第4話
女子高生になって初めての夏
皆で始めた一ヶ月最後の週末、ついに私達はここまできた
最後の最後、最終戦突入だ
現状を打破して打って出た再始動のスタートは
女の子だけの‘お泊まり会’という、華々しい意味とはまるで正反対の大作戦会議の夜更かしで始まった
残された三日間を最大限に使うため、この勢いを途切れさすことなく今から日だまり喫茶店に泊まり込むことになった
なんだか私はそれだけでドキドキして、門出の酔い心地に歓喜していた
現実とはかけ離れた一世一代の大チャンス、久しぶりの完全アウェイの感覚が跳び跳ねたくほど無性に嬉しかったんだ
終わるまでは帰らない、警察にも邪魔されない方法で
私達はもう一度絶望と手を繋いで動き出した
………
皆を家の前で待たせたまま、私は慌てて身支度を始めた
駆け足で部屋に戻り、何日かぶりに新しいブラウスに腕を通して制服に着替え、ぐしゃぐしゃだった髪をポニーテールに結わえる
ブラウス一枚だけじゃ少しだけ肌寒かったけれど、なんでだろう、なぜかベストもカーディガンも羽織りたくなかった
床に置いた学生カバンの中に三日分のブラウスや下着の替えをぎゅうぎゅうに入れる
顔を上げて見た編み戸の外はすっかり晴れ渡り、待ち遠しいほどに私の胸を高鳴らせた
生徒証に、薄いお財布にあるだけのお金を詰め込んだ、他にもiPodや色々と使いそうな物をしまいこんでいく
余ったスペースには歯ブラシや充電器、また月曜日から始まる学校に必要な最低限の筆記用具をしまった
もうこれだけで旅支度のカバンはパンパンだった
重い学生カバンを背負い、携帯をポケットに入れて、編み戸のまま部屋を出た
最後に、リビングでイスに座ってテレビを見ていたおにぃに一言だけ別れを告げた
これから大変な迷惑が被る事も重重承知の上で、おにぃは何も言わず、紅茶をすすりながら小さく手を振ってみせた
(……… )
きっとやり遂げる決意を無言で交わし、私は全ての平凡を手放して、その場を去った
小走りで玄関に向かい、使い古したローファーを履いて、私は助走をつけて夜に身を投じた
――そして、右足はゆっくりと仲間のいるスタートラインへ踏み出した
「……… 」
世界は広がり、眠れぬ夜の旅が始まった
(ねぇ、ハル、私ね… )
こんな境遇にあっても、こんな逆境のど真ん中でも
私は一瞬でも自分が運が悪いなんて思ったことはないよ、ないから
こんな状況でも…、こんな状況でも…
必ず、立ち向かってみせるよ
どんなに弱くても‘諦めない’って、それをこんな風に思えた自分はきっと不幸なんかじゃないって
学校中にだって叫べるよ
(ねぇ、ハル、貴方はどうかな…? )
私は貴方に言いたい言葉がたくさんある
周りの奴らに勝手に運の悪い悲劇の主人公だなんて思わせたくない
だからこそ、このまま傷だらけの貴方を見捨てて終わらせたりなんか絶対にしない
……タイムリミット?、成功率コンマ以下?、カルマの法則?
いったいそれがなんだってんだッ
変えてやるさ、ここは私達の街なんだ――ッ!
主役は誰でもない、私達なんだ――
約束だっていい、どんな手段を使ってでも、最後には貴方のカルマを消化してみせるから――!
***
始まりのページを彩るような、真夜中の静けさが漂う並木道を進む
雨上がりの開放感と清々しさをたっぷり含んだ外気は、胸一杯に吸い込むと生き返ったように若々しかった
街灯だけの光がポツリと殺風景な道路を照らし、まばらな車が街を抜け出した女子高生五人の横を通過していく
僅かに流れる虫の鳴き声は涼しく、風に揺れる青い草の匂いが興奮を上乗せした
奏以外パンパンのカバンを肩にかけ
今にも見せつけてやるんだと、私達はそんな夢心地でいつもの道を歩幅を大きくして進んでいった
………
「威勢よく出たけど、さてこれからどうするかなー 」
いろは坂に入った辺り、隣を歩いていた灯がふと呟いた
徐々に景色は高く遠くなり、私達以外には誰もいない、だだっ広い夏色の坂道を白線も無視して自慢気に真ん中を歩いていく
そういえば、今更ながらに思えば灯の腕の包帯も、ギターの弦で切った有珠の指先も、無茶をしたひよりの指の怪我もすっかり治っていた
「作戦全く考えてないの? 」
「正直まーったくの白紙だ、てかどうすれば勝てるのかも全然想像できないさよ 」
灯がうーんと両手を頭の後ろに組んでお手上げとばかりに言った
「ですが現実問題、あと三日間で私達は何かしらの策を練らなければいけないわけですからね 」
背の高いひよりが悩む灯の横で続けて言う
「にゃんにゃんおー、きっと大丈夫なのです、喫茶店に行けば必ず何か思いつくのですー 」
不意に出た久しぶりのにゃんにゃんおに
思わず三人とも本題を忘れて、空のスクリーンに自然に安堵の笑みをこぼした
きっと大丈夫、その一言を聞くと
たとえアマリリスがなくても、ウィザードが使えなくても、スイミーがだめでも
不思議と本当になんとかなりそうな気がしていた
前を歩く奏の後ろ姿は真っ黒だった
真っ黒で、慣れないぎこちない動きでちゃんと四人と同じペースを重ねて歩いていた
「そうだね…、そうだよね 」
‘明日を乱したくなる’余白いっぱいの坂を歩きながら、そんな気持ちで私はたまらず身体がうずいた
見上げた空は見たことがないくらい澄んで果てしなく広くて
左手の雑木林にはまだカブトムシがいそうだった
そしてようやく、私達は新たな活動拠点に到着した
恐らく三日間私が生活することになる、小さな町外れの喫茶店
‘日だまり喫茶店’
***
橙色の光がないとただの小さな廃墟のようだ
ザッザッと足音を鳴らしながら五人は裏手に回った
森の匂いの中、カチャンと鍵が開く音が辺りに響き、奏を先頭に入っていく
「うっわ めっちゃ籠ってんな 」
何も見えない中で灯が声を発した
その言葉通り、中は全く換気がされていないのか、十日分の淀みきった空気で充満していた
ずっといたら頭が痛くなりそうな、まるで体育館の倉庫のような臭いだった
しばらくして奏が小さな店内の照明を点けた
すぐに温かみのあるオレンジ色が店内を包み込んだ
「……何もないけど…夜ご飯 準備してくるから…」
片言でそう言い残し、奏は奥のキッチンに入っていった
その瞬間、旅先の宿舎についたときのように、いつものテーブル席に重い荷物を皆揃って下ろした
「はぁ~ 重かったぁ 」
灯が遠慮なくイスにどっぷり座る
それぞれカバンを開いてお泊まりの準備を始めた
ごそごそ開いた灯のカバンの中から取り出された物は
「……… 」
CD、CD、次はと思いきや、またまたCD
おや?、出てくる出てくるCD
ん?、今度こそは…! と、もちろんCD
「……ねぇ灯 」
「んー? 」
鼻歌交じりにがしゃがしゃ鳴らす手を止めることなく灯は返信した
その間にもテーブルの上にはCDが積み上げてられていく
「これは少々おかしくない? 」
「どこがー? 非常に一般的なお泊まりさよー まぁ、場所は特殊だけどな」
がしゃがしゃ、がさがさ――
(……… )
「いやいやっ、お泊まりというより今貴女の出している荷物があり得ないほど一般的じゃないんですが!? 」
「ぉー! 久しぶりのゆりのツッコミだっ たまらん…! 」
(………ぇー )
自由すぎる灯の圧倒的空気に瞬きを忘れる
「まぁアレさよ、灯さんから音楽を奪ったらパワー半減だから大事なんさよ キリッ」
最後とばかりに、萎んだリュックの中からミニコンポが我が物顔で登場し、テーブルの上を占領した
灯は相変わらずくっしゃり笑ってみせた
「にゃ~にゃん~おー 」
半ば呆れて前の有珠の方に視線を移すと
(―ッ!? )
「ちょ、ちょっっと 待って有珠 」
思わず瞳の先の不意討ちに反射的に声を出してしまった
「にゃにゃ?? どうしたですか? ゆりも一つ食べたいですか? 」
「いや大丈夫… ってそこじゃなくてっ 」
視界の先には、パンパンに膨らんだカバンの中から出てくる
お菓子、お菓子、お菓子
駄菓子とお菓子の山!
更にはフィニッシュとばかりにロールケーキや和菓子やプリンまで出てくる始末
たちまちCD山の前にはお菓子の山がそそり立つ
「お泊まり会というわけですし 有珠急いで買ってきたのですっ えへへー」
そして天使のような愛くるしい笑顔を見せる有珠
きっと本当に楽しみだったに違いない
(……… )
なんだかとてもじゃないけど有珠のあどけない笑みを泣き顔に傷つけるツッコミは出来そうになかった
「はぁ…もう 」
変に疲れた後、この人は大丈夫だろうと一番のしっかり者に目を向ける
「ふふっ お二人とも個性的でいいですね 」
包容力のある微笑みを浮かべながら、随分スペースを持ってかれたテーブルの上にひよりの荷物が広げられる
日用品が出て、次にノートや筆記具、カバンの大部分をしめるノートパソコンを取り出した
(よかったぁ…ひよりはやっぱり普通だ )
まったく、それに引き換えこの二人は、本当に戦う気があるのだろうか
「ふふっ ゆりちゃん、ごめんなさい 」
「―ぇ?? 」
と思いきや、カウンターの如くひよりはこっそり照れたようにカバンから数冊の本をちらっと取り出した
ピンク色で覆われた表紙に女の子が二人抱き合っているラノベ
やたらとツンツンの髪の毛の青年がもう一人、女の子のような顔立ちの男子を捕まえるように背から手を回している漫画
「……… 」
「まぁーな、ひよりも女の子だからな 」
「仕方ないのですっ …モグモグ 」
「ふふっ、少し照れてしまいます 」
「ちょぉぉっと待った!! 」
「ぬー、なんさよゆり クレーマーか? 灯様そういうの好きじゃない」
「違うよ、てか色々とツッコミきれないよ! もうただのカオス空間だよ! 」
「ゆりちゃん大丈夫です、一応全年齢対象です 」
「そこじゃないよ! というか私は読まないよ 」
ひよりに関してはおちょくるように私の反応を楽しんでいた
「ゆりちゃんすみません、でも毎日眠る前に読んでいるので癖になってしまっているんですよ 作戦には支障は与えませんから」
くすくす笑いながら、ひよりは口元をカーディガンからちょこんと出した指先で押さえていた
「…まったく、もう 」
テーブルの上にはこれから街と戦う人間の物とは思えない品が散乱している
困り果てて、私はツッコミを諦めた
(でも、なんだかこういう会話も久しぶりだな )
気がつくと、目の前の三人の光景に、思わず私も釣られて一緒に素顔になって笑っていた
それはいつかの、部室のお昼休みに似てた光景だった
***
奏お手製のオムライスを皆で一つだけのテーブルで囲んで食べた
お肉がたっぷり入っていて、半熟のとろとろ卵には喫茶店のコックさん・奏の腕の実力を見せつけた
カチャリと手元で鳴った綺麗な銀色のスプーンが更に食欲をそそって、恥じらいも飾り気なく子どものように私は口に頬張った
感想はもちろん、口の中いっぱい美味しかった
なんだか喫茶店の夜にこういう風に食べていると、お泊まりというより、仕事前のまかない料理を食べているようで不思議な気持ちになった
奏も一緒に座って、一緒に食べながら賑やかに話に交ざった
一番最後に有珠がごちそうさまを言い
そして、私達はついに作戦を開始した
歯を磨くことも忘れて、時計の音も見失って、食器を片付けた後に、とびっきりの夢を目指して突き抜けた
籠っていた空気を入れ替える為に、蚊が入るとかそんな小さな事は何一つ構わずに
あちこちの窓を大げさに音まで鳴らして得意げに全開にしていった
洗い立ての真っ白いシーツがあったら干したいくらいの、新鮮な空気を青い夜風に乗せて総入れ換えした
気分も幾分か晴れやかになり、月明かりが差し込んだ店内の中心で、五人はテーブルを囲んで
長袖の袖口を捲り上げて、作戦を開始した