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第17話

歪んだ正義が飛び交う裏世界を、灯と私は託された


最終決戦を明日に控えた夕暮れ


大きく熟した緊迫感と使命感を背負い、私達は手始めに、灯の家からパンク修理を終えた自転車を引っ張り出してきた


壊れるまで乗りつぶした、あの懐かしいママチャリだ


いつもの二人乗りで、いつもの並木道のトンネルを走り抜ける


灯は前傾姿勢を保ったまま、ヒビ入りのペダルをフル回転にかざして通行人を追い越していった


迷いなど早々にない、向かうは最後の戦場だ


身構えた肌に、初夏にも似た快適なスピードが涼しい風を当てる


久しぶりの活躍にか、待ってましたとばかりに自転車も荷台に乗ったお尻にリズムを伝える


そうしたどれもが、今から始まる楽しい楽しい計画への要素で満ち溢れていた


そして十メートル先、五メートル、二、一、



颯爽とゲートを潜り、炭色にそびえ立つ支配者達の城がその顔を出す


見渡す限り只の駅前、一見広くて平和で、学校終わりの生徒がたむろする慣れ親しい場所

そしてそこは、ごく一部の人間を巻き込んだ、どす黒い秘密を持つこの街の抗争地帯


花火大会の日、私達が必死になって走り回った凱旋の舞台が、数奇にも最後の舞台だ


***


スクランブル交差点に飛び出し眺めれば、街はすっかり学校終わりの制服達が社会人に混じって群れていた


ネクタイは緩み、ワイシャツは裾は飛び出し、ちゃっかり家路を抜け出した高校生達が楽しげに顔をオレンジ色に染めて話している


長い信号待ちに久しぶりに足を地面につけて


そして、ふと考える


(……… )


果たしてこの中で、明日、街で戦争が起こるとは一体誰が予想しているのだろう?


その考えと同時に、リア充はびこる溢れんばかりのエネルギーの中、ポツリポツリと携帯をいじる制服を見かけると


(ぁぁ… )

この群れの中にもみどり団の落ちこぼれや、省かれ者のメンバー達が独りぼっちでいるのかもしれない


冴えない表情で息を潜め、しかしネット内の水面下ではとんでもない変化を待つ弱者達


なんて、そんな夢みたいな勢力を想像して、密かに沸々と心が高鳴った



***


今日も変わらず京王線の電車は新宿からサラリーマンを乗せて帰ってくる

何ら変わらない、いつものお疲れムードの茜色に染まった聖蹟桜ヶ丘駅だ


そんな一角に二人はウイルスの如く忍び、駅の改札口へ続く長いエスカレーターを上っていく


意味もなく振り向くと、首筋にうっすら夕焼け色をした風がかすめる

同じようにして、前に立つ栗色の髪がふわりと後ろを向いた


「うにー、結構買い足すものあんなー 」

そう言う彼女の手には一冊のノートが握られている


作戦を翌日に控えても、未だにメンバーは内容をおおざっぱにしか聞かされていない


「一つずつ揃えていこうよ 」


だからもちろん道具も知らない


けれどもそれはずっと前からの事で、灯らしい癖だ

最後に全員の気持ちを爆発的に団結させる、煽って引き締めさせる、これはそのシチュを作る手段みたいなものだ


灯の作戦を信じているからこそ私達は完全に身を委ねられる、だから何も口出しもしない


そして現在、学校を後にした私達は二手に分かれていた


駅前で調達をする組、つまりは私と灯


喫茶店本部で作業をする組、つまりはひよりと有珠と奏


ひよりはウィザードを一から作り直し、有珠はまた新しいみどり団のユーザーからのメールを返信する作業

奏は制服フェチの知恵を生かし、灯から言われた特殊な道具達を翌日配達が可能なネットショップから発注する仕事を担っていた


更に奏にはもう一つ、灯から街の隅々を知る能力に頼み事をされていた

それにはなぜか、私の‘携帯’を貸してほしいと要求された


意味なんて分からなかった、理由も聞かなかった


それでも私は信頼した、私は奏を、灯を信じて、現代っ子の命の次に大切なそのアイテムを勝つ為に預けたのだった


そうして、まさに全員が身を挺して一丸となり

負ければ退学の十字架を背負い、たった一つっきりの秀でた一芸を駆使する計画を紡ぎ合わせていた


………


「ねぇ、そろそろどこに行くのかくらい教えてくれない? 」


長いエスカレーターの中間辺りで、私は問いかけた


「うーん、色々と寄るとこはあるけど、まずはあそこかぬぁー 」


「あそこって?? 」

首を傾げて尋ねると、灯はどこかニヤリともったいぶって言った


「にししっ、映画館にー、ディズニーストアにー、ぁ、灯様銀だこ食いたいな 」


「いやいや、どこに行く気なのっ、というかこれはデートかっ 」


「ふげシっ! 」

おでこをパチンと軽く叩くと、灯は驚いた拍子に目を閉じた


「ぅぅ…灯さんの冗談さよ 」


「それで、今からどこに行くの? 」


少し真剣だっただけに、問いただすような声になってしまった


すると灯はまたも得意げに時間をもて余して

私の好奇心をギリギリまでくすぶらせたりして


「‘楽器屋!’」


とびっきり嬉しそうに、今度こそ、意外な言葉を放った


「楽器屋? なんで? 」


「勝利の鍵を握る‘最終兵器’を手に入れる為 」


「?? 」


やけにカッコつけて、灯は指の関節をポキポキと鳴らした


そうして、今では懐かしい、私とハルが初めて出会ったエスカレーターを大きな歩幅で越える


灯を先頭に、趣旨も知らされぬまま、イベント前日の買い出しにも似た気持ちで駅構内の楽器屋を目指す


「えっと、五階だね 」

駅ビルに入り、階段脇に取り付けられたプラスチック製のフロア案内板を指差す


丁度帰宅時間のピーク、大きな駅ビルの中はさながらクリスマスの人の活気で賑わっていた


そんな人ごみも、今日ばかりは気分も悪くない


ふと見ると、桜ヶ丘男子校の制服を着た二人組がギターとベースのケースを背負ってじゅれ合っていた


向かう目的地はきっと私達と同じで、近々文化祭ででも披露するのか、その歩みには何か真っ直ぐなオーラに満ちていた


それに釣られてか、明るすぎる店内の白色蛍光も起爆剤となり、自然と靴下に収まった私の両足もウズウズした


(エスカレーターはどこだろう? )


フロアマップを見返そう


とした矢先


「待ちきれねー! ゆりーっ、どっちが早いか競争だじぇー! 」


「ちょちょっと灯待ってっ、ぇ、ていうか階段から行くのッ!? 」


またも暴走


灯を目をくしゃっとさせて、有り余るハイテンションでパタパタと先走り、階段を駆け上り始めていた


私の制止など意味もなく、結果として最後まで私も汗だくで五階まで走りきり



「だぁ……はぁ、はぁ 死ぬ…っ 」


「だ、だから最初からエレベーターで行けば良かったのに 」


気がつけば、二人して膝に両手をつけて無駄な疲労感に息を荒くしてへばっていた


「…もう、なんで階段でなんて言ったんさよー」


(ぇー…… 私 一言も言ってない )


終始そんな灯のペースに振り回されながら、私達は思わず顔を見合って頬を緩ませた


学生らしい事とか全部放り出して、ただ二人で走った、その単純すぎる感じがひさすらに気持ちよかった


それは気恥ずかしさもあり、こそばゆい嬉しさもあり、不思議と懐かしい気持ちをかよわせた


そして終わってみれば、これは灯なりのさりげない優しさだったのかもしれないと、そうも思った


表面には見せない学校を失った私の不安をすくい、額に汗まで浮かべて、間接的に埋めようと努めてくれていたのかもしれない


なんとなく、普段からの灯の姿勢もあってそんな事も思った


そして、私達は勝算を握る楽器屋の前にたどり着いた



***


見渡すと、ワンフロアを贅沢に使った店内は目移りしてしまう輝きを放っていた


綺麗に壁に立てかけられた新品のギターはどれも曇りなく光を反射し、色とりどりの形を揃えている


種類ごとに細かく仕切られた棚には、アーティスト使用と書かれたピックからお手頃チューナー、何から何までお客を喜ばす色を蓄えていた


「ぉー やっぱしここに来ると興奮する 」


見ると、先程見た制服二人組がスコアの並んだ棚から楽譜を手にしていた


つい、口元が緩んだ


「私は楽器やらないけど、なんだかここは好きかも 」


すごく、皆が生き生きしている雰囲気が空間から滲み出ている気がする


奥に設備されたの防音スタジオから響くバンドの演奏や

店員さんがお客さん相手にアンプを通じて鳴らすギターの電子音、大きく立派なドラムセットも


指先で触れただけでドキドキしそうで

初めて味わうたくさんの世界が、小さな高校生の胸を一杯に覆いつくした


なんだか、それだけで本当に明日を変えれる気分になった


そうして、ついに本題に取りかかる


「この中で何が必要なんだっけ? 」


「えっと、有珠から頼まれたのは 」

と言って、灯はノートのページをペラペラめくる


しばらくした後


「おっ、これさねっ 」


壁際の棚に行き、タバコサイズ程の小さな箱形がびっしり並んだ中から一つを指差した


「アコースティック・シュミレーター?? 」

レトロ感の漂う、一見おもちゃにも見える可愛い機械だった


アンプから流れるギターのサウンドを変える‘エフェクター’という物らしい


「つか金足りるかなぁ 」


「皆からあんなに貰ってきたのに? 」


すると、灯は全員から預かった貯金と手持ち分が入った茶封筒をカバンから出した


つい先程、学校前のコンビニの事

メンバー全員、ATMの前でおしくらまんじゅうになって画面を操作した


お年玉やお小遣いを貯めた貯金、それら全てをたった明日一日分だけの為に全額はたいたのだ


この薄い茶封筒の中には、その高校生四人が託した重い重いお札の束が詰まっている


「大事に預かったんさ、無駄にはしない、でもぶっちゃけ…周辺機器は高いんさよ 」


そして、エフェクターをまず確保して次に進む


「次はこいつさね 」

目の前には、多種多様なボーカルマイクが陳列されている


その中から灯が手に取ったのは


「へぇ、そんなマイクもあるんだ 」


超小型軽量とポップが付けられた、白色の‘ヘッドバンドマイクロホン’


前に立てかける一般的なマイクとは違い、よくオペレーターやジャニーズのライブで付けているようなやつだった


細い棒状の本体を両耳にかけて固定し、小さなマイクの先端が丁度口元にくる形をしている


コンパクトで激しい動きにも対応できそうだ


「うわ、てか 高っ! 」

そして値段も大変高価に仕上がっていた


他にも、そのすぐ近くのオーディオ小型ミキサーも一緒に購入した


CD程の平べったい大きさ、銀色のフレームにつまみが四つ付いている


灯に聞いたところ、普通はギターアンプとマイク専用のボーカルアンプを使うのだけれど

これはその両方を調節して一つのアンプから出す事を可能にする大変便利な装置らしい


ギターとアンプだけあればバンドが出来ると思っていた私には、それは全く複雑で未知のもので、ただただ感心してしまった


「それにしても本当に色んな物があるんだね 」


「ギターはそれだけ奥が深いんさよ 」

ふむふむと頷いていると、次なるアイテムがやってきた


「今度はなに? 」


「じゃんっ、USBインターフェースです 」


「いんたーふぇーす?? 」

謎の言葉に片言になる


「うーむ、説明が面倒さけど、簡単に言うとアレかな、パソコンを使ってアンプをスピーカーの役割として音楽を流したいときに使うもんさね  まぁ他にも使えるけど」


「それは普通に繋げられないものなの? 」


私はひよりほどパソコンにも、灯ほどギターにも詳しくない人間なので、ついケーブル一本と根性でなんとかなると思えてしまう


でも現実は、そう単純ではないらしい


「えっとな、パソコンに付いてる差し込み口のUSB端子と、ギターに使うアンプのLINE端子がまず全然別物だから、それを繋ぐ役割を持ってるのが、このUSBインターフェースなんさよ ゆり君お分かり? 」


「なんとなくで分かりました 」


こくりと、少し砕けた表情で頷いた


選んだ品々を一回レジで会計を済ませる

高校生が然も当然と出した一万円札束に、店員も驚いた様子だった


会計を済ませる間


なんだか今買ったモノ一つ一つ、果たして二十数時間後にはどんな魔力を宿して活躍しているのか


最後を飾る随一の武器の分だけ、想像しただけでも口の端から笑みがこぼれた


それは期待でもあり、自信の表れでもあり、ただここにいる放課後の余韻でもあった


そして最後に、灯はこの戦いで一番大事な機材を探しに夜を進めた


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