第7話 精霊を出します
朝食の後、一通り義賊の拠点である古城をフーフェルが案内してくれた。
会う人会う人、フーフェルの姿を認めると立ち止まり、片膝を地面につけて頭を下げる。彼女はそれを少し嫌がっているようだったが、「あ、こいつ本当に首領なんだな」という証明にはなった。
そして最後に二人で城の裏門を出、城を守るようにある小山の麓、開けたところに出た。
「フーフェルさんは、なんで義賊を?」
私は草原に立つ、その苛烈さと可憐さを兼ね添えた女性に聞く。
「ザミヘル共和国はもともと帝国だった。あたしはその帝国軍の魔法師団に所属していたんだ」
「ああ、それで職を失ったと?」
「まぁ間違いではない。共和国の人民軍にも誘われたが、固辞させてもらった。その時には共和化に伴い没落した貴族どもがあちこちで悪さをしていたからな、それを狩る側にまわったということだ」
フーフェルはにこりと笑ってそう答えた。
え、やめてよ、ちょっとかっこいい。
「だから、あたしは共和国にとっては仇ということになるし、元帝国派の人間にとっては裏切り者ということだ。この国の嫌われ者ってところだな、ははっ__」
「やだ、、、か、、、かっこいい_____」
影を落としたその笑顔。
裏切りの義賊。
どちらの派閥からも疎まれながら、正義を貫き通すそのあり方。
やば、惚れちゃいそう。
「えへえへえへぇ、、、そ、そんなことないぞぉ?あへあへへへへへ、部屋で一人でいるときは鼻くそもほじるしぃ、股間もガシガシ掻くしぃ、じ、、、自慰も1日3回はするんだぞぉ?きゃぁ!はずかちはずかち、、、ぜんぜんすごくないんだからな!?そんな褒めても何もでないんだからなっ???うへへへへへへへ」
きったね。
なんだこいつ。
彼女に膝をついた全ての人間に羊羹持って謝罪周りして欲しい。
「あ、、、あの、それで訓練は?」
「えへへへへへへへっへ、_____ごほんっ!!ああ、そうだったな。じゃぁまず見せてみろ」
「見せるって?ソーセージ?」
私は早朝のドダイとの訓練を思い出しながらそう答えた。
あれ、ズボンとか脱いだ方いい?
「ちげぇよ低級精霊だよ、、、感じた限りは風系の力を持った精霊だな。エゼを騙る愚劣な精霊だが、微力にも、、、それは非常にしょぼい、どうにもならない微風程度の力だが、、、お前のためにはなる存在だ、多分」
フーフェルが言葉を重ねるほどに、私の顔はどんどん下がっていく。
そんなにくそみそに言わなくてもいいじゃない。
だが、見せるとは何だ、見せるとは。
こちとらゲームとか苦手なもんで一切やったことないんだ。
こういう剣と魔法の世界のお作法とか知らない。
なんか叫べばいいの?大地の風よ今、この手に集結せよ!!みたいな?
いや違うか、しょぼいんだった。
大地の風とか言っちゃって恥ずかしい。
アルコール検知器に吹きかける呼気程度の風力を今っ!とかかな?
あれこれ考えたが、ここは素直に聞くことにしよう。
聞くは一時のなんちゃらだ。
「見せるって意味が、すみません、分かりません」
「ほら、ノフランが言っていただろう。精霊という存在は、精霊使いを介さないとこの世に顕現できないと」
「ああ、確かに、それでどうすれば?」
「そこからか、、、いいか、感情を高めるんだ。喜怒哀楽、どれでも良い。そして、その昂った感情を受け止めてくれる存在を思い浮かべろ、それが精霊だ」
なるほど。
思い浮かべる系か。
でも、喜怒哀楽どれでも良いといっても難しいな。俳優じゃないんだから__俳優?
そうか!!
子役は確か泣きの演技をするとき、自分の親を脳裡で殺すという。
なら私は、記憶にある全ての虐待行為という名の母の愛を生贄に精霊を召喚するっ!
「____出でよ!!ママぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ!!!」
なぜ、零れるのは涙なのだろう。
それは怒りの感情として発露してもいいはずだった。
でも、私の頬に流れるこれは、確かに涙だった。
通い慣れた道を行くように、鼻から顎へ一筋、音もなく流れる。
それは神様の愛の結晶のように、この大地へと還っていく。
「な、、、なん、、、だと、、、これは___」
フーフェルが驚愕する。
大きな感情を吐き出した、その巨大な心の穴を満たすように、何か、自分のものではない力が横溢するのを感じる。
そうか、、、僕は、、、これでも、、、今でも、、、お母様を、、、愛して________。
「お股きゅんきゅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんんんんっ!!!」
最悪だ。
せっかくセンチメンタルに、しかも何かすごいこと起きそうな感じのモノローグを語っていたのに、台無しだ。
フーフェルも余計な合いの手なんて入れないで欲しかった。無駄に期待値上がっちゃったじゃん。
一陣の風が、草原の草花を揺らして通る。
そこには巨大すぎる翼を広げたエゼがいた。
「____低級精霊なら、せめてスズメほどの羽にして欲しい、誤解するから」
「低級精霊?お姉ちゃん、女神だよ?」
そうだった、お姉ちゃん設定なの忘れてた。
「そ・れ・よ・り!なんで昨日呼び出してくれなかったのっ!?お姉ちゃん寂しすぎて、自分の抜けた羽をオモチャにして何時間スプラッシュせずに耐久できるかに挑戦してたんだけど、三十分くらで脳イキ_________」
「シャラッぁああああああああああああああああああプ!!」
「ああ、叫び声すら_______ひ・び・い・ちゃ・う♡」
確定した。
こいつは低級精霊だ。むしろまだ精霊と付くだけマシだ。それすらはく奪してやりたい。
長い白髪を揺らし、緑の瞳を潤ませているエゼに、フーフェルが唐突に宗教儀礼用のような装飾がなされた長剣、その切っ先を向けた。
うん、分かるよ、そうしたくなる気持ち。
でも、さすがに挨拶にしては暴力的にすぎる気がする。
「お前、名は?」
と、フーフェルが眼差しを鋭くして詰問の体だ。
「___ちっ!!クソ女が。気安く話しかけてんじゃねぇよ。この子を助けてくれたことには礼を言うが、その汚らわしい目をうちの子に向けるな、潰すぞ、両目とも」
「女神エゼと名乗ったそうじゃないか」
「ああ、そうだ。本当はお前みたいな薄汚い人間では相対することもできないような、偉大な存在だ」
「別にその名を騙ることをとやかくは言わない。だがな!自分の力を見誤り、ないはずの力をあると思いなす奴は、1人残らず戦場で命を落とす。そして周りの仲間も殺す。お前はその自分の弱い心を隠すためのくだらない虚勢で、その子を殺すことになるんだぞ!?」
「かっ、、、、、、、かっけぇえええええええええええええええ!!歴戦のツワモノしか言えないセリフ、かっけえぇえええええええええええええ!!」
私は自分が叫んでしまってから後悔した。
でもしょうがないじゃん、かっこいいんだから。
「え?そうかな?やっぱそう思う?フーフェルお姉ちゃん、かっこいいかな?ど、どうかな、、、?」
フーフェルがその長剣を掲げたり、地に刺したりしながら、ポーズを取っている。
でも駄目だ。
顔が全てだらしなく歪んでいる。
データ容量の無駄遣いになるので、1回も心のシャッターは切らなかった。
「お姉ちゃん_______だと?」
エゼがその翼をいからせるように持ち上げる。
「少なくともお前よりは適任だ、低級精霊」
「私は女神だ、、、それ以上の侮蔑は許さない、お姉ちゃんとして!!」
「なら見せてみろ、お前の力____」
フーフェルが長剣を顔の前に立て、魔法を行使する。
「_____『残夜の魔法』炎庭、ゆえに揺曳_____」
「出、出たぁ!!最も低い階梯の残夜であるものの、首領が戦闘の開始時に好んで使用することが多いお馴染みの魔法!!戦場を一気に自分色に染め上げ、地を這う炎から逃れるためには空中を行くしかない、そうして敵の自由を奪った上で殲滅に入るのが我らザミヘル義賊団の常套戦略!ただ、効果範囲が広すぎて一帯焼野原になってしまうので使いどころに困ることがあるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
実況A、お前はいったいどこから出てきた。
そしてネガティブ情報をバラすなよ、敵なのかお前。
フーフェルの足元から炎の波が草原を焼いて広がる。その速度も速い。
回避しようにも、確かに実況Aの言う通り、上方向しか残されていない。
「心配しないで、大丈夫、お姉ちゃんがついてるから」
ついてるというより、背後から抱きしめられている。
エゼは正座をするように両ひざを地面について、私の腹に腕を回している。
無駄にでっかいおっぱいが私の頭の上に乗っていて重い。
抱きしめられているから、いずれにせよこの迫る赤い炎から逃げられない。
ほとんど磔刑みたいになっちゃてるよ私。
普通、燃えて死んだ後に女神様降臨じゃないの?フェーズ間違っていない?最初から女神的な存在に抱えられて死ぬことある?
あれ、二人で共謀して私のこと燃やしつくそうとしてる訳じゃないよね?
「風の声を聴いて___葉と葉がこすれ合う音、靡いた髪、衣擦れ、全てがあなたの味方。そしてあなたの声も風に聞かせてあげて、そうすれば、喜んでそれに答えるから」
エゼの声が、心の中で響くように聞こえる。
とくんっと、心臓が跳ねる。
彼女の巨大な翼が、まるで自分から生えているように、血が通う。
背中に感じるエゼの体温が、自分と同期して、一つになる。
そして言葉が、世界に語り掛け、世界を震わす言葉が、脳裏に浮かぶ。
言え___っ!
その言葉に精霊の力を編み込んで紡ぐんだっ!!
____その言葉は空気を伝わるより早く、森閑の世界に唯一の音として鳴った。
【うへうへうへ、下乳にこの子の頭の感触がぁぁ、やばっ、目に映る景色全てがエロっ!!このちょっと歪んだおっぱいも自分の物ながら良い!すごく良いっ!!濡れちゃうぅぅぅぅっ!!】
自分の口から出た言葉だとは絶対に思いたくなかった。
でも事実、それを叫んだのは私だ。この口だ。
そして、もっと嫌なのは、その言葉でもって確かに何かしらの力が発動した感じがすることだ。
最悪だ。
「ははははは、受けてみろ女!私たちの初めてのセッションをっ!!!」
セッションとか止めて。
これお前のソロってことにして欲しい、独奏。
私は観客、せめて観客ってことにして欲しい。
「こ、、、この力は、、、、、、!!」
フーフェルの驚愕。
でも知ってるよ、このパターン。
さっき学習したもん。
なんとなく分かっちゃったよ、この先の展開が。
「う、、、、、、浮いているっ!______10センチほど」
そう、フーフェルの言う通り、私とエゼは地面から10センチほど浮いていた。
当然、それではこの地を這う炎を避けることなどできない。
「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「熱いぃぃいいいいいいいいいぃいぃぃぃぃぃ!!!!」
「足!足!燃えてるっ!!燃えてるっ!!」
「翼が!!翼が!!真っ黒に焦げちゃってるよぉぉぉぉぉぉ堕天しちゃうぅぅぅぅぅぅ!!」
私とエゼの悲鳴が、それこそ世界を震わすように、風となって大地を駆けた。




