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2.謎のおじいさんとの出会い

「こんな夜更けにずいぶんと思いつめた顔をしているね。今にもこの橋の欄干(らんかん)から身を乗り出して飛び降りてしまいそうだ」


 聞き覚えのないおじいさんの声に光兎真白(こうさぎましろ)は、ハッとして顔を上げた。


 声のした方向に目を向けると、そこにはファンタジーの世界から抜け出してきたかのような深緑のローブをまとった外国人のおじいさんがいて、優しげな瞳で真白を見つめていた。頭には、中央に赤い宝石のついた深緑色の円筒形の帽子がちょこんと乗っかっている。


 ――――ハロウィンの仮装? でも、時期じゃないよね……。


 突然現れた奇妙な老人を前に、真白は眉をひそめた。


「あぁ、そんなに警戒しないで。ちょっと話をしたいだけだから。君に危害を加えるつもりはないよ。ほら、何も持っていない」

 彫りの深い顔の外国人のおじいさんは、少しおどけたようにそう言った。手に何も持っていないことをアピールしているのか、両手を広げてくるりと回って見せた。奇妙な格好と行動の不釣り合いさのせいで真白はなぜか可笑しくて笑いそうになった。

「……あの、……日本語、お上手ですね」

 真白の口から出てきたのは、そんな他愛のない言葉だった。おじいさんは真白の言葉を聞いて楽しげに笑った。


「わしはちょっと特別な学問を学んだ人間でね。どんな言語でも見たり聞いたりするだけで簡単に理解することができるんだよ」

「そうなんですか。うらやましいです」

 本気なのか冗談なのかわかりかねる言葉だった。だがおじいさんの優しい目に、張り詰めていた真白の警戒心は少しずつほどけていった。おじいさんは優しげな瞳を細めて、真白をじっと見つめた。


 その時に気が付いた。おじいさんの左目はとても美しい空色だった。


 ――――オッドアイ……? なんてきれいな目なんだろう。


「何か、辛いことでもあったのかい」

 おじいさんは優しい目でほほ笑むと真白にそう聞いた。

「え、えぇ、まぁ……。きっと他の人からしたら大したことではないことですけど、私にとっては、まぁ、すごく大したことがありまして……」

「そうだったのか。……わしはもうかなりの年でね。ちょっとやそっとのことじゃあ驚かないよ。良かったらこの老爺(ろうや)に話してみないか。きっと心が軽くなる」

 おじいさんの言葉を聞いて真白は、真白が十四歳の頃に他界した祖父母の笑顔を思い出した。

「そんなに気持ちの良い話じゃないですよ」

「構わないよ」

 おじいさんは私に向かって柔らかく微笑んだ。

「私の祖父母も、あなたと同じようにとても温かくて優しい人たちでした。十四歳の頃に祖父母が他界してから、私の人生は変わりました。……私は自分が世界で一番不幸な人間だと、ずっと思って生きてきました」


 真白には(トオル)という名の弟がいた。


 透は生まれつき体が弱く、ずっと病院に入院していた。母は透のために毎日病院に通っていた。だから真白はほとんどの時間を祖父母の家で過ごした。父の母も真白に構うことはなかった。真白は母と父が恋しくて、認められたくて、勉強もスポーツも頑張った。学校の成績は常に上位を目指していたせいか、いつもひとりでピリピリしていた。だから友達も作らなかったしクラスメイトからも距離を置いていた。


「祖父母は私のことを心配して良く映画に連れて行ってくれました。でも私、祖母が苦手な映画をよく選んでいたので、祖母はちょっと辛そうでした」

「映画? どんなものなんだい?」

 真白の言葉におじいさんが首をかしげてそう聞いた。

「ゾンビ映画です。非日常的すぎて私にとっては逆に新鮮で映画を見ている時間だけは日常と切り離されているみたいで楽しかったなぁ……」

 祖母との懐かしい思い出がフッと頭をよぎる。


 祖父母は真白が十四歳になった頃、事故で急逝(きゅうせい)した。


 祖父母を頼れなくなった真白は自分の家に戻るしかなかった。透の病気は回復の見込みもなく、母親はいつも暗い顔をしていた。父親はそんな家族には目もくれず仕事に忙殺されていた。確かに血のつながった家族だったけれど、真白にとっては他人と変わらなかった。父も母もいつも家にいないので、家のことは真白がすべて担っていた。


 家の中はいつも静まり返っていて息が詰まった。早く家から出て自立したかった。


「母親は、弟の将来をいつも悲観していました。そして結局心労がたたって、私が高校三年生の春に亡くなりました。ピンク色の美しい桜が満開に咲く中で、私は母を見送りました。私はその後父の意向で、父が働く会社に口利きをしてもらいその翌年から働き始めました」

 真白の話をおじいさんは黙って聞いてくれていた。


「転機が訪れたのは、四年前でした。私が二十歳の頃です」


「四年前……」

 真白の言葉におじいさんは何かを考えるようにつぶやいた。

「日本では承認されていない新薬を弟に投薬するために、一縷(いちる)の望みをかけて父が弟を外国へ連れ出したんです。これでようやく弟の病気が治るかもしれないと、私は期待していました」

「そうか。……それで、その弟さんは?」

 おじいさんの言葉に真白は少しだけ考えてから頭を横に振った。


「入院先の病院がテロ組織の標的になって何十人もの人が犠牲になりました。その中に父もいました。弟は遺体さえ発見できなかった……」

 帰ってきた父の亡骸を思い出して、息が詰まった。おじいさんが真白の背中をさすってくれる。その手はとても温かかった。

「父の亡骸を連れ帰ってくれたのは、父の友人を名乗るネイサンと名乗る若い外国人の男でした。やさしくて誠実でかっこよくて、とても素敵な人に見えました。でも……」

 ネイサンのことを思い出して、真白は胸の奥にあった暗い怒りが湧き上がってくるのを感じた。

「……ゆっくり息をしてごらん。少し楽になるよ」

 おじいさんは何かを察したのか、真白にそう促した。おじいさんの言葉を聞いて、真白はひとつ大きく深呼吸した。


「あいつは悪魔でした」

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