第7話
-9月28日-(日)- 1日目
眠った記憶もなく、いつも通りの新しい朝が世界に訪れた
差し込む白い光に目覚めると、透き通った空気と緩やかな木々のざわめきが耳元で流れていた
まどろむ意識でボーッと遠い瞬きをしていると
「お、やっと起きたさー? 」
横に座っていた灯の声が左耳に届いた
「ゆりちゃんおはようございます、もう八時過ぎですよ 」
続いたその声に合わせて、寝ぼけ顔で辺りを見回すと、私以外のメンバーはすでに朝の音を鳴らして動いていた
どうやら私が一番最後まで眠っていたらしい
きっと皆して気の緩んだ私の寝顔を見ていたんだと思うと、今更ながらに目を擦って前髪を触って直したりしてしまう
そして、その目覚めはサンタが来た朝のように
重大な結果発表の事をハッと思い出し、私は眠気を飛ばしてビクリッと起きた
「みどり団、みどり団はっ!? 」
いきなり声を出したものだから、ろれつが回らず、なんとも間抜けな表情になってしまった
「そうですね、これはさすがに‘予想外ですね’」
「ぇ…? 」
…だめだったのか
カチカチとパソコンをいじるひよりの言葉に一瞬の不安がよぎった
けれどもその瞬間、そんな不安は上書きされた
隣の少女が栗色の寝癖を揺らして、口端をこれ以上にないほどニッコリ上げてピースサインを私に向けていた
「‘ばっちりさよッ’」
反動をつけて、灯は私の想像とは真逆を言ってのけた
「めっちゃスゲーよっ、もう朝からひっきりなしぬー ゆりもひよりの携帯とパソコン見てみ? 」
その一声に完全に意識は冴え、そして視線を前に座るひよりに戻すと
携帯の着信ランプが止まることなく光り、バイブレーションが一向に鳴き止む気配を見せずに
歓喜に湧いて机の上で跳ねていた
「こんなに、メールが 」
席を立ち、ぐるっと回ってひよりのパソコンの画面も覗いてみると
そこには、続々と目を覚ました街の弱者達から、目まぐるしいスピードでメールが集結していた
「フォルダの容量がパンクしてしまいそうです 返信が追いつきません 」
まさに予想外の嬉しい悲鳴だった
その間にも、まるでウィルスにでもはまったように、画面上には歯止めもなくメールが流れ込み、途切れず加速を続けていた
「本当に凄いね、何人集まるんだろう 」
まだ朝の八時だというのにこのペースだ
目の当たりにした光景に思わず胸が弾む
「にゃう? ゆり おはようなのですー 」
「ぁ、有珠、おはよう 」
見入っていると、奥から有珠と、これまた不機嫌そうな奏が顔を覗かせた
「有珠見た?凄いよっ、もう五十は軽く越えてるよっ 」
「知ってるのです、寝てるゆりを灯がいじってたときから知ってるのです 」
「ぇ!? 」
思わず灯の顔を見返すと
無駄にニヤリと満足げな表情をしていた
………
興奮も覚めやらぬ中、奏が木製のトレイを手にして、いつものように視線は合わせず言った
「……先に、朝ご飯… 」
持ち手のついたトレイの上には焼き目のついた小麦色の食パンに、マグカップに注がれた紅茶が美味しそうな香りを漂わせていた
「そうですね、今日はこれから長い作業になりそうですし、ゆりちゃんも起きたことですし、先にご飯にしましょうか 」
そうして、私達はまた昨日の夜のように、木目の匂いのするテーブルを囲んだ
***
別荘にいるときのような肌触りよく湿った爽やかな朝、開け放たれた窓から青い風を部屋に招き入れる
トースターから食パンが焼けた音が鳴り、オレンジのジャムの香りがほのかにする
人数分のパンが焼き上がり、ゆったりした和の店内に朝食が揃い始める
白い丸皿をテーブルの上に五つ並べ、メイプルシロップにバター、果肉たっぷりのお手製ジャムが置かれる
準備中、私だけはキッチンの流し台に向かい、お水で顔を洗っていた
濡らしたタオルでベタついた首もとや身体の油を拭き取る
それだけで気分は爽快になり、新しい真っ白のブラウスをカバンから取り出して腕に通した
ふと見た二の腕の蚊に刺された跡も、今だけは愛おしく感じた
「奏ー? コーンフレークない? 」
向こうでは灯の声と食器の音が響いていた
ポニーテールを解いて、ぺったりしていた髪もお湯で蒸らしたタオルで拭いて結い直す
そして、私もテーブル席に戻った
綺麗に並べられた食器の上には美味しそうに焦げ色のつけた太めのパンが置かれていた
全員が準備を済ませ、テーブル席に座り、一緒にいただきますをした
「……はい、ゆり… 」
パンを手に持とうとしたときだった
奏からショボーンのマグカップが手渡される
中には柔らかなチョコ色のココアが淹れられていた
「ありがとう 」
一口カップに口をつけると
(…おいしい )
生ぬるい甘さが起きたばかりの身体にすっと染み込んでいった
「有珠はイチゴジャムなのですっ 」
たっぷり塗られたバターの上にサクサクと生地の音を鳴らしてジャムが塗りたくられていく
「では私はメイプルにしますね 」
嬉しそうに、ひよりは手元の紅茶に角砂糖を一つそっと落とした
それぞれにはむはむと頬張り、何気ない朝のヒトコマはくだらない会話とともに進んでいった
「有珠ー? グミ持ってねー? 」
「にゃう?あるですよ? 」
なぜかコーンフレークに牛乳を注ぎながら、灯はグミの入った袋を片手に受け取った
(グミ?? )
そしてまさか、次の瞬間――
牛乳と共にそれは躊躇なく中にボトボトと投入された
「灯!?なにやってんのっ? さすがに食べ物で遊んじゃだめだよっ 」
「ぉー? コーンフレークグミさよー? 」
然も当たり前のように、そのままなんの抵抗もなくぱくぱく食べる灯
「うまいさよ?、一口食べるー? 」
「い、いや…私はいい 」
半ば引きぎみに、白い液に浮かぶ色とりどりのグミ
はっきり言って罰ゲーム張りに不味そうだった
(灯って、もしや味覚音痴?? )
冷蔵庫で冷やしていた焼きプリンを食べながら、有珠はぱちくりと好奇の眼差しを向けて固まっていた
その脇では、先に食べ終わったひよりが慣れた手つきでお母さんのように果物ナイフで梨を剥いてくれていた
「もう本当に夏も終わりですね 」
瑞々しい梨を一口かじると、しみじみと秋の味覚と夏の名残を口の中で感じた
それは少しだけ寂しくもさせて、充実した夏の思い出の延長にまだいる自分を嬉しくもさせた
味の合わないココアを飲み干して、カップの底に溜まっていた甘い部分を舌にゆっくりと溶かして、至福のときを実感した
太陽は昇り始め、窓からは青が強く見えていた
セミの鳴き声もなくした穏やかな陽気、濃くなってきた外の抹茶色の緑を眺めながら
私達は緩やかな朝食を終えた