第11話 プレゼントをします
義賊の拠点である古城は、帝国時代のある貴族の所有していたものだという。その貴族はもう処刑されてこの世にいないとのこと。
乗合馬車の待合場所に着くまで、イロイは丁寧に地理的なことを教えてくれた。意外に優しい。おそらく私がママといちゃいちゃしたり、義賊の一時的な仲間になっていたりしなかったら、こういう姿を最初から見せてくれていたのだろう。ママもいつもは優しいとそう言っていた。
ザミヘル共和国というのは、世界の中でみれば非常に小国なのだと言う。ただし周囲を山脈に囲われているため、これまで独立した国家として存続できているというのがイロイの説明だ。そして、世界には天使側の精霊を崇める国家と、悪魔側の精霊を崇める国家があるとのこと。まぁ、宗教的違いということだろう。その国家間で争いはあるが、別に宗教だけが原因ではなく、普通に経済的、政治的、歴史的文脈が絡み合っているらしい。まぁ、そりゃそうだ、宗教的理由だけで戦争するほど、世界は単純ではない。
ザミヘル共和国は、東側に悪魔派の大国、西側に天使派の大国があるそうで、丁度挟まれる形になっているが、今はなんとか中立を堅持しているらしい。素晴らしい外交努力だ。どうやら、天使派にも悪魔派にも中立であるという性質から、その両大国以外の国家から賓客をたくさん留学生として招くことができているらしい。ゆえに、ザミヘル共和国を侵略することは、世界に喧嘩を売ることになる、ということだ。
「ちなみに、ここはザミヘル共和国の、どの辺りなんですか?」
私が聞くと、イロイは立ち止まって、地面に簡単な地図を書いてくれる。
なになになに、めっちゃ優しいじゃん、私の嫁。
前世の妻だったら、「自分で調べたら?」ってスマホ見ながら言ってる。その時は、おっしゃる通りだ、さすが俺の妻、冷静でカッコいい、って思ってたけど、これはこれで良いものだ。
あれ、前世の妻と比べたりして、なんて失礼なことを、、、。
「ここは北側の最大の町、アレトっていうの。ザミヘルは縦長の国だから、中心に首都スーウォがあって、あと南にミリカっておっきな町がある感じ」
なるほど。
東と西にそれぞれ縦に山脈が奔っていて、その間がこの国だ。
そしてここは、前世でいうところの札幌とか仙台とか、そういうポジションか。
なら、お母様はすすきのとか、国分町で働いていたわけか。なんか急に親近感湧くな。
イロイはまた歩き出す。
そして、ノフランママにでも言われたのか、私の手をおもむろに取る。歩きづらいだろうに、律儀だ。
「でも、それならフーフェルさんたちはアレト義賊団って名乗るべきじゃない?」
「ちょっと前までは首都のスーウォで活動してたのよ。でも最近、こっちで怪しい動きがあるからって、暫定的にね」
「怪しい動き、、、」
「お前、、、いや、もういいや。テネーをこないだ助けたでしょ?あれのこと。今回あなたを助けたことで、フーフェル様も睨まれてるはず。まぁ、テネーがそれで気に病むことはないわ、それが義賊の存在意義なんだもん。あなたはただ感謝して、そして忘れてしまっていいの」
やばい、イロイがどんどん普通の人になっている。普通の良い子に。
ノフランさんに貰ったお金、足りるよね。
デートって、一回で数十万飛ぶものだよね。
むかつくままのイロイだったら割り勘だけど、これは奢らざるを得ない感じになってきている。まぁ、他人の金だが。いつかちゃんと返すからね、ママ。
「誰に睨まれてるの?それが人売りの犯人、ってことだよね」
「イトゥーっていう、元貴族。最後の皇帝の懐刀って言われてて、宵闇の魔法使い」
「宵闇ってことは、第四階梯だよね、ママ___いや、ノフランさんも使ってた」
「そう、でも、師匠は回復系だけど、イトゥーは風系統。そして、宵闇の魔法使いは、国に数人しかいない、本当の天才よ」
ママすごっ。
でも、ということはかなり危ない状況なんじゃ。
「それって、勝てるの?」
「なかなか厳しいでしょうね。市民軍も本音でいえば叩きたいだろうけど、決定的な証拠がないと、動けない」
「帝国派の人たちに火をつけてしまうから?」
イロイは少し驚いたような顔をして、
「テネー、あなた本当に賢いわね、5歳とは思えない。でも、そうよ。イトゥーは皇帝に近い存在だったから、もし仮に彼を打倒できたとして、その余波は予測しきれない」
なるほど。
それならば、共和国としては自分たちが知らないうちに勝手に義賊がやっつけてしまってくれた方がストーリーとしては嬉しいということか。
フーフェルさん、やっぱかっけぇ。
良いように使われていることに気付いていても、正義に徹するその姿勢、まじぱねぇっす。
いや、待て、待てよ、ということは、、、。
「もしかしてイロイ、軍の指示でこっちに来てる、、、感じ?」
今度こそイロイは手は繋いだまま、歩む足を止め、目を見開いて私のことを見た。
「大正解よ、、、テネー、あなた頭だけは本当に良いのね、頭だけは、他はゴミ___あれだけど」
「頭だけ良くてもね、、、他がね、ゴミクズだから、、、」
いいんですよ。もうそこは認めているので。
認めたところからがスタートなので。
「いいのよ、うち、強いから。テネーが弱くても、うちが絶対守るから。だから、あんまり気にしないで、いい?」
「きゅぅうううううううううううんっ!!!」
やばい、フーフェルみたいな気色悪い声を出してしまった。
おい、そっちが照れるなよ。やめてよ、もう。
イロイの顔はチェリーのように赤くなっていた。
▲▽
「すっげぇーーーーー!目が潰れるほど見た中世風街並みだぁあああああああ!」
それ以上でもそれ以下でもない、中世風街並み。
もはや概念。
「おのぼりさんみたいだから叫ぶのやめろ」
と、イロイ。
でも仕方ないじゃん、中世風街並みなんだから。中世風の、街並みなんだから。
「ほら行くぞ、今日はテネーの服とか、その他もろもろ、忙しいんだから」
イロイに引きずられるようにして、私は人がごった返すメイン通りらしき道を進む。
「う~ん、あんまり派手だとまた攫われそうだし、これでいいか」
イロイ曰く、服屋というものが出来たのは最近のことらしい。それは共和化に伴い没落した貴族たちが着ていた服を中古として売ったり買ったり、あるいはその布から再縫製した商品を陳列しているとのこと。庶民は自作が主流だという。
「僕って、こんな顔してたんだ」
鏡は高級品だから、初めて見た。無論、水に映る自分などは見たことがあるが、ここまで正確な自己像は始めてだ。
チュニックのようなクリーム色の服を着た自分。
確かに5歳児だ。
そして髪は黒く、瞳も、そこには紛うことなき日本人がいた。
「ねぇ、イロイ、僕の顔って、、、変?」
「変っていうか、珍しい顔だな、とは思うかな。なんか味があるというか、安心する顔ね、決してかっこよくはないけど。まぁ、うちは嫌いじゃない、、、かな、、、」
「_____ありがとう、泣いていい?」
「いいけど、その服買ってからにしてね」
買った服はなんと配送サービス付とのことで、あとで古城まで送ってくれるらしい。ア●ゾンじゃん。服屋のおばちゃん、いずれあなた大金持ちですよ。世界の富の9割を手にするよ。
買い物のメインである服を買って、ご飯でも食べようか、としていたとき、私は露店のような店に目が止まった。
「テネー、あなた、その歳でこういうの好きなの?」
「いや、なんか目に止まっちゃって」
アクセサリーの類は、歴代の彼女や妻に頼まれて買ったことはあるが、自分で選んで女性に送ったり、ましてや自分用に買ったことはなかった。
でも、なんか、、、。
「____これ、イロイに似合う気がするんだ」
それはシルバーの、無骨なブレスレットだった。
確か現世で似たようなものを妻に買ってあげた気がする。
なかなか買えなくて、結局海外旅行に行ったときにたまたま見つけたのだ。
船の錨鎖をモチーフにしてるだの、流行っているだの、1つは持つべきだのなんだの、妻が力説していた。
でも、その力強く、無骨で、それでいて洗練されている感じは、派手で豪奢な感じの妻には少しだけ似合ってなかったように思う。それこそ、今こうして考えれば、だ。
「坊主、慎重に選んだ方がいいぜ。ここに並んでいるのは玉石混交、元帝国貴族たちの持ち物だ。中には大天使の加護が付いたものもあるかもな、まぁ、お二人さんが五つ子を授かるより低い確率だが」
おじさんらしい、非常に反応に困る例えだった。
そして、なんか過剰ににたにたしてる。
イロイがそっと近づいて私に耳打ちする。
「駄目よ、テネー。最近流行ってるの、元貴族の持ち物だから精霊の加護があるとかなんとか言って、定価より高く売りつける詐欺、本当だったらこんなとこにあるはずない。市民軍が鑑定して回収してるはず」
「でも似合うよ、イロイに」
「う、、、うちはいいのよ、そんなの似合わないし、戦ってばかりだから付ける機会もない。それに____」
「ううん、買うよ、僕が買いたいんだ。始めて町を見せてくれた人だから。そしてすっごく嬉しいんだ、誰かと一緒にこうして出かけることが」
今日はよく、前世のことを思い出す。
そういえば、最後に家族で一緒に出掛けたのは、いつだろう。
思い出せないぐらいには、ほとんどなかったことのように思う。
仕事が忙しかったのもあるが、それでも、妻も娘も、いつも私が誘うと何かしらの用事があった。それも仕方ないんだ、私が自分の休みの都合で勝手に誘っていたんだから。むしろ、それぞれ自分の楽しいこと、時間の使い方があって、良いことだと思っていた。
でも、だからこそ、本当に嬉しかった。イロイが誘ってくれたことが。
「もちろん、ノフランさんに貰ったお金だけど、いつかちゃんと働いて返すから。だから、買いたい」
「、、、っと、、、うんと、、、ちなみになんで似合うと思ったの?」
イロイがふわふわ浮く髪を、耳にかけるように手で撫でつける。
髪が短いから、その所作に意味はない。
「同じ精霊使いだからかな、わかったんだ。あの精霊を見たとき、イロイは、本当に強い人なんだって」
そう、なんとなく分かるのだ。
精霊はおそらく、自分に近しいあり方の精霊使いを選ぶ。
心の在り方。
プロテインの天使には、妥協のない、積み重ねられた精神の強さをありありと感じた。イロイは、きっと、何があっても折れることのない心を持っている。
不思議な感覚だ。
人を好ましく、それは恋愛感情でなくとも、そう思うには時間がかかるものだと思っていた。うん、実際にはそうなのだろう。そもそもあまり人を嫌うことも、すごく好きになったこともなかったかもしれない。妻のことは好きだったが、それは結婚したから好きだったのか、どうなのか、こうなると分からないような気がしてくる。
そういう意味では、この何の価値もないと言われる精霊使いの力も、悪いものではないような気がした。
「つ、、、強くなんてないっ!全然、、、まだまだ、フーフェル様にも、師匠にも、全然追いつけない、、、このままじゃ、誰も救えない」
何か思うところがあるのか、イロイはそう悔しそうに言った。
「大丈夫。イロイは、きっと、たくさんの人を救う存在になる。でも、その分、イロイは幸せから遠くなるかもしれない」
それはフーフェルが言っていたことだ。才能のある人間の責務。
「だから、辛くなったときは、このブレスレットを思い出して欲しい。海に出た船が、安息の大地に戻ってくるように」
私はおじさんにお金を払って、それをイロイの腕に付ける。
その腕は、日々の訓練の証なのか、消えない怪我の痕が無数にあった。
____うん、やっぱり似合っている。
なんだか、それが嬉しい。
こんな気持ちは初めてだった。服やアクセサリーが、その人に似合っていて、こちら側が嬉しくなること。それは、自分に似合うものを見つけるより、嬉しいものだった。
ぱっとイロイの顔を見ると、もうほとんど噴火したように顔が真っ赤だった。
身体もプルプル震えている。
「あ、、、あのね!おませさん!!いい!?女性にブレスレットを送るのはね、その時はね、結婚式のときだけなんだからねっ!!」
ええ、、、。
異世界ムズー。
マナー講師による社会常識講座とか通信でやってない?
だからか、だからおじさんは過剰ににたにたしてたのか。
詐欺のカモを見つけたからじゃなかったのね。
イロイは手に付けられたその錨鎖のブレスレットをくるくると弄りながら、ぷんすか怒って先に行ってしまった。