こども達の島
入隊前に病院で簡単な健康診断と服の支給がある。アキラは村を振り返ることなく病院に向かった。しかし足取りは重かった。日の光が程良く降り注ぐ気持ちのいい朝。
(このまま歩いてどこまでも行ければいいのに)
高くそびえる壁が轟音とともに一部が割れてゆっくりと開いていく。向こう側から光が差し込みその先に続く道…そんな様子を何度も思い描き夢にまで見るほどだが、そこから先はいつもうまく想像できなかった。壁の向こうには果てしない海が続いているだけだと島の大人から教わっている。
アキラは小さくため息をついて病院内へ入った。
病院の中には自分と同じ年頃の少年がちらほら見えた。混み合うのはこれかららしい。受付の女性が笑顔で出迎えた。病院の人間は島の人間全員と顔見知りだ。
「おめでとう。アキラ君。入隊者の検診は奥の左手の診察室よ。」
アキラは軽く会釈をしてそちらへ向かった。別の村出身の少年たちがこちらを見ているようだったが、気付かない振りをして歩き続けた。診察室の前にはイスが2つ置いてあり、すでに1人先客がいた。アキラは少し離れたところで立ったまま待つことにした。
「お~い。ここ空いてるぞ~。」
先客は調子のいい声でアキラを呼んだ。返事をしないでいると先客は立ち上がって近付いてきた。アキラは心の中で舌打ちをして体中のすべての力を使って近寄るなという雰囲気を出してみたが、相手はひるむことなく向かってきた。
「ねぇってば。座って待てばいいじゃん。」
言いながら顔を覗き込むようにしてきたので、心の底から苛立ちの感情がわいてきた。何だこいつ。鬱陶しい。アキラは無視をきめこんだ。
「君びっくりするぐらいキレイな顔してるね。」
(お前の態度と発言の方がびっくりだよ)
先客はアキラが無視し続けても、へ~とかふ~んとか言いながら離れようとしなかった。
「あっ俺、十七村の弘貴って言うんだ。よろしくー。君は?」
アキラは目も合わせず無反応をつらぬいている。
「あれ。俺さっそく嫌われてる感じ?何か気に障ることしちゃったかな~。」
鬱陶しい事この上ない!世の中にこんなに鬱陶しい奴がいるなんて!眉間に力が入るのを感じていると、
「弘貴君お待たせ。」
天の声だ。中から看護師が少し顔を覗かせた。どうやら誰かを診ているわけではなかったらしい。弘貴は名残惜しそうに、は~いと返事をしてドアの向こうに消えた。すると中から先程の調子のいい声で看護師に「相変わらずかわいいな~」などという声が聞こえてきた。初めて会うタイプの人間だからなのか頭の中で警戒警報が鳴りやまない。
暁には信頼できる人間が2人だけいる。そのうちの1人が目の前にいる医師の駒場だ。駒場はアキラが診察室に入るとさりげなく人払いをした。
「プロテクターをきつく締めすぎだよ。色素沈着を起こしてる。」
「不安なんでつい…。」
「気持ちはわかるけど、女の子なんだから跡が残ったら嫌だろう?」
そう言うと聴診器を耳から外して診察を終えた。
「そんな事言わないでください。もう諦めてますから。」
「あらそれは残念ね。」
アキラは飛び上がる程びっくりしてシャツの前を合わせた。
「ごめん。びっくりさせちゃったみたい。」
アキラはほっと胸を撫でおろした。信頼できるもう1人の人間。川村光だ。
「光さんノックぐらいしただどうですか。」
「ごめんねぇ。気持ちが先走っちゃって。」
光はそう言いながら舌をだした。この2人の前では何も気にしない自分でいられる。
「例の物、持ってきていただけたんですか?」
「もちろん!この日のために連日徹夜したわ。」
光は持っていた紙袋を掲げて見せた。アキラは何のことだかわからずにきょとんとしていた。
「早く見せてくださいよ。」
「せっかちな男性はモテませんよ。」
光が駒場をからかうように言うと駒場はまいったなという感じで後頭部を掻いた。光はフフっと笑うと紙袋をアキラに渡した。
「開けてみて。」
アキラは言われるままに紙袋を開けて中を覗く。布の塊が見える。駒場覗き込むのは品が悪いと思いつつも待ちきれなくて、首を伸ばして紙袋とアキラの顔を交互に見た。
「出してみせておくれよ。」
布の塊を出して広げてみると白いワンピースだった。駒場は「おぉ」と言って拍手した。光は胸
を張って駒場に賞賛の声を求めた。そして立ち尽くしている暁をキラキラした目で見た。
「着て見せて!」
光の勢いに押され暁は診察室のカーテンの仕切りの中で着替えを始めた。想定外の展開に状況が理解できずただ言われるままに動いていた。女の子の服を着るのは初めてでどこからどう着ていいのかわからず手間どっていると、
「手伝おうか?」
と光がカーテン越しに言ってきたので慌てて断り、ワンピースを頭からかぶった。胸元や脇がスカスカして変な感じだ。ズボンも脱ぐのか…
「着られた?」
光は我慢できずにカーテンの隙間から顔を覗せた。そして悲鳴にも似た歓声を上げた。
「かわいい!素敵!似合う~」
「光さんあんまり騒いだら外に聞こえちゃいますから!早く僕にも見せてください。」
光は慣れない格好にとまどう暁をなだめてジャーンと言いながらカーテンを開けた。暁は少し頬を紅く染め、俯きがちに腕をさすっていかにも照れくさいというふうに立っていた。駒場はその様子を見てとてもほほえましく思った。
「何か変だよ。どうせ似合わないだろ。」
口をとがらせ一層頬を紅く染める。駒場は静かに首を横に振り目を細めた。
「大きくなったね。アキラ。」
* * *
入隊前の健康診断を終えた診察室に再び光が訪れたのは午後の2時を回った頃だった。
「お疲れ様です。やっと休憩ですか。」
「ええ。この島の子達は健康な子が多くて、医者としては腕の見せ所がありませんね。」
光はまぁと言ってクスクス笑った。
「本当に皆無事に育って…アキも…大きくなりましたね。」
光は窓の方を眩しそうに眺めた。駒場はゆっくりとイスを動かし光と同じ方に視線を向けた。
「子供ってのはあっと言う間に大きくなりますからね。」
「あの子は大丈夫なんでしょうか…。」
駒場は首を横に振る。
「わかりません。こんなことは前例がないですからね。子供は…特に思春期の頃は熱っぽくて冷めていて、大人のようでいてまるで子供だったり。とにかく多感で複雑ですから。」
「そして…時にとても残酷ですね…」
「…そうですね。」
光は大きく息を吸った。
「私あの子が心配で…うちの人にも何とかならないか相談してみたんですけど…」
駒場は大きく息を吐き、胸の前で手を組んだ。イスの音が鳴る。
「この島にいる大人は皆、子供たちを守るために集まった。もちろん僕もそうだし、ご主人だって速水氏を信じてここにいる。だけど時々わからなくなるんですよ。僕らはどこへ向かっているのか…このままでいいのかどうか…。」
俯いていた光は顔を上げ再び窓の外を見た。その目には涙が溜まって今にも零れ落ちそうだ。
「私にはそんな立派な大義はないです。ただあの人達が暴走しないか心配でついて来ただけですから。」
「でも貴女の存在は村の子にとってもアキラにとっても大きいものだ。」
光はポケットからハンカチを取り出して目頭を押さえた。
「あの子の母親が現状を見たらどう思うか…」
駒場は光の肩に手を置いた。
「僕らにできる事は子供達を見守ることだけです。」
光はハンカチで目を押さえたまま何度も頷いた。




