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勿忘草の名のもとに  作者: ねこじゃ・じぇねこ
7章 機械の眠り

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4.見つからない探し物

 準備室の中まで入り、わたしは一呼吸を置いた。

 空気が冷たいのはわたしの汗のせいだろうか。カヤに会いたい一心で忍び込んできた時と、ここは何も変わっていない。

 博士もいないという事を何度も確認してから、わたしはそっと立ち上がった。準備室の中は静まり返っているが、時計の針の音や、用途も分からない怪しげな装置の電子音は聞こえ続けていた。

 ここで、わたしはカヤと出会ったのだ。抑えきれなかった好奇心が、わたしとカヤを繋いでくれた。もしも、わたしが聞き分けの良い子だったならば、あんな事はしなかっただろう。温室の扉の存在も、誰かに打ち明けて、自分だけの秘密になんてしなかったはずだ。

 そうしなかったのは、わたしが不完全だからなのだろうか。いいや、きっとそうではない。この反抗すら、緋桐は高く評価するのだろう。情動のすべてを人の手で完全に制御できるようではいけないのだ。それが、機械人形と生き物の違いなのかもしれない。


 でも、それが何だというのだろう。

 わたしは信じていた。自分の直感を信じていた。カヤにだって心はある。実際に触れあい続けて、常にそう感じてしまうこの想いを信じていた。

 そうでなければ何故、カヤはあんな態度をとるだろう。わたしに寄り添いながら、わたしの未来を思って忠告してくれる彼女は、あまりにも生き物らしすぎる。その姿を緋桐は、博士は、見たことがあるのだろうか。見た上で、手放そうというのだろうか。

 それが、わたしにはどうしても許せなかった。

 自分たちで求め、作っておいて、どうして最後まで向き合ってくれないのか。


 ──ああ、そうだ。


 と、わたしは、カヤと初めて会った場所の前で、ふと気付いた。重たい布カバーを掛けられて、カヤはただじっとしていた。いったい、どれだけの時間を一人で過ごしてきたのだろう。緋桐はその間、少しでも、彼女の事を思う事はあったのだろうか。

 そう、わたしは、緋桐のことが許せなかったのだ。

 敬愛していたからこそ、大好きだったからこそ、許せなかった。

 これ以上、緋桐に失望したくなかったのだ。

 だから、説得を諦めるならば、わたしもまたここを去るしかない。カヤと二人で、一緒にいられる場所へ。


 いまだ漠然としたその未来を思い描きながら、わたしは布カバーを手に取った。いつもカヤが座っていたその場所を、じっと確認する。

 カヤはすぐに分かると言っていた。ただ、思えばいつもこの周囲を注視していたわけではない。わたしがここへ来るとき、意識しているのはカヤのことだけ。彼女が座っている場所や、その周囲を常に頭に入れていたわけではない。

 それでも、ある程度は分かる。カヤがどのように座り、どのように充電していたか。翅の付け根にあるプラグがどこにどのように刺さっていたのかもわかる。このスタンド事態を運ぶのは難しいだろう。だから、探すべきものは、やはり予備のバッテリーだ。黒くて、筒状で、細長くて。その特徴を頭に思い浮かべながら、わたしは周辺を探した。けれど、見当たらなかった。


 すぐに分かるとカヤは言っていたのだが。そう思いながら、わたしはさらに周囲を探ってみた。布カバーを何度もめくり、上や下を覗き、隣の棚の中や、その下の隙間などを確認する。さらには反対側の机の下や、外れまで。

 筒状ならば、ころころと転がっていくこともあるはず。そう思いながら気づけばわたしは準備室の端から端まで探し回っていた。それでも、それらしきものは、見つからなかった。

 嫌な汗が噴き出てきた。動揺のせいで、背中の翅がガタガタと震えてくる。


 ──どうしよう。


 見つからない。それは、ここへ来ればどうにかなるとしか思っていなかったわたしにとって、絶望そのものでもあった。


 ──どうしたらいい?


 混乱しかけながら再びしゃがみ込んだその時だった。

 パタン、と、音がした。びくりと震えながら、恐る恐るその方向へ目をやると、温室に通ずる扉がぴたりと閉まっていた。開けっ放しにしていたのが、何かの拍子で動いてしまったのだろう。慌ててわたしは周囲を窺った。すぐに誰かがやってくる気配はなさそうだ。だが、あまり長居はできないだろう。どこかに隠れてやり過ごした方がいいかもしれない。そう思って、わたしは閉まったばかりのその扉へと近づいていった。

 蜘蛛型ロボが近くにいたならば、温室を探るかもしれない。ここに気づいては言ってくる可能性はあるだろうか。様々な想像をしながら、わたしはそっと扉に触れてみた。そして、とんでもないことに気づいたのだ。


 ──あれ、開かない。


 そう、開かなかったのだ。いつもとは違う。鍵がかかってしまったようだった。だが、鍵らしきものは見当たらない。どうして開かないのかが分からなかった。押しても、引いても、びくともせず、わたしはますます困惑した。


 ──どうしよう。どうしたらいい。


 慌てふためきながら、わたしが次に目をやったのは、研究室に通ずる扉だった。ここも鍵がかかっているはずだが、幸い、内鍵がある。問題があるとすれば、研究室のことだ。博士の寝室と直接繋がっているため、下手したら鉢合わせになること。いや、そもそも、さっきの物音で博士がこちらに来る可能性だってある。

 わたしは周囲を見渡した。隠れられる場所は、あるにはある。だが、いずれもすぐに見つかる場所だ。やり過ごす事なんて不可能だろう。

 ならば、わたしに出来る事は何がある。考えに考え続け、わたしは次第に覚悟を決めていった。そして、とうとうその時はやって来たのだった。

 カチャリと音を立てたのは研究室に通ずる扉だ。解錠してすぐにギイっとドアノブが回り、恐る恐る入ってきたのは猫柳博士だった。


「そこにいるのは……誰かね?」


 怯えた様子で覗き込み、ランプの明かりをこちらに向ける。わたしは逃げも隠れもしなかった。ただ立ち尽くして、彼をまっすぐ見つめた。


「燐火!」


 わたしの姿に気づくと、彼は目を丸くして近寄ってきた。


「怪我はないかね? 今まで何処にいたんだい?」


 真っ先に心配を口にする彼の様子からは、わたしへの怒りなど一切ない。きっと、この騒動の犯人がわたしであることなんて疾うに分かっているだろうに。それでも、彼がわたしに向けてくる眼差しには、優しさしかなかった。

 そんな彼の様子を目の当たりにすると、罪悪感ばかりが浮かんでくる。だが、わたしは怯まなかった。


「博士」


 ただ真っ直ぐ、彼の目を見つめ、わたしは訊ねた。


「予備のバッテリーはどこですか?」

「バッテリー?」


 わたしの言葉を繰り返すと、猫柳博士は全身から溜息を漏らした。落ち込んだ猫のように体がしぼみ、そのまま手前に置かれた椅子に座り込む。

 そして、わたしから目を逸らすと、彼は落胆とも安堵もつかない声でしみじみと言ったのだった。


「では、やっぱり君の仕業だったのだね」


 彼が何を言わんとしているのか、よく分かっている。わたしは答える代わりにカヤをいつも隠していた布カバーを手に取った。


「この辺りにあったはずなんです」


 すると、博士はわたしを見つめながら言った。


「ああ、ちゃんと管理しておるよ」


 そして、彼はまたしても溜息を吐いた。


「絶縁シートがいつもずれていたのも、君の仕業だね。カヤにいつも訊ねていたのだよ。重たくてしんどいのかねって。そしたら、いいえと彼女は言った。ただ、どうしてずれているのかまでは教えてくれなかったのだよ」

「博士」


 話を逸らそうとする彼を急かすように、わたしは言った。


「予備のバッテリーをください」


 すると、博士はやや冷たい口調で言った。


「まずは事情を聞かせてごらん。話はそれからだ」


 その眼差しは、一歩たりとも譲る気のないものだった。

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