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勿忘草の名のもとに  作者: ねこじゃ・じぇねこ
8章 博士の抱いてきた夢

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1.目隠しの鱗粉

 前は塞がれ後ろにも引けない。ここで無駄に反抗しても、意味はない。時間稼ぎなど何の意味にもならない。

 だから、わたしは観念して、猫柳ねこやなぎ博士の言葉に従い、真実を話した。ここでカヤと会っていた事、緋桐との話を聞いてしまった事、そして、カヤを連れ出して逃げた事、蜘蛛型ロボを壊した事、応接間の物置で絵を見た事、そして──。


「カヤが……眠ってしまったんです」


 すると、博士は知っていたような表情で頷いた。


「そろそろだろうと思っていた。充電切れだね」


 彼はそのまま視線を逸らした。見つめているのは壁に掛けられたコルクボードの一つだ。そこには様々な書類と写真が貼り付けられている。


「あの子はね、完璧な妖精の再現を目指す過程で、機械人形としてはあまり合理的でない機能も備わっている。消費電力が多くなるから普通は搭載しない機能だね」

「……どんな機能なんですか?」

「妖精の鱗粉と呼ばれる生理現象の再現だよ。本物の蝶や蛾の鱗粉とは役割も成分も全く違う。燐火、君も無意識に発しているごく弱い電磁波みたいなものだね」


 無自覚なその生理現象とやらに首を傾げると、博士はそんなわたしの反応を横目に見て苦笑をした。


「そうだね。これはちゃんと教えたことがなかったね。君たちのような妖精の中には、電磁波を発するものがいる。かつてはその正体が分からず、妖精たちには霊的な力があると信じられ、怖れられたりもした。その原因が鱗粉だと分かったあとも、それが何の為に存在し、君たちにとってどんなメリットがあったのか、またはなかったのかについて、全てを解明できずにいる。だが、そうであってもカヤを作るに当たって、鱗粉の再現も必要だった。そこで私は、妖精たちの鱗粉を分析し、それと同程度の微細な電磁波を発するように設計したのだ。そのせいで、カヤは何もしていなくともやたら電気を消費してしまう体になってしまったのだ」

「……それで、ここでも繋ぎっぱなしだったんですか?」

「まあ、繋ぎっぱなしも良くないのだがね。しかし、この一見すれば無駄でしかない鱗粉だが、今回の脱走騒ぎでは興味深いデータも取れた」

「データ?」


 怪訝に思いながら窺うと、博士は疲れ切った表情のまま頷いた。


「ああ、恐らくこれは無意識のことだろう。燐火りんか。君は知らなかっただろうが、この屋敷にはね、至る場所に防犯用の監視カメラがあるのだよ」

「カメラ……? じゃあ、わたしの行動も?」


 ぞっとしながら訊ねたが、博士は首を横に振った。


「それがね、君たちの姿がまったく映っていないのだ。一部のカメラが故障して、データも全て消えてしまっている。本体は勿論、本体から送られてくるはずのデータも消去されていて、確認ができない。燐火、君は心当たりがあるだろうか。この温室から西館までの道のりのカメラがすべて壊れていた。さらには、図書室や地下倉庫など一部の部屋や、西館から正面玄関までの道のり、それに応接室や隣接する客室までと至る場所だった」


 博士の言葉を反芻しながら、わたしは一瞬だけ口籠ってしまった。

 だが、黙っていても仕方がない。短く息を吐いてから、正直に打ち明けた。


「どれも……わたしがカヤを連れて行った場所です」

「やはりそうか。君の鱗粉でカメラが故障した事例はない。カヤも同様だ。だが、二人一緒だったためなのか、見られたくないという気持ちが機械に作用したのか」

「わたし、カメラの存在なんて知りませんでした」


 呟くわたしに対し、博士は頷いた。


「ああ、そのようだね。だが、カヤは知っている。必要な知識は全て入力済みだからね。何処に何台あるのか、カヤならば分かっていたはずだよ」

「じゃあ、カヤがカメラを……?」


 問い返しつつ、わたしはすぐに首を振った。


「いいえ、博士。違うと思います。だって、カヤはずっと反対していたんです。わたしが無理やり連れだして、わたしの気が治まるまではと文句も言わずについて来てはくれたけれど、外に出る事はずっと反対していました」

「外!」


 わたしの言葉に対し、博士は驚いたように繰り返した。その反応に、思わず首を竦めてしまった。そんなわたしを見つめたまま、博士は目を丸くしたまま呟いた。


「家出しようとしていたのか……なんて恐ろしい」

「カヤにも引き留められました。外の世界にはもう、妖精の暮らせる森はないのだって」

「ああ、その通りだ。そうか、カヤは止めていたのか。止めていたのに、カメラは故障していた。……なるほどねぇ」


 博士は溜息交じりにそう言うと、その場で考え込んでしまった。一度こうなると、博士はしばらく沈黙してしまう。その事を知っていたからこそ、わたしは焦りを感じた。このまま徒に時間が過ぎてしまうのは望ましくない。


「博士……予備のバッテリーをください。カヤを起こさなきゃ」


 だが、博士はわたしの要望に応じる様子がなかった。聞こえているはずなのに、わたしの声を無視して考え続ける。その態度に苛立ちが生まれ、無意識に翅が動いた。


「渡す気がないのなら、奪ってでも持っていきます」


 怒りの感情が増したその時、わたしの近くでパリッと鋭い音がした。傍に置いてあった何かの装置の電球が光り、そして割れてしまったのだ。その現象に驚いていると、同じく目を丸くしていた博士が、ふと我に返って、わたしへと声をかけてきた。


「燐火、心を静めなさい。意地悪しようってわけじゃない」

「ごめんなさい……装置が……わ、わたし……」


 壊した罪悪感に震えながら窺うと、博士は静かに頷いた。


「そんなもの、また作ればいい。鱗粉対策を怠った私の責任だ。それよりも、だ。どうやら君は、緋桐ひぎりさんの望む通りに成長しているらしい。完璧な妖精の再現。それが私達の夢であった。まさしく今の現象こそ、野生種の妖精に備わっていた力に違いない。……だが、燐火。君の話を聞く限り、カヤもまた決して失敗作ではないと再認した。ただの機械人形じゃない。私が夢見たそのままの姿……ある意味で、想定していた以上だ」

「でも、博士はそんなカヤを手放すというのですね」


 咎めるような心が芽生える。その感情を剥き出しにした眼差しを向けると、彼はわたしからそっと目を逸らし、弁明するように言った。


「仕方ないのだよ。私には権限がない。緋桐さんの決定には逆らえん」

「結局、博士にとって、私達は作品に過ぎないわけですね。……モノでしかない」

「違う……それは違うよ」


 博士はそう言って、潤んだ瞳をこちらに向けてきた。


「私にとって君たちは、娘と同じだ。父親になったような気持ちで、ずっと接してきた」

「なのに、カヤをずっとここに放置していた。実の娘ならば、そんなことをしましたか? 緋桐様のお決めになったことに従いますか?」


 言えば言うほど感情は溢れてどうしようもない。ここで猫柳博士を責めたって仕方ないのに、ぶつけずにはいられなかった。

 そんなわたしを前に、博士は可哀そうなほどおろおろしていた。だが、やがて彼は深く息を吐くと、力なく前を見つめた。あのコルクボードだ。電子ではなく、紙の設計図が貼られている。


「燐火。君が不満を覚えるのも仕方がない事だ。そうでなくたって、反抗期というものはあるもの。人間にあるように、妖精たちにだってある。成長に欠かせぬものなのだ。私は父親と名乗るならば、それに向き合わねばならない。だから、燐火。予備のバッテリーを渡してもいいが、その前に、君には知ってほしいことがある」

「……何ですか?」

「緋桐さんと私、そしてカヤの事だよ。予備のバッテリーを渡せば、君は一目散に何処かへ行ってしまうだろう。だから、渡す前にこの話をしておきたいのだ」


 勿論、従わずに博士を脅す事だって不可能ではない。だが、わたしはそうしない事を選択した。どうしても、博士に暴力を振るう事だけは出来なかったのだ。だから、ちょこんと座ったまま、わたしは素直に頷いた。


「分かりました……教えてください」


 わたしが促すと、博士は悲しそうな眼差しと共に語りだした。

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