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2.謎の少年と光の奔流

 真白は現実に引き戻された。真白はこの理不尽な状況に突然放り込まれた事実を思い出し、ただ強く思った。


 ――――死にたくない。


 そう思った瞬間、真白の体に力が戻ってきた。真白は震える手を押さえつけながら、とにかくゾンビに立ち向かおうとおじいさんの杖を強く握りなおして立ち上がった。


 今のところ目の前のゾンビに勝つイメージはまったく湧かない。大の男がすでに二人も殺されている。映画に出てくるゾンビは恐怖を振りまく存在だけれど、最後は主人公に銃で撃ち殺されるだけの存在だ。だけど今はこちらがゾンビに狩られる側だ。


 真白が今、すべきこと。……隙をついて逃げる。これしかない、と真白は覚悟を決めた。


 ゾンビが立ち上がって首をコキコキ動かす姿がとても不気味だった。まるで木の操り人形のように生者の呼吸が感じられない。人を二人も殺したゾンビの目は相変わらず空虚だった。


 ゾンビが何の前触れもなくこちらに向かって突っ込んできた!


 ――――なんてスピードなの!? とても見切れる早さじゃない……! あぁ、ダメだ、無理だよ――――


 ゾンビが走る姿がまるでスローモーションのように見えた。


 ――――これが、私が見る最期の光景になるなんて……。


 そう思った瞬間、真白は胸が急激に熱くなるのを感じた。おじいさんの杖を体の前に構える。


――――なに? 言葉が、溢れてくる……!


「炎よ! 渦巻け!」


 そう言葉に出した瞬間、突然、目の前のゾンビが発火した。急に炎に巻かれゾンビは何が起こっているのかわからないといった様子で、炎を消すためか狂ったようにもがいた。


 その姿はまるで炎の中で踊り狂う人形のようだった。


 急な熱気と強くなる腐敗臭に真白はひどい吐き気がした。


 不意に、何か強い空気の振動を感じた。


 刹那、視界の左端から(ひかり)奔流(ほんりゅう)が現れてゾンビを弾き飛ばした。同時に真白も光の奔流が巻き起こした風に吹き飛ばされて後ろに転がされた。

「痛っ……!?」

 急に現れた強い光に真白は目がくらんだ。


 ゾンビの近くで光の奔流がゆらゆらと揺らめいていた。その光の奔流のそばには、スチール製のヘルムをかぶった少年がたたずんでいる。彼がつけているヘルムは剣歯虎(サーベルタイガー)の頭蓋骨の上半分を(かたど)ったような形をしていて、目のあたりまですっぽりと覆われている。そのせいで鼻から下、口元でしか表情は読み取れない。


 少しくすんだ白い長袖シャツの上に年季の入った革製の胸当てを装備して、腰の両脇には短剣を一本ずつ差していた。暗い色の長ズボンの左太ももに小さめの投げナイフをいくつか装備し黒いブーツを履いている。腰に太いベルトを締めていてベルトの後ろには革のポーチをつけていた。


 少年の体の周りにはゆらゆらと白い炎のような光が立ち上っているように見えた。


 少年がゾンビに向けてまっすぐに左腕を上げる。手のひらを上にして、こぶしを握りしめた。


「アセナ! 噛み砕け!!」

 少年が叫ぶと、光の奔流はゾンビに向かって飛びかかっていくように見えた。

「……何故自然に発火した? 何が起こっているんだ?」

 光の奔流がゾンビの頭と体を切り離す光景を眺めながら、少年は不思議そうな声でぽつりとつぶやいた。

 やがて少年は真白の息遣いに気が付いたのか、ゆっくりとこちらに顔を向けた。

「……誰かいるのか?」

 少年がそんな言葉を発してこちらに歩いてくる。


「……こども?」

 少年はそうつぶやきつつ、どんどんこちらに向かってくる。


 ――――この子は誰? 味方なの? 敵なの? 危険? 安全?


 頭の中でぐるぐるとそんなことを考えているうちに少年はもうすぐそばまで来ていた。少年は真白の顔を見る。少年の口から息を呑む音がした。


「……そんな」

 少年は驚きと悲しみが入り混じったような声色で力なくそうつぶやいた。少年は真白のそばにしゃがむと真白の顔に彼の顔をぐいっと近づけた。少年はそっと真白の前髪を払うと真白の目を見据えた。スチール製のヘルムの隙間から深い海のようなきれいな青い瞳が見えた。


 その少年の澄んだ瞳で真白の心まで見透かしている気がして、真白は心臓の鼓動が早まるのを感じた。


「……間違いない。……神の全能(プロビデンス)の目」

 少年がそうつぶやいて少しだけ目を細める。何かを見定めるかのように。


『アル、どうした?』

 空気が震えた。音ではなく脳に直接届いているかのような女性の声に真白は言いしれない気味の悪さを感じた。

「アセナ。見てくれ。こいつの左目」

 アルと呼ばれた少年が、アセナと呼ぶ誰かに向かってそう言った。

『……なんじゃ、こやつは』

 真白の脳に直接届く女性の声。少年の後ろからゆっくりとした速度で光の奔流が近づいてくる。

「わからない。でも、こいつ、プロビデンスの目を持ってる……。ちょっと待て。……こいつが持っている杖って……」

 アルがそう言うとしばらく沈黙が流れた。

『……()せぬな。どれどれ、わらわによぉ見せてみぃ』

 光の奔流が真白のそばに近づいた瞬間、真白の目の前で星が散った。

「……!!」

 真白は息を呑んだ。まるで船酔いをしているのかと錯覚するほどに気分が悪くなって頭がぐらんぐらんと揺れた。


 急激な吐き気に襲われて真白は堪えきれず地面に向かって戻してしまった。そして真白の目の前は真っ暗になった。

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