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岩塩の前で 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 おお、岩塩の展示か。久々に見たなあ、これ。

 つぶらやくんは、これまでに岩塩を見たことあるかい? 名前の通り、塩として使うこともできるけれど、特にきれいなものはこうして美術品として扱われることもあるらしい。

 展示されるのは、だいたいこのピンク色を基調としたものかな。各種宝石だって、名前に石を冠しているんだ。岩が宝並みの価値を持っていてもおかしくはないだろう。


 そして宝石につきものなのは、いわく。

 宝石をめぐっての血で血を洗う争い。あるいは宝石そのものに人の命運を左右する力が秘められている、とか。所有者に栄光や破滅に導くとかね。

 で、僕のはじめての岩塩との出会いもまた、なんとも不可解な思いをするものだったんだ。

 そのときの話、聞いてみないかい。



 あれは理科の先生が、学校へ持参したときだったっけか。

 ここにあるものよりひと回り小さくて、手のひらにおさまるくらいのサイズだったよ。

 ただ、その形は三日月を思わせる湾曲したものでね。誰かが細工をしたんじゃないかと思わせるくらい、優美な反りを持っていた。


「以前、話した通り、先生はアマチュアな採掘をするのが趣味でね。こいつも隣県のとある地層で見つけてきたんだよ。

 あまりに、きれいなものだったから、つい手にとってしまった。先生がこの趣味を始めてから、ここまではっきりした形のものは見たことがなくってね」


 ルビーとかエメラルドのように、目が覚めるような鮮やかさじゃない。

 ずっと落ち着いた色合い。されど、その表面には傷らしい傷は見当たらず、桃色の肌を堂々とさらしている。

 先生は自分の成果を、シャーレに入れて理科室の棚へ飾っておくことがしばしばある。

 今回の岩塩もまた、同じコースをたどることになったが、その中へ入れる直前。

 先生の手のひらの上で、岩塩がフルフルと身震いしたように思えたんだ。手のひらの傾きによる、揺れよりも先。まだまったいらなうちからだ。

 見間違い、ではなかったと思う。だが、これ以上の追及は授業のはじまりゆえ、できず。

 みんなに混じって、僕もまた自分の席へと戻っていった。


 理科室の掃除担当だったこともあって、僕はことあるごとに、あの岩塩に気を配っていた。

 理科室の棚のガラス戸には鍵がかかっていて、生徒は通常では手を出せない。

 例の岩塩を入れたシャーレは、4段ある棚の下から2段目、中央の位置にフタをされて鎮座していた。

 あの時のような、不審な揺れは見当たらない。棚全体を揺らしでもしない限り、この三日月型の岩塩を動かすには至らない。

 沈黙の時間は、疑いをはぐくむのに十分だ。あの時は本当に、僕の見間違いだったのだろうか。

 時間を重ねていくうち、疑念の脳内シェアはどんどんと増していき、いよいよ例の岩塩から関心を引きかけた、その矢先のことだった。


 その日は文化祭の準備で、遅くまで学校に残っていた。

 区切りがついて、もろもろの備品を片付ける段になって、理科室前を通りがかったんだよ。

 ドアは開いていた。明かりもついている。でも、中に先生などの姿はない。

 トイレとかで席を外しているのだろうかと、僕はついふらりと中へ入ってしまう。あの岩塩のことが、脳裏にちらついたからだ。

 ドアを入って右手に、すぐ棚がある。シャーレそのものは元あった位置にとどまっていたが、今日はちょっと様子が違う。


 棚の中に、小バエが2匹、入り込んでしまっているんだ。

 先生が開け閉めをしたときに、潜り込んだのか。2匹はむつみあうように、飛んではふれあい、8の字を描くように4段の棚の最上部を飛び回っている。

 しかし、それが3段目、2段目とどんどん高度を下げていき、やがてあの岩塩のシャーレ前にまで来てしまった。


 そこから、僕は何度か目をしばたたくことになる。

 まばたきひとつをするたび、シャーレのフタが持ち上がっていく。ほんの1ミリ、いやもっとかすかだったかもしれない。

 ハエたちの逢瀬を横に、ことが進んでいく様子を同時に見るこのアングルは、まるで映画のワンシーン。何が起こるかと、僕の視線は釘付けになっていた。


 それだけじゃない。

 フタがずれていくのに合わせ、本来は胸の奥に感じる鼓動らしきものを、足元からも少しずつ感じていた。

 板敷きになっている、理科室の床。そして上履きのゴム底の底を通しても、なお感じる拍動。時とともに強まるそれが、いよいよ足裏を突き上げるかと思うほどになったとき。


 シャーレのフタが外れた。

 空気を浴びた三日月型の岩塩は、すかさず中から飛び上がる。あの飛び回るハエたちを2匹ともとらえる、見事な軌道で。

 アッパーカットもかくやという軌道で、ハエたちを巻き込みながら、岩塩は棚のガラスを割る。散らしはしない、最低限の破損でもって。

 岩塩はそのまま理科室を横切っていくが、それにつられて床板も、机も、蛇口部分も、一直線に断たれていく。

 岩塩を結ぶ見えない糸が腕のように持ち上がり、その軌道にあるものをことごとく巻き込んでいくんだ。岩塩は爪の先、切り付けられる軌道はそれがつく腕だ。

 あっけにとられる僕は、ほどなく戻ってきた先生に、ありのままを報告。先生も断ち割られた教室を見て、うなっちゃったよ。


「君のいうように、先生は何かの生き物の爪を持ってきてしまったのかもね。

 そのハエたちがどのようなものか知らないが、ひょっとしたらエサを欲しがる爪の主の意思が反映されたのかもね」


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