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勿忘草の名のもとに  作者: ねこじゃ・じぇねこ
6章 封印された思い出

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3.カヤの記憶

 緋桐と猫柳博士の過去。

 いつもはざっくりと知っていれば満足していたその事柄が、今は無性に気になった。どのようにして彼らは過ごし、わたしを作るまでに至ったのだろう。その途中で、どのような思い出をカヤと共に作ったのだろう。

 少しでも彼らの事が知りたくて、気づけばわたしはカヤに訊ねていた。


「ねえ、カヤ。カヤが生まれた時の事を知りたいの」

「生まれた時、ですか?」


 不思議そうに聞き返してくる彼女に、わたしは少し考えてから問い直した。


「作られた時の事。いつ頃から記憶しているの?」

「作られた時の事ですね。わたしが憶えているのは、視界が良好になる七日程前からです。真っ暗闇の中で、わたしの意識は大量の知識の波に揺られておりました。今になって思えば、それは博士によってこの世の数多の情報を入力されていた時の感覚だったようです。その後、目を覚ましたのは瞼が動くようになった時。博士はその時こそが、わたしの目覚めであると認定いたしました。四月のことでした」


 わたしが孵化した月と同じだ。確か、夭折した姉たちも同じだったと思う。蝶の翅の妖精は、冬以外ならばどの季節でも生まれていたと習ったが、全員が四月というのは意図的なものを感じずにはいられない。

 もしかしたら、勿忘草──わたしの母の誕生月も同じなのだろうか。

 考え込んでいるうちに、カヤは話を進めた。


「目覚めの日を迎えたその日のうちに、わたしは使命を自覚しました。わたしの主は緋桐様。緋桐様の願いは、完全なる妖精の再現。そのためにわたしは、多くの事を学ばねばならなかったのです」


 幸い、博士の仕事は完璧だった。カヤは目覚めてすぐに、非常に優秀な生徒となり、緋桐と猫柳博士が授けた知識をあっという間に吸収していったという。恐らく、わたしの学習速度とは天と地の差だったことだろう。少なくとも、完璧な妖精になるための準備は順調そのものだったという。そんな彼女だからこそ、当然、期待されたわけだ。


「緋桐様との対話で、わたしはたくさんの事を学びました。目覚める前に博士が用意してくれた知識の波にはなかった事柄もたくさん。けれど、わたしは機械人形ですので、それらを記録していくことに苦労はありませんでした。わたしの学習速度と、その正確さについて、緋桐様は大変喜ばれ、褒めてくださったものでした」


 そう語るカヤは、嬉しそうに見えた。誤解でも何でもないだろう。カヤは嬉しかったのだ。嬉しいという感情がそこにあったに違いない。そうとしか思えない表情で、彼女は語り続けた。


「緋桐様は度々、ご自身の夢をわたしに語りました。もう滅んでしまった妖精たちは、時間の経過と共に忘れ去られていくのみ。こうしている間にも、妖精と実際に触れ合った事のある人間たちは少しずつ減っていく。そしていつかは、妖精がいたことすら曖昧になってしまうだろう。しかし、その記憶は何か象徴的なものがあるだけで、留められるはずだと。その為にわたしは作られたのです。完璧な妖精の再現として振舞い、未来を生きる人々に記憶して貰えるように」


 ですが、と、カヤは軽く肩を落とした。


「残念なことに、わたしの出来は緋桐様の思っていたレベルには届きませんでした。ある時から、彼女の求める試験結果が、わたしにとっては非常に高度なものになっていったのです。わたしにはとても合格できない。どうにか要求に応じようとしましたが、緋桐様と猫柳博士を落胆させるだけでした。その上、わたしには全く分からなかったのです。どうして、お二人をがっかりさせてしまっていたのか」


 不思議そうに語る彼女に、わたしはおずおずと訊ねた。


「一体どういう試験だったの?」

「コミュニケーションの試験です。過去に記録された音声や映像に残る妖精たちの答弁と、わたしの答弁がどれだけ近いものになるか、何度も計測したのです。定期的に博士や緋桐様と対話を続けるだけでも、目覚めた当初に比べれば、よりそれらしい回答が出来るようになったと言われました。しかし、それでもどうやら、わたしの振る舞いは彼らのお眼鏡にかなわなかったようです」


 淡々と語る彼女に、何だかわたしの方が苦しくなってくる。


「どうして、なんだろうね」


 思わず呟くと、カヤは無表情のまま言った。


「さあ、何故でしょうね。これは単なる推測ですが、恐らくそれがわたしの限界というものなのでしょう」

「……限界?」

「機械が命ある生き物を目指す上での限界です。このまま技術が発展していけば、いつかはその境もどんどん曖昧になっていくかもしれません。けれど、今はまだその時ではないのでしょう。機械人形の命を吹き込む天才と称された博士ですら、至れなかった境地。それこそが、緋桐様のわたしへの最終評価に影響したのでしょう」


 何処か冷めたような口調で語るカヤに、わたしはどんどん心細くなっていった。その不安を振り払いたい一心で、わたしはカヤに縋りついた。


「で、でも、カヤ。わたしはカヤと話していて、何の違和感もないよ。カヤに命が宿っていないなんて思わないもの。わたしにとってあなたは、ただのお人形なんかじゃないの」

「有難うございます、燐火。あなたがわたしに一定の敬意を示してくれていることはよく伝わっております。けれど、それは飽く迄もあなたの評価です。わたしの今後を占うのは正式な所有者である緋桐様以外にはおりません」

「所有者……」


 母親でも、保護者でもない。突き放すようなその単語に、わたしは身震いしてしまった。しかし、冷静に考えれば、何も間違った事は言っていないのだ。

 わたしもまた、扱いは同じである。法的には緋桐の所有物に過ぎない。その事を知識として教えられたことがあった。不気味に思わないで済んだのは、緋桐や猫柳博士がそれだけわたしをお嬢様として扱ってくれていたからだろう。それでも今は、遅ればせながら恐ろしさがこみ上げてきた。

 しかし、カヤは言った。


「わたしは、それでも良いのです」


 ガラス玉の目をこちらに向けて、彼女はなおも淡々と語る。


「緋桐様や猫柳博士がわたしに託した想いとは、わたしの事を見て、人々がかつてこの世界にいた妖精たちに思いを馳せるということでした。ならば、ゆくゆくはここを去るのが相応しいのでしょう。その行き先が何処であれ、わたしは受け入れねばならぬのです」


 本当に、カヤはそう思っているのだろう。

 その言葉に一切の迷いはない。動揺らしきものは感じられなかった。

 それが寂しくもあり、わたしには耐え難くもあった。それに、疑問もあった。


「本当にそうなのかな」


 呟きながら、わたしは考えた。

 ただ単に、機械人形で妖精を再現したかったならば、どうしてその姿を勿忘草にここまで似せなくてはならなかったのだろう。

 カヤの手を握り、その顔を覗き込みながら、わたしは同じようにして彼女を覗き込んだことがあるだろう緋桐の気持ちを考えた。

 緋桐は彼女に本当は何を期待し、本当は何に落胆してしまったのだろう。


 写真と、肖像画と、カヤの姿。

 脳裏に刻まれたそれらの記憶が重なり合い、思考がこんがらがっていく。

 分かってはいるのだ。ここで勝手に考えたところで、答えなんて見つからない。真実を知りたいならば、本人に直接聞くしかないのだ。

 それでも、わたしは考える事を止められなかった。きっと、ヒントらしきものが、自分の中にあるような気がしたからだろう。

 それは傲慢な思い過ごしかもしれない。けれど、考え続けながら、覚えた知識と刻まれた思い出を漁っていくうちに、わたしはふと羽化した日の事を思い出したのだった。


 ──ああ、これでやっと。やっと近づけるのね。私達が夢見た未来に。

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