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期待してしまった男

2XXX年─東京 



 国会議事堂の入り口前に停まった黒塗りの車から降りた人物をフラッシュと大勢の記者が取り囲む。警備の人間がすかさず記者たちを抑えようとするが、勢いに押され気味だ。車から降りた人物は苛立った表情で進もうとするも警備員の背中に挟まれるような形になりなかなか進めない。


色々な声が飛び交っているがその人物は口をへの字に結んだまま人垣を分けようとしていた。ようやく建物にたどり着くと思った瞬間1人の記者が目の前に踊り出て小型のレコーダーになっているマイクをその人物の眼前に突き出した。


「今回の事も少子化対策の一環ですか?僕も見習いたいものです。」


その人物はその言葉で何かの糸が切れたのか、その男の腕を思い切り払って大声でどけっと怒鳴った。マイクが落ちて確実に何かが壊れた音がすると同時にカメラのフラッシュが激しく点滅した。その男はニヤリと笑い更に続けた。


「暴力は止めましょう先生。僕は先生を責める気は無いですから。ただモテない他の先生方から僻まれているみたいで、次期総理の─」


先生と呼ばれた人物は再び怒鳴った。


「だまれ!お前に話すことは何もない!ゴミみたいな記事しか書けない能無しが‼」


我慢できず感情を吐き出したその人物は全身から怒りを放出しながら建物の中に消えた。しばらくしてフラッシュの嵐が止むと記者たちは素早く撤収の準備を始めた。


「よぉ。相変わらずあんたのお陰でいい絵が撮れたヨ。」


顔見知りのカメラマンの高田だ。


「そりゃどうも。こっちは今年に入って2台目のマイクがあの世行きだよ。」


高田は大声で笑う。


「河内君にかかると怒らない政治家はいないからねェ。」


「そりゃ褒め言葉かい。でも俺にも落とせないお人がいるぜ。」


「速水先生かィ?」


河内は親指と人差し指を立てた手で「正解」というように高田の顔を指した。


「あの人はなぁオーラからして違うもんなぁ。特に奥さんが殺された直後なんて秘書さえ近付けないくらいだったからねェ。」


「それまでは結構気さくなタイプの人だったんだけどな。」


「そうなのかぃ?河内君てそんな前からやってたっけェ?」


高田は心底驚いた顔をした。元々動作が大袈裟な奴なのだ。


「じゃあ俺そろそろ社に戻るわァ。」


高田は思い出したように腕時計に目をやる。


「じゃ、背後には気をつけろヨ。」


笑顔でそう言うと軽く左手を挙げ車に乗り込んでいった。これから映像を編集してなるべく他の社よりも早く配信したいのだ。


昨今、世の中から紙の本や雑誌、新聞はどんどん消え活字は配信という形で世に出る。本の街として栄えた東京神田も今や出版社から情報配信会社に姿を変えた会社が点々と残るだけだ。河内の勤める小さな配信会社もそこにあった。


地下鉄を経由して神保町に着いた頃会社から連絡が入った。河内は腕時計型の携帯電話のパネルに触れた。小さな画面に編集長が写る。


「どう?おいしいネタは取れた?」


「いつも通りですよ。」


「それは取れたということね。いつ頃戻れそう?」


「今神保町に着いたところです。」


「そう。じゃあ2分で着くわね。背後には気を付けなさいよ。」

「…最近それ流行ってるんですか?」


「は?」


「いや…こっちの話です。失礼します。」


通信を切ると今や神田すずらん通りに唯一残っている古本屋『ものずき堂』の主人が店の前にイスを出して座っているのが目に入った。河内の勤める『現代配信社』の入っているビルの隣に古めかしい姿のまま立っている。


「よぅ。おっちゃん客足はどうだい?」


「見ての通りだよ。今の神田にゃ本を買いにくる物好きなんて雷鳥より珍しいくらいさ。」


「違いないね。」


この初老の店主は口が悪い。そこが好きなのだ。店主は河内をちらっと見た。


「物好きも働かなきゃ飯は食えねぇしな。」


「違いねぇ。また時間がある時寄らせてもらうよ。」


軽く手を挙げて挨拶すると店主も仏頂面のまま軽く手を挙げた。


エレベーターで4Fにあるオフィスまで上がる。元々は本屋が入っていたビルらしいが今ではひっそりと静まりかえっている。


「戻りましたー。」


このオフィスはいつも暑いのでとりあえず上着を脱ぐ。


「おかえり。今日はどんなお言葉を賜ってきたの?」


編集長が皮肉たっぷりの笑顔で聞いてきた。


「ゴミみたいな記事しか書けない能無し…頂いてまいりました。」


「流石怒らせ屋。最高の誉め言葉だね。」


編集長は歯を見せてニヤッと笑った。縞々の太った猫みたいな笑い方だ。


「河内さんやっぱすごいっスね。まじ憧れっスよ。」


新人の田中が目をキラキラさせる。こいつは本物のバカだと思う。でも昔飼っていた雑種の犬を思い出させるみたいで何か憎めない。


まぁ実際犬を飼ったことはないんだけど。


「そんな通り名が付いてんですか?格好悪いですね。」


「そんなこと無いっスよ。カッコいいですよ。自分もそんな風に呼ばれてみたいっス。」


「田中…少し黙ろうか。」


編集長は素早く外に出る準備をしながら田中を制す。


「新人は黙々と仕事しな。河内お昼まだだろ。打合せがてら食いに行くぞ。」


「編集長の奢りなら喜んで。」


「経費で落とす。行くぞ。」


やんや騒ぐ田中を残してエレベーターに乗る。

現代配信社は編集長と俺と田中。あとは事務の女の子が一人とカメラマン1人の零細企業だ。あとはフリー契約のライターが何人かいる。


皆、自分と同じ世間からクズだのゴキブリだの言われる肩身の狭い仕事を生業にしている。編集長は男顔負けの口の悪さと根性の持ち主でクズの集まりをまとめている。


「『さぼうる』でいいか?」


「もちろん。」


ビルの外に出るとものずき堂の店主は先程の店先のイスにはおらず、昼時を過ぎたすずらん通りは閑散としていた。


さぼうるは現代配信社の最寄りの地下鉄の出口を出てすぐの場所にあるので、歩いて2分ほどで着く。

歴史的価値の高い店としてメディアで何度も取り上げられていて昼時にはさぼうるの周辺だけ人口密度が高くなる。俺は歴史的価値なんて全く興味が無かったが、ここで飲む食後のコーヒーは絶品だ。


「今回のネタはいい記事になりそうか?」


注文を終えてメニューを閉じると編集長は編集者の顔になった。河内は鼻で笑う。


「まぁ退屈な奥様をターゲットとするならば、直木賞受賞後の小説よりも食いつきはいいでしょうね。」


河内は煙草が吸いたくなったが、最近ではたばこの吸える飲食店は特別天然記念物よりも少ない。しょうがないので冷水の氷を口の中で転がす。


「それで充分。現代社の週配記事はそうでなくては。」


編集長は例の猫みたいな笑いを見せた。注文の品が来ると2人は黙々と食べてあっと言う間に食後のコーヒーが出された。


「このコーヒーの香りを嗅ぐとそれだけでもう幸せって感じよね。」


編集長はそう言って鼻で大きく息を吸った。


「編集長意外に乙女なこと言いますね。」


河内はコーヒーをすすった。編集長は例の笑いを見せるかと思いき急に真顔になった。


「あんたは今の人生に幸せ感じる?生きてて良かったって思うことある?」


「何を急に…」


「あたしはね、あんな小さくてクズの集まりで、ゴシップばっかり追ってるような編集部でも幸せなの。人に恨まれる商売だけど配信数が上がればやりがいも感じるし、たまーに悪人を懲らしめるみたいなスクープが取れると生き甲斐も感じる。」


編集長は一息にそこまで言うとコーヒーを一口飲んだ。


「でもあんたは違う。」


黙っていればそこそこの美人なのに、この人は口が悪い。それに…


「あんたはどこに向かってる?怒らせ屋…あんたはまるで自殺志願者みたい。」


鋭くてたまに怖くなる。

何も言わないでいると編集長はまるで何事もなかったみたいな顔で店員を呼んでお会計を済ませた。


「さて、あたしは社に戻るけどあんたは戻らなくていいよ。」


「えっ⁈」


「あたしが何も気づいてないとでも?あんたうちの仕事とは別のところで動いてるでしょ。時間がいくらあってもたりないんじゃない?暫く休み!あたしが出て来いって言うまで出て来なくていいから。」


「そんな横暴な・・・」


「編集長命令!」


びしっと言うとさっさと歩きだした。立ち尽くしていると編集長がくるりと向き直った。


「でも今日の分の記事はちゃんと送れよー!明日までに!」


横暴なうえにちゃっかりしてら。編集長はいつもの笑顔を見せるとまたスタスタ歩いて行ってしまった。やはり編集長は鋭い。ではお言葉に甘えさせて頂きます。



























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