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勿忘草の名のもとに  作者: ねこじゃ・じぇねこ
4章 二人ぼっちの世界
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1.揃わぬ足並み

 機械人形に心はあるのか。緋桐ひぎり猫柳ねこやなぎ博士が悩んだという問題は、きっとわたしが考えているよりも深く、難解なものであるのだろう。

 だが、わたしは科学者なんかではない。答えに辿り着く術もないし、そもそも求めているものはたった一つの、揺るがぬ真理などではない。

 わたしが必死に求めていたのは、ただ一つ。カヤとどう向き合うべきなのか、である。深呼吸を重ねに重ね、荒んだ心を少しだけ落ち着かせてから、わたしは改めカヤに向き合った。


「緋桐様の言う事に、どうしても従わないといけないの?」

「はい……何故なら、それが決まりだからです」

「怖くはないの?」

「怖いです」

「嫌じゃないの?」

「嫌……なのかもしれません。とにかく不安と躊躇いらしきものはあります」

「──でも、従わないといけないって思うのね?」

「はい、従わなくて良い理由が見当たりません。なので、従うほかないのです」


 これは、なかなか難しい。密かに目を伏せ、わたしは内心そう思った。

 もしかしたら、これこそが緋桐や猫柳博士の言っていた、わたしとは違う部分なのかもしれない。確かにカヤとの話は平行線だ。意見が交差する機会がうまく掴めず、やれやれとくたびれてしまうのも正直なところ。

 だが、本当にそうだろうか。カヤは分かってくれないのだろうか。

 そこには簡単に諦めたくないという願いがあったかもしれない。真相はともかく、わたしは気を取り直し、今一度、彼女の事を探ろうと試みたのだった。


「ねえ、カヤ」

「はい、何でしょう?」

「カヤはそれでいいの?」

「わたし、ですか?」

「うん。さっき、カヤは言っていたよね。わたしと離れるのは残念だって。それに、怖いし、嫌なのかもしれないって。それってつまり、よくないって思っているわけでしょ?」

「そう……かもしれませんね」


 カヤはそう答えたが、混乱しているのだろうか、考え込むような仕草を見せ、少しだけ目を伏せてしまった。


「だったら、やっぱり従っちゃダメだよ。離れ離れにならない方法を、一緒に考えてみようよ」


 わたしは必死に訴えた。だが、カヤは俯いたまま言ったのだった。


「……出来ません」


 頑なな答えに、わたしはしばし絶句してしまった。どうして、こんなにも頑固なのだろう。どうして分かってくれないのだろう。カヤの本心はもう見えてきているはずなのに。


「カヤ……」


 放心しかけながら、わたしは呟くように言った。


「あなたの事が……分からない」


 すると、カヤは何を思ったのだろう。ぱっと顔をあげると、わたしを真っすぐ見つめながら反論するように言ったのだった。


「わたしも、燐火りんかの事が良く分かりません」


 人形ながら困った表情で、彼女は淡々と告げた。


「燐火、今日のあなたは一段とおかしい。あなたは緋桐様を母親のように愛しているはず。このように困らせる真似をするなんて。わたしには理解が出来ません」

「……カヤ」


 確かに、カヤの言う通りなのかもしれない。迷いが生まれるわたしに、カヤはさらに追い打ちをかけてくる。


「それともあなたは、緋桐様の事がお嫌いなのですか?」

「ち、違う。そんな事ないよ……」


 慌てて否定すると、カヤはわたしの手をそっと握り、諭すように言った。


「でしたら、こんな事は止めましょう。すぐに緋桐様たちのもとへ行って、わたしと一緒に謝るのです」

「……そんな事、出来ない」

「どうしてですか、燐火」


 さて、どうしてだろう。改めて問われてみれば、わたしは自分の気持ちをうまく説明出来なかった。

 わたしはカヤのような優れた頭脳を持っていない。思っている事も、感じている事も、時間をかけて噛み砕き、どうにか言葉を当てはめる事しか出来ない。それすらも、もしかしたらズレがあるかもしれない。かのように、わたしは不完全なのだ。

 対するカヤは完全無欠。本当にどうして、どうして緋桐は彼女を嫌うのだろう。

 一呼吸おいてから、わたしはカヤに言った。


「どうしても、あなたを奪われたくないの」


 はっきりとそう告げると、涙がこぼれてきた。

 分かっている。正しいのはカヤの方。何よりも本人が納得している以上、わたしの身勝手さが困らせているのだと。だけど、どうしても諦めきれなかった。

 ここで謝りに行けば、カヤは何処かへ売られてしまう。もう二度と、こうやって話すことも、触れ合うことも出来なくなってしまう。それが、わたしには辛かった。


「どうして、ですか?」


 カヤの問いに、わたしは顔を上げた。涙を拭う気にもなれないまま、わたしは思ったままに口にしたのだ。


「だって……カヤはたった一人の仲間なのだもの」


 そう、それこそが、わたしがカヤに対して抱いていた親近感の正体だったのかもしれない。この屋敷に、背中に翅を持つ者なんていない。蛹から羽化した者も、卵から孵った者もいない。屋敷内どころか、この町、この国、延いてはこの世界にも、同じ者はもういないかもしれない。

 生まれた頃からちやほやされて、愛されてきたという喜びはあるけれど、わたしは欲深いのだろう。それだけではこの孤独感を埋めきることが出来なかった。

 いや、もしかしたら、カヤという存在を知ってしまったがために、気づいたのかもしれない。わたしは仲間が欲しかったのだと。実際に触れあい、知ってしまったからこそ、失うことが怖くなってしまったのかもしれない。


「燐火……」


 だが、カヤは言った。


「わたしは偽物なんです。本物ではありません」

「それなら、わたしだって偽物だよ。作られたのは一緒なんだから」

「いいえ、一緒ではありません。わたしは機械人形。あなたとは違うのですから」


 機械と生き物の違いって何だろう。

 かつてむぎと話した時の事を思い出す。

 わたしは燐火にどうなって欲しいのか。緋桐に認めて欲しいのか、ただ離れたくないのか、その両方なのか、はたまた自覚していない願いが他にもあるのか、明確な答えも見つからないまま、わたしは歪む視界のなかで燐火を見つめていた。

 そんなわたしを見つめ返し、燐火は小さく言った。


「わたしは失敗作なのです。現に今、どうしてあなたが泣いているのかも分からない」


 困惑する彼女の顔を見ていると、少しだけ気持ちが落ち着いてきた。両手でそっと目元を拭い、それでも零れ続ける涙を無視して、わたしはカヤに笑いかけた。


「それは、わたしも分からない。ちゃんと説明できないもの。だから大丈夫、わたしが泣いている意味が分からなくたって、それは失敗なんかじゃないんだよ。だって、麦も言っていたもの。人間でさえそうなんだって。同じ人間でも他人がどう思っているかって、理解するのは結構難しい事なんだって。何なら、自分の事だって」

「そう……なのですか?」


 何処か疑うようにカヤは訊ねてきた。


「そうなの!」


 敢えてはっきり断言してから、わたしは今一度、カヤを見つめた。


「ねえ、カヤ。本物とか、偽物とか、正しいとか、正しくないとか、一度無視して効いて欲しいの。わたしはね、どうしてもカヤと一緒にいたい。だから、一緒にいられる道を何とか考えてみようと思うの。緋桐様を上手く説得出来たらいいけれど、今は考える時間が欲しい。だから、まずは何処かに身を隠して欲しいの」

「何処かって?」

「それは……逃げながら見つけるつもり。とにかく、お願い。わたしを助けると思って協力して欲しいの」


 懇願するわたしを前に、カヤは目を伏せしばし沈黙した。悩んでいるようだ。不安を覚えながらわたしは静かに待った。

 やがて、カヤはわたしの顔を再び見つめてきた。その表情はさっきからずっと変わらない。困惑と不安を湛えている。けれど、カヤはこう言った。


「……分かりました。燐火がそれを望むのでしたら、少なくとも、暴れたり、叫んだりはしません」


 恐らく、心から納得しての返事ではないのだろう。わたしに同情したか、断り切れなかったか、どちらかだと思われる。それでも、わたしはホッとした。


「良かった。ありがとう、カヤ」


 両手を握って感謝を示すも、カヤの表情は優れないままだった。

 足音が聞こえてきたのはそんな時の事だった。コツコツと階段を下りてくる音。ぼそぼそとした話し声。それらがこちらに近づいてきている。


 ──誰か来る。


 とっさにカヤを抱きしめ、物陰で聞き耳を立てていると、二、三人分と思しき足音とその気配が、この寂しく賑わうお役御免の寝床へと入ってくるのを感じた。

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