第18話
「先日は、どもー 」
お店のエプロンを着用したアルバイトらしき店員さんを見つけて、灯は声をかけた
一言二言話し、バイトさんがスコアブックを棚に補充し終わるのを待ち、そのままアンプのコーナーへ足を運ばせていく
「…灯、知り合い? 」
初対面ではないらしい反応に、耳元で小声で聞くと
「おうっ、先週助けていただいた紳士さんさよー 」
わざわざ小声で聞いた問いにも関わらず、灯はなんとも灯らしく大きな声で答えた
そうこうしているうちに、アンプのコーナーに着く
そこは店内の四分の一ほど、かなりのスペースを使っていた
見渡す限り、ところ狭しとライブで使うような巨大なアンプ、小さなミニアンプが積まれて身を寄せあっている
「持ち運び可能なエレキアンプで、アコギにも対応してる、迫力のある大きな音が出るアンプだとどれがいいっすかー? 」
「そうですね、そうなりますと ここら辺にあるのなら大体は対応していると思いますよ 後はお客様の希望する音量とパワー次第ですかね 」
そう言うと、大学生くらいの店員は丁寧に話しながらいくつかのアンプをひょいっと引っ張り出してみせた
適当にギターを持ってきて、近くのパイプ椅子に腰をおろす
すると、こなれた手つきで先程出したアンプをギターとケーブルで繋ぎ、ボリュームダイヤルを回した
たちまち、ジャッジャッ!と歪んだ力強い電子色が鼓膜の側で暴れた
予想していたよりもずっと大きな、まさに生の楽器の迫力に思わずビクリと背筋が震える
「うーん サイズはこれくらいがベストなんですけどねー、ボリュームが足りないかもっす 」
と言って、一般的電子レンジ、またはブラウン管テレビサイズの黒いアンプに灯は却下の意向を示した
(あんなに大きかったのに、この音じゃだめなんだ… )
素人の私からすれば十分すぎるくらい十分な轟音だったのに、灯にしてみればしっかりこなかったらしい
次、また次と、三十分ほど大小様々なアンプ達が鳴らした末に、指揮官は却下と保留を溜め込んだ
これぞというものに出会えないまま、ついに店員さんが該当する全てのアンプを鳴らし終えたのだ
それでも灯は唸り、どうもしっくりくるのがないといった様子だった
「ねぇ、それは? 」
それに見かねて、何気なく、私が指差した物
悩むリーダーの足元近くに偶然目に入った、置物みたいなアンプだった
値札には、マジックペンで書かれた割引価格を斜線で大きく消した跡があって
まさかのそれでも売れなかったのか、また更にその下に半額以下にされた見切り価格がでかでかと書かれていた
(うわ、汚… )
ズリッと引きずり出してよく見れば、それは欠陥品なのか、光を浴びた黒色の四角いボディは想像を裏切る灰色の薄埃を被っていて
……ちょっと後悔した
「お客様、それですか… 」
「ぁ、…と…? 」
指差すそれに目を逸らして誤魔化すと、店員さんは困った顔でクセのある代物だとぼやいた
「正直、店側から言うのもアレなんですが、オススメは出来ませんね 」
最初に鳴らしたブラウン管テレビサイズ
形だけなら、始めに灯の出した条件
・運び可能の手頃なサイズ
というのだけはばっちりクリアしていた
しかし店員さんの説明では、抜群の爆音と破壊力を兼ね備えた一方
柔らかく柔軟な音が苦手なため、周りの楽器を掻き乱してしまう
単体の弾き語りでもなければとても使えないと、そう説明された
見た目の予想通り、まさにアンプの中ではいわく付きの問題児だった
なんだか哀れみにも似た、私達に似たものを感じた
(厳しい灯判定ならこれは弾かなくても却下かなぁ )
そう思ったときだった
目を逸らしたときだった
「あたしに、弾かせて下さい 」
(ぇ? )
驚いた、実に意外だった
灯は唐突に言い、そして今日初めて、自らの手にギターを握りしめたのだった
パイプ椅子に座り、出来損ないのそのアンプにケーブルを差した
(?、なんで、なんでわざわざ売れ残りのアンプなんか? )
さては店員さんの話しを聞いてなかったのか
はてなマークいっぱいの私をよそに、灯はボリュームダイヤルをほんの少しだけ上げる
すると、アンプはたちまちジーッと大きなノイズを立てた
いつでもいいぞ
まるで今にも音を出したいとばかりに、残念判定を覆したいとばかりに言っている気がした
それに答えるように、完全アウェーの真っ只中、白色のピックがピンと張った六本の弦を捉えた
次の瞬間、下の弦めがけて豪快に右手がスイングする!
――俺は不良品なんかじゃねぇぇッ!
埃が払われ、落ちこぼれが火を吹く!
――ギャイィィインッッ!!
「―ッ!? 」
今まで押し殺していた分ありったけを躍動感ゴリゴリに叫んだ
身構える隙さえ与えず、周囲の空気は瞬く間にして吸い寄せられた
「び、びっくりした… 」
第一声に、終わってもまだ耳元にわんわんと反響して残っている
「そうなんですよ、サイズと音だけはいいんですが、今みたいに荒いと言いますか、繊細な音が本当に出しずらしいアンプなんですよ ましてやアコギには…」
「やっぱりそうですか 」
「はい、なので、やっぱり最初に選んだこっちのほうなら 」
「…いや 」
そのときだった、説明をする店員さんの声を切り、灯はひときわ真剣な眼差しで呟いた
「あかり?? 」
ギターのネックをギュッと握ったまま、ただじっと誰にも買われないその売れ残りを見つめて
「そうか、お前もなのか… 」
「お前も‘落ちこぼれ’なのか 」
そして、灯は言った
続けて、リーダーは勧誘するように細々と漏らした
「どうする?、一緒に行くか? 」
「ぇ…、でもほらこれ、あんまり良くないらしいよ? 私にはよくわかんないけど 」
トントン拍子の一方通行で進む灯に、店員も横であっけらかんとしている
私は大袈裟に手なんかを振って、先程店員が使った言葉を繰り返してみる
「アコギ?だっけ、には向いてないらしいよ? 」
多分、私なりに最低これよりは性能が良い物はあると思ったから
一般的冷静な意見に言ってみた
でも、灯は違っていた
いや、灯は知っていた
「ゆり 知ってる?、ギターの感動ってさ、上手い下手でもなくて、不思議なことに楽器の性能でも、ましてやテクニックでもないんだ 」
(?? なんの話?? )
突然の発言
「えっと、じゃあ…なんなの? 」
きょとんとすると、灯は次で全ての疑問をねじ伏せた
「‘化学反応’ 弾き手の伝えたい感情が乗った声、そんでそいつを叫んでくれるアンプ 」
(……化学反応 )
「あたしは、それはこいつだと思うんだ こんな爆音しか鳴らせない取り柄一つの落ちこぼれが、きっと鳴らしたかった音が、あたし達の求める感動とピッタリ相性が合ってると思うんさよ 」
その言葉に、不意に首筋にゾクリと爽やかな鳥肌が立った
「有珠には、有珠の鳴らす無茶なギターをフォローしきれんのは、こいつの音だ そんな気がする」
常識に囚われる事なく、灯はにかっと満面に笑って言いきった
「こいつも同じ、今が最後のチャンスなんだと思う、だからこいつには、その一瞬にしか出せないガッて爆発的な勢いが備わってる 」
「ゆりはさ、そんな気しない? 」
淀みなく真っ直ぐに、無邪気に、彼女は瞳を輝かせて誘惑した
キラッキラに眩しかった
その若すぎる挑戦的な言葉と空気に触れて、また胸の奥でドキドキが押し寄せてる自分がいた
(……… )
なんでだろう、今までの自分達の経験からかな
説得力のある灯の説明に、確証のない自分たちの世界がこんなにもすんなり開けた気がしたんだ
大事な何かが、この古びたアンプには宿っている
今にも変化の兆しが見えてきそうでならない
そんな気がして、だから多分無意識に、気がつけば私は言っていた
「そうかもね、なんだろう、私も 」
「‘そんな気するよ’」
少しだけ酸素を多く吸って、頷いていた
落ちこぼれ同士、たった一人を救う為だけにがむしゃらに音をかき鳴らす姿が
不思議なほどしっくり、目を閉じると鮮明に描けてしまったのだ
………
最後まで店員さんは「本当にこれでいいんですか?」と繰り返し
角も欠けて埃も被ったそれだけでは申し訳ないと思ったのだろうか
購入するぎりぎり、親切にアンプ用ソフトケースまでセットにして付けてくれた
一見すると旅先に持っていく小さめのキャリーバックにも見えるそれは
下に小さなキャスターが四つ付き、引いて持っていく為のキャリーハンドル付きだ
側面には普通にカバンみたく持つ為の太い手持ち紐も付いている
無理をすれば背負ったりも出来そうだった
「ぁっ! 忘れてたさ!」
「ぇ? まだ何かあるの? 」
お会計を済ませる間際、灯はハッとしてそのまま慌てて足音を鳴らして何かを取りにいった
後ろのお客さんが睨みを向けて、いかにも苛立っている
「す、すいませんっ これも追加で! 」
帰ってきたその手に握られていたのは、見覚えのあるものだった
(これって… )
よく覚えている、いつかアマリリスを入れた、あの改造前のソフトギターケースだった
そうして、手荷物いっぱいに、私達は楽器屋を後にした
「ところでこのアンプ どこに持っていくの? 日だまり喫茶? 」
「いや 」
そうして灯は目一杯右腕を高く掲げ、全身を使って指差した
「‘この上さ’」