1-7 旅立ちの準備
あけましておめでとうございます。
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意識が浮上するのに合わせて、遠くぼやけていた五感が戻ってくる。
いくつかの瞬きを繰り返して、はっきりとしてきた視界には木目の天井。
そこから緩慢な動作で視線を下ろしていく。
たどり着いた先、ベッドの横に設置された窓では、薄いリネンのカーテンが日差しを広く薄く散らしていた。
朝日の漏光で浮かび上がる布の輪郭が、風を含んで揺れるのを眺めながら、目覚めに似た意識の回復をじっくりと味わう。
体は眠る必要がないと聞いていたが、心はその限りではないらしい。
昨夜目を閉じる前よりもいくらかすっきりとした気持ちで目覚め、ノナの言葉に頷いた。
ハルはまだふやけた顔をして眠っているようだ。ナツが半身を起こすと、少しズレた掛け布団を逃すまいと、ぐいと手繰り寄せてまた大人しくなった。
「この…ほとんど持ってったわね……!」
その奪い合いには乗らず、体にしっかりとかかるように布団の位置を直してやる。
ハルを起こさないようにそっとベッドを後にすると、小さな客間の中に、腰を落ち着けられる場所は窓際に備え付けのテーブルセットだけで、しかたなく窓際に腰掛ける。
窓際には二つの鉢が飾られている。
初めてここへ来た日に手渡されたもので、その当時はどちらも蕾が固く閉じられていた。
「……私の蕾だけ」
ハルに手渡された鉢からは、気がつけば細い茎のそばにツタのようなものが伸び、蕾から花弁がちらとのぞいている。
白い花弁の先は、青いインクを垂らしたように染まっている。
一方、よく似た苗が植えられているナツの花は時が止まったように手渡された時のままの姿だ。
『現に戻るならば、この花が咲き、冥界に旅立つのであれば花は咲かずに、蕾のままその命を終える』
魂が現世と冥界の進展を決める時、花の姿が変わるとノナは言った。
現世で一体何が起きているのか、ナツにもハルにも心当たりはない。
何度も生死の境を彷徨ってきたハルだけでなく、2人でここに居るということ
つまり、ナツにも生死の境へ落ちるような出来事があった、と予想に難くない。
「現世の私たちに、何があったのよ…」
一向に姿を変える気配のない、自分の蕾をつついてみる。当然返事も反応もない、が、ただ一つ分かること。
ハルの花が、いち早く咲こうとしている。
ーー終わりの時が、近づいている。
昨日、終わりを見据えて穏やかに話していた弟の命は、強かに、また現に帰り咲こうとしている。
蕾が開き、花が咲きほころぶそのとき、そばにナツの花はあるだろうか。
もしも、そこにナツがいなかったとして、
「その先へ、1人で歩いていける?」
やはり、風に揺れる蕾から返事はない。
ただ、ハルの穏やかな呼吸が聞こえるだけだった。
******
「ふぁあ、ごちそうさまでしたぁ」
「いつまでぼうっとしてるのよ、ハル。しゃんとしなさい」
今朝の朝食にはヒナタもやってきて、4人で昨日よりもちょっぴり賑やかな食事だ。
相変わらずハルはヒナタによく懐いて、ヒナタが食事の手を止めてしまうほど話しかけて困らせた。
そんなおしゃべりな弟と、困りながらも生真面目に手を止めて答える同居人を見て、呆れたナツとノナが同時にため息をつくものだから、思わず顔を見合わせて笑ったり。
ーーそんな穏やかな時間はあっという間に過ぎて、各自で食事の片付けを進める。
「ねぇ、ノナ。お片付けなんて魔法でやればあっという間に片づいちゃうんじゃないの?」
「そうねぇ、でも面白みがないじゃない?
それにね。思い出があったり、気に入っていたりするものはお手入れの時間も幸せになるってもんなのよ」
「ふうん、そうなんだ。…これ、全部ノナのお気に入り?」
「もちろん。わたしの作った世界に、大切じゃないものは置いてないわ」
にこやかに頷き、同時に手を動かす働き者のノナを見ていた視線を、手元にうつす。
何度もペンキで色を塗り直したのが見て取れる、使い込まれた木製の食器棚に、金彩の美しいプレートを仕舞い込む。
手入れに手間がかかっても、補修をするのに苦労をしても。
大切なものを、大切に扱うこと。
そんなことを『幸せ』だと受け止めること。
「……それも悪くないね」
思わず口からこぼれ出たナツの素直な言葉に、背後でノナが上機嫌に笑う声が聞こえた。
******
「さ、子どもたち。今日は採寸に付き合ってもらうわよ!」
「採寸?」
「なんの?」
「昨日お話していた、お守りを作るための採寸だよ。今日はお手伝いもお願いするからね」
食事の後に案内された部屋で、ビシ!とメジャーを両手に広げて掲げてかっこいい(らしい)ポーズを取るノナ。
その横で、着々と道具を運ぶヒナタが補足で説明をしてくれる。
「ねぇ、ノナも遊んでないで準備してよ」
「遊んでないわ。助手はあなたの仕事だから奪わないようにしてるの」
「はぁ…はいはい」
ここはリビングから繋がる小部屋で、ノナの作業場として使われているらしい。
壁面には棚が備え付けられており、ずらりと様々な布地が並んでいる。部屋の奥ほどにはマネキンが整列されており、華やかな衣装を身に纏う。
ーーリビングにも置かれていたが…この屋敷には一体どれだけのマネキンがあるのか。時間を持て余して数えてみたりもしたが、キリがないのでやめた。
そしてペダルつきの大きなミシンや、裁縫道具がノナの手の届く場所に整理して配置されている。
その一角にある椅子にナツとハルは腰掛けていた。
採寸はともかく…お手伝いに関しては裁縫の心得もなく、何かできる自信もない。
「ああ、安心して。難しいことは頼まないわ。
でも、これは、どうしても私だけでは完成させられないのよ」
ノナはそう話すと、ずらりと並ぶマネキンの中から2体を目の前に運んでくる。
それは、ナツとハルの背丈にほど近い大きさのマネキンだった。
マネキンが身に纏うのは、今2人が身につけているものにそっくりな洋服だが、一つだけ違う点がある。
「真っ白だ…」
純白の生地は、窓からさす陽の光を含み、輪郭をぼやけさせている。
ーーまるでそこに存在しているのが幻かのようにも見えるそれは、どこか不思議な存在感を放っていた。
「さあ、一緒に完成させましょうか。あなたたちの、エンディング・ドレスを」
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