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第9話

同時刻-聖蹟桜ヶ丘男子高校-屋上-


日曜日の夜はひときわ寂しい、明日から週が始まると思うと、こんな年になってもため息が出るときがある


あの頃とは違い、希望も夢もなく、やけに現実的な空に視界はゆっくりと弧を描き


年月を重ねて久しぶりに立った屋上は、いつの間にかこんなにも狭く感じるようになったのだろうとしんみり思う


もう一ヶ月ほどになる、斬られた腕はまだ包帯が巻かれたまま、僅かに治りかけの傷口が痛む


「さて、どうしたもんかな 」


ただそんわけでも、あれよりは随分短くなった前髪と輪郭を流す屋上の風は、あの日と変わらないままなわけで


「逸希が終わらせると決めたなら…」


腕っぷしを後ろに倒すと、か細い金網は体重の重みできしりと鳴き、頼りなく揺れた


今ここには、十年も前に卒業した三人の大人がいる


天文部に青春の全てをかけ、大嫌いな大人の仲間入りを無事に果たした背広姿の三人だ


不在の逸希を除いたその三人、あの頃の逸希風に言うならば


どこにでもいそうな冴えない顔の 五十嵐 日向


茶色の髪に前髪をヘアピンで止めた背の高い 羽鳥 康介


真面目そうな面に黒ぶち眼鏡にさらさらの髪の 中島 京


今に言うならば


どこにでもいそうな、ひょろいサラリーマン姿の 五十嵐 日向


後ろ姿はモルモットのような茶髪をした、ネクタイピンの似合う 羽鳥 康介


真面目な社会人そのままに、細い眼鏡にさっぱり切り整えられた髪の 中島 京


私の名前はその一番上だ


「もうここも十年以上前かぁ…、ったく早ぇよなぁ 」


それぞれなんとも言えない距離を保ち、金網を鳴らして、まったく嫌なほど落ち着く景色と空を懐かしんでいた


そして十年の歳月の変化を悲しく感じていた


「まぁ色々あったしな…それぞれ 」


あれから経った、本当に…残酷なほどに経った


今より一回り小さな身体で、四人は夢心地になってここから天体望遠鏡をかざしていた


(……… )


けれども、同じ場所から見たあの広大な星空は、見上げてももうどこにもない


あるのはヒステリーを起こす月、あるいは雲に覆われた夜、作りかけの街との煙がかったモノクロの霞み色だけだった


こんな狭い場所で何か凄いモノで溢れて走り回っていた制服姿の少年達は、立派に三十歳になり


…色んな角度から社会を知り、それなりに夢にも敗れ、経験し


そして一端に汚れ、三人は通り魔に腕を斬りつけられた


「はぁ…ったくよ、こんな大人にだけはなりたくなかったよなぁ 」

ぼやいた康介の茶髪が冷たい風に揺れる


「一年もお袋さんに隠し続けてきたのに せっかくあと一歩なのに、本当に今なのか、全部終わらせるのは 」


「それでも逸希は決着をつける事にしたんだろう‘このメール’はそういう意味だろう 」

京が眼鏡をカチャリと中指で掛け直す


「けどよ…下手したらあいつは死ぬ事になるんだぞ

俺にはどうも納得出来ねぇ、あいつが仕方なく、追い詰められて残された選択がこれしかねぇから、だからしょうがなくもう終わらせるって、つまりはそういう理由での決着だろ 」


「まぁ…元から所詮私達人殺しの事情など、家族を殺された者にとっては償いを猶予する理由になどなるはずがないのだからな


自業自得、罪があるのは全てこっちなのだから、待ってくれなど言えるはずもない 」


取り乱す事もなく、ただただ白けた空気が血管の浮き出た腕を冷やし、金網にかけた指をじんとさせて


夕飯時の街の音が遠くぼんやりと響いていた


「はぁ、決着かぁ、逸希は、逸希の嫁さんと娘は、…なによりお袋さんは、どうなっちまうんだろうな 」


「逮捕だろう、もちろん私達三人も 残り数日後には」


あとは時間が経てば、隠蔽された轢き逃げ事件も

奇っ怪なウィッチの連続通り魔事件も

そして斬られた被害者の謎も


警察とマスコミがきれいさっぱり解決するだろう

議員が幼い子を轢き殺した大スクープだ…


「あいつが一年かけて決めた以上、私達が今更出来る事はもうないのだろう 」

言い終わり、スーツの胸ポケットからタバコを取り出して、京は口にくわえた


吹かした軽い煙は、ヤニ臭く街のほうへと物寂しくたそがれていった


「タバコ、やめたんじゃないのか 」


「……色々と、吸いたくなるときがあってな 」


「…そうか 」


(…だろうな )


ほんの前だ、逸希が三人にメールを送ってきたのは


決着をつけるという素っ気ない文脈の内容だった


けれども最後に付け加えられていたのだ

その決着の代償に、お袋さんが息を引き取るその瞬間までは事実を隠し通したいと


その苦渋の決断に至った理由は、ある五人の少女との出会いだったらしい


不運にもこの事件に巻き込まれた、私達の十年前にはあったでだろうモノを今も持っている別の被害者達だった


責任、という逸希の言葉に、私はそれだけ聞いて納得した


だから当日、あのウィッチの少年がたどり着けたときは罪を認め

もし来れなかった場合は、母の残り僅かな命の最後まで罪を隠す


などと、終止符を打つ決心をしたのだ


そんわけで、共犯の私達三人が出来る事は、虚しくももうないわけで


ただどっちにしても、最後には天文部は捕まってしまうのだ


今更大きな悔いはない、一年前に罪を償わなくてはいけなかった人生なのだから


これだけ遠回りもした、もう三人は十分だ


ただ、一つ欲を言えるのなら


もう一度だけ、もう一度だけ…


――何も知らなかったあの頃の夏に帰って、ここで望遠鏡を囲んで天体観測をしたかったなぁ



立ち込める空を見上げて

なぜか、頭の中では翼を下さいのメロディが寂しく高く流れていた


………


あの頃ならなんでこんな高いもんをと感じていたであろう120円の缶コーヒーを、私は飲み口を噛んで飲んだ


「なぁ 日向、京 一つだけ ちょっといいか 」

何をするわけでもない、終わりの前の思い出に浸っていたときだった


ちょっと気になるものを見つけて、と康介がポケットから携帯を取り出した


「……? 」

「どうした? 」


何年前の機種だろう、傷が目立つ薄型の携帯を康介は開いた


「もしかすると‘あの女の子達’の仕業かもしれないと思う節があったんだが 」

歯切れの悪い口調で言い、康介は携帯の画面を見せた


すっかり暗くなった街並みを背に、二人がコツコツと靴を鳴らして行くと


「……‘みどり団??’」


「SNSサイトってやつか、懐かしいな 」


画面はウェブサイトに繋がれていた

珍しい‘五つ葉のマーク’が描かれていた


「多摩地区の高校生専用の小さなSNSだが、つい最近 気になるトピックがトップらしき人物から送られてきたらしい 」


「それがどうしたんだ? どうせオフ会とかだろう 」


「いや、書かれていたトピックの内容は、登録したユーザー全てに向けて‘十月一日に集まれないか’という内容のものだった 」


(決着の日か… )


「仮にもサイトのリーダーの書き込みだぞ

それにこれは登録者しか観覧が出来ないようになっていて  …俺にはどうも上手く出来すぎているようにしか思えない


どうしても、当日に邪魔をしに行くから皆協力してくれと、書き込まれているように見えちまうんだよ 」


「さすがにそれだけで決めつけるのは早いだろう

ただ確かに、これが本当だとしたら、可能性がないわけではないな 高校生という点も引っ掛かる 」


携帯に表示されたサイトを見つめ、冷静に京も相づちを打った


「……… 」

先にも言った、私達はもう出来ることはないのだと


しかし、逸希不在のこの街であの少女達がまだ諦めずに戦おうとしているのならば


仲介をしようというのならば


――それは話は大きく変わってくる


逸希の、せめてもの最後の願いだけは成し遂げさせたい


それが捕まる私達の望みなのだ

それが、死ぬかもしれない事を百も承知の上で導き出した逸希の決断なのだ


出来ることならやりたくなどない、けれども不安要素があるならば阻止しなければならない


‘どれか一つを手にすれば どれか一つを必ず壊す’


悲しくも、それがこの街の仕組みなのだから……


共犯者という理由ではなく、仲間だからやるんだ


「少し、調べておこうか 」


………


そして、私達は懐かしい夕闇の屋上を後にした


ほか弁と歯みがき粉を駅前で買い

近々連絡を入れる、とだけ言葉を交わし


それぞれ夜の聖蹟桜ヶ丘で散開した



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