1-3⭐︎飾り立てた暮らし
マチに案内された客室のツインベッドで、姉弟は窓際の蕾を眺めていた。
広くはないが、物がなくがらんとした部屋にふたつ並ぶ、ここにきて最初のプレゼント。
朝日に照らされ輝くそれは、まだ固く口を結んでおり、鮮やかな花弁を開く未来が想像できない。
「お花、咲かないねぇ」
「今日明日に決まるわけでもないんでしょう」
昨日ノナから話があったように、蕾の世話をしてもしなくても、こちらからの干渉は受けないらしい。つついてしまった葉の周りにも特に変化は見られなかったので、ナツは密かに安心していた。
とはいえ、自らの命運を文字通り目の前にした2人は、こうして蕾の前で眠れぬ夜を過ごしたのであった。
「結局朝になっちゃったね。ぼく、こんな夜更かししたの初めてかも」
くすくすと、場違いに笑って見せたハルは本当に楽しそうで、思わず頬が緩んでしまう。
ナツにはなんてことない事でも、すぐに調子を崩して何度も入退院を繰り返してきたハルは、生まれてからこれまで規則正しい生活を強いられていた。
それが昨日からこの世界ではすこぶる調子が良さそうなので、こうした無茶もできたというわけだった。
「今までは1人だったけど、ハルとおしゃべりしてたらあっという間に夜が明けちゃった」
夜が明けるのが早かった気がするのは本当だった。久しぶりにハルとたくさん話ができたのが、こんな状況でも嬉しかったのかもしれない。
不安が影を落としていた心も、朝日が登れば少しは明るさを取り戻したようでナツは立ち上がる。
同じ地点に立っていても、いつもハルを先導するのはナツだ。
「こうして部屋にこもってても何も変わらないなら、外に行ってみない?ハルも久しぶりに出かけたいでしょ」
「…ふふ、うん」
足元がぬかるむような、足場が定まらない不安を押して一生懸命に明るく振る舞う2人を、窓際に並んだ花の蕾は見送った。
******
客間を後にして、目の前の階段を降りると、昨日通ったリビングへ繋がっている。
リビングから見た室内が広く感じるのは、2階まで天井が吹き抜けになっていたからだろう。大きな窓からの光は、この屋敷全体にふわりと広がり、ほんのりとした暖かさを感じる。
階段を降りて、リビングに足を踏み入れると少し遠くから軽快な足音が聞こえた。
「にゃう」
「おはよう、マチ。早起きなんだね」
挨拶をするように現れてひとつ鳴いたマチに、目線を合わせてハルがしゃがみ込むと、黒く艶のある毛並みに沿って体を撫でた。
マチは人慣れしているように見えたが、撫でられると居心地が悪いらしい。
表情を固くして背骨をぐっと逸らしながらも、健気におとなしくしている。
びびび、と毛並みが逆立ってひとまわりシルエットが大きくなってしまった。
「わぁ、マチおおきくなった…なんかかわいい」
「そんなにイヤなら逃げちゃえば良いのに。マチって変なニャンコね」
「おや、おはよう。昨夜はよく寝れたかい?」
ノナは庭につながる窓から戻ってくると、両手に抱えた果物を作業台に置いてやってきた。
「あ、ノナ…おはよう。昨夜はあっという間で、気がついたら朝になっちゃってたの」
「お姉ちゃんとたくさんお話してたんだ!」
「あぁそれは…ふふ、本当にあっという間だったかもね。今日は早く朝ごはんが食べたかったからさ」
ノナがそう言って適当に人差し指を振ると、上りかけの太陽はその位置を変えて、どんどんと空高く登っていく。
窓から差し込む光がゆったりと角度を変えると、ぴたりと止まった。
ノナが太陽の位置を操ったということだろう。
「…夜が短い気がしたのは、ノナが早く朝ごはん食べたかったからってこと?」
「そ、そゆこと。そもそもここでは、睡眠も食事も原則必要ないんだ。つまり朝も夜も食事もお風呂もわたしの道楽に過ぎない」
「へ、へぇ……」
なんだか壮大なごっこ遊びに巻き込まれているような気がするのは、ナツの気のせいじゃないはずだ。相槌に多少の困惑が混ざったのはノナも気がついたらしく、こちらを見て笑った。
「あはは、ごめんよ。面倒と思うかもしれないが、郷に入っちゃったんだから、そこそこに楽しんでおくれ」
「面倒じゃないよ、ぼく嬉しいな。お姉ちゃんと普通の生活ができるのも、みんなとご飯食べるのも」
「それならよかった。そんなに特別なことはできないが、存分に楽しむといいよ。叶えられることは少ないが、何か望みがあれば言うといい」
困惑こそすれ、ナツもこの方針に不満はなかった。普通の暮らしの真似事をしているだけでも、現実世界に置いていかれる感覚が薄れるような気がしたからだ。
「それじゃあ…ねぇノナ。あたしたちちょっとここからお出かけしてみたいの、いいかな?」
「ふん、お出かけといっても大したものはないんだけどね。…いや、あれだけ広い自然ってのは今の君たちには大したものになるのかな?
そうだね、行ってらっしゃい。その時はお守りもつけてやろう。ああ、ちょうど君たちと同郷の子供だよ」
「へぇ、ノナのお客さん?」
「いや、この屋敷の住人さ。たいてい引きこもってるが時々手伝いを頼んでてね。
いろいろココの勝手を知っているから、君たちも安心だろ」
「確かに、もう果てしない迷子はイヤだわ…お願いしましょ、ハル」
「うん、楽しみだねぇ!」
そうして外出の予定に胸を躍らせているうちに、ノナが用意した朝食が並んでいく。
三人と一匹で食卓を囲めば、広々としていたテーブルは鮮やかに彩られ、自然と会話も弾んでいく。
いずれ来る終わりを待つ、この時間に何か意味を持たせるならば、後悔のない別れへの準備をすることなのかもしれない。
穏やかな時間と並行して、心のうろに抱える不安を自覚する。
ハルがこれまでできなかったこと、ナツがしてあげられなかったこと。
心残りをひとつひとつ、ここで満たせたなら、咲くも枯れるも、終わりを受け入れられるのだろうか。
瞼を閉じて思考する。これまで、現実はいつでも、ナツの心を暗闇へ連れて行った。
明日には失うかもしれない自分の片割れを、儚い弟の命をこうして思ったことは初めてではなかった。
窓からの光を受けるナツの席では、目を瞑ってもまだ瞳の裏が明るい。
鼻腔をくすぐる花や紅茶の香り、カトラリーやカラフェの氷が転がるくらしの音のひとつひとつを感じてナツは瞼を開いた。
難しいことを考えるのは自分には向いていないし、そうするにはここはあまりにも賑やかだ。
まだ幼いナツの心は、鮮やかに彩られる食卓と、楽しげなハルとノナの会話を前に思考を続けることができなかった。
朝食のバゲットにたっぷりのジャムを塗って、思い切りかじりついたナツを見て、ノナとハルは目を見合わせて笑った。
目に留めてくださり、ありがとうございます(*´꒳`*)
このお話を読んでいただけましたら
評価、リアクションをポチと押してもらえると とってもとっても嬉しいです。




