第三話
「ねぇねぇいっちゃんいっちゃん!」
雪が笑いながら駆け寄ってくる。それをみてそちらの方向を見てみる。
「なんだ?雪」
「えへへー、いいこと教えてあげるっ」
その笑顔は誇らしげで、笑いながら胸をはって、雪はいった。
「ラーメンやさんのラーメンにはいっているメンマっていう、ちゃいろなやわらかいものって、わりばしをにればできるんだよっ!」
「(騙されとるッ!?)」
唖然としたが、すぐに顔を戻す、ポーカーフェイスというやつだ。決して笑ってなんかいない笑ってなんかいないぞ
―がんばれ俺、プルプル震えるな俺。
「だ、誰からブッ…誰からき、きききいたんだい?ブフォッ」
「どういたのいっちゃん?」
「い、いいい、いいからグググ…」
「へんないっちゃん。しんせきのおにーさんからだよっものしりなんだっ、きくらげはこーもりさんのはねなんだって!」
「(きもくらげもどこにいったんだよ!)へへへへぇ…そうなんだブッ…ククキクゲゲゲ」
「だいじょーぶ?」
「うん、大丈夫ッ!(逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ)」
心の中で必死になって耐え続けながら、聞こえない程度に息を吸って吐いてを繰り返す。
不思議そうに雪はみているけれど、いつかきっと騙されたとわかる日がくるだろう。
「でねっいっちゃん、きょうね、おにーさんとゆりちゃんがくるんだって!」
「ゆりちゃん?」
「えっと、おにーさんのいもうとだったかな?」
「そうか、それは楽しみだな。」
「うんっ!でねっいっちゃんもこない?」
「え?」
「いっちゃんもしょうかいしたいの!」
「…迷惑じゃなければ、だけどね。お母さんとお父さんに聞いてみなよ。大丈夫だったら行くからさ。」
「うんっあとでおでんわするね!」
「あぁ、待ってるぞ。」
そんな会話をした土曜日の午前中、元気が良い雪を笑顔で家の近くまで届けて、俺は家へと戻る。
戻ってきた瞬間に電話で「だいじょうぶだったよ!」という雪の声を聞いて、とりあえず昼飯をくってから行くと声をかけて電話をきった。
「母さん、ご飯ある?」
「いっちゃん、私のほかに女ができたのね!?」
「いや、なにその昼ドラみたいな。」
「悔しいっ、自殺してやるっ!」
「いや、もういいから。」
「でもその前に死ぬほどいっちゃんを味わってやるッ!」
ダッ(全力疾走をし始めた俺の走る音)
ガシッ(掴まれる音)ドゴォンッ!(落ちる音)
「うぉぉぉおお!?」
「いっちゃん、うへへへ」
「お助けェェー!」
結局、雪の家にいけたのは三時間後だった。
飯は一時間ぐらいで食べ終えたのだが――
「おそかったね!」
「色々あってね…」
ものすごいげっそりしながら雪の家へと到着する。雪が時節「だいじょうぶ?」と聞いてくるが、それに笑顔で返しながら俺は雪の家を歩き続けた。
「あら、樹くん、いらっしゃい。」
そうやって笑って出迎えてきたのは雪の母親、吹雪さんだ。温和な人で、綺麗な人だ。
「やぁ樹くん、娘はやらんぞ?」
そしてもう一人が雪の父親、三月さんだ。ご覧の通りの娘馬鹿だ、本当に馬鹿だ、遊びに来るたびに語尾に娘はやらんぞをつけるほどの馬鹿だ。本当に馬鹿なんだ。どれくらい馬鹿かわかるか?異常なくらい馬鹿なんだ。
「おじゃましてます。吹雪さん、三月さん。」
挨拶を返すと、視線を感じたのでそちらをみると、穏やかな笑みを持った少年と、同い年くらいの幼女がいる。
「親戚がいると、聞いておりましたが。」
「あぁ、紅と由梨のことか、今ちょっと用事で出かけていなくてね、娘はやらんぞ?」
「そうですか、あといりませんから語尾に付け加えないで下さい。」
「なんだとっ娘には魅力がないとでもいいたいのか!?こんなプリティーな娘をッ!えぇいそこになおれ!三時間かけて語ってやらヴぁっ!?」
ゴキンッという音を立てて三月さんが崩れ落ちる。
横にいたのはどこからもってきたのか、カナヅチを持った吹雪さん。
「あらあら、どうして手に金槌があるのでしょう?」
「さ、さぁ?」
大体起こる光景だとしても、正直いって怖い。
この家族はどうなってんだと問いたい。でも怖い。
「いっちゃん!、あそぼう!」
「ん、あぁそうだな。」
服を引っ張られて、雪の言葉を聞いてハッとする。それと同時に雪に感謝した。
雪はずっと服を引っ張り続けて…なんで体の皮ごとひっぱるんだ?
「痛い痛い痛い!ちょ、雪ッ!」
「さぁいこー!」
気づいていないのだろうか?
「まぁまぁ雪ったら。」
「いっちゃんのバカ」
「は?」
突然の罵倒に首を傾げると、雪は思いっきり力を込める。
――容赦がない。
「痛い痛い痛いイタタタァァァ!?」
近づいてみると、容姿が理解できた。栗毛のポニーテールとこげ茶の男としてはちょっと長め。
さて、さっさと挨拶してしまおう。幼女と少年へと向き直る。
「初めまして、有羅場樹といいます。」
「足を舐めるがいいわ愚民」
「…」
「初めまして、三津紅だよ。」
「あ、はじめまして。」
わぁ、お兄さん以外とまとも、ちょっとおちょくるのが好きなだけかな?
後ろにいる幼女が何かにらんでくるけどわかんないな、なんでだろ?
「ちょ、ちょっと、愚民が私を無視するなんていい度胸ね!一度は許してあげてもよくてよ!」
「さて、お兄さん、雪、なにか遊べるやつはあるかい?」
うぉ…何かプルプルしとるよこの栗毛皇女風幼女
顔を真っ赤にして今にも爆発しそうだ。
「無視…しないでよっ!」
「だが断る。」
即答、幼女唖然。
…フルフルと震え始めたのでとりあえず二歩下がる。
「うがあああああああ!」
爆発し…
「コレで勝ったと思わないでよね!」
それで走って逃げていった。
「…変わってますね。」
「うん、由梨を軽く流す君も相当変わってると思うよ。」
確かに。