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第15話

-同時刻- 聖蹟桜ヶ丘某所-


………


あの日から、私達の時計の針は進んでなどいない


夜のコンビニに行く事もためらわずにはいられない、一秒が重く粘り

それまでの原型を留めず…私の日常は寂しさに滲んだ


忘れ物をしている感覚は拭えず、抜け殻のようなスカスカな空白感も消えず

あの日以来、朝へとまともに繋がらない生活が続く


けれども人の脳というものは、それすらも一年続くと順応しようと徐々に慣れ始める


私の名前は 中島 京と言う、三十になる男、独身


そして、人殺しの親友を持つ共犯者だ


………


日没を過ぎ、ブラックコーヒーとタバコを相棒に、誰もいない社内で残業のデスクワークに勤しむ


昼間とは一変したビル内一角に佇むそこは、現在蛍光灯は私の頭上以外はほとんどが消されている


しんみりと侘しささえ感じられる冷たい空間だが、私にはこの孤独感が居心地良くも感じられる


何かをしているといい、それだけで気が紛れる


書類の山を処理して、深い息を吐いてネクタイを緩める

眼鏡を外し、充血した目頭を指でぐっと押し、すっかり固まった背骨を鳴らして立ち上がる


(みどり団…か )


昨日、久しぶりに三人で屋上で集まった後、仕事の合間を縫って私はみどり団について調べた


高校生に成りすまして登録をした、言うところのスパイという行為を行ったわけだが

パソコンから一通のメールを送ると、案の定、何の疑いも持たないリーダーと名乗る‘みどり’という者から正午過ぎに返信が届いたのだった


康介の言う通り、その内容は十月一日に集まれないか、という安易で単純なものだった


私達が疾うに失った、疑いなど持たない真っ直ぐな言葉達


失敗など恐れない、それすら考える事も忘れる、空だって飛べる若さの勢いで満ち溢れていた


「…ふぅ 」

カチリカチリと、クリックの音が薄明かりに響く

視線を上下にサイト内を散策してみると、一物の不安は現実味を帯びた形となっていった


(やはり、君達なのか )


全く、康介の警戒した通りだ

変化を求める高校生の集まりの中、出来すぎなくらいにシナリオのつじつまが合ってしまう


しかし何度破れれば気が済むというのだ、こんな夢のような子供だましの策なのだぞ?

こんなものに全てを賭けて、この街を本気で救えるとでも思っているのだろうか?

君達を、一体何がそこまで突き動かしているのだ


(それでも、真剣に茶茶を入れる気でいるというのなら、我々としてもやむを得ない )


不在の逸希に言う事は出来ない

それでなくとも、あいつにこれ以上の余計な負担はかけられない


申し訳ないが、私達三人にも譲れない都合がある、君達の思惑を阻止させてもらう


(君達の為だ、動いた事に今に後悔する、端から泥沼に呈したこの街を救える可能性など、方法など最初からないのだから… )


パソコンの電源を切り、帰り支度を整えて私は退社した


向かう場所は一つだった


彼女達がいるとするならば、恐らくはあそこだろう



………


以前、目的をほのめかさず、フラットに日向が逸希からその場所を尋ねていた


‘日だまり喫茶店’


駅の先にある、いろは坂の上、黒々とした闇の中にその場所は隠されるようにポツリと存在していた


まさに隠れ家にはふさわしい場所のようだった


そして、ガリレオ衛星の名を名乗り、私は警告の二文字を若者に突きつけた


‘ガリレオ衛星’


十五年前になる、夏夜の屋上で、初めて四人で掲げた天体望遠鏡で見た天体の名前だった


瞳の奥に直接染み込むほどの感動だった

望遠鏡を担いで駆け上った階段、金網を潜り抜けて見上げた夜空、夏の夜の香り、手を伸ばして掴みたいと夢中になって見入った星


今も鮮明に覚えている、私の人生の中で一番楽しく、生き生きと毎日を充実していた時期があそこだった


(もう…無邪気なあの頃には戻れないんだな )


そしてため息交じりに、眉に渋い縦ジワを寄せて、私はその喫茶店の扉に張りつけた


まるで差し押さえの張り紙でも付けられたような無惨な見てくれだった


敵に憎いような感情は一つもなかった

逸希と似たように、巻き込んでしまった事に対する申し訳なさや後ろめたい自己嫌悪の気持ちでいっぱいだった


まだ幼い高校生の彼女達には、やはり普通の日常に戻ってほしかった


結局は自分のせいだ、逃げ続けてきた業だ

だから、素直にもうこれ以上犠牲者を出したくなかったのだ


(だがこれで、少しは自分達の置かれた立場が分かるだろう )


君達は戻るんだ


――でも、本当に、彼女達がこの程度で諦めるだろうか?



全てを終える短期決戦の夜は、もうすぐそこに摺り足を鳴らして待機していた


(……帰るか )


濃い草の香り、久しぶりに見上げた夜空は瑞々しく澄んでいて

心地よい夜風が青春を捧げたその古き空へ視界をいざなった


毎日、今は彼女達が主役になってこの空の恩の下で夢を握りしめて活躍していると思うと


少しだけ、胸の隅っこ辺りがジンとした気になった


次、またこの空が見れるときが来るならば


私は…、私達は…、ガリレオ衛星は…


……どこにあるのだろう


意味もなく手を伸ばして、無音の星明かりが降り注ぐ帰路を、背広を着た三十の大人は去っていった


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