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勿忘草の名のもとに  作者: ねこじゃ・じぇねこ
4章 二人ぼっちの世界
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2.屋敷で働く者たち

 ──どうか見つかりませんように。


 そればかりを必死に願いながら、わたしは家具と家具の間に隠れていた。カヤもまたわたしに抱かれたままぴたりと止まる。沈黙がわたし達を包み込む中、遠慮なく響くのはここへ降りてきた人々の出す物音だけだった。

 中を照らす複数の懐中電灯の強い光が、月明かりを払い除ける。そうして大雑把に辺りを見渡しながら、彼らは口々に言った。


「ええと、ここは……」

「お役御免の寝床ってやつよ」

「ああ、そうだった。要らなくなった家具を保管してあるんだったな」


 放していたのは男女二人。あまり馴染みのない声のようだ。そこへ、さらにもう一人、若い男性が会話に加わる。


「そうですよ。とりあえずここまで運んでおいて、業者なり何なりに引き取られる際は、この部屋の裏口から出すんです。それがまあ、なかなかの重労働なんですよね」


 軽く笑いながら語る彼の言葉に、注意が向いた。


 ──裏口……。


 どうやらここの何処かに出口があるらしい。

 その事をとりあえず頭に入れておいて、再び彼らの会話に耳を傾けた。


「それにしても沢山あるわね。ここを捜すには骨が折れそう」

「ああ、だが、人が隠れるには好都合、か」

「えー、勘弁して欲しいですよ。移動させるのだって大変な家具ばっかりなんだから」


 若い男性はそう言って、噛み殺しきれなかったと見える欠伸を漏らした。つられてだろう、他の二人もまた欠伸をしかけた。


「ちょっと、うつっちゃったじゃない」

「だって、もう就寝時間ですよ? あーあ、明日も早いってのになぁ」

「仕方ないだろう。もし、泥棒が潜んでいたとしたら、お前、安心して眠れるのか?」

「そりゃあ、不安ですけれどぉ」


 不真面目な若手に呆れつつ、男性は言った。


「いいか、盗まれたのはこの屋敷のお嬢様方だ。ただの泥棒じゃない。誘拐犯と言ってもいい。何が目的か知らんが、早く助けてやらないと」

「そうね。怖がっているかもしれないし、何よりも、ご主人様や麦ちゃんが不憫だわ」


 どうやら、わたし達は誘拐されている事になっているらしい。

 わたしが自分の意思で逃げ出すだなんて思わなかったのだろう。そう考えると、少し心が痛む。麦の名前を出されることも同じく、である。

 緋桐も、博士も、そして麦も、今頃、心配しているのだろうか。


「それなら尚更、警察に届けるべきなんじゃないんですかねぇ」


 そろそろ眠いのだろう。不機嫌そうに若い男性がそう言った。そんな彼の態度に、本音では同意なのだろう。男女二人はそれぞれ大きくため息を吐いた。


「このまま見つかりそうもなかったら、いずれはそうなるでしょうね」

「だがね、うちの主人の事だ。警察に突き出す前に、犯人に対して改心を求めることだってあり得る。まずは事情を聴いて、そのまま引き渡すかどうか考えるんだ。前の旦那様もそういうお方だったらしい」

「お父様に似て、お優しいのね」

「いいんですかねぇ、それで」


 感心する男女だったが、若い男性だけは懐疑的だった。


「もしも舐められたりでもしたら……」

「まあ、当然、そういうやつもいるだろう。だから、捕まえた時は、容赦しない。法の許す範囲内ではあるが、二度とここへ盗みに入りたくなくなるような目に遭うんだとか」

「へぇ……それって、本当にお優しいんですかね?」


 焦りながら尋ねる若手に、女性の方が答えた。


「あら、十分お優しいわよ。牢屋に入るよりはマシでしょう?」

「そ、そうかもしれませんが」


 あからさまに怯えている若手を、からかうように男性の方が言った。


「お前もあんまりマズイ失敗を繰り返して、ご主人様を怒らせぬようにな」

「例えば、ここの裏口の鍵をなくして合鍵を作ってもらった事のような」


 と、女性がからかうように言うと、男性の方が呆れたようにため息を吐いた。


「おいおい、お前、そんな事をしでかしたのか。これは次の失敗次第で……だな」

「ちょ、ちょっと、怖がらせないで下さいよぉ」


 冗談を言い合って笑う彼らを背に、わたしの中ではまたしても不安がこみ上げてきた。

 緋桐。とても優しい人だと生まれてこの方ずっと信じてきたけれど。今になって得体の知れない恐ろしさを覚えてしまっている。カヤに対する態度だってそう。今の話だってそう。そこには一定の愛があるのかもしれないけれど、少なくとも孵化してからずっと抱いている彼女の印象からずれているのは確かだった。


 ──なんだか怖い。


 カヤを抱きしめたまま、わたしは不安に耐え続けた。


「冗談はさておき、だ、このまま人の手で見つからないようなら、猫柳博士のアレの出番なんだそうだ」

「アレってなんですか?」

「いつも倉庫でお昼寝しているアレよ」

「あー、蜘蛛型の警備ロボのことですか!」


 この上、追い打ちをかけてくるような情報に、翅がぴくりと動いてしまう。


「って、それなら最初から警備ロボに任せりゃよかったのに……そう思いません?」

「あのねえ、あの子たちは馬鹿みたいに電力を使うのよ。日頃、十二時間も眠っているのはそのせい。それでも市販の番犬ロボよりは長持ちするんだから質はいいんだけどね」

「だとしても、彼らならあっという間なんじゃないんですか?」

「さあて、どうだろうな。準備にも時間がかかっているようだし、その前にある程度の目星をつけておいて欲しいって事だったみたいだが」

「なぁるほど、んじゃ、ここも候補って伝えた方がいいですね。蜘蛛ちゃんたちが入れたらの話だけど」

「多分大丈夫よ。蜘蛛型ロボには二種類いるでしょう? 手のひらに乗るくらいの小蜘蛛タイプが色んなところに忍び込んでカメラを回して、警報を鳴らした後、通信で大蜘蛛タイプに情報を伝えて回るの。ここに誰かが潜んでいたとしても、小蜘蛛タイプが見つけてくれるはずよ」

「へえ……警報かぁ。どんな音量なんだろう。今夜、俺たち眠れるといいですね」


 彼の一言に、再び男女がそれぞれ溜息を吐いた。

 同意を示すような言葉は一言も発しない。それでも、それぞれが似たような事を感じ、憂鬱に思っている事は、その溜息から何となく伝わってきた。

 一方、わたしの方は気が気でなかった。

 蜘蛛型ロボ。彼らだ。前に猫柳博士と話した警備ロボ。小蜘蛛と大蜘蛛がいるというのは初耳だが、だとしたら甘く見るわけにはいかないだろう。ここにずっと隠れていれば、いつかは見つかってしまうだろう。


「さて、そろそろ無駄話は止めにしよう。時間的にも……うん、博士の準備が終わる頃だ。一度戻って、ここの事も伝えておこう」


 男性の言葉に、連れの二人がそれぞれ頷く。程なくして、再び階段を上っていく三人分の騒がしい足音が響き、段々と遠ざかっていった。しんと静まり返るのを待ってから、わたしは深くため息を吐いた。


「……燐火。いかがなさいます?」


 真っ先に口を開いたのはカヤだった。


「わたしはまだ諦めないよ」


 そう答え、わたしは立ち上がった。緊張から解けたせいもあるだろう。足元がふらついた。だが、翅を使ってどうにかバランスを取ったお陰で転びはしなかった。まずは周囲をぐるりと見渡して、今一度、このお役御免の寝床の隅々を確認した。憶えておくべき情報のうちの一つ。それが、裏口の存在だった。


 ──あれね。


 該当する扉を見つけ、わたしはそっと近づいていった。家具と家具が敷き詰められたこの半地下において、その扉の周辺だけは人が一人通れるような空間がある。そこへどうにかすり抜けていって、わたしは扉に手をかけた。


「開いている……はずがないか」


 押しても引いてもびくともしない。

 鍵がかかっている上に、扉の取っ手には鎖まで巻かれている。ここから出るのは相当時間がかかるだろう。がっかりしながらカヤのもとへと戻ると、カヤは不安そうにわたしを見つめてきた。


「ここから出ていくおつもりなのですか?」


 そう訊ねられて、わたしは頷いた。


「必要とあればね」

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