こども達の島
2XXX年─日本
少子高齢化が進み人口は下降線を描き続けていた。日本政府は何とかこれを食い止めようと様々な法律を制定した。子供を殺傷した者への重罰、少年法適用範囲を25歳まで引き上げ、子を1人出産につき30万円支給など思いつくありとあらゆる方法を法律化していった。
その結果少しずつ出生率は上がっていったが、育児放棄される子供の数も増えることとなった。また若年層の犯罪も年々増加する傾向にある。
* * *
ある港町から晴れた日にだけ見える離島があった。
港町では漁業が盛んであったがその島の周囲に寄ることは許されず漁師らも政府が管理している島という程度の知識しか持っていなかった。島にはぐるり高い塀が巡らされてあり、そこに何があるのかは全くわからなかった。
憶測で噂が流れ、凶悪犯が連れていかれるのだとか、生物兵器の実験をしているに違いないなどと言われ気味悪がられていた。そして誰からともなく島は「要塞島」などと呼ばれていた。
2XXX年─要塞島
その島は比較的温暖な気候で一年中植物が繁り、実りも豊富であった。
島では農業が行われ多くはないが動物も飼育されていた。ビルのようにそびえる防壁さえなければどこにでもあるのどかな田舎の風景だ。その防壁はかなり違和感のある景色かもしれないが島民のほとんどはそれを感じていなかった。彼らは物心ついた時からその風景しか知らないし、ビルなんてものは見たこともない。
潮風と波の音は感じられても海を見たことのあるものは少なかった。島民は千人に満たない程でその9割以上が20歳に満たない子供達であった。
教室には窓から暖かい光が差し込み、外へ誘い出そうとしているかのようだった。アキラはそんな光をうとましく思い窓とは逆に顔を向け頬杖をついた。
「アキラ君。教科書の42ページを読んで。」
授業態度が目についてしまったのか先生にあてられたアキラは黙って立ち上がり教科書を読み始めた。
「『2000年に入ると世界情勢は不安定になり始めた。各国内で格差が生じ、貧富の差は激しくなった。人々の心は荒み、民族間での争いが世界全体へと広がり次々に核兵器や生物兵器が作られた。第三次世界大戦が始まる。』」
「はい。ありがとう」
着席してからもう一度文章を目で追う。幼少の頃から教えてこられた歴史だ。第三次世界大戦で人は愚かにも核兵器を乱用し、そしてほとんどの大人が滅びた。今は安全な場所に隔離されていた子供とそれを預かっていた大人しか生き残っていない。今生き残っている私たちは奇跡でこれから争いの無い豊かな世界を創っていくのだと。
ずっとそう教えられている。
アキラは最近その史実に疑問を感じていた。何故もっと多くの人々が避難しなかったのか、本当に世界には私たちしかいないのか。あの壁の向こう側には何も残っていないのか、そして自分は何故…
しかしその疑問を誰かに投げかけるつもりはなかった。明日からは新しい生活が始まる。そんな疑問を持つことさえ許されないような生活であろうと思う。思考も感情も捨てよう。そう心に決めたのだ。
「今日でアキラ君はこの教室を卒業します。入隊したらなかなか会う機会はないかもしれないですが、立派な大人になってより良い社会を創るための第一歩です。明日の朝は元気に見送りましょう。」
終業のチャイムが鳴った。号令で起立し、礼をする。女子はまとまってやっときた放課後にはしゃぎおしゃべりしながら生活舎へと移動を始め、男子は少しだけアキラを見て自分たちと行動しないことを察すると駆け出すように教室を飛び出していった。
アキラはゆっくりと開け放たれたドアまで進んで小さな動作で教室を振り返る。つまらない教室ではあったけど明日からよりはましだったかもしれないな。そう思って少し息を吐いてから静かになった廊下を生活舎に向かって歩き出した。
生活舎に戻って30分もすれば食事が始まる。その前に着替えを済ませる。服は支給制で洗濯は10歳を過ぎると各自行うようになる。学校舎での授業は6歳から始まり、クラスは6歳から8歳、9歳から11歳、12歳から14歳の3クラスに分かれている。
学校舎と生活舎はつながっており一舎に対して30から40人の色んな世代の子供がいる。一舎は『村』と呼ばれ、全部で20の村がある。基本的に各村で自給自足されているが、場所により獲れる量が違う物などは物々交換されることもある。
村以外には病院と隊舎があり、病院では医療だけでなく各村の衣食住に関する機関が置かれている。隊舎ではそれ以外の政治的な機関をつかさどっていた。
男は15歳を迎える年になると全員召集され隊舎へ移る。女は同じ年齢になると村で農業を続けながら、衣食住に関する知識や技術、保育について学ぶようになる。
アキラは明日召集され今いる第三村から隊舎へと移る。12歳から約2年弱過ごした部屋ともお別れだ。窓の外を見ると先程まで同じ教室で勉強していた男子たちが着替えもせずに遊んでいる。何か特に意味のあることをしているようには見えないが、キラキラと輝いて自分には決して近づけない世界のように見えた。
カーテンを閉めドアの鍵がかかっていることを目視してからシャツのボタンを上から外していく。支給される服には用途に合わせて数パターンあるが基本的に男子は紺のシャツに黒いズボン。女子は白いシャツに紺のスカートだ。夕食の時は寝間着と兼用のジャージ素材の紺の上下になる。
シャツのボタンを外しプロテクターの留め具を緩め、解放感をより味わうために深呼吸した。シャツをベッドに放ってプロテクターを締め直す。その手を止め部屋に備え付けの小さなクローゼットの扉の内側にある四角い鏡の前に立った。
プロテクターを緩めると少し胸の膨らみが見てとれる。
鏡に映った姿から目を落とし、自分の体を見下ろした。幸いにと思うべきなのか、貧相ではあるけれど筋肉質で丸みの無い体。プロテクターさえしていれば同年代の男の子と変わらない体に見えるだろう。
しかし、入隊したら周りには自分より年上の男ばかりだ。バレてしまうかもしれない、バレたら自分はどうなるんだろう。なんで自分だけ…考えだすと不安で涙が出そうになった。アキラは唇をキュッと噛んで涙を堪え、いっぱいの不安を押し込めるように胸をプロテクターで締め付けた。
夕食を終えると消灯まで自由時間だ。食堂に残っておしゃべりをしたり、誰かの部屋に集まって遊んだりする。もちろんアキラはいつもさっさと自室に戻る。落ち着ける場所は自分の部屋だけだ。
食堂を出ようとすると後ろから呼び止められた。同じクラスの美雪だ。美雪は割と大人しい子だったがちょっと目立つくらいかわいい。以前クラスの男子が村の女子で一番かわいいのは美雪かいづみかという話で盛り上がっていたことがある。もちろん遠くで聞いていただけで会話に参加はしていない。
急に呼び止められた事に驚いて返事もせずに立ち止まった。美雪は頬を紅く染め、あの…とか言いながら言葉を探しているようだった。嫌な感じだ。アキラはスッと体の向きを変え黙って歩き出す。何人かはその様子に気付いていてこちらをみている。廊下に出たアキラを追いかけてきたのはいづみだった。いづみはいつもキビキビしていてクラスのリーダー的な存在。美雪の一番の仲良しだ。
「ちょっと待ちなよ!」
面倒なパターンだ…瞬時にそう感じたものの逃げ切れない。
「なんで黙って行くの?美雪の話聞いてあげなさいよ。」
美雪が静かにいづみの後に追い付いてきた。
アキラは何も返さず黙って行こうとした。するといづみがアキラの肩をつかんだ。アキラは思わずいづみの手を払った。
「俺に触るな。」
いづみはいつものように大声できつい言葉を浴びせてくるのかと思ったが、手を払われたまま固まってしまった。その様子に胸と背中がスッと冷たくなるような感覚がして、(しまった!)と思ったが何も言わずそのまま部屋に戻った。鍵をかけてベッドに倒れ込んで枕に顔を押し付けた。別に傷つけたかったわけじゃない…そう心の中で何度も繰り返した。
翌朝、いつもより少し早めに食堂へ行った。昨夜はなかなか寝つけなかった。翌日からの事が気がかりだったのか、夕食後の出来事がそうさせたのかはわからないけれど、今まで生きてきた中で一番迎えるのが嫌な朝だという事は確かだ。美雪といづみはすでに食堂に来ている。
2人ともうつむき気味で、いづみの目は離れたところからでもわかる程腫れていた。美雪が少しだけこちらに視線を向けたが、目が合うとすぐまたうつむいた。アキラは2人がなるべく視界に入らない席に着いた。すると勝がねぇねぇと言いながら近づいてきた。勝は好奇心旺盛でいつも先生達に質問攻めをして困らせている。
「ねぇアキラはしょうしゅうされるんでしょ?りっぱなことなんでしょ?」
「・・・さぁな」
「先生たちはりっぱだってゆってたよ。」
勝は首をかしげた。
「じゃあそうなんだろうな。」
「アキラうれしい?」
「…さぁな」
「アキラはもう大きいのにわからないの?」
「ああ。わからないことだらけだよ。だから先生のとこに戻りな。」
勝は無邪気にさよならと言って離れていった。
それが村の子供からの唯一の別れの挨拶だった。
部屋から持っていく物は何もない。アキラは鏡の前で髪を結いなおす。背中に届く程の髪を高い位置で一束にまとめる。ここで自由なのは髪型だけだ。




