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異世界転生して三十年経ちますけど、英雄さん方?なんか状況悪化してません?〜前世より低スペックにされたのでやる気が起きない低級精霊マスターのお話。  作者: 屋代湊
醤油と味醂と酒があれば大体の料理は作れる。だから悲観するな。お前にだってそこそこの料理で食卓を賑わすことはできるのだから。
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第8話 喧嘩をします

「___『宵闇の魔法』鵬翼ほうよく、ゆえに望郷______」


「ママぁああああああああああああああああああ」


時間がループしている。

普通の5歳児ってこんなに何度も気絶して大丈夫なのだろうか。医学的に、あと精神的に。娘の育児経験を思い出すが、もちろんそれは無意味な回想だった。

だって娘、気絶したことないもん。

後遺症とかないよね、大丈夫だよね?この国多分、国民皆保険制度とか、社会保障とかないよ?税金の使い方に文句言えるのって幸せだったんだね。いつも大切なものは失ってから気づくんだよね。

ママ、もといノフランの柔肌を掌にしっかりと感じる。二つの乳房を交互に揉みながら、ああ、これがこっちの世界での年金二階建てか、と頷く。左の乳房が基礎年金で、右の乳房が厚生年金だ。これならいくらでも徴収して構わないし、老後も安心して暮らしていくことができる。


_____は?


いったい何を言ってるんだ私は。

もう後遺症の兆候が出始めているではないか。


「目、覚めたみたいね。よかった、、、大丈夫?」


「こ、、、怖かったよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!足が!!足が!!」


「だいじょ~ぶ、だいじょ~ぶ、ママがちゃんと直してあげましたからね」


何気にすごくない?僕のママ。

完全に両足黒焦げだった気がするのだが、それすら直せるのか。

確かに「宵闇の魔法」と言っていた気がするから、第四階梯の治癒魔法だろう。

友達に自慢できるママだ。


「ぐすっ、、、ぐすっ、、、うぇっぷ、、、ありがと_____うん?、、、ママ、、、あれ何?」


「うん?ああ、あれね、気にしないで、なんでもないの。ただのかつてフーフェルだったものだから」


え。

____え?

__________うん?


「大変申し訳ございませんでした、ごふっ、、、テネーカトロ様、、、もう二度とあのようなことはいたしません、、、おえぇ、、、このゴミムシを好きなように痛めつけてくださいませ、、、かっはぁあああああああっ!!」


ゴミムシっていうか、、、ほら、ウナギって、あるじゃん?

あれってさ、捌くときにさ、まな板に頭を釘で打ち付けて固定するの知ってる?

要するにあれなんだけどさ。まぁ、まな板と違って、こっちは壁に打ち付けられているから、垂直方向なんだけど、、、まさに磔刑なんだけど、、、。


「___蛇だ」


「はい。かつてフーフェルだった、蛇です」


と、当たり前のようにノフラン。

その長い舌を、私はじっと見て、


「あの、、、そういう魔法、、、ですか?」


「はい。そういう魔法です」


「どこまでがそういう魔法ですか?蛇になるまでですか、それとも血だらだらで、頭付近にナイフが刺さっているところまでですか?壁に打ち付けるまでですか?」


「それは大事なことですか?」


「はい。すっごく大事なことです」


「それならば、前者です」


「ちなみに、後者の状況はどうやって発生しましたか?」


「ママが掴んで、壁に叩きつけて、ナイフを打ち込みました」


私は肺いっぱいに空気を取り込む。


「助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇいやぁあああああああフーフェル!フーフェル!!助けて!!怖い、怖すぎるよ!エロ耐性はあるけど、グロ耐性はないの僕!どゆこと?仲間だよね、仲間なんだよねっ!!?一線超えちゃってるよ!」


「いいじゃないですか、どうせ直すんですから、ママが、責任持って、完全に」


「大変申し訳ないが、あたしの命ももって数分、、、お前を助けることはできない、、、ああ、最後に、最後に、お前を抱きしめてから行きたかった、、、」


「やば~~~い!!やばすぎるよ!何回でも直せるから何回でもヤれます、みたいなニュアンスにしか聞こえない!全然自慢できるママじゃない!!家に閉じ込めておかないと世間様が危ない!!早く治して!!数分とか言ってますよ!!今回はフーフェル、そんなに悪くない、あんまり、それほど、大して!!」


「あぁ、そうなんですか。なんだ、また小さい子を虐めたのかと思いました」


ノフランが抑揚のない声のまま、蛇、もといフーフェルの方を全く見ず、ノールックで、


「___『宵闇の魔法』異端、ゆえに横暴______」

「___『宵闇の魔法』鵬翼ほうよく、ゆえに望郷______」


と、二度、魔法を唱える。


「___はっ!!はぁ、、、はぁ、、、今回はマジで死ぬかと思った__」


フーフェルの燃えるような赤い髪が視界いっぱいに広がる。

私は、その元に戻った姿を見るやいなや、


「フーフェルさーーーんっ!!!怖かったよぉぉぉぉぉぉぉ」


無我夢中で首領に抱き着いた。

ノフランママよりも硬い、筋肉がしっかりついたその身体が、今はかえって私に安心を与えた。


「ずっきゅぅぅぅぅうぅぅぅぅぅんっ!!叶った!!夢叶った!!叶っちゃった!!もう離さないぞっ!!蛇のように絡んじゃうぞ!養っちゃうぞ♡」


私は理解した。

この義賊団で一番逆らっちゃいけないのがママだ。

だってナチュラルボーンサイコパスだもん。

いずれ躾と称して私も蛇に変えられかねない。俎上の魚というか、俎上の蛇にはなりたくない。

良い子にしよう、良い子に___。


▲▽


「ばーか!ぶーす!お前のかぁちゃんでーべそっ!!」


「なんですってぇ!?ばかって言う方がバカなんですぅ!ちーび!あーほ!お前のかぁちゃん、、、、、、まーきづめ!」


「なんだって!?ノフランママのこと悪く言うな!!」


「お前のママじゃないもん!!うちの師匠だもん!!」


「じゃぁいいじゃねぇか!!僕のママで、お前の師匠で!!被ってねぇよ!!」


「やなの!!独り占めしたいの!!たまにしか会えないんだもんっ!!」


引き続き、最早治療室なのか私の部屋なのか判別しない義賊団の一室。

ノフランママの右手を引っ張りながら、私は舌戦を繰り広げる。

そもそも巻き爪って悪口なんだろうか。

こっちの世界では巻き爪は恥ずべきことなのかもしれない。

もしそうであるならば、「へぇ、ママ、巻き爪なんだ、恥ずかしいねぇ、、、ほら、見せてみなよ、、、ちょっとづつ広げてあげる」って責め立てたい。

そして、私と逆側、ママの左手を引っ張っているのは、十四、五歳くらの、ゆるふわショートカットの少女。


「うっさい!!どっかいけぶーす!!」


「お前の方こそどっかいけちーび!!」


「ちょっと黙れるかな、二人とも煩いよ___それとも、、、」


「「____ひぃぃぃぃぃいぃぃぃぃぃぃ____」」


良い子にすると決意したばかりだったのに、人は簡単に過去のことを忘れるものだ。いや、子どもは、かな。


▲▽


「うちはザミヘル共和国魔法武芸連合学校・ミニノア校の八塔生。 そして、共和国市民軍・魔法技術セクション所属のイロイ____よろしく、がきんちょ」


先ほどまで非常に低レベルの言い争いをしていた相手、イロイがすごく嫌そうに、目を細め、顎を上げ、見下しながら握手を求めてくる。

私も5歳児ではあるが、記憶は47歳だ。

先ほどまでのことは水に流して、和解としゃれこもうじゃないか、ええ、こちとら大人なんですから。


「ぎぎぎいぎぎぎぎぎいぎぎい」


「ふんっ__!!」


「痛ってぇーーーーっ!てめぇこの野郎!!」


私がちょっと握手に力を込めたらこれだ。

5歳児の弱弱しい手を、こいつは、中学生くらいの女が、思いっきり握り潰してきやがった。大人げないにもほどがある。いや、私が大人げないのだろうか、この場合。


「二人とも!!仲良くしてくださいっ!」


ノフランが優しめのげんこつを私とイロイの頭に落とす。


「まず、イロイが悪いですよ。あなた会った途端に____」


___へぇ、あんたが、、、はっ。精人でも武人でもなく、精霊使いだけ?それも低級精霊、、、ぷぷっ、、、しょっぼ、、、で、フーフェル様にその雑魚低級精霊を燃やされたと、、、まぁいいですよ、治してあげても?まぁ、治ったところで?役に?立つと?思えません?が??


「なんでそんなにテネーちゃんに突っかかるんですか?いつもはもっと優しい子なのに」


ノフランが、ばつの悪そうにしているイロイの方を見て聞く。

叱っているというよりは、不思議に思っているような感じだ。

さすが僕のママ、サイコパスだけど優しい。

優しいけどサイコパス、では最早ない。

印象として狂気の方がもうベースに来ちゃっている。

白Tにカレーが跳ねたんじゃない、カレーに白Tを漬けたのだ。


「___だって、だって、、、、、だってっ!!うちが義賊に入るのはあんなに反対したくせに、こんなどこの馬の骨とも虫の息かも分からないガキをすんなり入れるなんておかしいもんっ!!!うちの方が圧倒的に、決定的に、破滅的に優秀なのにっ!!それになんか師匠にべたべたくっついてるしっ!!ママとか言ってるし!!」


馬の骨と虫の息は並列になる言葉ではない。

まぁ、ほとんど虫の息であったのは事実だが。

このイロイという少女は、変態自称女神エゼの治療のためフーフェルとノフランママが呼び寄せたのだ。

ノフランママの魔法では、人間である私のことは治療できても、精霊の治療はできないらしい。私が治れば精霊も治る的な同期システムだと勝手に思っていたが、内実違うらしい。それにはそれの専門医的な人がいるとのこと。それがこのイロイということだ。


「__イロイ、人間の本質が見える瞬間は4つある。それは才能を持ったとき、金を持った時、人の上に立ったとき、権力を持ったときだ」


人の上に立ったときと、権力を持ったときは同じシチュエーションなんじゃ、3つなんじゃ、と思って指摘しようとしたが、うん、言う気にもならない。

部屋の隅のクローゼットらしき家具の、非常に細く、それこそ一毫いちごうほど開いた戸の隙間から赤く輝く瞳がちらちらと見えている。フーフェルだ。

私のことを養うとか、もう離さないとか豪語していたが、ノフランにビビり散らかして、彼女が何か口を開く度に先ほどからバッタンバッタン扉を閉じたり、ゆっくり開いたりしている。ポルターガイストですか?いや、フーフェルガイストだ。


「お前はいつから、そうやって己の才能と他人のそれを比べて、見下すようなクズになったんだ?」


言ってることはカッコいいのよ。すごく。

でも、細い隙間からでも分かるぐらい、腰が引けちゃってんのよ、クローゼット全体が震えちゃってんのよ、生まれたての小鹿が生まれてすぐに立とうとしてるみたいな感じなのよ。


「___フーフェル様、、、でも、、、」


「いいか、確かにお前は優秀だ、イロイ。だからこそ、お前を義賊に入れる訳にはいかなかったんだ。ちゃんとその才能を、他人の、この国のために使え。それが秀でて生まれた者の使命だ、責任だ。自分が幸福になろうとするな、他人を幸福にしろ、自分のしたいことではなく、他人がしたいことを支える人間になれ」


「フーフェル様、、、!!」


「イロイ___」


遠い、遠い。

なんかすごく良いシーンっぽいのに、距離感がおかしい。

あれだ、誰かに風呂を覗かれてる気がして、怯えつつぱっと振り返ったら、それが実は思い人で、お互いに「とくんっ」ってなる感じ。

違うな、どんなシチュエーションだ、それ。

とにかく、隙間ごしに信頼関係を確認しないで欲しい、リアクションに困る。


「まぁ?フーフェル様と師匠に頼まれちゃ仕方ないし?うちは優秀だから?あんたの精霊、治してやってもいいけどね?朝飯前だし?むしろ起床前と言っても過言じゃないし?特別だからね?」


「あ、、、ありがとう、、、ございます。でも、できれば起床後に目をしっかり開けてやって欲しいです、、、」


一応感謝は示したが、私の不安は全く別にある。

治すってことは、またあの変態を呼ぶんだよね?

嫌なんだけど、精霊って交換できないの?

チェンジシステムないの?風俗にすらあるのに?

むしろ治さなくていいんだけど、、、多分、翼が燃えただけだし、、、命に別状なさそうだったし、、、。


私は陰鬱な気持ちでイロイの後に付いて部屋を出た。

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