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勿忘草の名のもとに  作者: ねこじゃ・じぇねこ
3章 人形は人形
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2.機械人形の世界

「緋桐さんから聞いたよ。機械人形に興味があるのかな?」


 猫柳博士からそう訊ねられたのは、健康診断の時だった。

 いつものように半裸になって診察台に上がっている最中のこと。ただでさえ肌寒いというのに、わたしは思わず震えてしまった。


「えっと、その、興味があるって程ではないのですが」


 そう言って、とっさに胸を押さえた。緋桐に比べてのっぺりとしたわたしの胸部が、これまでになく熱を帯びている。高鳴る鼓動も直に感じ、博士の耳にも聞こえていないか心配になるほどだった。

 だが、幸いなことに、博士はまだ気づいていない。前回の健康診断の結果を確認しながら、「そうかい」と頷くだけだった。


「いやね、少し懐かしい話だったものだから、緋桐さんとも盛り上がったのだよ。それはそれとして、一体どこでそんな話を聞いたんだい?」

「さあ、何処だったか忘れてしまったのだけど……」

「怪しいとすれば麦だが、まあ、誰かしらの口から世間話でぽろっとって事もあるか。こう見えて、昔はちやほやされていたんだよ、私は」


 そう言って、猫柳博士は、にんまりとした笑みをこちらに向けてきた。

 どうやら隠すべき過去というわけではないらしく、わたしはホッとした。


「緋桐様もおっしゃっていましたね。機械人形に命を宿せないか研究なさっていたとか」

「ああ、そうとも。生命の研究の一環でね。命というものが一体何なのか、魂というものが一体何なのか、幼い頃から何を読んでも私の中ではなかなか納得がいかなくて、自分の目で確かめ、頭で考えてみたいという一心でね。だが、上手くはいかなかったね。緋桐さんに言わせれば、出来上がったのは極めて生物に近い作り物。……さ、胸の音を聞くよ」


 何一つ突起のない、平たい胸部に聴診器を当てられて、わたしはじっとした。鼓動の高鳴りもだいぶ治まってきた。あまり訝しがられないといいのだけれど、と、心配になる中、博士は聴診器を外し、カルテへ向き直った。


「異常はないね」


 内心ほっとしつつ、わたしは博士に訊ねた。


「博士としても、その研究は失敗だったって言う事ですか?」

「うーん、どうだろうね。私としては、成功ではないのだが、失敗と断言するにも躊躇ってしまうところはある」

「……じゃあ、いつかは再開なさるの?」

「本音を言えばそうしたい気持ちもある。けどね、私が知りたい事は他にも山ほどある。君の健康管理と、その果てにやって来るかもしれない大きな夢の実現。この研究を支援してくださっている緋桐さんの事を思えば、どうしてもそちらが優先になるね」

「そう……ですか」


 つまり、カヤが再び日の目を見る事は、しばらくないというわけだ。


「おや、すまないね。ガッカリさせてしまったかな?」


 猫柳博士に問われ、わたしは慌てて首を振った。


「いえ、いいんです。ただ、見てみたかっただけで。その、博士のお作りになった、素晴らしい機械人形というものを」

「興味を持ってくれて嬉しいね。さすがは私のだ。私も見せてあげられたらって思うのだが、それにも緋桐さんの許可がいるからね。それに、今となっては君の方が評価も高いさ。さて、次はそこでいつものように腹ばいになって」


 診察台にうつ伏せになるわたしの背中──翅の付け根を、博士は指で押しながら確認する。その状態を頻りに確認している彼に対し、わたしは再び問いかけた。


「あの……博士、緋桐様とはいつ頃からの仲なんですか?」

「おや、言ってなかったかな。緋桐さんとは子供時代からの知り合いなんだよ。私の母が野生種の妖精たちの研究をしていてね。そのチームの支援をしていたのが、緋桐さんのお父様だった。小さい頃はよく遊んだのだよ。麦の母親……私の妹も交えてね。それが、この歳になるまで、こんな形で縁が続くとは思わなかったけれどね」

「そうだったんですね。じゃあ、わたしの遺伝的母親というひとは……」

「うん、私の母がね、最後に保護した子だった。えっと、何処かに皆で撮った写真があったはずなんだが……。あれ、ここにはないね。あとで捜しておこう」


 デスクを確認し、博士はそう呟く。そこに飾られていたのは確か、夭折した姉たちの写真ばかりだったはずだ。思い返してみれば、カヤの写真もそこにはない。その事実をさり気なく確認しながら、わたしは博士に声をかけた。


「博士……」

「ん、なんだい?」

「緋桐様からは聞いたんです。どうしてわたしを生み出したのか、その個人的な理由を。博士の理由はまだ聞いていませんでしたね。どうしてわたしを生み出したんですか?」


 うつ伏せになったまま見上げてみれば、博士はじっとわたしの顔を見つめ、「ふむ」と小さく呟いた。そして、そのままそっと後退し、丸椅子に腰かけてしまった。起き上がってその正面に座りなおすと、博士はようやく口を開いた。


「もともと興味があったからだ」


 彼は言った。


「母はね、私が生まれる以前より生命を生み出す研究をしていたのだ。その流れでね。そして、緋桐さんのお父様と縁が出来て以降は、妖精たちの血筋を復活させる研究に没頭していた。だから、そもそも、こうなるように場が整っていたのだよ。気づいたら私も、妖精に取り憑かれていた。その野生種は、どうやら完全にいなくなってしまったと分かった後も、彼らが自由に過ごした世界の夢から醒めることが出来なかった。そうして、君が生まれるに至ったというわけだ」

「では、博士が追い求める夢も、緋桐様と同じなんですね」

「……そうだね。そうとも言えるね」


 だが、と、博士は小声で付け加えた。


「私の見ている夢と、彼女の見ている夢は、ほんの少しだが非常に大事な部分が違っている。その事を、私は度々思い知らされる」

「どういうことですか?」


 軽い気持ちで問い返してみれば、猫柳博士は何処か困ったように苦笑を浮かべた。


「さて、なんと説明すべきだろうか。説明しづらいものがあるっていうのも、困り物だね。他人の心はそれだけ厄介だ。だが、一つ言えることがあるとすれば、だからこそ私は失敗したのだろう。機械人形に命を吹き込むなど、思い上がりにも程があったということだね」


 ぶつぶつと呟く彼の言葉を、わたしは黙って聞いていた。そんな事はない、と、言えたらどんなに良かっただろう。

 彼や緋桐がどう判断していようと、わたしはカヤのことを失敗だなんて思っていない。けれど、そんな気持ちを博士にぶつけることを、わたしは躊躇ってしまった。何故なら、博士がとても寂しそうな笑みを浮かべていたからだ。


「博士……博士がかつて作っていた人形についてのお話、良かったらもっと聞きたいです」


 代わりにそう言ってみれば、博士の笑みは少しだけ安堵したようなものに変わった。


「嬉しいね。じゃあ、聞いて貰おうかな。機械人形自体はまだ作っていてね。このお屋敷の警備ロボも私が作った機械人形が担っている。所謂、番犬ロボってやつなのだが、犬型だと少々腕が足りなくてね。最終的に蜘蛛型のロボになったのだよ」

「ああ、あのロボットたち。玄関付近の倉庫でいつも眠っている子たちですよね。博士が作ったものだったんですね。てっきり、買ったものだと思っていました。それにしては変わった形だなって」

「うむ、これは自慢だが、市販のものよりも優れている点がいくつかあってね。今売られている番犬ロボは追い払う事に特化したものと、負傷させる事に特化したものしかいないが、私の生み出した蜘蛛型ロボたちは侵入者を生け捕りにする事に特化した。見た目が蜘蛛型になったことから連想して、蜘蛛の巣のような投網とあみでターゲットを捕捉するように設計してみたのだ。無数の足は走るのにも便利で、ああ、それとね──」


 と、博士はその後も延々と自らが生み出した警備ロボの話を続けた。その内容の一部は、わたしには少し難しすぎるものもあったが、目をきらきらと輝かせて語る彼の姿を見ていると、さほど飽きなかった。


 ──博士ったら、何だか小さな子供みたい。


 そう思った頃、ふと鼻がむず痒くなり、くしゃみが出てしまった。そこで、博士は我に返り、慌てたように時計へ目をやった。


「おっといけない。これじゃ、風邪を引いてしまうね。まだまだ語り足りないが、健康診断の続きといこうか」


 そう言うと、少年のようだった博士は、いつもの博士に戻ってしまった。

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