1-2枯れない花
魔女は黒猫を両手で抱え直すと、軽やかに屋敷の扉を開いた。
「せっかくのお客人だ。しばらく歩いて疲れたろう、休んでいきなさい」
ナツにひとつ目配せをすると、背を向けて歩き出す。
屋敷の中は外観から想像する以上に広々としていた。淡い色の木材がむき出しの天井は高く、大きな窓から差し込む光がチラチラと輝いて空間を満たしている。
一人と一匹の暮らしには広すぎる空間が寂しげにうつらないのは、所々に施されたファブリックやモビールなどの装飾品のためだろう。
よく手入れをされた品々からは、持ち主の愛着を感じられる。
部屋の一角にはいくつものマネキンが立ち、それぞれが凝った刺繍やレースが施されたドレスや衣装をまとっていた。
「わぁ…綺麗…」
ナツは、先ほどの警戒心を一瞬忘れ、思わずため息を漏らした。
魔女は満足そうに微笑むと、リビングの見上げるほど大きな窓を両手で開き、中庭にある小さな東屋へと二人を促した。
「マチ、あなたもお手伝いしてちょうだい。お客様には、おもてなしをしないとね」
マチと呼ばれた黒猫が先導して案内してくれた中庭の東屋で、二人は白く塗装されたティーテーブルを囲んであたりを見回す。
屋敷の庭はよく手入れされているものの、持ち主の性格ゆえか配置は整然としてはおらず、花も野菜も果樹も思いつきで植えられたような雑多な印象を覚える。
「…なんか、賑やかなお庭」
「好きなもの全部育ててたら収集つかなくなってきてさぁ、たはは。」
照れたように笑いつつ、紅茶を用意するのは、この屋敷の持ち主だったらしい。
「ねぇねぇ、おねえさんはここに住んでるの?」
「そうさ、飲み込みが早くて助かるねぇ。
私がオーナーのノナ。あそこで伸びてるのがマチ。」
「ゎう」
「へぇ、かわいい。言葉がわかってるみたい!」
返事をするようにこちらを一瞥した黒い毛玉は、案内が終わると東屋に近づく気はないようで、くるくるとその場をまわり寝床を確かめて、ふかふかの少し離れた芝生の上に伏せてしまった。
そんな様子を無邪気に楽しむ弟を横目に、ナツはいまだに魔女に心を開けずにいた。
「思うところありって顔ね。…までも、せっかくウチへ来たんだ、ゆっくりしていきなさいな」
両手で頬杖をついた上にぷっくりと柔らかい頬を乗せているナツは、ノナの視線に居心地が悪そうに視線を落とす。
「…ごめんなさい、せっかく良くしてもらってるのに。あたしたち迷子で…早く戻らなきゃならないの」
「へぇ、一体どこへ?」
「どこへって……?あたしたち、どこへ帰らなきゃならないんだっけ」
「お姉ちゃん?」
「ふむ。さ、温かいものを飲んで落ち着きなさい。分からないことをいくら考えたところで、不安は消えないよ」
ノナは面白がるような笑顔をすっと消してしまうと、二人の前に湯気の立つティーカップをそっと並べ、自らもその向かいの席に腰掛けた。
「不安そうな君に、この世界について、説明してやろう」
************
「この世界は、現と夢の間、生と死の狭間。
ーーその保留地点と考えてもらうと良いだろうね。迷い込む理由は他にも色々あるが、ともかく君たちが迷い込んだのは、そういう場所だ。
そして、その世界の主人が私。」
「…保留地点」
先に魔女を自称したノナに噛みついた時の威勢はナツにはなかった。
思えば歩き続けても汗一つかかない体、時間が経てど日の位置が変わらない空、突然現れる草原や屋敷と、違和感ばかりの道中であった。
そのあり得ない説明にあっさり合点がいったわけでもないが、今いる世界が現実世界でないことは肌で感じられていた。
そして何よりも
「夢じゃなきゃ、ハルがこんなに歩き回れるはずがないもの…」
「…?」
ずっと小さなころから、性格も趣味も正反対の双子の弟は、風邪一つひかないナツとは反対に重い病を抱えて産まれてきたのだった。
ハルは不思議そうにこちらを見るが、その顔色は至って健康そうだ。
この世界に辿り着いてから付き纏っていた違和感の正体に辿り着いたナツは押し黙ってしまうと、ノナの瞳を覗こうと、その顔を上げた。
「ふん、今度は随分大人しいじゃないか。ナツ、信じてくれたかな?」
「…保留ってことは、まだあたしたちの先の未来は決まっていないってことね?」
「まぁ、そうなるね」
「それじゃあ、あたしたちが元の世界に戻れる方法は…?そう、魔女の力とかで!」
「そうも行かない。人の生死に関わる魔法は存在しないし…私はそもそも修飾の魔女だ、この力では、飾りつけることくらいしかできないのさ」
ナツに詰め寄られて思わず半身を逸らしたノナは、片手でナツを宥めると、その反対の手をマチの方へ伸ばして軽く振る。
すると、芝生で伸びているマチの頭にぽん!と音を立てて大きなリボンが飾られた。
突然のことに驚いたマチは目を白黒させたのち、じと、とノナを見やってまたごろりと床に伏せた。
「わぁ!えっ、すごぉい………………はぁ…………」
「はぁってなんだよ」
この世界の正体を知っているらしい自称魔女の力が、どうやら本物だったことが判明すると同時に、《修飾の魔女》のその力は毛ほども命運を握っていないと察して思わず天を仰ぐ。
「先も伝えたように、私に生死の命運を変えることはできない。それは私の干渉できる領域ではないからね。君たちの未来は未知数で、この世界から自分の意思でどこかへ向かうこともできない」
「ぇえ…それじゃあ、私たちはどうすれば…?」
「だから言ったろう、ゆっくりして行きなさいと。君たちの命運は誰にも変えられない。ただ、進退が決まるその時を待つしかない」
「いつ生死が決まるかも分からないのにゆっくりしてろって?」
遠慮なく質問攻めにするナツを、消してノナは責めない。それが大きな不安と、姉としての責任感からくる行動だと察しているからだった。
「それもそうだが、生死の行く末を知りたくないというお客人も多いんで、伝えないことが多いんだ。…いいよ、それじゃあ、これをやろう」
ノナはナツとハルの額に手を添えると、「よっ」と気の抜ける掛け声と共に、ティーカップのそばにふたつの鉢を作り出した。
小さい子供の手でも、両手で抱えればひとまわりするくらいの小さな鉢には、いくつかの蕾をつけた花が育っている。
どちらもまだ蕾を閉じており、二人には何の花かは見当がつかない。
「おねえさん、なんでお花をくれるの?」
「うん、この世界の主人たる私には、君たちの、いわゆる魂の姿が薄ぼんやり、見えるんだ。
あいにくその魂の未来は見えないが…ただ、生死が決まる頃に、必ず魂には揺らぎが生まれる。
この花は、君たちの魂に紐づけて作り出したものだ。魂に揺らぎが生じれば、それに伴って姿を変える。
…まぁ花の形をしているのは、君たちにも分かりやすいようなモチーフを選んだってだけのことなんだけどね」
「姿を変えるってのは…」
ナツは蕾をつん、とおっかなびっくり触るとノナを見やる
「現に戻るならば、この花が咲き、冥界に旅立つのであれば花は咲かずに、蕾のままその命を終える」
「げ」
興味深く蕾をつついていたナツは、サッと手を引っ込めると鉢を見つめてぞぞ、と肌を粟立たせている。
「ふふ、そう神経質にならなくても良いよ、その花は外的要因では姿を変えない。幻覚みたいなものだから」
その言葉にあからさまに安堵した様子のナツと、ぼんやり蕾を眺めるハルの手をとり、ノナは告げる。
「これは君たちの命運が決まるまでは、咲くことも、枯れることもない花だ」
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