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エルフィアーナの100年 - 栄光と没落

樹紋暦1557年、エルフィアーナの街角に新しい風が吹き始めていた。


「聞いたかい? 新しい税制が導入されるらしいぞ」


「ああ、魔法使用量に応じた課税だとか。これで貴族様方にもちゃんと税金を払ってもらえるってわけだ」


市場の片隅で、野菜を並べる商人たちの間で交わされる会話。その目は以前よりも輝きを増しているように見えた。


税制改革の噂は瞬く間に街中に広がり、人々の間に新たな希望の種を蒔いていった。長い間、貴族や大商人たちが政治を独占してきたこの街で、初めて市民たちが自分たちの声を上げる機会を感じ取ったのだ。


エルフィアーナ大学の講堂。リューンは熱心に耳を傾ける学生たちの前で語り続けていた。


「諸君、我々は今、歴史的な転換点に立っている。新しい税制は単なる財政改革ではない。これは市民の皆さんが政治に参加する第一歩なのだ」


リューンの言葉に、学生たちの目が輝いた。若い魔法使いの卵たちは、自分たちが社会を変える力を持っていることを実感し始めていた。


街の至る所で、政治について語り合う市民の姿が見られるようになった。酒場では、労働者たちが熱心に議論を交わしている。


「おい、聞いてくれよ。魔法議会を作るべきだって話が出てるんだ」


「へえ、それはどんなもんだい?」


「俺たちみたいな一般市民も代表を送り込めるんだとさ。こりゃあ面白くなりそうだぜ」


樹紋暦1562年、ついに魔法議会が設立された。エルフィアーナの中央広場には、投票所を求める長蛇の列ができていた。


「私の一票で、この街が変わるかもしれない。考えただけでワクワクするわ」


若い女性魔法使いが興奮気味に友人に語りかける。その横では、年配のエルフが静かに微笑んでいた。


「やれやれ、こんな日が来るとはな。若い者たちの時代になったってことかね」


選挙の結果、リューンら改革派が議席の過半数を獲得。しかし、旧来の貴族勢力も依然として強い影響力を持っていた。


議会では連日激しい討論が繰り広げられた。


「貴族の皆様、我々は特権を手放すことを恐れてはなりません。むしろ、市民との協力こそが、エルフィアーナの未来を築く鍵となるのです」


リューンの説得に、一部の開明的な貴族たちが賛同の拍手を送る。しかし、頑なに反対する者たちもいた。


「笑止千万! 我々の祖先から受け継いだ権利を、そう簡単に手放せるものではない」


議会の外では、市民たちが熱心に議論の行方を見守っていた。


「ねえ、聞いた? リューン先生が提案した『市民の声』システムが可決されたんですって!」


「へえ、それってどんなものなの?」


「私たちが直接政策を提案できるんだって。すごいと思わない?」


樹紋暦1577年、エルフィアーナは大きく変わっていた。街の至る所に「市民の声」ボックスが設置され、人々は熱心に意見を投書していた。


「ほら見てごらん、私の提案した公園の改築案が採用されたのよ」


「すごいじゃないか! 僕も魔法学校の増設について提案してみようかな」


かつては政治に無関心だった市民たちが、今や熱心に街づくりに参加するようになっていた。


エルフィアーナ大学の一室。引退したエリナが、若い助手たちにリューンの思想を語り継いでいた。


「リューン先生は常々おっしゃっていました。『真の民主主義は、一人一人の市民が自分の声を持ち、それを届ける場所があることだ』とね」


若い助手たちは、真剣な面持ちでエリナの言葉に聞き入っていた。


街の喧騒が聞こえる窓辺に立ち、エリナはつぶやいた。


「リューン、あなたの夢見た未来が、少しずつ形になってきているわ」


エルフィアーナの街に、新しい時代の幕が開いていた。市民たちの熱気が街全体を包み、かつてない活気に満ちていた。


しかし、この熱狂の中に、誰も気づかない影が忍び寄っていた。それは、やがて訪れる大きな変動の予兆だったのかもしれない。


樹紋暦1577年の夏、エルフィアーナは未来への希望に満ち溢れていた。街のあちこちで、市民たちの笑顔が輝いていた。


「ねえ、聞いた? 魔法使いの見習いでも議員になれるんだって!」


「へえ、そりゃすごい。僕も立候補してみようかな」


若者たちの間で、政治への参加が一種の流行となっていた。彼らの目には、無限の可能性が映っているようだった。


街の中心部にある「市民の広場」。ここでは連日、様々な集会や討論会が開かれていた。


「皆さん、私たちの声が政治を動かす時代がやってきたのです!」


壇上で熱弁を振るう若い魔法使い。その周りには、熱心に耳を傾ける市民たちの姿があった。


「そうだ!」「その通りだ!」


興奮した声が飛び交う。しかし、群衆の中に一人、冷静な目で事態を見つめる老エルフの姿があった。


「はて、この熱狂も行き過ぎれば危険だ。バランスが大切なんだがな...」


その言葉は、誰にも聞こえることはなかった。


エルフィアーナ大学の廊下。リューンと旧貴族の一人が言い争う声が響いていた。


「リューン教授、あなたの改革は行き過ぎです。伝統を無視した急進的な変革は、社会の安定を脅かします」


「いいえ、伝爵。社会の進歩には痛みを伴うものです。しかし、その先にある未来は...」


二人の激しい議論は、しばらく続いた。


街の至る所で、似たような光景が見られた。改革派と保守派の対立は、時に家族や友人関係にまで及んでいた。


「お父さん、どうして改革に反対するの? これはみんなのためになるのよ」


「お前には分からんのだ。急激な変化は、予期せぬ災いをもたらすこともある」


家庭の食卓でも、熱い議論が交わされていた。


そんな中、エルフィアーナの経済は着実に成長を続けていた。新しい魔法産業が次々と生まれ、街には活気が満ちていた。


「ねえ、見て! 私の魔法ショップの売り上げが倍になったの!」


「すごいじゃないか。僕の工房も注文が殺到してるよ」


商店街では、笑顔の商人たちが行き交っていた。


しかし、この繁栄の陰で、新たな問題も生まれつつあった。


「最近、魔法使用量の少ない人たちの生活が厳しくなっているって聞くわ」


「そうなのよ。経済成長の恩恵を受けられない人たちがいるのも事実ね」


市場の片隅で、主婦たちが心配そうに話し合っていた。


樹紋暦1577年の終わり、エルフィアーナは大きな変革の波に揺れていた。希望と不安、期待と懸念が入り混じる中、街は新たな時代へと歩みを進めていた。


リューンは自室の窓から街を見下ろしながら、つぶやいた。


「我々は正しい道を歩んでいるのだろうか...」


その目には、輝かしい未来への期待と、予期せぬ事態への不安が交錯していた。


エルフィアーナの夜空に、無数の魔法の光が瞬いていた。それは、これから始まる激動の時代を予感させるかのようだった。


樹紋暦1577年から1597年にかけて、エルフィアーナは大きな変革の時代を迎えていた。リューンを中心とした経済学者たちが、魔法経済理論の体系化に取り組み始めたのだ。


エルフィアーナ大学の研究室。リューンと若手の魔法経済学者たちが、熱心に議論を交わしていた。


「諸君、我々は今、魔法と経済学の融合という未踏の領域に足を踏み入れようとしている」


リューンの目は、かつてないほどに輝いていた。


「先生、魔法の希少性について新しい理論を考えました」


若い女性の魔法使いが、興奮気味に語り始める。


「魔力の消費と再生のサイクルを経済モデルに組み込めば、従来の希少性の概念を覆せるかもしれません」


「素晴らしい着眼点だ!」リューンは満面の笑みを浮かべた。「これを基に、新しい需要と供給の法則を導き出せるかもしれないな」


研究室の壁には、複雑な魔法の公式と経済グラフが入り混じった図表が所狭しと貼られていた。それは、魔法と経済学の融合を目指す彼らの熱意の表れだった。


街の市場では、新しい経済理論の影響が少しずつ現れ始めていた。


「ねえ、聞いた? 魔法の外部性って概念が導入されたんですって」


八百屋の主人が、隣の魚屋に話しかける。


「へえ、それってどんなもんだい?」


「魔法使用が周囲に与える影響を数値化して、それを価格に反映させるんだとさ。これで、環境に優しい魔法製品が増えるかもしれないね」


市民たちの間でも、新しい経済概念が話題になっていた。


夜の酒場。労働者たちが、仕事帰りに一杯やりながら話し合っている。


「おい、聞いたか? 魔法効果の数値化ってのが始まったらしいぞ」


「へえ、それってどういうことだ?」


「魔法の効果を数字で表すんだと。これで、魔法製品の品質が明確になるってわけさ」


「なるほど。これで粗悪品に騙されることもなくなるってことか」


彼らの会話には、新しい経済システムへの期待が感じられた。


樹紋暦1587年、エルフィアーナ中央魔法銀行が設立された。その巨大な建物の前には、連日多くの市民が集まっていた。


「ねえ、あれが噂の中央魔法銀行よ」


「すごい建物だね。でも、いったい何をする場所なんだい?」


「魔法金利を操作して、経済をコントロールするんだって。難しいことは分からないけど、これで景気が良くなるんでしょ?」


市民たちの間で、新しい金融政策への期待が高まっていた。


しかし、すべての人が新しいシステムを歓迎していたわけではなかった。


エルフィアーナの古い地区。伝統的な魔法使いたちが、不安そうに話し合っていた。


「最近の若い者は、魔法を数字でしか見ていない。魔法の神秘性や芸術性が失われてしまう」


「そうだな。経済効率ばかりを追求して、魔法の本質を見失っているように思えてならん」


彼らの声には、急速な変化への戸惑いが滲んでいた。


樹紋暦1597年、エルフィアーナは大きく変貌を遂げていた。街のいたるところで、魔法と経済が融合した新しい文化が花開いていた。


魔法ショッピングモールの開業式。大勢の市民が詰めかけ、熱気に包まれている。


「さあ、皆さん! エルフィアーナ初の魔法ショッピングモールへようこそ!」


司会者の声に、群衆から大きな歓声が上がる。


「ここでは、最新の魔法経済理論に基づいた商品が勢揃い。魔法効率、環境負荷、価格性能比、すべてが最適化された商品ばかりです!」


人々は興奮気味に店内へと流れ込んでいった。


その様子を遠くから眺めていたリューン。彼の表情には、達成感と共に何か複雑なものが浮かんでいた。


「我々は確かに大きな進歩を遂げた。しかし、この先にあるものは...」


彼の独り言は、喧騒にかき消されてしまった。


エルフィアーナの夜空に、無数の魔法の光が瞬いている。それは、かつてないほど明るく、そして人工的な輝きを放っていた。


街は今、大きな飛躍の時を迎えようとしていた。しかし、その繁栄の影に、誰も気づかない闇が忍び寄っていたのかもしれない。


樹紋暦1597年から1617年にかけて、エルフィアーナは更なる変革の波に飲み込まれていった。魔法クレジットシステムの普及により、経済は加速度的に成長を続けていた。


街の中心部、新しくオープンした魔法クレジット会社の前。長蛇の列ができている。


「ねえ、聞いた? この魔法クレジットを使えば、今すぐに最新の魔法道具が手に入るんだって!」


若い魔法使いが興奮気味に友人に語りかける。


「へえ、すごいね。でも、返済は大丈夫なの?」


「大丈夫よ。だって、これからどんどん給料も上がっていくんでしょ?」


その会話を聞いていた年配のエルフが、心配そうに眉をひそめる。


「若い者は浮かれすぎだ。借金は魔法よりも恐ろしいものだぞ」


しかし、その警告は誰の耳にも届かなかった。


エルフィアーナ大学。リューンは長期債務サイクル理論について講義していた。


「諸君、経済には長期的な波がある。今は上昇期だが、いずれ下降期が来る。我々はそれに備えねばならない」


学生たちは熱心にノートを取っていたが、その表情には若干の戸惑いが見られた。


「でも先生、今のエルフィアーナは絶好調です。そんな心配する必要があるんでしょうか?」


リューンは深いため息をつく。


「歴史は繰り返す。ただ、それを忘れる者たちによってな」


樹紋暦1607年、エルフィアーナ経済は絶頂期を迎えていた。街のいたるところで、派手な浪費が目立つようになる。


高級魔法レストランの前。着飾った男女が談笑している。


「ねえ、この前買った魔法の指輪、すごく素敵でしょ? 30年ローンだけど、気に入っちゃって」


「わあ、素敵! 私も欲しくなっちゃった」


その傍らで、路上生活者らしき老人が物憂げに佇んでいる。誰も彼に目を向けようとはしなかった。


しかし、この華やかな表面の下で、深刻な問題が進行していた。


樹紋暦1612年、エルフィアーナの重鎮であり、リューンの盟友でもあったガラドリエルが老衰で他界した。その国葬には、多くの市民が参列した。


葬儀場の前。黒い服に身を包んだ市民たちが静かに並んでいる。


「ガラドリエル様のような方を失うとは...エルフィアーナにとって大きな損失です」


「そうですね。彼女は常に冷静で、バランスの取れた判断をされていました」


参列者たちの間で、ひそひそと会話が交わされる。


葬儀の最中、リューンが弔辞を述べた。その声は、年齢を感じさせるほど枯れていた。


「ガラドリエル、あなたはエルフィアーナの良心でした。あなたがいなくなった今、我々はより一層慎重に歩まねばなりません」


参列者たちの中に、涙ぐむ者の姿も見られた。


国葬の翌日、エルフィアーナの経済新聞には、ガラドリエルの死去を伝える記事と共に、好調な経済指標を報じる記事が並んでいた。その不思議なコントラストに、複雑な思いを抱く者も少なくなかった。


街角の古書店。店主の老エルフが、若い客と話をしている。


「最近の若い者は、目先の利益にとらわれすぎておる。ガラドリエル様のような方がおられたころは、もっと長期的な視点で物事を見ていたものじゃ」


「へえ、そうだったんですか。でも、今のエルフィアーナは豊かになりましたよね?」


「確かにな。しかし、豊かさとは何なのか。それを考える必要があるのではないかね」


若者は少し考え込むが、すぐに明るい表情に戻る。


「まあ、きっと大丈夫ですよ。リューン先生たちが、うまくやってくれるはずです」


その言葉に、老エルフは複雑な表情を浮かべた。


エルフィアーナの夜空には、相変わらず魔法の光が瞬いている。しかし、よく見ると、その輝きに僅かながらムラがあるように見えた。それは、この繁栄の中に潜む歪みの予兆だったのかもしれない。


リューンは自室の窓から、その夜景を眺めていた。彼の目には、深い憂いの色が浮かんでいる。


「ガラドリエル、君がいない今、私たちは正しい道を歩めているのだろうか...」


彼の独り言は、誰にも聞かれることはなかった。エルフィアーナは、知らぬ間に大きな転換点を迎えようとしていたのである。


樹紋暦1617年から1637年にかけて、エルフィアーナは目覚ましい生産性革命を経験していた。魔法と科学技術の融合が、社会のあらゆる面で驚異的な進歩をもたらしていたのだ。


エルフィアーナ中央駅。人々が群がる巨大な魔法ポータルの前で、アナウンスが流れる。


「お待たせいたしました。ただいまより、エルフィアーナ・ドラゴンランド間の瞬間移動旅行サービスを開始いたします」


歓声が上がる中、最初の旅行者たちがポータルに吸い込まれていく。


「すごいわ! たった3秒で1000キロも離れた場所に行けるなんて」


「ああ、これで商売の幅も広がるってもんだ」


興奮気味の声が飛び交う。その光景を、駅のベンチに座った老エルフが物憂げに見つめていた。


「昔は馬車で1ヶ月かけて行った旅が、たった3秒か...時代は変わったものじゃ」


エルフィアーナ大学附属病院。最新の魔法医療技術が次々と導入されていた。


「先生、『記憶強化学習支援』の治験結果が出ました!」


若い研究者が興奮した様子で報告する。


「驚くべき結果です。被験者の学習効率が平均で300%も向上しました」


「素晴らしい」

主任研究員が満足げに頷く。「これで、より多くの人々が高度な魔法を習得できるようになるな」


しかし、その言葉に首をかしげる年配の看護師がいた。


「でも、記憶力や学習能力まで操作してしまって良いのでしょうか...」


その問いかけは、研究者たちの熱気にかき消されてしまった。


街の中心部では、次々と新しいサービス業が生まれていた。


「いらっしゃいませ! 『感情調整セラピー』はいかがですか?」


派手な看板を掲げた店の前で、若い女性が呼び込みをしている。


「ストレス、憂鬱、怒り...あらゆるネガティブな感情を、魔法の力でコントロール! 今なら初回お試し価格で」


行き交う人々の中には、興味深そうに足を止める者も少なくない。


「へえ、これで嫌な気分とはおさらばか。試してみようかな」


しかし、通りの向こうでは別の光景が広がっていた。


「またリストラか...これで3度目だよ」


「ああ、魔法オートメーション化の波に飲み込まれちまったんだな」


失業した労働者たちが、肩を落として歩いている。


エルフィアーナの経済は確かに成長を続けていたが、その恩恵を受けられない人々も増えていたのだ。


樹紋暦1632年、リューンは『魔法経済学大全』を上梓した。それは彼の集大成とも言える大著だった。


出版記念パーティーの会場。多くの経済学者や政治家が集まっている。


「リューン先生、素晴らしい著作です。これでエルフィアーナの繁栄は永遠に続くでしょう」


ある政治家が、リューンに祝杯を上げる。


しかし、リューンの表情には微かな翳りが見えた。


「いや、この本は警鐘でもあるのです。現在の繁栄が永遠に続くと考えるのは危険です」


その言葉に、周囲の空気が一瞬凍りついたが、すぐに再び祝賀ムードに戻っていった。


パーティーの喧騒から少し離れた場所で、リューンは窓の外を見つめていた。


街には相変わらず活気があふれ、魔法の光で彩られた夜景が広がっている。しかし、その輝きの中に、どこか不自然な強さを感じたのは彼だけだったのだろうか。


「我々は本当に正しい道を歩んでいるのだろうか...」


リューンのつぶやきは、誰にも聞かれることはなかった。


エルフィアーナは今、かつてない繁栄を謳歌していた。しかし、その繁栄の影に、誰も気づかない亀裂が走り始めていたのである。


樹紋暦1637年から1657年にかけて、エルフィアーナは狂乱の時代に突入していった。魔法関連株式の急騰を皮切りに、バブル経済が猛威を振るい始めたのだ。


エルフィアーナ証券取引所。熱気に包まれた場内で、トレーダーたちが興奮気味に叫んでいる。


「魔法通信株、また値上がりだ! 買い増しだ、買い増し!」


「新型魔法杖開発のベンチャー企業、公開初日で値幅制限突破!」


床に散らばる帳票を、誰も気にする様子はない。興奮のあまり、魔法で浮遊しているトレーダーすらいた。


街の至る所で、株式投資の話題で持ちきりだった。


高級魔法カフェのテラス席。着飾った男女が談笑している。


「ねえ、聞いた? 隣の奥さん、魔法株で大儲けしたんですって」


「まあ、すごいわね。私も投資しようかしら」


「今でも遅くないわよ。だって、これからもっと上がるんだから」


その会話を、通りがかりの老エルフが心配そうに聞いている。


「若い者は浮かれすぎだ。バブルが弾ける時が必ず来るというのに...」


しかし、その警告は誰の耳にも届かなかった。


エルフィアーナの街並みも急速に変貌を遂げていた。至る所で魔法建築ブームが起こり、超高層ビルが林立し始めていたのだ。


建設現場の前。作業員たちが誇らしげに語り合っている。


「見ろよ、あの高さ。魔法と最新技術の結晶だ」


「ああ、これぞエルフィアーナの繁栄の象徴だな」


しかし、その陰で古い街並みが次々と姿を消していくことに、寂しさを感じる者もいた。


不動産業者のオフィス。熱心な営業トークが飛び交っている。


「このマンション、今買わなければ大変なことになりますよ。来月にはまた値上がりが決定しています」


「え、でも高すぎませんか? 返済できるか心配で...」


「大丈夫です! これからどんどん給料も上がっていくんですから」


その光景を、窓の外から悲しげに見つめる浮浪者の姿があった。かつては腕の立つ魔法職人だったが、新しい波に乗り遅れてしまったのだ。


樹紋暦1652年、エルフィアーナ経済は絶頂期を迎えていた。街は未来都市さながらの姿に変貌を遂げ、人々は狂騒の渦に巻き込まれていた。


中央広場。巨大スクリーンに映し出される株価指数に、群衆が熱狂している。


「見ろ、また最高値更新だ!」


「やった! これで一攫千金も夢じゃない!」


歓声が沸き起こる中、ふと物思いに耽る少年の姿があった。彼は靴磨きの仕事をしながら、株の話をする大人たちの会話に耳を傾けていた。


「ねえお客さん、魔法株ってどうやって買うの?」


少年の無邪気な質問に、客は得意げに答える。


「ほう、お前も興味があるのか。簡単さ。借金してでも買っておけば、すぐに大金持ちになれるんだ」


その言葉に、少年の目が輝いた。


しかし、その光景を遠くから見つめるリューンの表情は、暗く沈んでいた。


「靴磨きの少年が株を買おうとする...これは、まさに大恐慌前夜のアメリカと同じだ」


リューンは、自分の警告が誰にも聞き入れられないことに、深い無力感を覚えていた。


エルフィアーナの夜空には、かつてないほど明るい魔法の光が瞬いていた。しかし、その眩しさに目を奪われた誰もが、その光の不自然さに気づかなかったのである。


リューンは自室の窓から、その夜景を物憂げに眺めていた。


「我々は、取り返しのつかない過ちを犯しているのではないだろうか...」


彼の独り言は、華やかな街の喧騒にかき消されていった。エルフィアーナは今、誰も予想だにしない破滅への道を驀進していたのである。


樹紋暦1657年、エルフィアーナは経済の絶頂期を迎えていた。街は未来都市さながらの姿に変貌を遂げ、超高層建築が林立する様は圧巻だった。


中央広場では、巨大スクリーンに映し出される株価指数に、群衆が熱狂していた。


「見ろ! また最高値更新だ!」


「やった! これで高級魔法カーも夢じゃない!」


歓声が沸き起こる中、靴磨きの少年が客に尋ねていた。


「ねえお客さん、魔法株ってどうやって買うの?」


客は得意げに答える。「簡単さ。借金してでも買っておけば、すぐに大金持ちになれるんだ」


その言葉に、少年の目が輝いた。


しかし、その光景を遠くから見つめるリューンの表情は、暗く沈んでいた。


「靴磨きの少年が株を買おうとする...これは、まさに大恐慌前夜のアメリカと同じだ」


リューンは、自分の警告が誰にも聞き入れられないことに、深い無力感を覚えていた。


そして、樹紋暦1662年、ついに破滅の時が訪れた。


エルフィアーナ証券取引所。突如として、パニックが走った。


「魔法通信株が暴落だ! 売れ、売るんだ!」


「新型魔法杖開発企業が倒産! 関連株も軒並み下落!」


かつての熱狂が嘘のように、今や恐怖と絶望が渦巻いていた。


街には悲鳴のような声が響き渡る。


「どうしよう...住宅ローンが払えない」


「会社が倒産した...これからどうすればいい?」


かつての華やかさは影を潜め、代わりに不安と混乱が街を覆っていた。


銀行の前には長蛇の列ができていた。


「預金を全額引き出させてくれ!」


「頼む、融資を延長してくれ!」


パニックに陥った市民たちが押し寄せ、銀行は機能不全に陥っていた。


エルフィアーナ大学。リューンは窓際に立ち、混乱する街を見下ろしていた。


「私には神の見えざる手がやはり見えない...」


その言葉には、深い悲しみと後悔が滲んでいた。


数日後、リューンは激しい胸の痛みに襲われた。長年の緊張と絶望が、彼の健康を蝕んでいたのだ。


病室には、かつての教え子たちが集まっていた。


「先生、どうかお元気に」


「先生の理論を活かして、必ずこの危機を乗り越えます」


しかし、リューンの表情は晴れなかった。


「諸君、私は間違っていた。経済は単純な理論では語れないのだ。人の心、社会の複雑さ、そして予測不可能な事象...それらすべてを考慮しなければならなかった」


そして、樹紋暦1662年の冬、リューンは静かに息を引き取った。


葬儀には多くの人々が参列した。かつての栄光は失われ、街は深い喪に服していた。


弔辞を読む若い経済学者の声が、静かに響く。


「リューン先生は、我々に多くのことを教えてくださいました。そして最後に、経済の複雑さと謙虚さの重要性を教えてくださったのです」


参列者たちの間から、すすり泣く声が聞こえた。


葬儀の後、リューンの助手であるリリリアナが、若い世代に語りかけた。


「リューン先生の夢は、まだ終わっていません。私たちは、先生の教えを胸に、より良い未来を作っていかなければなりません」


エルフィアーナの夜空には、かつてのような眩い光はもうなかった。しかし、その静けさの中に、新たな希望の芽が息づいているようにも見えた。


街の片隅で、一人の少年が空を見上げていた。


「ねえお母さん、僕たち、これからどうなるの?」


母親は優しく微笑んで答えた。


「大丈夫よ。きっと、また良い時代が来るわ。そのために、私たちにできることをしていけばいいの」


エルフィアーナは、長い夜を越え、新たな夜明けを迎えようとしていた。それは苦難の道のりかもしれないが、リューンの遺志を胸に、人々は一歩一歩前に進んでいくのだった。

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