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第14話

銭湯からの帰り


お風呂上がりの身体に涼風を浴びて、私達は来た道とは正反対に団地をぐるりと回るようにして駅へ帰ることにした


車の走る音も人工色も少なく


頭上にはうるさいほどの星空が浮かび、瞳に押し寄せてくる


小さな公園を横切った辺り

少しすると、前方から香ばしい揚げ物の香りが漂ってきた


よく見れば、小さなお惣菜屋さんから丁度揚げたてのコロッケがトレイの上にあげられるところだった


それはすっかり空いたお腹と唾液を刺激して、自然と私達は引き寄せられた


「おー、久しぶりにとんかつ食いたいなー 」

屋台のように油の熱気が立ち込めるお店の前で、灯は隠すこともなく豪快にお腹を鳴らすのだった


「ねぇゆり、今日の夜ご飯はとんかつじゃ めー? 」


「私は何でもいいよ、でも皆は? 奏とか 」

正直なところ、灯のお腹の音に釣られて私も食べたくなってしまっていた


「ふふっ、私も揚げ物は久しぶりです なんだか見ているだけでお腹が空いてしまいました 」


「そこのカニクリームコロッケも食べたいのですー 」

有珠がショーケースの中を指差して無邪気にはしゃぐ


「……ボクも、いいよ…」


そんなわけで、寄り道をしたついでに私達は今夜の晩御飯をゲットした


サクサクのとんかつに、揚げたてカニクリームコロッケ、それから一口コロッケ


夏祭りの焼きそばを思い出すプラスチックの容器三つ分


灯が手に持ち、幸せそうに、一口コロッケをつまみ食いして頬張っていた


団地の自転車置き場では、部活終わりだろうか

制服を着た男子と女子が自転車をベンチ代わりに挟んでは、どこかこっそりと仲良く話していた


団地も過ぎ、徐々に見覚えのある景色に戻ってくる


………


辺りは一際しんと静まり返り、開けた一本道に差し掛かったときだった


後は帰るだけ、心地よくウトウトとした意識でそう思っていたのに


(……ッ! )


――‘そいつ’は唐突に、隙をついて私のトラウマの記憶をえぐりに現れた


何の前触れもなく、容赦なく‘そいつ’はやってきたんだ


(……この道って )


何の変哲もない、ただの夜道だ


そしてそれは、一年前に死んだ私とハルがいた、現在奏の姉と桐島さんの母親が入院している桜ヶ丘中央病院へと続く道


そしてそれは、去年の夏、全てが始まった、轢き逃げ事件があったという殺害現場


そしてそれは、取調室で桐島さんから教えられた、ハルの住むアパートへ続く道路だった


(……ここは )


街をも巻き込む惨劇のカルマが眠る地


不意に足の感覚が鈍り、今まで皆無だった夜の不気味さが音を立てて身体中を包み込む


「ぉ? どしたゆりー? 」


眠気など早々に消え、低体温者はバランスを失った世界に顔を伏せた


闇の中で二本の信号機が向かい合わせに佇むだけの、気味の悪い殺風景な横断歩道


立ち止まった私に釣られて皆の動きも止まった


「にゃ?ゆり? 」

すぐ前から不思議そうな有珠の声がしたけれど、今の私の耳に届くことはない


(……ゴクリッ )


夜の色に塗り潰され、ぽつんと人通りもなく、まるで連続通り魔犯が生まれたままの無音の空気だ


ここで、どれほどの人の人生が狂ったのだろう


そう思うと、血が染み込んだ焦げ臭そうな路上は、年月が経った今でさえ事件の匂いを生々しく残しているようで


押し潰された轢死体が転がっているように、現実味を帯びた面影が無惨に置き去りにされていた


「…ゆり…ちゃん 」


「そうか、ここが…そうなんだな 」


「…こくっ 」


足を止めた皆も、異様な閉塞感に支配された中心に立ち、ここに何が眠るのかを気がついたようだった


「なぁ、ゆり、あれ」


「…?? 」

なんだろうと、おもむろに灯が指差した先、横断歩道向こうの信号機


その下端に


「……ぁ 」


不自然に小さな花束が、そっと供えられていた


黄色に点滅する冷たい路上を渡り、それに近づき、しゃがむ


見ると、萎れかけた花の中に一通の手紙が添えられていた


手のひらサイズの灰色の封筒に入った、まるで誰かに向けられたような形だった


「手紙、ですか 」


「なんでこんな所にあるですか? 」


「開けなよ、ゆり 」

唾を飲み、躊躇した末に私は恐る恐るそれに手を伸ばした


中には白い手紙が一枚だけ入れらていた


……嫌な予感がした


手書きの文字に目を通すと、その予感はことごとく的中した


差出人は、桐島 逸希

そして、ハルへと向けられたものだった


つまり手紙の内容とは


10月1日、23時に警察署で待つという事だった


よく見ると、右下のにすでに誰かが触った指の形跡があった


(ハル…… )


花束の経過具合からしても、私達の停学謹慎中にはすでにあったものだ


――着々と、この街は最後の対峙をする準備を整えている


「…ねぇ、皆 お願いがあるんだけど 」


胸を締め付ける痛みを堪えて、今にも通り過ぎたい弱音を押し殺して、私は抵抗した


今、どうしても確認しておきたい場所があった


全てを知った上で、最後の夜を迎える上で、逃げずに見ておかなければいけないと思ったんだ


「ハルの住んでるアパートを、見ておきたいんだ 」


そうして、手紙を元に戻し、じめつく陰気に満ちた道を直進した


一歩進むたびに、足の裏はじんじんとして、埃を吸うように息苦しくなった


………


‘秋日荘’


表にそう書かれた、築何十年も経っていそうなアパートの前で五人は足を止めた


「ここだね 」


外見はどんより黒とも茶色とも似つかない色に侵され、かなりの老朽化が進んでいた


「ゆり、本当に大丈夫か? 」


「…うん、見るだけだから、それに多分、もうハルはここにはいない 」


本当は、少しだけ後ろめたさに似た恐怖感もあった


二階建て、全部合わせて部屋は六つだった


一階の部屋のどの名札にも該当する苗字はなく


赤茶に錆びきった骨組みの階段に、出来るだけ足音を鳴らさないようにして私達は上っていった


「ここじゃないでしょうか? 」


202号室、その名札には、はっきりと紺野と書かれて立てかけられていた


(……ここで、ハルと美弦は暮らしてたんだ )


電気はついていない、生活感もない

ドアノブをひねってみると、しっかりと鍵がかけられていた


中を見なくても、人のいる形跡などすっかりなく、ものけの空なのが見て分かった


(ねぇハル…貴方は今 どこにいるの? )

主に捨てられたようにひっそりと佇むそこは、今では人が笑って住んでいたとは思えないほどさびれていた


全てが薄汚れて、家として完全に死んでしまっていたのだ


ハルはここで、一年もの間、家族のいなくなった暗い部屋で想いも吐き出せず、毎晩壊れた涙を滲ませて泣いていたはずだ


帰る家がこんなに成り果てて、どれほど辛く、そして痛々しい時間だったか


最後には苦肉にも、ウィッチとして、少年はこの部屋から刃物を持って駅へ行ったのだ


その瞬間、こんな朽ちたハルの深いカルマを目の当たりにして

本当に一夜なんかで助けられるのか、不安が募ってしまった


実はもうずっと前から手遅れなんじゃないだろうか


私達がしようとしている事は、所詮は学校の道徳で習ったようなセオリー的幻想的解決法で


今更そんなものが、居場所も分からないハルに届くのだろうか?


「……… 」

脆そうな扉の前、ポケットに忍ばせていた携帯を開いて美弦のアドレスを見つめる


「…ねぇ灯、私達の存在ってなんなんだろう、これからやろうとしてる事は、ちゃんとこの人に届くのかな? 」


不意に出た消え入るような声は、悲しみに沈んで扉にぶつかる

私は後ろに立つ灯に顔を向けずに聞いた


問われた灯は一度大きく息を吸い、私にためらう隙も与えず響かせた


「あたし達がしようとしている方法が正解なのか間違いなのか、そんな事は結果が出るまで誰にも分からないし 」


「あたしらの存在は所詮、大きなお世話の邪魔者で、ひどくリスクがある無茶で自虐的な行為をしてるに過ぎないのかもしれない 」


灯はどこか冷ややかに、そして客観的に閉ざした


「――でもね 」


その時、灯が声質を強くして逆らうように切り返した


「ただ唯一、このずっと続くどうしようもない街のカルマを変える事が出来る‘縁’を持っているとすれば、それは間違いなくゆり お前だけなんだぞ 」


「――ッ! 」

真っ直ぐな視線をかざして、灯は大気を揺らした


「人を助けようと決意したときに、手遅れなんて、正解も不正解もないんさよ?、あたし達がずっと今までそうだったじゃん 」


「…うん 」


「大事なのは、がむしゃらでもなんでも、最後には助けたいってかざし続けることだろ? あの花火みたいにさ」


「…うん、そうだね、そうだったね 」


「だったら、明後日やるしかないだろ? 明後日、叫ぶしかないだろ? 」


嬉しかった、曇りかけた心が自信で湧いた


「ふふっ、ゆりちゃん、忘れたんですか? 私達は‘selling day’ですよ? 」


「にゃう、このままじゃ消化不良で終われないのです、この街を全力で巻き込んで、もう一度救いに行くのです そしてライブに行くのです」


「一度負けた…ボク達なら、いつでも君の為に死ねる覚悟は出来てるよ 」


彼女達の声はいつにも増して揺るぎなく、私の胸に訴えかけた


「ありがとう 皆 」


褪せる事を知らない戦友の強い瞳に支えられ、私はハルの住んでいたアパートを後にした


直面した大きすぎる傷痕に生じた一瞬の不安など、尚も大志を抱き続ける仲間の声によって綺麗に吹き消された


あの花火大会の日


散り散りの絶望のふちで私は変われた、誰一人として諦めずに変われた


でもハルだけは……例外でね、残念ですが変われないんです


そんなふざけた定理があるもんか


弟の死も自殺もウィッチだって、一年前に閉ざされた世界だって、人生終わりきったどん底の位置にいたって


絶対変われるんだ!!


海が枯れないといけない、空を飛ばないといけない


もしそんな状況になろうとも、例え何万光年離れた場所にいようとも

私達はどんな手段を探してでも貴方を救いに行くだろう


私は明後日、貴方を助ける為に、この皆とあらゆる全てをかけてこの街でもう一度戦う


一人の男の子が死んだ道路の上に踏みとどまり、限りなく広がる空を突き抜けるほどストレートに視界に捉えて


今にもこぼれ落ちそうな星達に野望をたっぷり染み込ませて


風の先に立ち、私は強く強く決意した


***


-日だまり喫茶店-


いろは坂を上り、若い草の茂る暗闇のトンネルを抜ける


帰ってくると、私達の隠れ家の店先に何かがなびいているのが見えた


眉をひそめて近づいていくと


「なんだ…これ 」


「‘ガリレオ衛星’??」


ほっこりする揚げ物の余熱の香りを打ち消して

木目扉に、夢を覚ますように一枚の紙がバチンと貼り付けられていた


――新たな第三勢力が、そこには待ち構えていた


(…なんだよ、なんなんだよ今度は )


重大な隠し事が親に見つかったときのような、冷や汗と緊張で言葉を失う


威嚇するようにサインペンの太文字で書かれたそれに目をやると


もう後戻りなど出来ない自分達の立場が浮き彫りになった


『君たちが当日何をしようとしているのかは分からないが、私達は君たちが準備している全てを知っている

君たちが今からしようとしている事は無駄な努力だ、自滅行為だ


万に一つとして成功する可能性はない 』


(なに…これ )


『せっかく手に入れた日常を棒に振らないほうがいい


今ならまだ間に合う、何も失わずに家族にも迷惑をかけずに引き返せる


‘もうやめなさい’


私達に君たちを捕まえる事は出来ないが、これは我々大人からの警告だ。

ガリレオ衛星 』


(……警告 )


私達の企てた行動は全部見つかっていた


追いかける強大な影が、たった五人の私達の前に最後の選択というエサを持って立ちはだかる


後悔に迷わす言葉を巧みに並べて、分岐点へ立たせて苦しめる


「みどり団が…見つかっているということですね きっとユーザーの中にもスパイが 」


ひよりが顔を曇らせて指を口に当てて考え込む仕草を見せる


「誰なのですが ガリレオ衛星って 」

怯えるように顔を強ばらせて、有珠に言った


「ガリレオ衛星、つまりはガリレオ・ガリレイが見つけた木星の近くを回る‘四つ’の衛星の天体的名称ですね 」


「四って事は、いや、そうじゃなくともこんな事が出来るのは、桐島逸希達を含む加害者の四人だろうな 」


「どうするの灯?、みどり団も見つかって、ここにいる事だって筒抜けで 」


「――だから? 」


(ぇ…… )


動じることなく、灯は得意気に笑ってみせた


「…だ、だから、これからやることは全部見破られてるかもしれないんだよ? 」


私がそう言うと


――その瞬間、灯は貼り付けられた紙をとっさにぐしゃりと掴み


そして、反抗心に身を任せて一気に派手な音を撒き散らして破りさってみせた


「お前らに敷かれたレールなんかへし折ってやるよッ! 」


「――ッ! 」

灯は侵食された領土に立ち、なりふり構わず明日へ向いて腹の底から声を張り上げて叫んでみせた


「こっちにだって譲れないモノがあるんだッ、人生かけちまうほど死にかけてる男の子が目の前にいんだッ


いいさよ、別に今さら隠さない、知恵くらべだ!、どっちが明日を変えるか最前線で真っ向勝負してやるッ 」


そして、selling day(みどり団)、ウィッチ、ガリレオ衛星


全てのリスクかけた新たな挑戦の門出に立ち、開け放たれた星空の下

断固として警告の二文字を逆らって私達は一日を終えた


明日は、ついに最後の準備期間だ


それぞれの信念と正義を武器に、個々に求める結末を掴む為に


矛盾を抱えたまま、最後の三つ巴の戦いがすぐそこに迫っていた


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