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第10話


-9月29日-(月)- 2日目


快晴な日差しと秋晴れの週始め


今にもトランペットの音色と小鳥のさえずりが聞こえてきそうな新鮮な通学路


「――ていうか、なんで誰も目覚ましセットしてないのっ!!? 」


早朝から、女子高生五人はいろは坂をダッシュで駆け下りていた


髪をぐしゃぐしゃに、肩のカバンを跳ね飛ばせ

街一番にそびえる丘から一望する開けた世界と平行して走っていた


相変わらず私達の非日常は、停学明けだろうと、初っぱなからそんな常識はずれのドタドタ劇で始まったわけで



………


きっかけはつい先ほど、一番先に起きた私が眠気まなこで携帯電話を開いたときからだ


紅茶葉の香りのする店内で、眠気も抜けきれない頭で、画面のデジタル時計に閉じかけの重い瞳を向ける


気分的には、すでに起きていなくてはならない七時頃を差していると思い

あくびと共に少しだけじんじんするお尻を上げようとした、ときだった


(………あれ )


重大な異変のズレに気がつく、タイムスリップをしてしまったと思うほどすっからかんに飛んだ一時間の時刻に


(……… )

いいほうじゃなくて悪いほうで


合わない焦点で見る、見直す、二度見三度見する


見返すたびにしっかりくっきり現状を理解する


(……最悪だ )


その瞬間、頭の血がスーッと引き、たちまちまぶたが冷水でこじ開けられるより強烈な現実に目を覚ます


そう、疾うに玄関を出ているはずの‘八時ピッタリ’に時計は刻まれていたのだった


「――!?、八時!?ッ 」


一人大声を張り上げて飛び起きる、けれども時刻は変わることなく進んでいく


今から走ってもここから学校までは最低三十分はかかるのだ


這い出して、太ももを無防備に露にしてテーブルにぺったり眠る灯りの肩を擦る


「灯っ! 起きて やばい、遅刻だよっ! 」


「ぅぬ…灯さんは本望だ…」


「いや、寝ぼけてる場合じゃなくて! ほんとに早く起きてッ 」


灯の身体を強く揺さぶると、むくりと上がった頭が、まるで赤ちゃんのようにふにゃふにゃと前後に揺れる


ふと、テーブルのほうを見ると、落書き数個と白紙のノートが置かれ、端が覆い被さった灯の身体のせいで折れていた


それは確か、昨日皆と寝たときにはなかったものだった


「ひよりっ、有珠っ、それから奏もっ 皆もう八時だよ! 」


呑気な眠気が浮かぶ店内にピシリと緊急事態の声がサイレンの如く響く


それはそうだ、私達にはただの遅刻じゃない

仮にも私達は謹慎を受けた問題児、その停学明けだ

登校初日で遅刻なんてしたらそれこそ先生にこっぴどく何を言われるか分からない


しかも揃いも揃って五人全員が遅刻だなんて、前科のある私達が怪しまれないほうが不自然だ



そして、私達は朝から騒がしく店内を走り回った


ただ唯一、制服を着ていた事だけは救いだった


朝ごはんも食べずに軽いカバンだけを握りしめて、ついでに誰かに足も踏まれて


ローファーを履き潰して


私達は何かに追われるように、前のめりに勢いよく喫茶店の扉を開いた



***


「――ていうか、なんで誰も目覚ましセットしてないのっ!!? 」


「知らないさよ! 灯様の性格知ってるだろーっ もうー 」


そして、今はこうして揃って下り坂を疾走している


スピードに流れる雑木林の木漏れ日から見えた空には、薄い雲が高く浮かび、まるでゆったりと地上とは別の時を泳いでいるように見えた


宅配物を乗せたバイクが走る私達の脇を軽やかに通過していく


「はぁはぁッ、あたしはてっきり他の誰かがセットしてると思ってたのにーっ 見損なったぞお前ら」


「ほにゃー、有珠はひよりがしてると確信してたのですー 」


「皆さんすみません、私は喫茶店の奏ちゃんか、ゆりちゃんがやっていると思っていました 」


若い空気の漂う朝っぱらから汗を飛ばして、昇り始めた太陽を追い越していく


土に溜まった夜の水分と根っこの香りが鼻筋を涼しげに冷やした


けれどもなんだか、停学明けに全員遅刻のピンチにも関わらないはずなのに


待ちに待った新学期の朝にも似て、動き始めた街と共に不思議なほど心はワクワクと浮かれていた


「って!?奏!?、ちゃんと走ってよー 」


「……む…ボクは走りたくない…」

ふと見ると、一人後ろでとぼとぼと奏が歩いていた

夜以外に動く奏の姿は何だか見慣れない光景だった


「……… 」

黒のベストを羽織り、相変わらずの仏頂面に長いスカートを垂らして、青白い肌とは真逆の真っ黒のジト目を向けていた


それからというもの、どうにか奏を前へ走らせる努力をした


しかし疲れるたびにブツブツと


「……ボクを怒らせると…二千を越す軍勢が黙って…」だとか


「…もう…ボクはいい…構わず先に…」だとか


走りたくないのか口数の少ない奏が最後まで厨二的抵抗をしていた


そのたびに灯や有珠がなんとか走らせようと言葉や物で釣って奮起した


裏道を使い、路地の抜け道を掻い潜り


そしてようやく、朝のホームルームのチャイムと同時に学校の門の前にたどり着いた


校舎の窓はすでに開かれ、白いカーテンがパタパタと揺れているのが見えた


「はぁはぁ、着いた…ッ 」


アクエリアスが欲しい汗の量、けれども夏とは違った気持ちのいい爽やかな汗だった


休日みたく誰もいないひっそり静かな生徒玄関で、目にも止まらぬスピードで靴を履き替え


朝日が射し込む階段に足音を鳴らしてそれぞれの教室を目指した


そして奇跡的に、先生が来る二分前に私と灯は窓辺の席に着いたのだった


息を切らして、机の上にぺったんこのカバンを投げる

他の生徒はほぼ全員座っていただけに、かなりに浮いてしまった


そしてそれ以前に、一週間も欠席していた二人にはひそひそと白い目が向けられていた


「…ねぇ、なんなの なんであの子達揃って休んでたの? 」


「なんか噂だと警察に関わるような事して停学だったらしいよ…」


「つか普通にウザい、いっそ退学かそんままヒッキーになってくれたほうが楽だったのに 」


「別にどうでもいい、はぁ、今日真剣に眠ぃ…」


――ここに座ると自分たちの現在地がよくわかる


群れの中で、筋書き通りにけなされている感じだ


(…まぁ、しょうがないよね )


口の中が苦い唾で溢れて、身体が縮む感覚を覚える


よくはない、居心地も良いとは言いがたいけど


今はいい、これでいい


この全ては私が選んだ道だ


負けたわけじゃない、逃げたわけじゃない、目を背けたわけじゃない


勝つために選んだんだ


その日常を捨てた代償のつけはきっかりここに溢れている


その日常を捨てた成果もきっかりここに溢れている


主導権はそちらでいい、どうぞ好きなだけ枠の後ろで批判して笑い飛ばして下さい


ただそんなもんでぶれるほど、私達の軸はもう弱くないから


こんな私達にしか変えられないものもあるんだ

全て一瞬で失うリスクと隣り合わせで、私達はこれっぽっちの余力も残さず叶えようとしているんだ


一ヶ月前、打ちのめさせる事が怖くて裏に隠れていた小心者を捨てて、今は素の自分で真っ直ぐ勝負して傷ついている


馬鹿なほど微塵も疑わない、きっと出来ると自分たちの可能性を信じきっている


それが何にも増して、例え現在地に座っても揺るがない事を誇りに思った


(……… )


黒髪に流行りの髪型、中には夏休み中に茶色に染めて直したのか、黒が抜けて薄く茶色がかっていたり

ポケットからは携帯に付けた大きなディズニーのキーホルダーが垂れている人もいたりする


(……… )


――ねぇ知ってる?、そこにいる限りね


いつまでも‘順番’は回ってこないんだよ



***


-お昼休み-屋上-


凛と澄んだ昼下がりの空、さりげなく浮かぶ白い月が思わず眠気を誘う


「秋なのにゃー 」

「秋ですねー 」


複雑な街のうねりや巨大すぎる戦場は今はどこへやら、縁側か畳があったら横になりたくなる昼休み


地べたにちょこんとハンカチを敷いて、私達は腰を下ろしてお昼ご飯を食べていた


「にゃぁ、部室が使えないのはやっぱり痛手なのです 」


「そうだね、でもさすがに無断で使って見つかったら次はないもんね 」


フェンスにもたれかかり、ストローをくわえたまま空を見上げる


背の校庭のほうからはバレーをする生徒の声が響き、校舎には校内放送が流れている


他の生徒がいる教室や廊下で食べれるはずもなく

私達は花火大会以降いっそう肩身が狭くなってしまった


部室だった教室は固く鍵がかかり、最終的に生徒のいない屋上に追いやられた


それでも、それぞれにコンビニで買ったパンをかじり、飲み物を含んで笑みを転がしていた



「――あか…り ?」


ただ一人、その策士だけを除いては


(…灯?? )


朝からヘッドホンで耳を塞ぎ、完全に雑音を遮断していた灯は


今の私の声にすら応答のない、そして今までに見たことのないような浮かない顔をしていた


食べられた形跡のない大好物のパンを片手に、空白のノートをまるで新聞紙でも読むかのような渋い顔つきで睨んでいた


端の折れた、朝に見たあのノートだった


思えば今日の四限、いや…昨日の夜からずっとだ

灯は自分から話しかけてはこなかった

終始ノートに向かって、作戦を考えていた


多分、今日の寝坊の原因は灯だけは仕方なかったんだ


だってなぜなら、昨日の夜、皆が寝静まった後で


灯だけがたった一人徹夜をして、人知れずずっと作戦を考えていたのだから


ただそれも、これほどの時間を費やしても、具体的な作戦はただの一ページも進むことはなく、折れ目のページから進めないままだった


考えられたほとんどの文字はボールペンの黒でぐちゃぐちゃに塗り潰されていた


「…くそ……」


誰から見ても、灯は間違いなく行き詰まっていた

タイムリミットは明日まで、もう明日だ


いつもなら、あのひらめきで灯らしい逆転の作戦をバンッと思いつくはずなのに


初めて突き当たった‘スランプ’まさしくそういう目だった……


「ひより またメールチェックしてるですか? 」

さっきコンビニで買ったジャンプを脇に置いて、ひよりはまた携帯でヤフーメールを確認していた


「はい、新しい人からのメールは出来るだけ返信したいですからね 」


「そうですねー、有珠もみどり団をまとめるトレンドマークとか何か思いつかないとです! 」


そう言いながら、有珠は携帯で当日の天気予報を確認している


皆、後は灯の作戦待ちだった


今までどんなピンチも救ってきた百戦錬磨のリーダーを信じて、誰も疑ってなどいなかった


(……灯… )

本当に、間に合うのだろうか


例えみどり団が使えても、例え五人の欠けてしまった能力を駆使しても


どこにいるのかも分からないハルの殺意を取り除き、更には警察とグルの桐島さんの元へ無事に導き対面させる事は


それだけじゃない、それ以前に有珠の言ったように、あと一押しで団結出来そうなみどり団の山積した問題だってある


「…ねぇ、灯 大丈夫?」


いつも中心いた元気な女の子は、少しだけ輪からずれていて


迷ったけれど、私は添うように声をかけた


「な、なはは…っ、ゆりくんなんて顔をしてるんだいっ、大丈夫さよっ なにがなんでも今夜までには作戦完成させるから 」


「……… 」

なんて顔をしてるんだ、それはこっちのセリフなのに


私の気持ちを悟ったように、根拠のない空元気の笑みを灯は向けた


心配させないように笑ってた、細い眉毛は、ひどく垂れ下がったままで


いつもの灯じゃないのはすぐに見てわかった

きっとリーダーが初めてぶつかった、迫られた重圧、プレッシャー


「…ねぇ 灯 」


「ホント…わりぃ、絶対なんとかするから…っ 絶対 」


隙間だらけのしょぼけた声を呟いて、灯は避けるように視線を逸らした


(……灯 )


このままじゃ、灯だけじゃきっと、これは乗り越えられない…


今回ばかりは、とても一人じゃ勝てない、どれほど困難で難解な問題かを灯自身が何より痛感している、そう確信した


こんなとき、仲間が困っているとき‘灯’ならどうしてた?


難題を独り抱えたくせに、元気に振る舞っちゃう不器用な本人に、どうする?


――力を失った私になら、何が出来る?


作戦のアイディア?


だめだ、何にも思いつかない


励まし?応援?


今の灯にはそんなもの邪魔なだけだ


(………違う、灯なら )


――影の優しさなら、こうするッ


「ねぇ、灯 」


「…?なんさ 」


‘折衷的共有案’


欠けた能力を一つのアイディアに凝縮させる


初めて、作戦を‘全員で’完成させるんだ


今度は私達が、灯をサポートするんだ


「――‘皆と 図書館に行こうっ’」


私は、裏返った声で強くそう言い放った



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