表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勿忘草の名のもとに  作者: ねこじゃ・じぇねこ
9章 未来への羽ばたき

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/36

2.カヤの再起動

 寒気がするほどに冷酷な複数の視線が、他でもないわたしへと向けられる。緋桐の短い指示が下ると、蜘蛛型ロボたちは目を光らせてこちらへ向かってきた。

 相手は数体。一斉に向かってくるその様は、あまりに恐ろしい。思わず一歩、二歩と後ずさりをしたところで、わたしは気づいた。いつの間にか後ろにもいる。逃げ道はない。


「どうか勘違いしないでね、燐火」


 緋桐が言った。


「私はあなたを嫌いなわけじゃない。あなたを愛している。傷つけたくはない。でも、譲れないものはあるの」


 強い意志を伴ったその言葉、その眼差し。そこに含まれる支配的なものに、わたしは同じだけ強い抵抗を感じた。


「わたしだって……」


 怯えを堪えながら、わたしも言った。


「わたしだって、緋桐様の事を嫌いなわけじゃないんです。あなたの事を愛しております。だけど、同じくらい、カヤの事も大事になってしまったんです。だから、これだけは譲れない。わたしから、カヤを奪わないで」


 強い思いがこみ上げて、背中の翅が震えるように揺らいだ。すると、程なくして、近くにいた蜘蛛型ロボたちが戸惑う様子を見せた。わたしを恐れるように一歩、二歩と距離を置く。その反応に、わたしはふと猫柳博士の言っていたことを思い出した。


 ──鱗粉。


 無自覚に飛ばしているそれ。屋敷のカメラを壊したというそれ。目には見えないが、なんとなくわたしにも分かる。周囲を防御するように漂っている。

 これは人間の目にだって見えないはずだ。だが、蜘蛛型ロボたちの反応から察したのだろう。緋桐はふと顔色を変えた。


「あの子もそうだった」


 先程までとは打って変わって、どこか恍惚とした様子で、緋桐は呟く。


「怒ったり、泣いたりした時、鱗粉対策が施されていない周囲の機械を壊してしまうの。それで、研究所にうっかり持ち込んだ携帯ゲーム機を壊されてしまって、子供たちみんなでがっかりしたことがあって……あの時、あの子は申し訳なさそうな顔をしていたわ」


 懐かしそうに呟いたかと思うと、またすぐに表情を変え、手を伸ばした。


「恐れないで蜘蛛たち。あなた達には鱗粉対策が施されている。距離を保てば大丈夫よ。あなた達の役目は、古の化け蜘蛛のように勇ましく戦って、蝶の妖精を食べてしまう事ではないわ。博士はあなた達を心優しい捕獲者として生み出した。その通りになさい」


 我が子に語り掛けるようなその指示に、蜘蛛型ロボたちは信号音を出しながらそれぞれ頷いた。そして、一斉にわたしを見つめてきたかと思うと、くるりと背を向けて、下腹部から投網を打ってきた。


 ──避けられない。


 とっさに理解し、わたしはその場にしゃがみこんだ。前後から放たれた投網は、絡まり合い、大きな蜘蛛の巣となる。

 覚悟を決めたわたしに出来る事は、翅と手で体を庇う事だけだった。直後、ずっしりと重たい網に覆われ、惨めな想いと共にわたしは床に這いつくばった。そんなわたしの傍へと近寄り、しゃがみ込むと緋桐は言った。


「私の事、恨んでもいいのよ」


 そう言って、彼女は手を伸ばしてくる。網越しに頬を撫でられ、その温もり、感触に、情緒が乱されてしまう。

 彼女への愛憎が入り乱れ、どうにもならない無念さと混ざり合って、心がぐちゃぐちゃだった。


「……恨みません」


 辛うじて、わたしがそう言えた、その時だった。


「──緋桐さん」


 ふと声が聞こえてきた。投網越しにその方向へと視線をやれば、蜘蛛型ロボの隣に猫柳博士がいた。隣にはむぎもいる。どちらも切なげな表情をしていた。

 博士の手にはカヤに聞いていた通りの物体がある。予備のバッテリーだ。


「待っていたのよ、博士」


 緋桐は立ち上がり、そう言った。


「さ、バッテリーをちょうだい。カヤに問い質さないと」

「カヤの再起動は私がやりますよ。それよりも、緋桐さん、燐火を離しておやりなさい。何重にもなった網の重さは、その子の体には辛すぎる」

「再起動が先よ」


 そう言って緋桐が道を開けると、猫柳博士は溜息交じりに歩みだした。向かう先は、蜘蛛型ロボの一体に抱きかかえられているカヤのもとだ。

 博士が近づくと、蜘蛛はそっとカヤの体を差し出した。周囲の蜘蛛型ロボたちに見守られる中、猫柳博士はカヤの背中にバッテリーを差し込んだ。

 しばらくすると、カヤの指がわずかに揺らいだ。その後、背中の翅がわずかに震え、そして、瞼が開かれる。


「……博士」


 カヤが喋ったその時、緋桐が大きく溜息を吐いた。目を逸らしている。その表情は、言葉を発するカヤを恐れているようだった。


「カヤ、気分はどうだね?」


 博士が問いかけると、カヤは答える代わりに訊ねた。


「燐火……燐火はどこです?」


 名前を呼ばれ、わたしはとっさにもがいた。


「ここ、ここだよ、カヤ」


 暴れだすわたしを見て、緋桐が焦り出した。


「大人しくなさい、燐火。翅が傷ついてしまう」


 諭すように言われたものの、従う気には全くならなかった。

 そんなわたしの様子に緋桐は焦る。そこへ、猫柳博士から声がかかった。


「緋桐さん、燐火を放してやってはくれないかね」


 その言葉を受け、緋桐は不服そうに息を吐いた。そっと立ち上がると後ずさりをして、緋桐は短く告げた。


「解放してやって」


 淡々としたその命令に、蜘蛛型ロボたちが従った。繊細な足を使い、わたしを捕らえていた投網を持ち上げる。体の重みがなくなり、すぐに外へと這い出すと、わたしはそのままカヤのもとへと向かった。


「……カヤ!」


 蜘蛛型ロボには構わずにその手を握ると、カヤもまた手を握り返してくれた。


「カヤ、大丈夫? わたしの事が分かる?」

「はい、燐火。またお会いできて嬉しいです」


 けれど、カヤはすぐにわたしから目を逸らしてしまった。


「……ですが、これでお別れのようですね。燐火。あなたと過ごした時の事は、忘れません。約束です」


 いやだ。そんな思いがこみ上げてくる。それなのに、口が動かなかった。ただただカヤに縋りつくことしか出来ない。

 わたしの気持ちなど、カヤだってとうに分かっているだろう。けれど、彼女もまた頑なだった。

 だがそこへ、隣にいた猫柳博士は言った。


「カヤ、君は燐火と過ごす時間が楽しかったようだね」


 優しいその問いかけに、カヤは申し訳なさそうな表情を見せた。


「すみません、博士。言いつけを破ってしまって」

「その件に関してはすでに燐火から聞いているよ。君は悪くない。自分が無理やり連れだしたのだと彼女は言った」

「……だとしても、生みの親の博士、それに、主人である緋桐様の言いつけは絶対です。わたしは戻るべきでした。いくら、大事な友達の願いだったとしても」


 反省した様子の彼女に対し、博士は軽く笑い、まるで親しい友を前にした少年のような眼差しで問いかけた。


「分かっていても、なお、夢中になってしまったのだね。カヤ、この屋敷の監視カメラの一部が壊れていた。心当たりはあるかね?」


 博士の問いかけに対し、カヤはしばらく沈黙した。だが、やがて、根負けしたように、小さく答えた。


「……はい、確かにわたしの仕業です」


 正直なその答えに、緋桐が眉を顰める。博士もまた苦笑を浮かべ、カヤをそっと撫でてから、その視線をちらりと緋桐へ向けた。


「聞いての通りだ、緋桐さん。監視カメラの一部が壊れてしまった。鱗粉対策をしていたのだが、その対策を突破されてしまったのだ」

「何が言いたいの、博士?」


 冷ややかな緋桐の言葉にも怯まず、博士は穏やかな口調で言った。


「このままカヤを嫁に出せば、その行先で必ずやトラブルを起こすだろう。そうなれば、私だけでなく緋桐さんにも苦情がいく。この子にまつわる権限は緋桐さんにしかないが、私には生みの親としての責任があるからね」

「……それで、直すのにはどのくらいかかるの?」


 緋桐の言葉は相変わらず冷たい。

 だが、そんな彼女の態度に対し、博士はめげずに告げた。


「緋桐さん、答える前に、もう少しだけ、燐火の話を聞いてあげてくれないかね?」


 手を揉む彼の言葉に、緋桐はしばらく沈黙した。だが、やがて、心を静めるように大きな溜息を吐くと、腰に手を当てて短く言った。


「分かったわ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ