自堕落令嬢コンチェッタの結婚 頭痛で前世を思い出すって本当だったんですね
2023.02.11 ラスト加筆修正。
名門公爵家、グランドーニ家には三人の娘がいる。
長女、ヴァレンティーナ・グランドーニ。
次女、コンチェッタ・グランドーニ。
三女、チェルシー・グランドーニ。
三人とも見目麗しく、王太子殿下の妃候補と目される令嬢ではあったが、次女、コンチェッタ・グランドーニには問題があった。彼女はそれはそれは我がままな娘だった、欲望のままに生きる娘だった。
まあ、私なんですけどね。
「クー、なんて美味しいの! くそ暑い中食べるかき氷、たまりません!」
ドン!
銀の匙を持った右手でテーブルを叩きました。さすがに、貴族令嬢としての慎みも何処へやら、を見かねたのでしょう。お姉様、ヴァレンティーナお姉様が叱って来られました。
「コンチェッタ、無作法にも程がありますよ。それに何て大量に、少しは我慢なさい。今年は暖冬のせいで氷室の殆どは壊滅。今、氷が如何に貴重か……、そして、その氷を遠路はるばる運んで来るのに民がどれほどの汗を流すことか……。そんなことも貴女はわからないのですか?」
目の前にある、練乳をかけた山のようなかき氷を見ながら思いました。
うう、正論だ。正論過ぎる……。
長女であるヴァレンティーナお姉様は私と違い、とても真面目なお方。その上、容姿端麗(くやしいけれど私達三姉妹の中で一番)、頭脳明晰、礼法社交万全。国中の貴族から「令嬢中の令嬢、完璧令嬢」と賛美されるお方です。
大変尊敬しております、おりますが……、見習うかどうかは別なのです。
「ほんとです。コンチェッタお姉様のことは大好きですが、このような様はいささかだと思います」
妹のチェルシーまで窘めてきました。チェルシーは心根の優しい娘で、お父様やお母様、お姉様によく叱られる私をかばってくれるのですが、今回はそうではなさそうです。
ええぃ、強行突破ですわ!
「お姉様もチェルシーも堅苦し過ぎるのです。そんな生き方では人生を楽しめませんよ。それに、氷はもう削ってしまったのです。この氷を無駄にしないため、民が流してくれた汗を無駄にしないために、私はこのかき氷を存分に楽しみ尽くすのです!」
「なっ……」
「お姉様……」
二人が私の開き直りに呆れている間に、大口を開け、かき氷を一気に掻き込みました。うっ!
キ――ン!!!
来ました。盛大に来てしまいました。冷たいものを食べると来る頭痛、いわゆるアイスクリーム頭痛。そして、その頭痛と一緒に、もう一つのものがやって来ました。それは……、
前世の記憶。
前世の私は……、私は……
蛙でした。
あのケロケロの蛙……。
田舎の里山を流れる清流の中で、私は生まれました。
『こんにちは、これから私が住む世界。なんて美しい世界なの!』
しかし、その美しい世界は過酷な世界でした。襲い来る小魚や水生昆虫。何百匹もいた兄弟姉妹達は次々と捕食されて行きました。九割九分が無惨に死にゆく中、私は、あちらへフヨフヨ、こちらへフヨフヨと力の限りを尽くして生き延びました。
そして、ついに手足を生やし、オタマジャクシから立派な蛙となったのです!
『道半ばで倒れていった皆、私はやったよ! 新たなる世界へと向かう準備が出来たよ!』
私は意気揚々と水の中から地上へと上がりました。
それなのに……、
ああ、それなのに。私を人間の子供が見つけました。
「あっ、ゲマ蛙! イボイボヌルヌル、気持ち悪~っ」
「知ってるか? ペトラ。こいつって尻から臭い汁出すんだぜ」
「いやぁ~! 殺して、そんな最悪なの殺しちゃってよ、フランツ!」
「ゲマ蛙、お前には何の恨みもないがペトラの仰せだ。死ね死ね、死んでしまえ~!」
ダン! ダン!
キュ~。
終わりです。人生の終わり、もとい、蛙生の終りでした。
なんて虚しい、なんて悲しい一生だったのでしょう。
あの時の私にも夢や希望はあったのです。まあ、水草以外の物も食べたいなーとか、良い雄と巡り合いたいなー、卵は千個産みたいなーとか、でしたが。
「うううううっ……、ぐぬぬぬぬぬっ……、あのガキどもめ……」
食べるのを止め、むせび泣きました。
「ど、どうしたのです。コンチェッタ!」
「大丈夫ですか、お腹でも痛いのですか?」
「お姉様、チェルシー。 私は心を入れ替えるケロ!」
「?」「?」
「もうこんな自堕落、我がまま放題の生活は止めるケロ!」
厳しい弱肉強食の世界を生き、最後には非業の死を遂げてしまった前世、それに比べ、今世の私はなんと幸せなことでしょう。なのに、私は感謝しませんでした。これくらい当たり前だと思っていました。ああ、なんて愚かな……。
「ううっ、漸くわかってくれたのですね。こんなに嬉しいことはありません」
「私もです、コンチェッタお姉様!」
二人は目に涙まで浮かべて、私の改心を喜んでくれました。
「……ですが、コンチェッタ。語尾のケロって何なのです? ケロって?」
これからは、ヴァレンティーナお姉様やチェルシーをお手本として、一生懸命努力致しましょう。そうすれば、二人ほどには成れずとも、それなりの令嬢(見た目に関しては、私も極端には負けてないしー)にはなれるでしょう。
そう決意した私でしたが、目の前には、かき氷の山。これを先に片付けるべきでしょう。ことはそれからです。
「ヴァレンティーナお姉様、チェルシー。このかき氷を食すの手伝っていただけませんか。かき氷に罪はありません」
二人は提案を快く受け入れてくれました。そして……、
キ――ン!!!
キ――ン!!!
「ううっ……、なんて幸せだったのかしら、ピョン!」
「ほんとです、ピョン!」
ピョン? それも二人とも……。
「優しいご主人様に愛され、美味しいニンジンを食べ続けた幸せな人生、もとい、ウサギ生でしたわ、ピョン」
「モフモフ、モフモフ可愛いな。モフモフは勝ち組です、ピョン」
「「 モフモフ最高ー! モフモフよ永遠なれ~! 」」
両手をとりあい唱和するお姉様とチェルシー。
なんでよ! 私の前世が醜いイボイボヌルヌルの蛙なのに、なんで二人は、可愛いモフモフのウサギなのよ! こんなの不公平だわ! 不公平過ぎるよ、神様!
私は嫉妬心で握りしめた拳を震わせました。こんちくしょうー!
よし、決めた。私、決めたわ。
それなりの令嬢に……なんてなまっちょろい。私、素晴らしい令嬢になる。それはそれは素晴らしい令嬢になって、王太子殿下の婚約者になってやる。モフモフ、ぬくぬくの一生を送ったヴァレンティーナお姉様や、チェルシーになんかに負けてられない。イボイボヌルヌルにだって意地がある。
絶対絶対、二人を押しのけて栄えある王太子妃になってやるんだから!
これ以後、私は王太子妃にみあう理想の令嬢となるべく死に物狂いで努力しました。血反吐だって吐きました。そんな私を、忠実な侍女のヘレンが心配してくれました。涙ながらに……。
「コンチェッタお嬢様、何故そのような妄念につかれたようになってしまわれたのです。私は以前のお嬢様、節制が無く自堕落で、アホでアンポンタンなお嬢様も好きでございましたよ。何卒、もう少し御身をご自愛下さいませ」
「心配無用よ、ヘレン」
連日の睡眠不足で目の下に隈を作った顔で、微笑みました。
「私はやれば出来る子。お父様とお母様が昔よくそう言ってくれてました。近年は全然ですけれど……。それとヘレン。『節制が無い』と『自堕落』、『アホ』と『アンポンタン』は同じ意味です。繰り返えす必要はございませんことよ。オホホ」
「お嬢様……、かしこくおなりになられましたね。嬉しゅうございます!」
ヘレン滂沱。
「わかりました。この不肖ヘレン、お嬢様を一生懸命応援致します。何でもお申し付け下さいませ!」
「ヘレン……!」
私、滂沱。
こうして侍女のサポートも万全となった私は、理想の令嬢となるべく更なる努力を続けました。
その結果。ヴァレンティーナお姉様からは「令嬢中の令嬢、完璧令嬢」の称号を奪い取り、妹のチェルシーには、
「コンチェッタお姉様。今のお姉様はもはや昔のお姉様とは別人です。尊敬します、心から尊敬いたします」
と、言ってもらえるまでになりました。そして、とうとう私は王太子殿下、あの王国全女子の憧れの王子様。容姿、才知勉学、武芸等、全ての面において他の追随を許さない(性格も温厚です、優しいです)完全無欠のお方、ロマーノ・ムッシーニ殿下に選ばれ、婚約者となりました。
晴れてそうなったのですが……。
「コンチェッタ。もうすぐ結婚式だというのに浮かない顔をしているね、どうしたんだい?」
「ロマーノ殿下……。実は私、私のような粗忽者が、貴方様の婚約者で良いのだろうかと悩んでいるのです」
「粗忽者? 令嬢中の令嬢、完璧令嬢! と謳われた君じゃないか。馬鹿なことを言うんじゃない」
「それはそうかもしれませんが……」
私は殿下の言葉に素直に頷けませんでした。殿下の婚約者となり、日々、殿下と接するようになり、わかりました。殿下と私は似て非なるものです。私は、努力して努力して踏ん張りぬいて、完璧令嬢などと呼んでいただけるようになりましたが、殿下は違います。努力などなされておられません。殿下は生まれた時から優秀なのです、ちょっとやる気を出せば何でも出来る、こなせる方なのです。(これは事実です。殿下の元家庭教師や乳母等にもリサーチしました)
ああ、このように大きな差があるお方を私は愛することが出来るでしょうか? もし愛せたとしても彼我の差に押しつぶされてしまわないでしょうか?
殿下は優しく私の手をとって、言葉を続けてくれました。
「それにコンチェッタ。私はほんと君が好きなんだよ、君に惹かれるんだよ。君にはヴァレンティーナ嬢やチェルシー嬢が持っていない何かがある。君こそが私にふさわしい」
「殿下……」
私は殿下の双眸に愁いを見ました。この世の光を一身に集めたような殿下に愁いの蔭、悲しみの蔭を見たのは初めてでした。そして思いました。
私、殿下を愛せるかも……。日中の輝きまくる太陽は眩しくて見つめられません。でも、陰った太陽なら、その優しい穏やかな光なら見続けることはできるのです。
「王太子殿下、コンチェッタお嬢様」
侍女のヘレンが、私達がいるテラスにトレーを携えて来ました。
「今年の夏も日差しがきつうございますね。こういう時にこそと、冷たいかき氷をお持ちしました。お召し上がり下さいませ」
「ありがとう、ヘレン」
「すまないね。ではいただこう」
私と殿下はヘレンに礼を言い、かき氷へと匙をいれました。
キ――ン!!!
来ました。あのアイスクリーム頭痛がやって来ました。でも、来たのは私にではなく、ロマーノ殿下、王太子殿下にです。
「うう、――――だ、ピョン!」
『ピョン!』ですって! 殿下もヴァレンティーナお姉様やチェルシーと同じなの! モフモフモフモフ可愛いなの勝ち組人生、もとい勝ち組ウサギ生だったの!
ダメ、愛せない。やっぱり私、殿下を――、
「悲しい、なんて悲しい。野良犬の毛の中に隠れ住み、はい回るだけの人生、もとい、ノミ生だった、ピョン!」
ノミ!
ピョン! って、ノミのピョン!
殿下、ノミだったの!
こんなにキラッキラッ! なのに、よりにもよって、前世がノミ!!
私は喜びに打ち震えました。
私、殿下を愛せる。めっちゃ愛せてしまうー!
一月後、私と殿下は盛大に式をあげました。
そして十数年たった現在、私達は玉座に座っています。二人の仲は今なお睦まじく、五人もの子供に恵まれた生活は幸せいっぱいです。
「なあ、コンチェッタ」
「何でしょう陛下」
私は愛する夫、ロマーノ陛下に笑顔を向けました。
「私は君を愛している。よくぞこれまで私を助けてくれたと感謝もしている。けれど何故か時たま、ほんの時たまなんだが、君の美しい顔が、その優しい笑顔が、恐ろしくなることがあるんだ。こちらを狙う捕食者のように思えてしまうんだ」
「まあ、陛下ったら、私はそのような恐ろしい毒婦じゃございません。そんなことをいう陛下にはこうです」
あっかんべー。
私の子供じみた行為に、苦笑される陛下。
「しかしコンチェッタ、君は舌がほんと長いな、今の『べー』は顎に届きそうだった。昔から長かったのか?」
「ええ、そうですよ。大昔から私の舌は長かったのです」