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第16話

-9月30日-(火)- 3日目


聖蹟桜ヶ丘女子高校


放課後、赤みを帯びた西明かりが、賑やかな生徒達の横顔を遠く染め上げる


六限目の数学の抜き打ちテストの疲労に唸りながら、灯と肩を並べて廊下を歩いてゆく


乾いた街は、少しずつ色調を変えて夜を迎えようとしている


selling dayが再結成してから早三日、ついにタイムリミットの最終準備期間だ


思う存分溜め込んだアイディアと能力を手に

唯一の‘縁’を結ぶ為、私達は大作戦に必要な道具を揃えに駅前へ繰り出す約束をしていた


調達、細工、下調べ、偵察


失敗の許されない解放劇を起こす為、私達は危険な戦場へ赴く

「にしてもクラス違うと こういう時めんどくせよーな 」


放課後すぐの校舎というのは意味もなく動きが多い

学業からの一時の解放に、私でさえ茜色の傾く校舎の中で羽を伸ばしたくなる


廊下にはそんな生徒で溢れている


友達と話しながら掃除をする生徒、カバンを持って生徒玄関や部活へ向かう生徒

はたまた帰りの予定に花を咲かせる生徒なんかでごった返している


「教室に行けば済む話でしょ 」


そして私達は、まさにそのどれにもカテゴリーされていないジャンルに属する


だらだらと進み、先にひよりのいる教室に向かう


掃除中だったひよりを外から茶化して回収し、校舎を反対側に歩いていく


有珠と奏のクラスはまだホームルームが終わっておらず、中から先生の声がしていた


三人で廊下側の壁に背を当てて待つ


しばらくして中からイスの引く音が一斉に響き


「お待たせしましたのですー 」

カバンを手に、続々と出てくる生徒の間から有珠と奏が小走りになってトテトテ寄ってくる


全メンバーが揃い、いざ、ようやく下校


――そう思った矢先だった


ふと、さっきまで中にいた先生が、なぜか私達に歩み寄ってきたのだった


「ぁー、お前ら ちょっと待て 」

無駄に細長い顔と長身からゴボウに似て、あだ名が何とも単純にゴボさんと呼ばれる、小田という先生だった


「えっと、なんですか? 」

生徒からは親しみのあるお父さん的な先生だったから、私はつい油断していた


すでに私達が、一度のペナルティを食らっていた事を……


「ぁー、お前ら、また性懲りもなく裏でこそこそやってないだろうな? 」


「や、やってないに決まってるでないかいっ! こんなにいい子に育った生徒達を疑うとはっ、ゴボさん見損なったさー!」


その瞬間、コツリと灯の頭にチョップが振り下ろされる


「馬鹿、すでにお前らは前科あるだろうが というかお前はまず髪の色だ」


冗談半分に言い、ゴボさんは続けた


正直、私はズキリとした、今まで経験上、本能的に何かの罰が来るのを悟った


「いやなぁ、あれだ、なんというか昨日、学校のパソコンに変なメールがきたんだよ 」


だから渋々と、とばかりにゴボウに似た頭を掻く


「メール…でしょうか? 」


「お前らがまた裏で何か問題を起こすような事をしている、なんというか密告みたいな内容だったんだよな 」


(…っ! )

頭に電流が走る


…やられた


先手を打ってそんなことが出来る者がいるとするならば


「確か送り主は、あーと…うん、あれだ‘ガリレオ衛星’とか言うのだったぞ? お前ら心当たりはあるか? 」


「ッ! な、ないですッ 」


その刹那、頭に巡った言葉とゴボさんの声がリンクし、思わず反射的に不自然な声を張り上げてしまう


気がつけば、私はまるでむきになって自分が嘘をついていないと言わんばかりの反応をとってしまっていた


「?なんか怪しいなぁ? まぁこんなでも一応俺も教師だからなぁ、一回形だけ取らなきゃいかん、今から職員室に来い お前らへのメールだしな 」


……まずい


ここで捕まるわけにはいかない


捕まれば、……死ぬ


刻々と逃げ道が塞がれていく時間の中で、立ち尽くし私達は考える


平静を装いながら、息を殺してどうにか手探りで逃げる術を考える


――探せ


逃げ道を探すんだ!


そしてコンマ数秒、緊張したピンチを真っ先に救ったのは、有珠だった


「先生っ! 」

ビシッと手をあげて、無駄に大きなモーションをとった


「うお?なんだいきなり?」

歩き出そうとしていたゴボさんが驚いた様子で振り返る


(有珠…? )


一定のための後、有珠は能力を解放した


「実は…有珠達、これからどうしても行かないといけない所があるのです 」


…ゴクリッ


「うん? 行かないといけない所ってなんだ?」


息を呑み、神に祈るような思いで周りのメンバーも有珠の打ち出した助け船に意識を集中する


「‘中央病院に’これからお見舞いに行かないといけないのです… 待っている友達がいるのです」


その瞬間、今までの寸足らずな少女は消え

それはそれは相手の同情を誘う悲劇的声質に変わる


「なんだどうした? 知り合いが事故でも遭ったのか? 」


「…ぐすんっ、実は…コクリ…ッ 」

思い出しただけでも悲しみの涙が溢れてしまう、もちろん嘘だ


周囲は完全に有珠のペースに引き込まれる

瞳はうっすら腫れて、今にも端から滴り落ちそうな涙をじわりと溜めている


すべて、嘘だ


「…行くって、有珠約束したの…ッ 」


「も、申し訳ありません、面会時間が今から行くとギリギリになってしまうんです 」

すかさずひよりも波長を合わせて加勢する


「ぉ…ぉぉ、悪い、そいつは行ってやるべきだ 」

不意を突く幼い泣き顔に、なんともぬるい返事が帰ってくる


周囲を通過する生徒達の白い目を浴びながら

たまらずゴボさんは小さな肩に手を添えて慰めた


思いっきり困惑した顔だ


水面下の駆け引きが続き、そして


「うーん、まぁいいか、それに比べたらこんなのは大事なことじゃない うん、そうだ」


「…ずみません…」


内容だけではベタ過ぎるそれさえも

有珠のスイミーを駆使すれば、疑う隙さえ与えず、まんまと人のいい返事へ誘導させる事が出来た


ゴボさんは有珠の無垢な性格から、まさか嘘をついているという考えも思いつかないといった感じだった


難を逃れ、私達は失礼しますと一礼をしてそそくさとその場を去った

途端に緊張の糸が切れ、ふぅと階段へ逃げ込もうとした


――その刹那


「ぁー、お前ら! 」


(…ビクッ! )

不意に足が静止する、遠くからゴボさんの追及の声がつんざいた


(ウソ、まさか有珠の演技がバレたの…? )


ダメなのか、なんでこんなとこで……


その声に背が跳ね、一旦引いた緊迫感が音を立てて蘇る


周囲の温度がガクンと下がり、途端にメンバーの顔がぶり返して青ざめていく


自分でさえ顔が強張っていくのがわかった


そして、ゴボさんはゆっくりと迫り、言った


「あれだ、お見舞いに行くなら確か駅前のスタバの近くにある小さな花屋がオススメだぞ 」


「「―は??」」


思わず、身構えていた全員が揃ってきょとんとアホ面を浮かべる


予想していた言葉はなく、なんとも気の抜けた言葉だけが返ってきたのだった


三秒後、なんだよと全員の肩から力が抜け、安堵の息を漏らした


そして、今度こそ階段を下って、危機一髪私達はその場から脱出したのだった



***


………


「いやーっ ヒヤヒヤしたさよ、ゴボさんがお人好しで良かったのらー、にしても有珠の演技はホント神がかってんな おかげで助かったぜ 」


「……猫かぶり…」


「久しぶりに本当に私ももうだめかと思ってしまいました 」


「エヘヘ、有珠は嘘だけは上手ですからー 」


有珠は嬉しそうに笑い、薄影の伸びる生徒玄関でローファーに履き替える


(それにしても… )

全てを裏返そうと企む正義は、本当に私達のすぐ側まで迫っている


徐々に、けれども確実に自分たちの身の回りを蝕んでいる


(家は、大丈夫かなぁ )


校舎から離れ、グラウンドから真っ直ぐ正門を抜ける

五人は現在地に立ち、改めてそっと校舎に振り返った


陽が傾き、辺りがしんと静かになる

馴染み深い学校を見つめて、改まって灯は言った


「まぁ、残念さけど…もうこれで明日学校には行けないな 」


「そうですね、部室どころか学校にも行くことが出来なくなってしまいましたね 」


「……代償…」


「また、最下位になっちゃったのです… 」


目の前に佇む四階建ての校舎の大きさと比例して、私達がどれだけ脆くて小さな存在かを思い知る


此処で、本当に色んな経験をした


青くて近い夏空の下、全てが始まった出発点


皆と出会って、汗まみれに廊下を走り回って、水道でがぶ飲みして

夏夜の屋上に侵入してみたり、段ボールを運び出して部活を作ったり、非常階段で風に当たったり


一時はぶつかって傷つけ合ったりもした


秘密を打ち明けて、幾度と無くここから先に進んできた


いつくもの恩や思い出のエピソードが詰まった大事な母校


…でもそれは、もう無い


私達は、この瞬間をもって


完全に日常へ帰る帰路を……失った


大きすぎる犠牲に、ぽっかりと沈黙が仲間達に流れる


ぽっかりと、嫌な空虚感が加速し足元を覆う



それに耐えきれず、払拭するように、らしくもなく私は目一杯強く呟いた


「‘勝てばいい’」

大口に気取って、眼を見開き、一端に秋空に掲げた


「ゆり…ちゃん? 」


「明日絶対に勝とうよ、このまま終わりになんて出来ないよ 」


うんと背伸びをして、私は揺るぎなく言いきった


皆は戸惑い、そしてゆっくりと瞬きをして、吹っ切れたように単純な笑みをこぼした


「フッ、やっと主人公らしくなってきたな そうだな、勝てばいいんだ」


呆れるようにニヤけた口元で、軽い声が空を舞う


「ふふ、相変わらず変わりませんね私達は、何も変わりません 今も勝利を目指して進んでいます 」


「……うに…世界はボク達を中心に回ってる… 」


「にゃう、見事勝ち誇って、そして帰ってくるのですっ ‘もう一度、五人でここへ’」


灯、ひより、奏、有珠、ゆり


そして、私達はまた歩み始める


「さぁ、行こうぜっ‘世界を変える前夜祭だ’」


踏ん切りをつけ、五人の傷持ち少女は前を向いた


ほんの少しだけ心残りを滲ませて、五人は聖蹟桜ヶ丘女子高校に胸を張って別れを告げた


ここが私達の望んだ戦線だ



………


――だってさ


知ってる?


世に言うマイナスって記号だって、たった縦線一本増やしたら、こんなにも簡単にプラスにだってなるもんだ


そう考えたら、逆境の果てだろうと、案外単純にワクワクもしないかい?


だからね 今、あえて私達は絶望と手を繋いでこう言おうと思うんだ


――さよなら、日常


――やぁ、おはよう‘ピンチ’


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