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4.あの夜の話

「野菜は食べるのか? 魚は?」

「そうね。どっちも好きよ」

 家の中に戻って焼いたウサギを食べながら聞くアルに真白はそう返した。アセナはアルの横の席に座って退屈そうにあくびをしている。

「そうか。野菜は庭に植えたのがある。魚は裏の川か海辺まで行くといろいろ釣れるぞ」

「すごい! 自給自足って感じね!」

 アルに聞いて自分で淹れた紅茶を飲みつつ、真白は文化的な生活からかけ離れた暮らしぶりに少しだけ心を躍らせた。紅茶を入れるにも一苦労だった。水甕(みずがめ)から鍋に水を汲んでレンガのコンロの火加減を調整しながらお湯を沸かすのだ。蛇口をひねれば水が出て、スイッチを押せばガスが使えるコンロに慣れているとひとつひとつの作業が新鮮だった。

「まぁな。ここは俺以外の人間がいないから、気楽にやってるよ」

 焼けたウサギの肉を手で解体しながらアルはたまに肉片を口に放り込む。その様子を見ながら真白はずっと引っかかっていたことをアルに聞くことにした。


「聞いてもいい? 私たちがはじめて会った日の夜のことなんだけど……」

「なんだ?」

 真白の言葉にアルはゴクンと口の中のものを飲み込んでそう聞き返した。

「あの夜、人が、その……、食い殺される現場を見たの」

 真白はあの夜の出来事を思い出しながらアルにそう言った。

「……そうか」

「その犯人が、……ゾンビだったの」

 なんとか言葉を選んで真白はそう言った。

「ゾンビ?」

「動く死体よ」

 アルが聞き返すので真白は間髪入れずそう返した。アルはしばらく考え込んでからひとつため息をついた。

「真白はアレ(・・)をそう呼ぶのか」

「何か知ってるの?」

 アルはそう応えるとまたウサギの肉を頬張る。真白はアルの答えにさらに質問を重ねる。

「……アレは死霊(しりょう)だ。歩く死体ってやつ。数か月前から森で急にあいつらの姿を見るようになった。この家の周りにはワイズマン先生が魔物除けの結界を張っているから、この家にあいつらが入ってくることはないと思うけど、気がかりだ」

 カランとウサギの骨を皿に置いて、アルはウサギの別の部位を解体し始める。

「警察はいないの? 問題を解決してくれる役人とか」

「ケーサツ? 真白の世界がどういう世界だったのかは知らないけど、役人がこの森を見に来ることはないと思うよ。今この森にいる生きた人間は、おそらく俺と真白だけだしね」

 この家の外で平然と行われている殺人行為に警察などが誰も介入しないというのが、真白には衝撃的な事実だった。

「なぜそう言い切れるの?」

「……この家の結界の外には強力な魔物が徘徊している。この森はそもそも人間が住む領域ではないんだ。俺は魔法が使えるしアセナがいるからなんとか無事で済んでいるけど、普通の人間がこの森に入ったら無事じゃすまない。一日持たずに魔物の餌食だ。真白はたまたま俺たちが見つけたから生き残っただけで、もし俺たちに出会えてなかったら、おそらく助からなかったと思う。たまに迷い込む人間がいるみたいだけど、……救えたことはない。何かあって駆け付けてもいつも死体だけが転がってる」

 アルの言葉に真白は背筋が寒くなる思いがした。アルの言葉に色々な疑問がわいたが、その前にすべきことがある、と真白は思った。


「……助けてくれてありがとう」

 真白の言葉にアルは口角を上げて首を振って見せた。気にしなくて良い、と言っているようだった。

「でもあの夜はどうしてあそこにいたの?」

 真白はさらに質問を続ける。アルは真白の言葉を聞いてまたひとつ大きなため息をついた。


「あの日は最悪の夜だった。森中に人間の悲鳴が響き渡っていたんだ。俺も驚いて悲鳴のする方に様子を見に行ったんだけど、……食い殺された死体だらけだった」

 またカランとウサギの骨を皿に置いて、アルはふぅっと息をついた。

「……それはゾンビとは違うものだったの?」

 アルの言葉を聞いて真白は静かにそう問う。アルは真白の顔を見て頷いた。


「……たぶんね。真白が言うゾンビとあの日転がっていた死体はまったくの別物だと思うよ。真白の言うゾンビはこの世界の(ことわり)に反している。本来、生き物はエーテルとともに生きエーテルとともに死ぬ。だけどあのゾンビってやつは、違う。他の生き物のエーテルを吸い取って動いているように見える」

 アルの声色には恐れが混じっていた。真白はそれを敏感に感じ取った。

「エーテルを吸い取って……。私が知っているゾンビは噛まれた人が同じようにゾンビになってしまうんだけど……」

「噛まれたら同じゾンビになる!? いや、それはないんじゃないか。少なくともあの夜に転がっていた死体はゾンビにはなっていなかった。真白は一体どんな世界で生きていたんだ? よく無事だったね……」

 私の言葉にアルは驚いて声を上げたあと感心したような声でそう続けた。

「……あの、ごめん! 映画! 映画の中の話! 現実の世界の話じゃないから!」

「現実の世界の話じゃない? うーん。つまり空想の産物ってこと?」

 真白が勢い良く否定するとアルは首をかしげて不思議そうな声を出した。

「そう、そんなものかしら。私がいた世界では実物のゾンビなんて見たことなんかなかったわ。でもアル君は今いるこの森でゾンビをたくさん見てきたのね」

 真白がそう言うとアルは息を()いた。

「嫌になるほどね。正直、ゾンビって得体が知れないっていうか、本来の生物(いきもの)の枠から外れているっていうか。つまり俺は気味が悪いって思ってる」

 アルがきゅっと唇を噛み締める様子に真白は何も言えなかった。


「まぁでも、俺、ずっと一人でここにいたから、真白がここに来てくれて嬉しいんだよ」

「そ、そう……」

 急にアルが真白に笑いかけて真白は面食らった。

「真白さえよければ、本当はずっと俺のそばにいてほしいっていうか……」

 少し照れたように言うアルを見て、真白の胸がきゅっと締め付けられた。そんな風に誰かに求められたことが今までに一度もなかったからだ。


「アルよ。わらわの存在を忘れているのではないか?」

 今まで会話に加わってこなかったアセナが急に声を出したので真白はビクリと体を震わせてしまう。

「わ、忘れてないよ。俺、裏の川に行って魚を釣ってくるよ。真白は家で待っていて」

 アルは焦った声を出すと食べ終わった皿を流し台に置いた。

「うん、ありがとう」

「どうしても腹が空きすぎて困ったら庭の野菜で食べられそうなものを見繕って食べててよ。納戸に保存食もあるし、好きに使っていいから」

 アルはそう言い残すとアセナとともに台所の勝手口から外に出て行ってしまった。


 アルが出て行って少ししてから、真白はアルが言っていた庭に出てどんな野菜があるのかを見に行った。


 真白は驚いた。なじみのある野菜によく似たものばかりだったからだ! トマトやナス、きゅうり。土の中には根菜も植わっているようだった。この世界で何と名付けられているのかはわからないが、味が似たようなものであればありがたい。

 アルが魚を採ってきてくれるのであれば魚で出汁(だし)を取った野菜スープを作れるかもしれないと思うと、真白はなぜか急にお腹がすいてきた。適当な野菜を収穫して真白は台所に戻った。

 よく見ると台所の奥には木箱があった。その木箱の中には保存がきくジャガイモや玉ねぎが入っていた。



 野菜スープを作るために鍋を火に掛けつつ野菜の下ごしらえをしているとアルが帰って来た。

「帰ったよ」

「おかえりなさい」

 アルの声に真白は反射的に振り返ってそう声をかけた。勝手口から入って来たアルは真白を見つめたまま動きを止めた。


「……どうしたの?」

 一向に動きを見せないアルにしびれを切らして真白が問うとアルはようやく口を開いた。

「あ、いや、……家に帰ると人がいて俺を迎えてくれるって、もうずっとなかったから。……なんか、感動しちゃって」

 アルの言葉に真白は何と返して良いか分からずしばらく沈黙が流れた。


「アルよ。魚が腐るぞぃ」

 沈黙を打ち破るようにアセナが言った。アルはようやく動き出す。

「あ、あぁ、そうだった。これなら食えるか?」

アルは左手に持った魚を入れる魚籠(びく)を真白に渡してきた。

「ありがとう」

 真白は魚籠を受け取ると中の魚をまな板の上に置いた。

「野兎の丸焼きはダメだけど、魚はイケるんだな」

 アルが茶化すようにそう言った。

「そうね。魚は鮮魚コーナーに売っているのをまるごと買って(さば)く練習をしていたりしたから」

「センギョコーナー?」

「近所の大型スーパーの食料品売り場の中に新鮮な魚を売っている一角があるの。私は見るのは割と好きだったわ」

 台所にあった包丁で魚の下処理を済ませるとアルが感心したような声を出した。

「へぇ、なんかよくわかんないけど、楽しそうな場所だな。俺も行って見てみたいな」

「ならまず、私のいる世界に帰る方法を探さないと」

「そっか。それはそうだな。……いつかは帰らないといけないんだよな」

 真白が何気なくそう言った言葉にアルは低いトーンでそう返した。


「汗をかいたから着替えてくるよ」

 アルは踵を返すとそう言って台所を出て行こうとした。

「待って! 今、作っている料理、あなたも食べる? 食べるなら少し多めに作るわよ」

 真白が急いでアルの背中にそう問いかけるとアルはこちらに振り向いて一つ頷いた。

「そうだね。頼むよ」

 少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべてアルは台所を出て行った。

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