っている球を見た。
それから、自分の球をポケットから取り出して、耳に近付けた。
「なんにも聞こえないよ」こどもクマは言った。
「私の神様はちゃんとお話してくれるわ」少女は幸せそうに微笑んだ。
「なんて?」
「いいんだよ、って」
「いいんだよ?」こどもクマはちょっと首をかしげて少女を見た。
「うん。いいんだよ、って言ってくれるの」
少女はまた微笑んだ。
「ほかには?」こどもクマはきいた。
「ほかに?」
「ほかにはなんていうの?」
少女は笑うのをやめてこどもクマを見た。
「どうしてそんなことをきくの?」
「どうしてって…」
こどもクマはちょっと困ってもぞもぞと手の中の球をころがした。
「ほかにはなんにも言わないの?」
こどもクマがそう言うと、少女は青ざめた顔でこどもクマを見つめ、黙ってどこかへいってしまった。
こどもクマは少しがっかりして、その場に立ちつくした。
もう一度球を耳にあててみる。
どうしてぼくの神様は何もしゃべってくれないんだろう、とこどもクマは思った。
それからあたりをみまわして、こっそり球をかじった。
やっぱり、何の味もしなかった。
こどもクマはひたすら歩いた。
もうあたりにはだれもいない。
それでも世界はどこまでも続いているようだった。
やがてこどもクマはひとりの男の子と出会った。
「なにをしているの?」こどもクマはきいた。
「ナイフを研いでいるんだよ」男の子は答えた。
男の子の手にはとても大きなナイフが握られていた。
「何を切るの?」
「この白い地面さ」
こどもクマは男の子のナイフを眺めた。
「ぼくもほしいな」こどもクマは言った。
「君も持ってるよ」男の子が答えた。
こどもクマはびっくりして、ポケットを探った。
「ほんとうだ」
それはこどもクマの手にちょうど収まる、小さなナイフだった。
「研いでごらん。よく切れるようになるよ」
男の子は、自分のナイフを持ち上げて、切れ味を確かめるようにそっと刃先をなでた。
ナイフはときおり光を反射して、その閃きがこどもクマの心臓をドキドキいわせた。
男の子はふいにこどもクマを見た。
「どこまで鋭く、深く切りこめるか、試してみたいだろう?」
その言葉は宙を飛び、こどもクマの心に一直線に突き立った。
こどもクマは歩く。どこまでも歩く。
手にナイフを握り締めて。
誰よりも鋭くなることを、心に決めて。