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第11話

放課後、ヒビの入った灰色の校舎は西日を受け、部活動の生徒だけの声が佇む風景に静かに流れていた


生徒の消えた廊下は冷たく、窓ガラスから踊り場にまで伸びたオレンジ色がどこか物寂しげに辺りに影を作っていた


そんな景色とは真逆に、五人は真っ直ぐ足音を響かせて、立ち並ぶ教室を走り抜けて衝動を放っていた


階段を飛び越えて、暗い生徒玄関でローファーのかかとを踏み潰し、焦げ色のちぎれ雲の下、香りたつ広いグランドを駆け


そして図書館へ続く駅前の雑踏を進んでいった


あの後屋上でひよりに話すと、すっと立ち上がり、一つの間も開けず、然も当たり前のように胸の底から出した息で受け止めてくれた


むしろ喜んで微笑み、瞳にかかった前髪を揺らして、そして包み込んでくれた


「灯ちゃんにはいつも助けていただきましたからね

全員の知恵を絞ってでも、必ず今日中に考え出してみせましょう」


そう言って、ひよりはぶかぶかのカーディガンからちょこんと出した指先を胸元に当てて、キュッと握りこぶしを作ってみせた


頼もしく、続く青空の下で純白の有珠と夜色の奏も頷いた



***


もう後のない、危機感を滲ませながら刻々と終わりに進む世界


夜へと残された僅かな一日は、穏やかだった日中を塗り潰すかのように、乗っ取った墨色を街や電柱に蓄えていく


傾く夕日を背に受けて、行き詰まった夢の中、闇に閉ざされた最後の答えを目指して


お昼休みに叫んだ私の言葉通りに、この街の知識か集結する図書館に大きな期待を抱いて、並木通りから駅へと歩いていった


加速する支配された夜に反抗して進んでいると、それだけでなんだか無性にワクワクしてくる


必ず何かを呼び起こして、こんな街を変えてみせるんだ


絶対的エースのピンチを、今度は私達が支えてみせるんだ


ブレーキなんかぶっ壊して、風を切って丘からスニーカーで飛び降りたい


‘何かを掴める’そんな気分になれるんだ



けれども、ただその中心にいる張本人だけは…


「…ごめん あたしが出来る事はこれだけだったのに、キャプテンなのに、あたしの力不足で… 」

未だに完全には乗り気になれず、まだ重い重力を背負っていた


「気にしないで下さい、信じて下さい   もう一人で考え込まなくてもいいんですから

ただほんのちょっぴりだけお願いします、私達に途中までのアイディアを預けて下さい   その代わりに、完成させますから 」


「でも…、あたしの唯一の役割なのに、責任だったのに…」


灯はこのチームをずっと先頭で支えてきたリーダーだからこその後ろめたい気持ちを滲ませていた


一番大事な局面を果たせなかった才能が、頑なに負の荷物となって引きずってしまっていたのだ


「大丈夫だよ、大丈夫、心配ない、僕たちがついてるじゃんか

絶対、僕たちで灯の続きを作ってみせる 今度は僕たちが頑張る番だ 」


「……ボクも……」


出来なかった事に落ち込む灯の背を押して、有珠は僕に、四枚の欠けた能力は、個々に力を高めていった


それぞれに磨り減った能力を補う為に、私達は二人で一つ、それでも挫けるなら五つで一つの能力を掲げるのだ


「――作ろうよ、私達の最後の夢を 」


「…ごめん、本当にごめん… 肝心なときに、こんな最後の最後で力不足で…っ 」


初めて、灯が一人で出来なかった


進む為にその唯一無敵の取り柄を譲る、今まで努めてきた立派なポジションを皆の望みの為に閉じる


ある種の敗北感、挫折感


……積み荷を下ろす


それがどんなに苦しかったか、悔しく情けない事か


そうして促され、肩を並べたリーダーの表情は複雑に、少しだけ涙を浮かべていた


「悪い…あたしだけじゃだめだった…っ だから、だからこれから一緒に作ってくれ…ッ 」


辛く灯は、勝つために能力を託して、支え続けてきた自分の世代を移すように泣いた


一生に一度味わうことが出来るかも分からない夢を、再挑戦する為に、泣いた




***


-関戸図書館-


市役所のような整備された明るい階段を上り、私達は駅近くのショッピングビルの二階に入った図書館に来た


自動ドアが開くと、しんと静まり返った落ち着いた弱冷房の空間が広がり、私達より先に高校生や大学生が学習机を埋めていた


本棚は奥までびっしり並び、それぞれ細かくジャンル分けされていた


この閉ざされた幾つもの本の中に、必ず最後のパズルのヒントが眠っている

立ち構えると、プラスに持っていける期待感が膨らみ、たちまち鼓動を早めた


現時刻は五時前、ここの閉館時間は八時

その三時間までに必ず何かを得てみせる

勝つために個々のスキルアップを誓い、必ず最後にはやり遂げてみせる


なんてことない、もう一度始めたあの夜から覚悟していた逆境だ、ちょうどいいハンデだ


「じゃあ、さっそくやろうか 」


学習スペースに適当に空いていた六席の長い勉強机に座り


それぞれにカバンからノートやペンケースを取り出す、捲っていたブラウスの袖口を更にぐっとたくしあげた


そして、本を探しに図書館の各所に散る


制服に身を包んだ周りの男子生徒達は耳にイヤホンをはめ、スラスラとペンを走らせ、本とノートとを交互に目線を移していた


たまにこちらに視線を移しているのも分かったけれど、私達は気にせず作業に取りかかった


古びた木の匂いのする棚に歩きながら目をやり、頭上高くまでびっしりそびえる本に思わず眉を寄せてしまう


有珠は、三脚を跨いで埃を巻き上げて音楽知識や変装の本を取っていた


ひよりは地道に歴史的な革命が綴られた書物やパソコン知識


奏は入り口に設置されたパソコンで館内にある本を検索していた


灯は白色のヘッドホンを耳にしたまま、サスペンスやトリック小説やミステリー小説を積んで持ってきた


私は、手当たり次第使えそうな犯罪の手口が書かれた資料本や、一番太い聖蹟桜ヶ丘駅周辺の地図の持ってきた


受け皿のようにした両手の上に重い本を乗せては運び、あっという間に細長い机の上は厚い本だらけになった


「ところで灯? 具体的に作戦はどんな感じに出来てるの? 」


うんと頷き、音漏れするヘッドホンを外して、灯は開いたノートを手から手放した


そこには、当日にクリアしなくてはならない課題が一番上に書かれ


下には使えそうなツール


つまりはみどり団に、今までの作戦で培われた経験や


灯の行動力と瞬発的な発想力

ひよりのウィザード

有珠のスイミーとギター

奏のネットワーク


しかし皆の能力を最大限に使う作戦のシナリオは、そこからは空白だった


「ゆりでもだめだった、一夜でハルの殺意を取り除く方法がどうしてもあたしには分かんないんさよ 」


「まずはそれを今から皆で探しましょう 」


一つずつ課題をクリアする為に、私達はアイディアと方法を手探りに探して本を読み更けた


めぼしいものは自分たちのノートに一つ残さずびっしり書き止め、また本を読んでは、別の本を棚から引っ張り出す作業を続けた


あっという間に時間は過ぎ、もう七時を回った頃


空も更け、空席も多くなった学習フロアで、人一倍様になって読み更けていたひよりがうんっと伸びをした

背骨をポキッと鳴らした合図と同時に


「そろそろ使えそうなアイディアを一つにまとめましょうか 」


情報収集は、そこで一旦取り止めになった


そして、ついに灯のノートに女子高生五人の知識を絞った大作戦が一つの形に育て上げられていく


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