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第3話


固く閉ざされていた扉を開くと、通路のすぐ脇にはおにぃが立っていた


「いってこい 」

視線は合わせず、代わりにただ一言、そう深く私を後押しした


(おにぃ… ありがとう )

思わずずるずるの涙を右腕で拭った


あんなに苦しかった日々が嘘みたいだ


言いたいことは山ほどあった、感謝も謝罪も迷惑も…

でも分かりきったありがとうやごめんは連呼せず、私は頭を上げて深く頷いた


言葉数少なく瞳に涙を浮かべて、その一言にありったけの感謝を込めて述べた


「行ってきます…っ 」


そして、仲間の待つ扉を目指して走り出した


駆け出したその背には、微かにポツリと‘…これでいい’と

見送る家族の優しい声が一人言のように聞こえてきた気がした



***


玄関めがけて一直線のスピードは加速していく


充実した躍動感に身を浸して、手加減なしに真っ直ぐ伸びた両足が階段を叩いていく


なまけきっていた身体中の細胞が久しぶりの活路にウズウズ沸き立っていた


「はぁ…はぁッ 」


ずっとつきまとっていた背中の重みも、何の突っかかりもなかった退屈な日常はどこへやら


もったいないくらいの衝動感が真夜中の空気を清々しく一変させた

十日間のブランクを全く感じさせない軽い足がなりふり構わず目的地めがけて突っ走っていく


素足のまま階段を大げさに二段飛びして、つまづきそうになっても前へ前へ走る


久しぶりに感じたこの鼓動の高鳴りが、肺を内側から引っ張られるようなこの脈動感が


たまらなく嬉しい―ッ!


変えてやるんだ、ここからもう一度変えてやるんだ!、必ず辿り着くんだ!


――終わりたくないんだぁッ!


そう身体中がバラバラになるほど叫んでいた


涙を浮かべていた瞳はすっかりビー玉のような光を得て、息を吐く唇は無性にワクワクして笑みを作っていた



そして――


息を切らしてつまづきながら家の扉に手を伸ばすと


前屈みのままガチャリと重く頑丈な扉を開けると


――弾けた視界の先には



「なんだ、全然しょぼくれてないじゃん 」


「…ぁ…ぁ 」


「――‘リハビリだ!’ゆりっ 」


ベールを剥ぐと、灯の甲高い叫びが鼓膜を震わせた


雨上がりの空はこんなにも大胆に塗りつぶされた


目を凝らすと、広大な夜空のパノラマをシルエットに、制服姿の四人組が家の前に乗り込んで立っていた


悪巧みにニッコリ笑う栗色の癖っ毛のリーダー


その横にはふふっと微笑むカーディガンを着た背の高い根暗少女


天使のようなあどけない笑みを浮かべてしゃがむ小さな純白の女の子


ブスッと無表情で三人の脇に少しだけ身体を逸らして立つ夜の住人のようなミステリアス娘



「皆…どうして 」

雨上がりの月明かりの下、反逆の旗を掲げるように四人が絵になって揃っていた


「決して悪くもない未来だったんさけどなー、でもずっと四人で昨日考えてたらさ 」


「なんかやり残した事があるっていうか、あたしらもさ、ゆりのメール読んでやっぱりこのまま大人しくこんなんで終わるのは嫌だって、負けっぱなしは嫌だって、そう思っちゃったんさよ 馬鹿だから」


すると、四人は懐からもぞもぞと取り出して、それを私の前に見せつけた


「だから、あたしらはもう一度‘痛みを共有する’」


その手には、なんと退学届が握られていた


「もしだめなら退学してやるっていう覚悟の‘共有の契約書’みたいなもんだ 」


「……それって!? 」


「――selling day― 再結成だッ!! 」


「…ッ! 」

鳥肌が立った、全身がそのフレーズに痺れた


「ここまできたら最後の最後まで付き合いますよ 」

ひよりが長い髪をなびかせて不敵に微笑んで言った


「もう一度、僕も逆らうのです! 」

銀色の髪と青色の瞳の少女の僕も目を輝かせて続いた


「……こくりっ 」

奏のほうを見ると、ジト目のまま一度だけ頷いた


「でっかい事してやろうぜッ! 学生生活を賭けた大博打だ 」


「……っ…ぐすっ 」

泣き終えたはずの涙が、またじわりと滲んで溢れてきた


「……本当に…馬鹿っ 」

嬉しくて嬉しくて、無防備に流れるそれを隠すように、照れ隠しに私は瞳を前髪で伏せた


言葉とは裏腹に、目の前の灯は単純なほど満足げに笑っていた


(…でも… )


「皆…ライブは…?、ライブはどうするの? まさか諦めちゃうの? 」

少しだけ嗚咽を交えながら、唯一の心配要素を私は口にした


カルマと引き換えにしてしまう、その大きすぎる代価だ


「ライブには絶対行くのですーっ 」

真っ先に有珠がにゃふーっと飛び上がりそんな不安を打ち消した


「ふふっ、もう私達恒例の付き物ですね、ゆりちゃん‘タイムリミットですよ’」


「……ぇ 」


「そうさ!‘三日間で世界を変えてやるんだ!’」

澄んだ空の下、灯が胸を焦がすほど熱く声を轟かせた


「ハルはあたしらの友達ってわけじゃない、けど親友の大切な友達だ、だったら全員で助けるしかないじゃんか 」


「ライブには本当にやりきった後で行きたいのです、中途半端な気持ちは嫌なのです 」


「ゆりちゃんのいないライブに興味なんてないですからね 」


「…ボクも……力になれるなら 」


全員が団結し、真剣にこの街の真実の向こう側に行こうとしていた


「救いに行こうッ まだ時間は三日も残ってる! 」

灯が手を差し出していた


「…ぁ…ぁ 」

言葉にならなかった

孤独な仲間がもう一度集まり、夢を追おうとしていた


「……… 」

限りなく絶望的に不利な状況にいることは間違いない

失敗すればライブには行けず、それどころか今度こそ退学は間逃れない


それくらいのリスクを背負わないときっと逆らえない戦いだ…


自殺行為だ、普通ならここは大人しくやり過ごすのが当たり前だ


だけどね


(…そうだ )


私達は、私達こそが


(‘――selling dayなんだ’)


その名の通り、私達を売り込む出航の朝だ!


ここで一歩踏み出せば、目の前には劇的な変化が、紙一重の凄絶な戦いがきっと待っている


本当に叶えてしまえる、カルマの法則さえ覆してしまえる

そんな夢みたいな大逆転がこの五人とならしっかりイメージ出来てしまう


(……… )

だから私は、もう一度ボーダーラインを越える決意をした



「私も、全てをかけるよ 」


――胸を張って、星もない静かな夜に、最後のチャンスをカルマへと踏み出した


日常を捨て、街中がまた敵にまわった


けどやっぱり、私達の分岐点は、進む道はこうでなくちゃだめだ


圧倒的不利な状況やリスクな時間の中でも、何度でも諦めずにカルマと対峙してきた、そして消化してきた


それが私達の青春だ


「じゃあ早速、作戦を考えにこれから日だまり喫茶店に‘お泊まり’に行くぞ! 」


――そして再び、弱者達は気高き執念を持ち、戦場へ再臨する


負けない為に、後悔しない為に、力と危険を共有し


たった一つの終わりを迎えるため、三日間で世界を変えるため、落ちこぼれは立ち上がる



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