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勿忘草の名のもとに  作者: ねこじゃ・じぇねこ
2章 完成品と失敗作
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3.失敗作の理由

 機械人形というものが、こんなに優れているなんて知らなかった。カヤに会う度に、わたしはつくづくそう思った。

 一度会って話したことは、全て憶えている。これは記憶というよりも、記録であるのだと彼女は教えてくれた。いずれにせよ、一度学んだことをすぐに忘れてしまう事も多いわたしにしてみれば、非常に羨ましいものだった。


「ねえ、カヤ」


 いつものようにカヤに会ったある日、在りし日の緋桐と猫柳博士の他愛もない会話記録を教えて貰った後、わたしはふと彼女に言った。


「あなたって本当にすごいのね。偉い人たちに高く評価されたのも納得しちゃう。何なら、とても羨ましい。どうしたら、あなたみたいになれるんだろう」

「お褒めただき光栄です。けれど、燐火。あなたがわたしのようになることについては、オススメ出来ません」

「どうして?」

「前にもお伝えしましたが、わたしは失敗作なのです。わたしは確かに機械人形として高く評価されましたが、蝶の翅を持つ妖精の再現としては、あなたの方が完璧なのです。ですので、あなたがわたしのようになる必要はありません」


 きっぱりとそう告げられて、わたしは困惑してしまった。何故ならば、会えば会うほど、わたしにはカヤが失敗作だなんてとても思えなくなっていったからだ。


「ねえ、カヤ。どうして、カヤは失敗作なの? わたしはどうしても、カヤが失敗作だなんて思えないのだけれど」

「わたしが失敗作である理由は、いくつかあげられます。たとえば蜜を飲めないこと、たとえば卵を生めない事……。しかし、最大の理由をあげるならば、わたしの持ち主でもある緋桐様のお眼鏡にかなわなかったからでしょう。彼女が求めたのは妖精の再現なのです。作り物の体に、作り物の心では、その完璧な再現など出来なかったのです」


 淡々と事実を述べるカヤの姿に、何故だかわたしの方が悲しくなってしまった。


「ここに置きっぱなしにされているのも、そのせいなの?」

「はい。三年ほど前、機械人形による再現の計画は中止するというお達しがありました。その後はずっと、故障を避けるために充電器に繋がれております。たまに猫柳博士がメンテナンスをしてくださいますが、緋桐様とはそれ以来、会ってはおりません」

「……そうなんだ」


 緋桐は彼女に愛想を尽かしてしまったのだろうか。日頃、わたしに優しくしてくれる時の彼女を思い出すと、その対比に心苦しさを覚えてしまった。

 それでも、かつては緋桐もカヤの事を愛していたはずなのだ。カヤに期待し、優しく接していたことがあった。その事がカヤに残された会話記録から察することが出来るのもまた、辛かった。

 ぽたりぽたりと流れ落ちるのは、冷や汗と涙だ。カヤの事を知れば知るほど、何も知らずにぬくぬくと過ごしていた自分の事が情けなく思ってしまう。どうしようもない感情が液体となって零れていく。そんなわたしの様子を見て、カヤは困惑した様子だった。


「どうしました、燐火?」

「なんでもない」


 ぶんぶん首を振って、わたしは目元を拭いながらカヤに訊ねた。


「……ねえ、カヤ。カヤは辛くないの?」

「わたしですか?」


 不思議そうに問い返され、黙って見つめると、カヤはしばし考えてからこう答えた。


「不調はありません。博士が時折、メンテナンスをしてくださいますから」

「そうじゃなくて……えっと……緋桐様の事が恋しくはないの?」


 すると、カヤはようやく理解したようだった。


「恋しいというのが、緋桐様に対する愛着を表すのでしたら、わたしは確かに彼女の事を恋しく感じております。ですので、再びお役目の時が訪れるまで、ここで大人しくしているのです」


 こちらが思っていたような回答とは少し違う気がしたが、今も緋桐を恨んでなどいないのは確かなのだろう。涙を拭い、わたしは静かに心を落ち着けた。


「じゃあ、カヤは納得してここにいるの?」

「はい。緋桐様のご命令でもありますので」

「……そっか」


 身勝手な同情で涙を流したところで、カヤには却って失礼なのかもしれない。そう思って必死に残る涙を拭っていったが、それでも、暗い気持ちまでは拭えなかった。


 ──君は完璧だ。


 猫柳博士が診察の度に口にするその言葉を思い出す。

 羽化して以来、わたしは何度も褒められてきた。完璧な妖精の再現。作られた命ながら、かつて自然のままに繁栄していた野生種の妖精らしく生きている事を称えられた。その事を誇りに思った事は数知れず。だけれど、その裏にカヤがいた事なんて、想像すらできなかったのだ。

 知ってしまった今、わたしはもう無邪気に喜べないだろう。


「ねえ、カヤ」


 わたしはふと心に浮かんだ不安を口にした。


「カヤはわたしの事、嫌いじゃない?」

「燐火の事を、ですか? 嫌いではありません。燐火はわたしに親しくしてくれます。友達になろうと持ち掛けてくれました。嫌いになる理由は思い当たりません」

「……そう、それなら良かった」


 ホッと安心するも、同時に切なさはこみ上げてくる。カヤが優しくしてくれればしてくれるほど、わたしもまた何かしなければという気持ちになってくる。


「わたし、カヤと緋桐様と三人でお話してみたい。会話記録ってやつ、聞いていたら、そう思っちゃった。どうしたら緋桐様は、もう一度、カヤに会ってくれるんだろう?」

「それは緋桐様にしか分からない事です。わたしはただ、ここで待つ事しか出来ません。猫柳博士ですら、その時が来るか分からないそうですから」

「そっか。そうだよね」


 これもまた、本で読んだことのあるエゴと言うやつなのだろうか。カヤはそれを望んでいないのに、わたしはカヤに何かしてあげたくなってしまう。

 きっと、カヤに何かしてあげて満足するのは、わたしの気持ちなのだろう。わたしがモヤモヤした気持ちをスッキリさせたいから、カヤのこの立場を何とかしてあげたくなっている。

 間違ってはいけない。それで幸せな気持ちになるのは、カヤではなく、わたしなのだ。

 そう、分かってはいるつもりなのだけれど。


「……蜜を飲めなくて、卵も産めない、か」


 先ほどカヤがあげた例を思い出しながら、わたしはぽつりと呟いた。


「どうして、それじゃダメなんだろう。他はこんなにも完璧なのに。それくらい、機械の体と生身の体じゃそんなにも違うものなのかな?」

「はい、恐らくですが、だいぶ違うと思います。それに、緋桐様がわたしにガッカリされた理由は、体の問題だけではないのです」

「どういう事? 何か他にも問題があったの?」

「はい、心の問題です」

「……心?」


 魂を宿すという機械人形。その評価自体は、高かったはず。それなのに、心の問題とはどういう事だろう。不思議がるわたしに対し、カヤは説明してくれた。


「何度も対話を繰り返し、学習を繰り返すわたしの事を、緋桐様は最初の頃こそ褒めてくださいました。けれど、何年か経つにつれ、これではいけないと判断されるようになったのです。彼女の評価によれば、わたしの心は歪だったのです」

「歪……。そうかな? わたしには問題ないように思えるけれど」

「はい、猫柳博士も、わたしを見た学界の研究者たちも、機械人形として申し分ないと評価してくださいました。機械人形として生まれたわたしの心は、文句の付け所なく完璧なものだったのです。しかし、緋桐様はおっしゃいました。わたしの場合は、その完璧さこそが歪なのだと」


 つまり、カヤは完璧だった。完璧な機械人形だった。しかし、その完璧さが、緋桐の評価を厳しくしてしまった。話を整理しながら、わたしは混乱してしまった。


「……どういう事だろう。どうして完璧じゃダメなんだろう」


 カヤの説明を聞けば聞くほど、わたしは緋桐の事が分からなくなっていった。これもまた、緋桐にしか分からない事なのだろうか。様々な思いを巡らせながら考え込んでいると、ふいに準備室の片隅からアラーム音が聞こえてきた。


「いけない、もうこんな時間!」


 すぐに布のカバーを手に取って、被せる前にカヤの顔を見つめた。


「ごめんね、カヤ。また会いに来るからね」

「はい。お待ちしております、燐火」


 穏やかなその表情に名残を惜しみながら布のカバーをかけると、わたしはそっと準備室を後にした。

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