1-6見据える瞳
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「ねぇ、ヒナタくん。お守りってどんなの?」
ラグに体を放り出してしばらく話を聞いていたハルは、横から顔を出して問いかける。
「リビングに、たくさん作品が並んでいたでしょう?あれも、全てノナのお守りなんだよ」
リビングの片隅に並ぶ、マネキンのことを思い出す。
生成りの布が張られた素体には、チュールやレース、クロシェ、スパンコールなどさまざまな素材で作られた装飾品や美しい意匠の衣服が飾られていた。
お守りと言われて浮かぶ見た目としては馴染みのないそれらは、この世界ではどういうわけか何らかのの力を持つらしい。
「へぇ、ぼく、どんなの貰えるかなぁ。ノナに聞いてみよう!」
「ふふ、そうだね、楽しみができたね」
難しい話をしている間は退屈そうに空を眺めていたハルは、プレゼントに関心がわいたのかマチと楽しげに笑い合う。
ーーここに来てからというもの、切羽詰まって問いただしたり、焦ったりしているのはナツばかりな気がする。
見渡す限り続く青い空と、作り物のように鮮やかな草原を背に笑う2人をぼんやりと前にして、呼吸が張り詰めていたことに気がつく。
ナツもハルにならって寝転ぶと、2人の話し声は少し遠くに聞こえる。
やわらかな土が背を支え、穏やかな日差しはナツの視界に降り注いで照らす。風がナツの形に合わせて撫でるようにふくと、前髪がはらりと揺れて目にかかった。
ハルの顔も、ヒナタの表情も、隙間からさす日差しがきらりと輝いて見えないから、ふと言葉がこぼれた。
「ハルは、怖くない?元の世界に戻れるのか、ここから迷わずに進めるのか」
白む視界にぽつりと放った声を受け取ったらしいハルが、マチとの談笑を止めてこちらに体を向ける音が聞こえる。
「…怖くない。きっと帰れるよ、お姉ちゃん。それに、迷ってもぼくが一緒でしょ」
返すハルの言葉は、はっとするくらいに穏やかで、優しく諭すような響きをたたえていた。
そして気がついた。本当に、怖くないのだ。これまで明るく振る舞っているように見えたのは、強がりでも、気遣いでもない。
ハルは現世でもずっと、生死の審判者の前に立っていた。
ずっとその時が来ることを知っていた。
「お姉ちゃんがいるから、怖くないよ。ちゃんと迷わないように連れてってくれるでしょ?」
「………無茶言うわ…」
ハルがいつか来る終わりを見据えて、その時をずっと待っていたのだとしたら。
ハルを守ろうとしたナツの行いの全ては何の意味があったのだろう。ハルは、ナツの何を信じていると言うのだろう。
こちらの気も知らず、困惑気味のナツの返事にくすくすと笑ったハルは、突然がばりと上体を起こしてまたヒナタを驚かせる。
「ぼく、ずっとこんな広い場所で走って遊んでみたかったんだ!ようし、ヒナタくん、ぼくが鬼ね!」
「あ、えっ、何、ボク…?ええ…?!」
面白いくらいに狼狽えるヒナタは、先程感じた『落ち着いたお兄さん』の面影もないくらいで思わず吹き出してしまう。
「なっ、ナツ笑った…」
「ほらヒナタくん、早く逃げて!ごぉ、よん、さん…」
「えぇ…ボクこういうのすごく不得意なんだけど………わっ!」
「お兄さんなんだから泣き言言わないの!末っ子のわがままに付き合うのがあたしたちの仕事でしょ」
「そうなの…?」
なおも自身なさげな様子で、ナツにしぶしぶ手を引かれたヒナタは引きずられるような形で走り出す。
ハルは無邪気な顔をして、でもわがままに、いつもナツに希望を押し付ける。
それに応えるのが好きだ。だから、ハルが信じると言うのなら、ハルが信じられる自分を演じることにしよう。
ヒナタを連れて少し離れたところで、5つ数え終わったハルが走り出す。
「あ…ハルの走るところ、初めて見た」
「は、はぁ…え?」
「ふふ、ほら、息切れしてないでちゃんと走らないと。ハルに捕まるよ、ヒナタ」
観念したように項垂れたヒナタがうぇえ…とへんちくりんな悲鳴をあげて走り出す。
張り切って走るハルに捕まるのも時間の問題だろう。
「さ、お姉ちゃんもがんばろっと」
弟のワガママに応えるべく、ナツも踏み出した。
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「それで、そんなにクチャクチャになってきたって訳ね」
髪を乱して帰ってきた3人に吹き出したノナは、興奮気味に駆け寄ってきたハルの話を聞いて、納得した様子で頷く。
その後ろでぐったり消耗した2人に視線を向けると、ますます楽しそうに笑ってハルの頭をくしゃくしゃに撫でてやる。
「やぁ、ハルすごいじゃないの。あのヒナタを走らせて、ナツをあんなに消耗させるとは…なかなか帰ってこないとは思ったけど、ずっとかけっこしてたの?」
「一生分のかけっこだったわ。しかも飽きもせず、ずっとかけっこ縛り…」
「……ボクは今日は、営業終了なので…」
リビングのソファにだらりと体を放り投げたナツは、体を動かす遊びをしてこなかった弟の、10年分の遅れを取り戻すようなはしゃぎぶりに疲労困憊で天井を見上げた。
その隣できっちりと膝をそろえて座るヒナタも、放心状態ですっかり遠くを見てしまっている。
「今度はノナも一緒に行こうね!」
「あぁ…ふっ、そうね!今度ね、今度!」
ところどころ吹き出しながら、全く気のなさそうな相槌を打つノナにつっこむ気も起きずにいると、ノナはこちらへ声をかけてくる。
「ふふ、今日は夕食食べたらハルもナツも寝ちゃいなさいね、疲れたろ?」
「ええ…寝なくても平気だもん。ノナも今朝そう言ったでしょ?」
ノナのそばにひっつくハルが首を傾げる。
「ああ、肉体に休養は必要ないが、精神は消耗するものだ。今日はしばらく夜の時間を取るよ、横になっていなさいな」
「ふうん…?わかった」
まだ不思議そうなハルの声を聞きながら、確かに今日はしばらくこうしていたい気分だ。と、ソファで目を閉じるナツは心で頷いた。
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夕食後、まだはしゃぐハルの手を引いて、ナツはあくびをしながら客間へ向かった。
姉は弟のワガママを聞くのだと張り切っていたが、それにも限度があるらしい。ナツに引きずられるハルも、2階からを手振って、ナツに続いて部屋に戻った。
そうして静かなリビングに残されたヒナタとノナの2人は、ソファに並んで座る。
暖かい紅茶を手にゆったりと窓の外を眺めると、きらめく星空に見覚えのある星座は見当たらない。
それどころか、きらりと光っては星の場所が変わる、気まぐれな仕様だ。
「ところでマチ、ヒナタって誰?」
「……現世の、弟の名前」
マチと呼ばれた青年は、口元に寄せたティーカップの水面をわずかに揺らすと、目を伏せて誤魔化すように紅茶を口に含んだ。
「へぇ、弟がいたんだ。どんな子?マチに似てるの?」
「あんまり…」
ごくりと紅茶を飲み下して、叱られた子のように俯くマチに、はぁ、と息をつくと
ノナはその目元を隠してしまった黒い前髪を耳にかけてやる。
「どうしてそっぽ向くのさ。怒ってるわけじゃないんだ。ただ、いつまでもこのままではいられないのは、分かってるね?」
あらわになった目元に、居心地が悪いマチは黙ってぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「魂だけでここに居る私たちが、姿や名を偽るのは、実在を失いかねない危険なことだ」
「…はい」
「おまえってやつは……。私がイジワルしてるみたいじゃないか…」
ノナが張り詰めた空気を解くように、ため息をつく。
ますます体を小さくするマチの両頬を手のひらで挟んで顔を上げさせると、その黒い瞳をじっと見つめた。
「急かすつもりはないよ、マチ。だが、私は変わらず君の魂と、その姿を愛そう。いつか、君もそうしてくれるかい?」
マチが小さく肯首ずくと、ノナは口角を緩めてその両手でマチの頬をもちもちと捏ねてから手を離した。
「…痛いんだけど」
「口答えばかりで困った子供だねぇ。子育てってのはなかなか難しい」
頬をさするマチのことはお構いなしで、ノナは毛繕いをするように黒髪を梳かして遊ぶ。
取り合う気のないノナへの抵抗を早々に諦めて、マチは大きな背中を丸めてソファに寝転んだ。
ーーーー今日は久しぶりに人と話をして、ハルの大はしゃぎに付き合って、すごく、もう、すごく疲れた。
ボクにしては、けっこう頑張った方だと思うのだ。
「おい、拗ねるなよ…」
黙り込んでしまった使い魔が、心話で届けてくる恨み言に肩をすくめると、ノナは黒髪を手放して、ひとつ手を振るとマチを黒猫の姿に変えてしまう。
「に"…」
ーーーー口では諭しつつ、こうして望めば、必ず姿を変えてくれるノナには、感謝している。
呆れ顔のノナに、じっとり目線をよこす黒猫の、相反した心の声に苦笑が漏れる。
「時間だけはいくらでもあるんだ…今日のところは、これで上出来としようか」
ナツと同じく疲労困憊のマチが、黒猫の姿で早々に寝息をたてるのを聞きながら、ノナはみなが寝静まった長い夜を過ごすことにした。
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