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第5話

ようやく、ここからが出発点だ


クジラだって飛んでそうな希望に満ちた月夜の下

騒ぎ出した胸は熱を増して、逆らう意欲を膨らませて私達は勝負の夜を企てた


開け放たれた窓からは、まさに出航の朝にふさわしいマイナスイオンたっぷりの風が吹き込み、狭い部屋を最大限に広く使っている


更にはどっから持ってきたのか、テーブルの上には体育祭や行事でしか使われないような、巨大な真っ白の用紙が広げられている


それはまるで、部室の据えられた机と作戦が書かれていた黒板のようだった


「さて、どうするか 」


灯を筆頭に、黒ペン片手に考え出された策を協議していく


現在の街の状況から整理した私達の課題は


私達が警察に見つからず、当日、桐島さんのいる警察署までの道のりを撹乱し

そして警察より先にハルを見つけ、桐島さんを殺さないように説得し、導くこと


その後はどうなるかは分からない


けれども恐らくこれが真実を知った私達が、このカルマに介入する一番道徳的方法


・ハルを見つけ、ウィッチから救い、殺意を取り除く事


あのハンバーグでもだめだったんだ、とても口で説得出来るとは思えない

ハルはそれほどの傷を抱えている


だから、この三日間でこれに関してもあらゆる策を練る


・警察を阻止する事

・桐島さんに会わせる事


二人が対面したらどうなるかも分からない

今更ハッピーエンドは求めないし出来そうもない、結局どちらかが潰れて終わるリスクはある


だけどきっと両者の言い分を交えるには、やっぱり顔を見て、声を出して話さないといけないと思うから


それが、一度はカルマによってバラバラに引き裂かれた私達の経験から導き出された


真実の向こう側へ行く答えだ



***


とは言ったものの、勢いだけは一端に、確かに現実的に考えるとなかなか案が出てこない


ウィザードの広範囲のフェイクも、誰もを欺くスイミーの芝居も、そして重量ゼロのアマリリスの攻撃力も


今はもうない、全てが見つかってしまったのだ


つまり今、ここにはただの女子高生が五人いるだけ

ただの弱い、無力で普通の女子高生がいるだけ


それでどうやったら勝てる?

三日間で、どうやって一度敗れた街を倒してみせる?


どこをどうすればいいのか、全く想像も出来なかった


「……… 」

さすがの灯も今回ばかりは手の動きが止まっていた


「どうしましょうか 」


そのまま数分、ほとんど空白の用紙を囲み

立っては中腰になり、また行き詰まり座ってをメンバーは繰り返していた


「ほにゃぁ 」


誰しもが、やっぱり無理なのかと、薄々でも頭の片隅で思いかけていた


無駄に広い白紙が嫌なほどまじまじと気持ちを比例して


なす術がなく、力をなくした私達では無理なのかと

協議の時間を重ねるほど、偉大すぎる夢の逃げ口を塞がれるように


地に足をついた現実に、直面した沈黙の世界に痛感させられていた


ついに、灯の手から一度ペンが置かれようとした


そのときだった――


「ボクの‘友達の輪’…使う? 」


突如として、現状を劇的に破る、満天の部屋に響いた声


「…ぇ? 」


なんとそれを放ったのは、終始無言を貫いていた、あの奏だった


それまで重かった部屋の空気を青い爽快感がガラリと変え

目を疑うほどの凛々しい眼差しをジト目少女は向けていた


「ぇ…友達の輪って? 奏の友達? 」


「……こくっ 」

奏は青白い肌を向けて一度だけ頷いた


「失礼さけど、あんまり奏にそんな友達がいそうな気がしないんさけど 」


「お気持ちはありがたいのですが、残念ですが、あと一人や二人同年代の友人が増えたくらいでは何も変わらない気がします 」


「にゃぅ、というより、この秘密を今更誰かには話せないのです 」


囲んだテーブルで、冷静すぎる言葉が飛び交った


「……… 」

脇に立っていた奏はそれから言葉は発することなく


変わりに


悩む四人に向けて、――携帯電話の画面を見せつけるように、反発するように突き出し


「…‘みどり団’…」

これでもかと小さな声を張り上げて、そう状況を打破する切り札を差し出した


「……?? 」

意図が掴めないその強い発言に四人は戸惑いながらも


何かを感じ、とてつもない勢いに光る画面に釘付けになった


沸沸と胸がざわめいた


(…ドクンッ )


なんだろう、これだ、この感じ


――何かが、変わる予兆―ッ


どこかのサイトだろうか

画面にはホームページが開かれ、そこには三つ葉マークのマークが描かれていた


「みどり団って?? 」

灯が問いかけ、その瞳には何かを期待しているようだ


「東京、特に多摩地区を中心に活動する…、高校生だけの‘登録制SNSコミュニティサイト’」


「…! そうかッ なるほど、SNSサイトか」


「ぇ?なに?? 」

いきなり灯は身を乗り出し、明らかに先程までとは目の色を変えて奏に聞き返した


構わず奏は話を続けた


「…ログイン資格は…高校名と年齢、そして自身のユーザー名と‘痛み’をトピックに書き込む事… 」


「痛み?でしょうか 」


ひよりは分析し、有珠は分からずぽかんとしていた


「……何かしらの問題を抱えた高校生がそれぞれに様々な痛みをトピックに書き、また別の痛みを抱えた高校生がその人のトピックに書き込み、助けを協力する……


そして……その書き込んだ人の痛みにも、また恩返しや他の高校生がそのトピックに書き込み助ける……そういうシステムのSNSサイト 君たちと同じ‘痛みを共有する’サイト 」


(…カルマの法則 )


「面白いな!、いや、めっちゃいいさよっ 」

すっかり干からびていたのはどこへやら、灯は感情を露にして悪巧みの笑みを満面に浮かべていた



少しずつ、私も二人も躍動感に飲み込まれ、徐々に奏の狙いに気がついていく


「そして……このサイトを作ったのは、…何かに自分を残したいと 昏睡状態に陥る前に設立した、正真正銘、ボクのお姉ちゃん……  だから故に‘みどり団’」


「つまり、今は奏ちゃんが管理権限を持っているというわけですね 」

ひよりも冷静に頭を使って整理していた


「……こくりっ 」

奏は確信をつくように頭を縦に振った


「で? 肝心の登録数は? 」

灯が溜まった感情を並々まで膨らませて素早く切り込んだ


それに奏は嬉しそうに、相変わらずミステリアスな表情でニヤリと返した


もうわかるだろ?とばかりに、挑戦権とチャンスを授けた


「……今は‘262人’だよ、多摩地区で、小さなサイトだからね 」


「そうか、いや、十分すぎるくらい十分だ 」

その瞬間、灯の瞳は潤った


策士は、起死回生の一手を宿して不気味なほど無敵の笑みを浮かべた


「ほにゃぁー なんだかワクワクしてきたです」


「もうカルマも能力もカラッポなんでしょ…だったら…せめてお姉ちゃんが残した、この‘カルマと能力’使って…」


水面下で、勝利へのピースが揃い始める


灯の行動力と、もういない一人のメンバーのカルマが化学反応を起こし、空白を埋め尽くす


「凄い…なんか、本当に不可能じゃないかも、叶えられるかも 」


真夜中に手のひらには汗を滲ませて、夏休みを彷彿させるワクワク感が部屋に充満していた


「そうさよ、これを軸にすれば三日間でも十分作戦は考えられるのさ 」


「あとはどう駆使して、どうか使うかですね 」


「まさに大作戦なのですっ 」


希望の切り口を目の当たりにして私達は浮かれていた


そのときだった


「……でも使うなら、一つだけ条件が… 」

奏が最後にボソッと言った


「?条件? 」

「ぁぅー? 」

チョコバットを口に突っ込んだ間抜けな顔で有珠も首を傾げた


「……… 」


口ごもり、一定の間を置いた後


空気の温度差を変えて


勇気を振り絞るように奏は思いきって言った


「ボ……ボクを、…このチームに入れてほしい… 」


顔を俯かせて、いけない事をした後のような消え入るようなか細い声で、その胸の内をさらけ出した


言い終わった後に、奏は少しだけ自信無さげに口を閉じた



――その瞬間


「は?? 」

「奏ちゃん? 何を言ってるんですか? 」


――思わず、私も二人と同じ気持ちを抱いてしまった


「……そう…だよね、ボクなんて 」

引き籠もりだった夜の住人は、打ちのめされたように表情を冷たく曇らせた


(……奏も馬鹿だな )


――だって、なぜなら


「言われなくたってもうお前はとっくにselling dayと痛みを共有したメンバーだろうがっ 」


「ふふっ あらたまって何を今更ですね 」


「そうなのですっ、奏はとっくに仲間なのです お菓子もあげちゃうです」


(十日も前より仲間なのに、私達 )


「…っ…! 」

ジト目を見開いて、目の前の仲間を見ていた


奏らしくもない震えに、それは驚いたように、それは思い返すように


立ち尽くし、瞳はバッと濡れていた


「なんだ…そうか…っ…」

目の前の幸せを、泣き笑い、誤魔化さずに嗚咽を交えて噛み締めていた


「ボクは…もう…ッ」


「遅せぇんさよ気がつくのが、当たり前だろう 」

両頬から白い雫を落とす新メンバーを見て、灯はケラケラ親しげに笑った


ひよりは微笑みを絶やさず、有珠は心からの満面の笑みを浮かべて寄り添った


「そうだよ、私達は仲間だ、この五人が、私達がselling dayだっ 」


私は、少しだけ感動していた



「……ぐすっ…」

奏は、滴り落ちる涙を隠さなかった


それは、まるで一昔前の私を見ているようだった


………


私達は相変わらず何もかも欠けていて


相変わらず、防御を張る前に不意に来た手作りの優しさには成す術もなくて

免疫もなくぽろぽろと涙を浮かべたりしてしまう


それが、体温をなくした私や、レズビアンなんかの灯や、接触障害のひよりや、見た目の差別に苦しんだ有珠やなんかで


友達もいなかった、希望もなかった、痛みしかなかった同類で


だからよくわかるんだ、その涙が出てくる理由が


とってもよくわかるんだ


そんな、ばか正直に泣くほどの幸せに出会えた訳が


………


それをもう経験した四人は茶化すこともなく

ただただそっと呼吸を合わせて、新しい仲間の前で


月夜の光が差し込む橙色の中で、

ゆっくりと懐かしい瞬きをしていた


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