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第8話

テーブルの上の食器は全て片付けられ、代わりにパソコンと大きな作戦用紙がスペースを占領していた


カチカチとキーボードを打つ音とBUMP OF CHICKENのメロディが店内に大らかに響き


ひよりは傍らにコーヒーの入ったコップを相棒に、ヤフーメールに送られてきたメールを一つ一つ丁寧に返信していた


私も携帯から、ひよりから教えてもらったログインパスワードでフォルダを覗いていた

すでにメールの数は百件近くにのぼり


そこには賛否両論、一人一人の言葉が巡っていた


・何をするんですか?、集まる理由を教えて下さい


・ぜひ!! なんかそういうのワクワクしますっ


・このサイトを作ってくれた人からのトピックなら、喜んで力になりますよ


・あなたは本当にリーダーなのでしょうか?、あなたを信じていいのでしょうか?


・なんだかドラマみたいな大規模な事ですね、本当に集まれるのか楽しみです



しかし中には


・くだらない、てかそれって警察沙汰になるよね?


・本当にやる気?、リスクとかはないの?


・…すみません、ちょっと怖いので控えさせていただきます、ごめんなさい


・なんか楽観的で無鉄砲な気がする、皆ももう少しちゃんと考えたほうがいい


など、批判的な書き込みやいたずらに近いメールも少なくなかった


それはトピックのほうも同じで、たくさんのユーザーからのコメントが寄せられていた


・リーダーのピンチだ!参加するべきだ!


・ここは救済コミュニティだぞ?、俺たちが助けなくてどうするっ


・いや、でもだからって利用していいとは限らないんじゃ?


・そうだよ、こんなよくわからない事に協力して、もし事件がらみに繋がってて、警察にこのサイトが規制されでもしたらどうするの?


・我々はみどり団だぞ!、俺は何であれこのサイトを作ってくれたリーダーに恩がある、だから行く


・協力したいです…、でもこのサイトがなくなっちゃうのは悲しいし、本当に嫌です


・日時と集まる、とだけしか言われてないなら、多分リーダーから何かしらの返信がくるはずだよ、まずはそれを待って決めようよ



この街の高校生が夜を徹して真剣に協議を語り合っていた


冷静で最もな意見、とても全員一丸で集まってくれる雰囲気ではない…


「さて、これを一つの力に束ねれるかは、きっと今日のあたしらの頑張り次第さねー 」


ひよりのパソコン画面の後ろに立って言う灯は、それでも湧いた逆境に楽しそうだった


「自覚させてやろうぜ どうせ俺が私がいたって何も変わらないじゃないかって思ってる奴こそが、この街を変えられる事を! 」


「誰かがこんな臆病者のこいつらをまとめればいいんだ

今日の残り半日で、今から262人の意識変えてやろう‘動き出すきっかけを与えよう’」


相変わらず威勢のいい灯の声にあてられて、私達は携帯を握った


………


そうして作業を進めていたときだった


不意に、そこで一つの疑問が生まれた


思えば、昨日はツイッターや自分の携帯の作業で手一杯だったから見れなかったけれど


(…リーダーって )


一体、差出人を誰で送ったのか?

この皆はその誰の為に動いているのか?


不思議に思い、昨日ひよりの一斉送信したメールと奏の書き込んだトピックを携帯で読み返すと


(ユーザー名…みどり?? )


ユーザー名、管理者:みどり


そう、今は眠る高三の創設者の名とカルマが、しっかりとここで受け継がれていたのだった


述べ262人の弱者をまとめる、絶対的トップリーダーの名だった


代理とはいえ、騙しているとしても、私達はその偉大な主の名の想いを抱いて使っていたのだ


‘繋がれた繋がり’なぜかそれを知った瞬間、携帯を握る手のひらに温かく込み上げたモノがあった


そして、私も作業に戻り、作戦を考える灯を除いて、他四人はパソコンと携帯からメールを一件ずつ丁寧に返信していった


違和感のないよう、何時間もかけて、皆それぞれ文章をひよりの言葉に近づけた


好奇心を与える言葉

現実を無視して動きたくなる衝動を与えるの言葉

ワクワクするような青春が目の前に迫る言葉


‘退屈なんてもったいないぞ’


青春映画を見た後の夏夜のうずきにも似た瞬発力だ


きっと一ヶ月前の私なら迷って、でも行ってみたいって思う、抑えきれないほど強い言葉で返信メールは溢れていた


‘何十年と続く そのたった一瞬の夏の終わりだけ、世界を変えてみたいんだ!’


‘総動員で夏のいたずらをしたいんだ!’


戸惑う心を揺らして、掴めるその先262人を四人は誘いに行った



………


朝から同じ体勢で座り、お昼も過ぎた頃だった


ふと、いかにも悩んで作戦を考えていた灯が店内に声を発した


「ねぇ、みどり団を更にまとめあげる方法だけど 」


「何か思いついたの? 」

灯は作戦の他にみどり団を一つにする方法も考えていた


「めっちゃ簡単さけど、何かの団体にはロゴマークが、団員にはトレンドマークが、やっぱり重要だと思うんさよね 」


「マークにゃぅ?? 」


灯が口にした事


共通の証、共有の印、同じ志を掲げる旗


単純で子供騙しではあるけど、それは人が多ければ多いほどチームワークと団結力を上げる

まとめるには確かに悪くない方法だった


国の悪に立ち向かうヒーローや、正義の旗を掲げた最強のチーム


秘密基地や自由帳に書いたマークや、同じ物を友達と揃えて楽しかった小学生のときのように


大人になっても、私達は少なからず心のどこかでそれに憧れてしまう生き物なのだ


恐らくメールとトピックを読んで考えたのだろう、なんとも灯らしいユニークな案だった


「確かに、なんだか制服以外にも一つになるチームの象徴的なマークが欲しいのです、みどり団らしい 」


「でしたら、これなんてどうでしょう?」

一人黙々と作業を進めていたひよりが手を止めて、周りの三人に提案した


灯がぬぬーっと近づき、有珠と私も指された画面を見た


目を凝らしたそこには、サイトの象徴とも言える、掲げられた三つ葉マークがあった


(みどり団のサイトの…だっけ? )


「―ッ! ひより冴えてるなっ 」


唐突に、前触れなく灯が悟ったようにひよりの意図を感ずいた


「はい、そういう事です 」


「ぇ?何が? 灯どういうこと?? 」


「ほにゃぁーっ 有珠には全くよくわからないのです また仲間外れなのですっ」


灯とひよりは、また二人だけ秘密な、意地悪な表情をして


「だからなぁ、つまり 」

もったいぶらせて、灯はカウンターの奥にいた奏に手招きをした


「…?…なに?… 」

趣旨が分からず眠たそうなジト目を向けて、奏がとぼとぼ歩いてくる


「この三つ葉マークだけど 」


――‘五つ葉’にしちゃダメか?――


(…ぇ )


その言葉が響いた瞬間


「―ッ 」

ようやく全員が理解する


ここにいるselling dayのメンバーの数の葉数


少しだけベタで恥ずかしくもある、でも誇らしい高校生のマークだ


selling day×みどり団のプロローグを告げる新しい旗


「……… 」

奏は少しだけ考え込み、姉の残したシンボルマークをじっと、じっと眺めていた


今まで一人で守ってきたそのマークを、五つに分けた葉が共有するという事に


今まで一人で守らざるを得ななかったそのマークで、仲間と共に強敵と戦うという事に


「……… 」


――そして


「………いいよ 」

何かに踏ん切りをつけるように、奏は深く頷いて了承した


なぜかその顔は、少しだけ晴れ晴れとしていて、少しだけ寂しそうでもあった


「…奏 」


残されたたった一人の妹の視線は、いつまでも三つ葉に注がれていたのだった



***


さすがはひよりだ


ほんの数分とかからず新しいマークがサイトに掲げられた


実際のところ、これだけやってもみどり団メンバーの意識がどう変わったのかは分からない


けれども、主犯五人の意識は大きく変わった


ここに集った弱小の少女達は


隠蔽に汚れきった世界の中心に杭を突き刺して、五つ葉を掲げたみどり団に、みどりさんに勝利を誓ったのだ



………


それから夕方過ぎまで返信作業を続け

メールの受信もまばらになった頃、ようやく大体の作業を終えた


これで皆はどう判断したのか

けれども、一人一人に送った確かな文章に誠意は伝えられたと信じていた


やれるだけの事はした、満足にも近い達成感だった


返信やトピックのコメントはどうなるだろう


その結果を目の当たりにすのは決戦の日、当日だ


「…ふぅ 疲れた」


身体の力を抜き、勢いよくイスにもたれかかり、一日にらめっこをしていた携帯を閉じた


首をガクンと後ろに垂らして、前髪も後ろにさらりと落ちて窓から空を見上げると

辺りはすっかり薄暗く、身体の熱を覚ますひんやりとした心地いい風が吹いていた


作業に終えた五人全員には、努力の結晶のように


その人差し指には豆が出来かけていた


***


その後、私達は約二日ぶりにお風呂に入った


喫茶店を空にして、坂を下り、川沿いを進み、その場所を目指した

駅のはずれにある団地地区の間にある小さな年季の入った銭湯だった


皆楽しげな足取りの中、灯だけは、どこか終始行き詰まったような表情でぼーっとしていた


思えば、今日一日かけて灯が書いていた作戦用紙は、昨日からまるで書き足されていなかった



銭湯に入っていた間、近くのコインランドリーでブラウスや下着を洗った


お風呂あがりの生乾きの髪を涼しい夜風に流しながら、喫茶店に帰り

奏コックさんと一緒に作った具だくさんカレーを皆で食べて


私達は、明日からまた始まる停学明けの学校の準備をして眠った



………


三日間の内の一日が、あっという間に終わってしまった


これで何か変わったのだろうか


ハルを助ける手段へ、桐島さんと対峙する方向へ


たった五人の女子高生は、本当に近づいているのだろうか?


明確な変化や兆しも見えぬまま、作戦も定まらぬまま


タイムリミットは刻々と迫っていった


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