第6話
誰もが眠る壊れた世界の隅で、まるで嵐が来る前の楽しげな真夜中に
懲りずに、腹ペコの余白に夢中になって私達は試行錯誤の策を書き足した
お馴染み、街に迷惑をかける、危険だらけの策です
開けっ放しの大きな窓からは涼しい夜風が部屋をなびかせ染め上げている
カウンターの奥、昨日新しく買い替えたらしい奏の新品のノートパソコンを前に
五人は秘密基地のような狭いスペースの中でぎゅうぎゅうに身を乗り出して画面のサイトに食らいついた
割り当てられた役割もない、まだ原石の新たな戦略を目の当たりにする
私達のカルマは消化され、能力も失った
だから利用する事になったんだ
一度きりの最後の賭け
残されたあらがう術
新たな新メンバーの能力‘みどり団’を
「トピックの掲示板の他にメール機能まであるのか、プライベートメッセージ、URL、画像の添付も可能 これは予想以上に使えるさよ 奏 」
奏がイスに座り、すぐ横に灯が顔を据えてマウスをいじり、コミュニティサイトを隅々までチェックする
そこには新着順のトピックが広がり、救済の手が差し伸べられるのを待っていた
・訳あって親に嘘をついてバイトをやめ、携帯代が払えない者
・隠れオタクで、親友にカミングアウトしたく、背中を押してもらいたい者
・友達がいじめられ、どうしても助けてあげたい、けれど一人で立ち向かう勇気がない者
・今年の文化祭でライブをしたい者
更には
・今日の帰り、本気で駅から飛び降りようとした、情緒不安定に自殺を志願する者
・昨日、出来心で他人から財布を盗んでしまった者
など、退学の危機にあるものや、はたまたゴキブリが出たなど他愛もない事まで
大小様々な、けれども本人には今もリアルタイムで真剣に悩んでいる問題ばかりだった
助けてほしい、こんな自分を変えたい、方法を教えてほしい
そしてそれに同じ境遇の高校生達がネット内で何百と提案し、手助けをしていた
大人になればきっと忘れてしまう怪物相手に、必死に戦っていたのだった
「ひより 少し聞きたいんだけど 」
ずっと画面を眺めていた灯が腰を上げて問う
「はい? なんでしょうか? 」
「もしこのサイトに管理者からの緊急トピックを書いて、全ての登録者に9月1日に召集出来ないかメールを送ったら 警察とか桐島側には見つからないかな? 」
「どうでしょう、やり方次第だとは思いますが、特に大きく有名なサイトという訳ではありませんし
具体的な作戦内容等はギリギリまで送らず、こっそりと慎重に行えば三日間なら平気だと思います
部外者には見られないようフェイクの方法はいくらでもありますから
後はそうですね、登録者の誰かが情報を漏らしたりしなければ大丈夫だとは思います 」
「つまり簡単には、一致団結させるトピック内容があって、なおかつ内幕で進めればいいって事だよな? 」
「簡単に言ってしまえばそうですね、仮にも設立者であり管理者からの緊急トピックとなればノリや便乗であれ協力者はいると思います 」
「…凄い こんなものがこの街の高校生に 」
「なんだか鳥肌が立ってしまうのです! 262人の援軍さんなのですねっ 」
有珠は期待に胸を弾ませて後ろで背伸びをしてぴょんぴょこ跳ねていた
「となると、人数は多いほどいいな 」
考え込むように口元に手をあてるポーズをとって灯は企んだ
そして、すぐに次の行動に転じた
「ゆり、ひより、有珠、奏、ぜひ聞きたいことがあるんさけど? 」
「「……??? 」」
あらたまって、灯は意味ありげに問いかけた
私は期待に胸が踊っていた
「皆とネット内だけで繋がる、近場の高校生のネット仲間はいないか? 」
(高校生のネット仲間?? )
相変わらず、また灯は突発的に意味の分からないことを話した
「例えば、あたしだったらmixiの多摩コミュがある 」
ぽかんとする四人を前に、恐らくフィナーレの計画が形成されつつあるリーダーは先陣を切った
きっと、もう灯の頭の中にはシナリオのヒントがあるんだ
「にゃう、よくは分からないですが、なるほどです だったら有珠もありますよー
よくお世話になっているサイトさんなのですが、チャットがあるです 高校生も多いのです
……実をいうとネカマなんですけどね …にゃはは」
「……ひより? ネカマって? 」
笑う有珠を横目に、見つからないように小声で隣のひよりに聞いてみた
「男性がネット上であたかも女性のように演じ偽る事、この場合は逆パターンですね 」
(…そっか…有珠 )
きっと、悪ふざけとか相手の気持ちを弄ぶ為なんかじゃない
それはそれはかっこいい、小さくていじめられたりもしない
銀髪で目も青くない、身体には足跡も痣もない
素性の分からないネットでだけ、せめてもの空想男子を演じていたんだろうな
「そうですねぇ、灯ちゃんのいうネット仲間といって私が該当するのは ブログの百合コミュニティくらいでしょうか 結構人数も多いです」
「ボクは……オンラインゲームのギルドになら、多分当てはまる人…いる 」
「そういえば、前に言ってたもんね 」
「…む…」
少しだけ私が馴れ馴れしく話しかけると、イスに座っていた奏は不機嫌そうにパッツンの前髪をジト目にかけて瞳を細めた
「ご、ごめん…」
「そういうゆり君はないんさー?」
指揮官の声が届く
「私?? うーん私は…」
何かあっただろうか、有珠やひよりのようにチャットもブログもやっていないし
そして考え込んだ末
「ぁ… 」
アレならと、とっさに思いつく
「何か思いつきましたか? 」
「もう全然やってないけど一応、ツイッターは心当たりあるかも 」
昔、なんとか友達が出来ないか、一人寂しく探していた悲しい時期の産物だった
「それだけあれば、最低でも200人は集まるだろうな、いけるな 」
灯はぶつぶつ何かを言った後、バッと反転してひらめいたように四人に今夜すべき事を言ってのけた
「‘この街に潜む同類全てを巻き込んでほしい!’」
これからしてほしい事
というのも、携帯とパソコンから
mixi、チャット、ブログ、ギルド、ツイッター
ネット仲間の知り合いに当日、集まれる人がいないか総出で探す事
そして、みどり団に設立者からの緊急トピックをトップ画面に作成し、全ユーザーにメールを一斉送信すること事
更にひよりは、関係のないみどり団に万が一サイトが規制されて危害を与えてしまわないよう
念には念を、ダミーのサイトや避難場所を作る事
常識はずれの衝動に身を任せ、小さな喫茶店を発信源に
最終戦を前に、たった五人の少女逹は街中の高校生、同じ境遇の敗者をかき集めた
弱者は、本当にもう一度真っ向から街に対抗するのだ
ひっくり返してみせる
………
一般論で、常識的に冷静に考えれば
…どうせ三日なんかじゃ何も変わらないと、そう思うでしょ?
圧倒的逆境に、こんなゴミみたいな最下位の五人なんかでさって
たかが一つ残された小さなサイトと無力の高校生なんかが数集めなんかして、街を支配する大人に勝てるかよってさ
――でもね、不可能なんかじゃないんだ
この五人ならきっと出来る、また奇跡をやってのけてしまえる
ここにいるとね、なんでかな
一点の曇りなく、笑い声をあげて息も荒くして本当にそう思えてしまえるんだよ
見てるがいい、これからカルマの法則を破る、私達の歴史的反撃の三日間を
***
部屋一面、空も夜風も甘酸っぱく染め上げて
終わりかけの夜、丘の上ではまだ名もなき最後の作戦の下準備が行われていた
夜通しで作業を続ける部屋の中、灯が持ってきたミニコンポから、BUMP OF CHICKENのアルバム曲がライブ並みの大音量で響いていた
濃紺色の野外にまで大声で歌うように突き抜けて
調子外れの灯の作業用BGMは、屋根をなくしたように解放感と興奮で周囲を浸した
―カチカチカチッ
そんな穏やかな中で、悪巧みは産声あげて、指は驚くほどスラスラと文字盤の上を走っていった
小さな店内、灯だけは立ったまま書き足された白い用紙を広げて、靴下を脱いだ素足でローファーを履き潰して作戦を考えていた
有珠は私の前、テーブル席の窓側に座り、小さな手に携帯を持ち、両手を使って真剣にチャットをしていた
口にくわえたポッキーはかれこれ何分だろうか
くわえている事も忘れたように、すっかりチョコの部分が溶けてなくなっていた
そんな有珠の横に座り、一番の大仕事を任されたひよりは自前のノートパソコンから協力者を探し
カウンター奥の奏がみどり団にユーザー限定観覧可能なトピックを書き込み、アップすると同時に
全アカウントに緊急メールを一斉送信していた
そして、私達五人全てのネット仲間からの返信も、ひよりのパソコンに全て送られるようにした
カーディガンの手元に置かれていたアイスコーヒーは表面に水滴を溜め、時折傾いた氷の音が涼しげに響いていた
灯のmixiページ、有珠のチャット、私のツイッター、奏のネトゲギルド
そしてひよりのブログコミュ
一晩経てば、一つのYahooメールのアドレスに集結するように、それぞれに張りつけた
みどり団はひよりの携帯のフリーアドレスとパソコンのアドレス
もしくはみどり団の管理者アドレスに届くように、トピック・メール それぞれ書き込んだ
サイト自体の保護も終了し、後は明日の朝
SOS信号から何かを感じてくれたこの街の傷持ち高校生達262人からの返事次第だ
頼むよ、届けよ、共有してくれ
これが最後の策なんだ
………
***
作業を終え、私達は喫茶店の電気を消した
広げていた作戦用紙は丸めて脇に立て、ひよりはノートパソコンを閉じた
歯磨きをして、トイレも済ませて、少しだけぺったりの髪は不思議と気にはならなかった
全員が横になれるスペースはとてもなくて、元より布団もなく、私達はそのままイスで座って眠った
灯は無防備に足を広げて、頭を天井にあげて、まるでぐがーといびきを出すように口を開けて眠っていた
ひよりは丸まって、羽織っていたブカブカのカーディガンをすっぽり首までかけていた
鼻先から上をちょこんと出して、大人しくすやすやと眠っていた
有珠はテーブルの上に組んだ両手を枕にして、まるで授業中の居眠りのように、小動物のような愛くるしい寝顔を浮かべていた
たまに、うにゃうにゃにゃんにゃんと寝言を発しながら顔の向きを変える姿に自然と笑みがこぼれた
そしてそんな私は、一人すっかり目が冴えてしまっていた
音のない夜は驚くほど静かで
イスに背を当てて、月明かりが差し込む窓から月や夜空をぼーっと見上げていた
新しい旅立ちの余韻に胸がまだ高鳴っていて、眠気はすっかり飛んでしまっていたのだ
「……… 」
少しそのまま目を閉じたり、自分の呼吸を気にしてみたり
充電中の携帯を触ってみたり
あまりにも寝つけず、私は気分転換に腰を上げた
スカートをひらりとなびかせ、灯を起こさないように跨いで喫茶店の重い扉を開けた
外に出ると、辺りに茂る木々は海の底のようにひっそりと深い眠りにつき
葉だけが冷たい風が通るたびにゆらゆらと音を立てて揺れていた
そんなどっぷり浸かった夜のふもとにじっと立ち、一人頬の酔いを冷ますようにたそがれた
「スーッ ハァー…ッ」
澄んだ外気を吸って、始まった感覚に物思いに更けた
(本当に、また始めたんだね )
(…きっと間に合うよね、今度こそ勝てるよね )
自分で出した問いかけのくせに、はっきりとした答えがわからず
いつの間にか、見上げていた首は下を向き、少しだけ現実味を帯びた瞳の先で足先は土をいじっていた
――ザッザッ
そのときだった、音のなかった世界で耳元に土を踏む音が流れた
「眠れないのか? 」
新しい寝癖をたくわえた、灯だった
「……うん、なんかついにって思うと目が冴えちゃって 」
二人の間に優しい時間が流れた
これといって何もなく、そのまま喫茶店の前で話した
灯は立ったまま壁にもたれかかって、私はしゃがみこんで
他の誰も起こさないよう、ゆったりと浮かぶ雲の下で小さく小声で話した
「灯? 聞いていい?」
「ん? 」
視線は合わせず、横に立つ灯に何気なく聞いた
「あの…さ、本当にまた巻き込んで良かったのかな…? 」
思わず本音が漏れる
(……… )
絶対無理だと思っていた
花火大会の日のように、全員が精一杯に走り回って夢を掴もうとした日々はもうって
けれど、また皆とこうして集まれた、こうして新たなチャレンジの門出に立つ事が出来た
夢中になって全員で作戦を考えたり、くだらないアイディアを出しあったり
一緒にご飯を食べながら笑ったり
ひよりの読んでいた本の栞を勝手にいじったり、灯にポニテを後ろから掴まれたり
それは何にも増して嬉しくて、がむしゃらに楽しくて
夏の匂いも感じれたり、今も充実感でいっぱいで
でもだから……
ふと一人で落ち着くと、その隙間から現実的にどっと‘もし’が湧いて押し寄せてきてしまう
「…私はね…正直また負けることが怖い 」
身体を丸めて、高一らしい胸の内を明かした
そして、灯はそれにいつもの口調とは変わって答えた
「この選択が正しかったのかなんて誰にも分からない、もしかしたら勝ち目はないかもしれない あたし達はただ自分達の首を絞めているだけかもしれない 」
「……… 」
「でもさ、だとしても、たとえこれが過ちだったとしても、あたしはこの道を皆で進みたいし、間違いだなんて一欠片も思ってない 」
「…うん 」
「上手く言えないけど、皆と一緒に信じた道を、この皆とこれでもかってくらい 最後の最後まで夢を目指してあがきたい 」
「うん… 」
そして、灯はしゃがむ私の頭をぐりぐりと撫でた
安心させるように地肌に熱を伝えてくれていた
良かった、話せて良かった
答えとかじゃなくて、気がつくと、胸の隙間はすっかりなくなっていた
「…でも、同じだよ、あたしだって、やっぱり怖い 」
「…そっか 」
ちょっとだけ、意外だった
そして、何だか、無性に嬉しくて安心した
「けどさ、そんなアンチがつくほどの壮大な夢を、あたしらは持ってんだよ? それってさ、結構スゲー事なんだよ 」
「敵ばっかりだけどね 」
「明日には味方もうんと増えてるけどな 」
不安なんて笑い飛ばせてしまえる笑顔をお互い向けて、私達は眠らない夜を跨いだ
「それでもゆりがまだ心配するなら、あたしが勝算なんかいくらでも作ってやる 」
「…ううん、もう大丈夫、ありがとう灯 」
「そっか、じゃあ寝ようか? 明日からまた忙しくなるさよ」
「うん 」
二人は幾分か晴れ晴れと、扉をそっと開けてテーブル席に戻った
「ねぇ、灯? 」
「なんさ? 」
(……… )
「なんでもない 」
「おう …」
もぞもぞと座り心地をお尻で確かめながら、眠る二人の前で、こっそりとお互いの気持ちを声以外の仕草で伝えあった
(また救いに来てくれて、皆を集めてくれて、本当にありがとう )
灯は耳にヘッドホンを被せて眠った
また、後ろ髪はねじれていた
そして、私も長かった一日を終えた
足を投げ出して、心地よい意識を明日へと手放した