夜の集会
夜8時になると各村々は非常灯を除いて消灯。大人も子供も就寝することとされている。たとえ目的が勉強のためであろうとも起きていることは認められない。
乳幼児がいれば当直の職員が灯りを点けているが現在は6歳以下の子供はいない。なので当直の職員も8時には消灯して当直室で就寝というのが基本だ。
そうなると島で灯りが点いている場所は病院と各隊舎だけである。病院では当直の医師が、といっても2人しかいないので交代で務めている。
隊舎では当番制で見張りというほど物々しいものではないが、緊急時にすぐ動けるよう待機している。備えてはいるものの今まで夜中に緊急事態が起こって出動したことは無かった。
夜に限らず島は基本的に平和だった。トラブルは家畜の脱走や失せ物ぐらいで大きな犯罪は起きたことがない。規則を破る者もほとんどいなかった。しかし、消灯後の夜9時に人影のあるはずのない場所にいくつかの人影が動いていた。
人影は声をひそめそろりそろりと歩いている。目的の場所までたどり着くと中の1人が肩から提げているバッグをごそごそと漁って灯りを点けた。
「今日はまだ来てないみたいだね。」
「毎日来るとは限らないからな。」
「きっと来るわよ。今日はたまたま私達のほうが早く着いただけで。」
「そんなのわかんないだろ。別に俺はいてもいなくてもいいけどな。」
「あんたって何でいつもそういうこと言うの?」
「2人ともやめてよ~折角楽しい時間なんだから仲良くしよ。」
加奈子と健児は一番年下の連にたしなめられて揃ってバツの悪そうな顔をした。
「だって健児が…」
加奈子は言いかけて口をつぐんだ。連と健児は口の前で人差し指を立てる。
「ここではケンだろ!」
健児は声をひそめつつ早口で加奈子に注意する。
「ごめーん。ケンが…ね」
そう言ってペロッと舌を出した。
「まぁまぁまだ来てないから大丈夫だよ。」
再び連にたしなめられた健児は連の両頬をつねった。
「痛たたた…やめてよ~」
連は涙目で頬をさする。
「もぉ、あんたって本当に乱暴ね!年少者には愛情を持って優しくっていつも先生達が言ってるでしょ。」
「これはコミュニケーションだ!コミュニケーションは大事だっていつも先生達が言ってるだろ。」
加奈子は頬をふくらませた。
「うわ~ブース、ブース」
「もぉ!最低!!」
加奈子は本当にイラついて思わず地団太した。
「相変わらず仲良しだね。」
3人は声のするほうへ振り向いた。
「サン!全然仲良くなんかないんだから!ケンが私の事ブスって言うの!」
加奈子はサンに駆け寄って抱きついた。サンは加奈子の背中をさするようにして、
「カナはかわいいよ」と笑顔を見せる。
加奈子は少し頬を紅くしてエヘヘと笑うとすごい勢いで今日あったことなどをサンに話し掛けていく。健児はその様子を横目で見ながら舌打ちをした。
連は健児の横にしゃがみこんで少し声をひそめた。
「ケン。どうしてサンが来るといつもそんな顔するの?」
「何か得体が知れなくて好かないんだよ。どこの村の奴かもわかんねーし。」
健児は唾を吐き捨てるように言った。
「確かにそうだけど…でもサンからしたら僕らも同じようなものじゃない?優しいし、イイ人だと思うけどな。」
連は眉を下げて健児の顔を覗き込む。
「ガキにはわかんねーよ。あっち行ってな僕ちゃん!」
連は口をとがらせてドスドスとサンと加奈子のほうへ歩いて行った。健児はそんな連の後ろ姿とその先にいる女子たちを横目で見て、(面白くねぇ…)鼻でため息をついた。
* * *
3人がこの場所をみつけたのは偶然だった。
『森の食べられる木の実を探してくる』という課題が出された授業で3人は同じ班で行動していた。村に近い森の入口付近の桑の木やすぐりにはすでに違う班の子達が陣取っていて、3人は苦戦していたのだ。
健児がもっと奥に行ってみようと言って進んで行った先でこの洞窟を見つけた。中は暗くてよく分からなかったが、入口は健児が身をかがめないで入れるぐらいの大きさだった。
3人はワクワクしてしまった。もちろん恐怖や不安もあったがワクワクが勝った。大して時間もかけずに入ってみようという結論がでたのだが、無情にもインカムに「集合してください」というアナウンスが流れてきた。3人は後ろ髪を引かれるの言葉通り、振り返り振り返り洞窟を離れた。
その日の夕食後、健児は加奈子に耳打ちをした。
「消灯後に昼間の場所に行ってみないか?」
「消灯後に⁈」
「しっ!声がデカい!ちょっ…こっち来い」
夕食後1時間の自由時間を各部屋で過ごそうと思っている人々にまぎれて、健児と加奈子は人気のない玄関に向かう廊下で続きを話し始めた。その様子を連は見逃していなかった。
「消灯後なんてバレたら大変よ!それに暗くて危ないし…」
「でも気にならないか?きっと先生達もあそこに洞窟があるって気付いてないぜ。秘密の基地みたいでおもしろそうじゃん。」
「それは確かに…そうなんだけど。」
加奈子は元来お転婆なので「抜け出す」とか「秘密基地」という響きに弱いであろうと健児は予想していた。もう一押しだ!健児はさらにたたみかけようとすると、
「僕も行きたい」
2人は飛び上がる程ビックリして同時に振り向いた。健児はビックリして声が出なかった。
「連!」
加奈子は言いながら健児を見た。
「でもきっと昼間よりも暗くて危ないよ?」
加奈子は姿勢を低くして連の顔を覗きこんだ。
「大丈夫だもん。行きたい。」
「加奈子の言う通り危ないぞ!ケガとかしたら言い訳できないし…」
「やだ!僕だけ仲間外れやだ!連れてってくれなきゃ先生に行っちゃうよ!」
連は泣きそうな顔で健児を睨む。健児はイラついた。
「お前…」
今にも飛び掛かりそうな勢いの健児を加奈子が制した。
「確かに1人だけ連れてってあげないのはかわいそうじゃない?連れてってあげようよ。」
「でも…」
「連上手に抜け出せそう?」
連の顔が目に涙をためたままぱぁと喜びの表情に変わった。加奈子は首がとれそうなぐらいブンブンと頷く連の頭を軽く手でポンポンした。
「ね、健児いいでしょ?」
健児は心の中で舌打ちをした。こんなはずではなかったが、こうなると加奈子も絶対に譲らないであろうことはわかっていた。健児は小さく溜息をついた。
「しょうがねぇな…」
夜抜け出すための作戦会議を終えて一旦部屋に戻る。加奈子は女子寮へ、健児と連は男子寮の自分の部屋へと向かった。連は健児と2人きりになると、「ごめんね」と言った。
「別に…元々3人で見つけた場所だしな。」
「でも、加奈ねぇと2人で行きたかったでしょ?」
「うるせぇよ!」
消灯時間になり非常灯以外の電気はすべて消される。しばらくは先生たちの足音やドアを開閉する音が聞こえていたが、それが収まると自分の呼吸ですらうるさく感じる程の静寂がおとずれた。
健児は部屋を抜け連の部屋のほうへ向かう。連は健児をみつけると、あらかじめ用意しておいた防災用の小さなリュックから小型の懐中電灯を出して灯りを点けた。
「灯りを窓の方に向けないように気をつけろよ。」
「わかった。」
2人はドアノブを人生で一番ゆっくり回した。カチリという金属音がとても大きく聞こえる。
脱出は案外簡単に成功した。3人は昼間の場所へ向かったが、夜に外に出た経験が無いので暗闇への恐怖感とバレたらどうなるのかわからない不安とで足取りが警戒とはいかなかった。
しかし、今更「やっぱりやめよう」とは誰も言い出せず、言葉少なに目的地を目指して歩いていた。村から離れていくにつれて人に見つかる心配が無くなってきたのと、目が慣れてきたこともあって加奈子がヒソヒソしゃべり始めた。
「どんな秘密基地にしようか?」
「まだ中の広さとか全然わからないからなー」
「もしも、すっごい広かったら運動場も作れるかもね。」
「流石にそれはないだろ。」
「えーそっかぁ。残念。」
3人は昼間の時のようにワクワクが勝つようになるべく楽しい話をした。
先生達にみつかったらどうなるんだろうとか、まさかお化けとかいないよな…とは考えてたけど、同じ目的の奴と出くわすなんてことは考えてなかったんだよな。