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前編

「私、転生した!」


 幼年女学校での同い年の友人、頭はあまり良くないけど顔はめちゃくちゃ可愛いミレイ十四歳との町遊びの帰り道。寄合馬車の停車場に行く途中、突然人の行き交う町中の往来のど真ん中で立ち止まって大声を出した。

「――すごいわ、ニア!これはゲームの世界よ!」

 ミレイは鼻息も荒く、興奮状態であらぬところを見ている。彼女は女学校内でも敵なしの桁外れ美少女なのだが、現在非常に残念な表情と言動をしている。なのに美少女であるのは変わらない。

 しかしその様子に思わず私から出た言葉が、


「ミレイ、あんた頭大丈夫?」

 だったのは許してほしい。



    * * * * *



 私、ニアリュア白君(はくくん)・モーイはイステル国で紐家(むすび)と呼ばれる家の三女として生まれた。言いにくいからか周りからは愛称でニアと呼ばれる。ちなみに名付けた家族ですら言いにくいのかニアと呼ぶ。


 この国は王政と生まれながらの階級制度があって、うち(むすび)は労働階級という、国を支える農工蓄産業等で直接働いている人を取りまとめる家の一つ。人を管理し、売上や収穫を上に報告したり、上から降りてきた政策や命令を労働者に伝えるのが仕事内容の殆どを占めている。

 国には二十を越えると言われる(私達は基本領地内であれこれするだけなので、決まりごとは覚えさせられるが国内についてしっかり学ぶことはない)領地があり、一つの領地でも広いので、農家や畑を管理する紐家(むすび)、織物工場を持つ紐家(むすび)など領内産業等に合わせて何家もあるのが普通。

 そして、私の親友ことミレイもミレイ白君(はくくん)という同じ領内の別産業担当である紐家(むすび)という階級の娘。


 ちなみに階級は上から王家・上級家・中継家(なかつぎ)紐家(むすび)

 王家を支えて王城とかで王と政策決めたり働いて、やれ舞踏会だ夜会だパーティだ何だと華やかなのが上級家、領地は王家のものだけど、実際直接治めているのは中継家(なかつぎ)紐家(むすび)から上がってくる報告や申請や税なんかを確認したり調査して上級家へ渡すお役目の家。


 そして階級には更に序列があって、色が家ごとに決められている。お呼ばれに持っていくような小物はその色を使わなきゃならない。普段使いのハンカチや小物入れすらそう。


 うち(むすび)は白。なので知らないお家に呼ばれて紹介を受けたりするときは名の後に白君(はくくん)と付ける。さらに家の後継者なんかだと稀に王都の王城に呼ばれたりすることがあって、そういう時は名・序列色・領地名を名乗ることになってる。私の場合だと、モーイ地方の白君(はくくん)でニアリュアって名前なんですよってこと。そういう名乗り方をしなくて良いお家は王家くらい。それ以外にもあるらしいけどまあ私は紐家(むすび)の後継ぎでもないし、せいぜい知り合えて関係ある中継家(なかつぎ)までだろう。だからそれより上のお家のことなんて知る必要なんてない。


 さて、たった今しがた完璧な問題児と化してしまったミレイとは各領内にある幼年女学校という、十歳から五年通う名前だけご立派な暇潰し……いや花嫁修業専門の学校で知り合った。

 何度もいうけど領地は広い。だから同じ領内でも絡みがなければ、噂でしか知らないとか顔も見たこともない子供なんてたくさんいる。

 いずれお家関連でお世話になるかもしれないし、お互いの兄弟の嫁になるかもしれないし、ちょっとはお知り合いになっときますか、じゃあ花嫁修業のついででねという意味合いで私達は幼年女学校に行かされる。


 私もミレイも上に家の後継ぎになってくれる兄姉がいる。だからいずれは領内でいい人を見つけて嫁ぐか、別領地へ縁作りのために嫁ぐという未来しか選択できないことは諦めつつも受け入れている。

 それを踏まえて今日は領内の新月祭(という年頃向けのお見合いメインのお祭り)の準備で買い物という名目で町遊びに来ていたんだけど、ミレイの頭がイカれてしまって私はどうしたらいいかわからない。


 とりあえず、人の目もあるし慌ててミレイの腕を引っ張って道の脇に避けた。

 もうすぐ夕暮れになるので町から家へ帰るために往来は人が多い。

「何言ってるのよ、ミレイ。ゲームってカードとか、ボード遊戯(ゲーム)のこと?」

 こう見えて小心者な私は小声で辺りをキョロキョロオドオドしながら聞くと、ミレイはキラキラさせた目をこちらに向けた。なんていうか普段ならくりくりの栗色で美しいお目目が大きく開きっぱなしで怖い。せめてまばたきをして、お願い。

「ニア、私は主役!だけどあんな馬鹿な真似はしない!いい、見ていて、私この世界を改革するから!」と大声でのたまった。やめろや。


「ミレイ、戻ってきて、怪しげな詐欺か変なクスリにハマッてる目だよ、いろんな意味でヤバい奴になってる」

 そう言うとやっとミレイは目をぱちぱちとしばたたかせて、

「ふふっ、これから私が世界を牛耳る!」

 それはそれは可愛らしい満面の笑顔でとんでもないこと言い出した。

「親友のニアには教えてあげる」


 やっとミレイが歩きだし、もう終業間近の寄合馬車になんとか間に合った。運良く車内は二人きりで、彼女はまるで暴風雨の如く勢いこんで話始めた。

 それはもうどこで見たんだその夢?と突っ込むしかない妄想物語を。


 ミレイにはここではない国で生きた記憶がある。そこでこの世界はこみからいずという有名な絵物語になるほどの小説と同じなのだと。

 そして全く悪くない令嬢がひどい目にあうがざまぁ返しという報復を行う復讐劇の舞台なのだと。


 ところが小説では報復される側のヒロイン(私からするとその物語の主役である方がヒロインだと思うんだけど)の突き抜けたアホさと極悪っぷりが受け、人気絵師によるこみからいずでの見た目の宜しさがその人気に拍車をかけ、とうとう小説を元にこみからいずの絵でヒロイン目線のすぴんおふ的ゲームが作られた。

 そのゲームの主役である突き抜けたアホの子こそ、ミレイなんだって。


 うん。それならあんたが主役で間違いないかもね。


 聞いた時に浮かんだ感想が頭大丈夫?より酷かったのも許してほしい。

 元の小説だと、王子の婚約者である令嬢が王子とヒロインの策略にハマり婚約破棄され、王都から国はずれへの領地追放になるが、なんだかんだありつつも幸せを掴み、ハメた奴らに報復してさっぱりきっぱりめでたしめでたし。

 ヒロインと令嬢は同じここではない国の記憶を持つ転生者。

 ヒロインは男を誑かしていくのに記憶を使い、令嬢は自分の不幸な未来を変えるために記憶を使うんだそうだ。

 但し、ゲームではアホのヒロイン目線になりヒロインがハッピーエンドを迎えるための物語になっているらしい。らしいというのはミレイもいまいちざっくりとしか覚えていないということで、イベントとか選択肢とかよくある展開みたくノートに起こせるほど覚えてるわけないじゃんねアハハ、というのが彼女の意見だった。


 正直言うと、ミレイの言ってることは半分もわからない。ただいずれミレイがこのイステル国の女性の頂点である王妃になり、私ことニアは彼女のためなら骨身を惜しまず手を喜んで汚す気狂……忠臣になり彼女を守って命を落とすんだそうで、そのためにも私に色々教えておかねば!と思ったと。


 いや、守って死んだりしねえわ。どうしたら今の私達の関係性からそうなる?

 自分で言うのも何だけど私はありふれた紐家(むすび)の娘だ。何かに秀でているわけでもない、取りまとめる立場だから農業や天候気候に関しての知識が少しだけある娘だ。

 ミレイは私を親友と呼ぶけど、私は彼女を親友とは言わない。こいつちょっとそこまで信用できないよね?っていうのはうすうす感じてる。

 今は同じ領内の学校で同年齢で距離近いから休みも一緒に遊ぶけど、結婚したら多分年に一回手紙のやり取りあるかないかのうっすい関係になるとふんでる。そしてそれはおそらく正しい予感だと思ってた、今日この時まで。


 あ、これはもしかして何か弱み握られるか、王命使って無茶振りされる可能性が……仮にミレイの言う通り彼女が王妃になればという万が一の話だけれど。


 でもミレイ白君(はくくん)はどうやって王妃になるんだろう。私たちは紐家(むすび)、王都はともかく王城には一生足を踏み入れることはないのにね。まかり間違って何かのきっかけで王族に見初められたとしても王妃という立場は絶対無理だ。


 王妃は必ず紫家(しくん)という上級三家から出ると決まってる。上級家には緋君(ひくん)藍君(あいくん)と呼ばれるお家もあるけど、そこから王妃は出さない。

 王族が臣籍降下する時は、紫家(しくん)降嫁(こうか)降婿(こうせい)ないし養子として(くだ)ることが多い。それ以外の道を取る場合、『自分王家出身なんだよね!宜しく!』などと軽々しく名乗れないようにしてからどうぞご自由に()()()


 らしいというのは、そういう王族がいても実際私達の身分では誰がそうなのかわからないから。軽々しく名乗って、あれが王族かーなんてバレたら問題が多すぎて暮らしていけないからね。


 とにかくそういうこちらからすると面倒そうなわけのわからない難しい決まりが多くて下々が王妃なんて夢物語でもそうそうないぜ!ってこと。

 私達が読むような物語も小さい子向けの絵本でも、その辺は夢を見せないようしっかり階級明記されていて、物語で王家王族の彼らと結ばれるのは絶対間違いなく紫君(しくん)のお姫様のみだ。なので紫君(しくん)のお姫様に『生まれること』を羨むことがあっても、今の階級の自分がお姫様になれるとはこれっぽっちも思わない。

 さっきまでいつものちょっと抜けてて、天然そうに見せて腹に一物ありそうなんだよねこの子程度だったミレイが、こんな拗らせた考えになる白昼夢をいつの間に見たんだろう。

 見たとして一瞬だよね?一瞬でそんな情報量のある記憶があるとして――?。

 そう考えて私は背筋に嫌な薄ら寒さを感じた。

 ――本当かもしれない……。ミレイが言ってることは真実かもしれない。要はミレイが完全にヤバい人に進化して夢を真実と言っているのでは……。


 気味悪さと薄ら寒さは私から離れてはくれない。嫌な予感しかしない。ミレイは内政チートがどうとかニホンフウにしたいとか未来変えちゃうとかわからない話をしている。ああ……どうか私を巻き込まないで。



 * * * * *



 そうしてミレイとは表面上いつも通りに過ごし(彼女も学校ではバカなこと言わない)、新月祭の日が来た。月が年に一度隠れた翌日から一週間は新月の日と呼ばれて国を挙げてのお祝いとなる。そのお祝いついでなのかあやかってなのかわからないけど、各領内の集団お見合い祭にもなる。女も男も子供を作り生む準備が身体に訪れればそれとわかる身なりで参加する。

 参加する男女は共に薄い緑に染めたストンとした形の上衣をまとい、後継ぎの人は同色の髪飾りを付ける。髪飾りはなくて首にやはり同色の布を巻いてる人は後継ぎじゃないですよ、嫁に行きますよ~、男なら婿に行くのも大丈夫ですよ~って目印。

 そして腰を結ぶ太い飾り紐は自分の家の階級色を使う。


 この新月祭でうまく相手が見つからなくてもまだ焦る必要はなくて、毎年祭をやってるわけで、それ以外にも友人なり親類なりの縁故紹介で他領地にお伺い立ててお見合いもできる。私達の階級だと決まれば大体一年以内に結婚するのが当たり前。だから新月祭が終わると領内は結婚式祭になりしばらく賑わう。


 もし年齢が二十後半になっても決まらず、いわゆる行き遅れとなれば領内なり他領地なりで仕事しつつ、後妻の道やお妾になるとかとにかく死ぬまで生きていくための後ろ楯を探さねばならなくなる。じゃないと家の穀潰しと言われるから。領内なら仕事も本来後継ぎのためのものだから、女だてらにあんまり長くやってると揉める元になって表向きは歓迎されない(親兄弟が諦めて雇ってる体でやらせることもあるけど、やはり色々言われてしまうから)。


 さてそんな事情を抱えたお年頃の方々は屋台で食べ歩いたり、搔き鳴らされる弦楽器や太鼓に合わせて好きに踊ったり、参加してる異性とあちらこちらで話し込んだりしていた。

 お見合いメインとは言え新月祭は国民の祝祭でもあるので、お年頃関係なく領内の労働者に中継家(なかつぎ)紐家(むすび)まで老若男女たくさんの人が集まっていて賑やかでわくわくする。


 そんな私にとって今一番関わり合いになりたくない人となったミレイは、この祭広場でめざとく私を見つけるとにこやかに人の波を縫って駆けてきた。頬を上気させ、駆けたせいで肌はほんのり紅く染まっていてその姿は艶かしい。皆同じ衣装なのにミレイはまるで花か何かの妖精のように見える。ほら周り見て、あなたに見惚れる男多数だよミレイ。いいよね可愛いってさ。


 ちょっと良くない妬みを私に持たれてると知らないだろうミレイは、その手に一人の困り顔の見目麗しい男性の腕を伴っている。彼のさらさらとした肩まである銀髪は半ばから毛先に行くまでに青のグラデーションになっていて涼やかだ。

 彼の雰囲気も何かこう、垢抜けている、洗練されているというか。顔つきは優しげ。瞳は男性の割には大きくて髪と同じように銀と青が混じっていてキラキラ輝いていて綺麗。男の人に綺麗はいいのかしら?とふと思う。まるで絵本の王子様だわーとふわふわとした心持ちになり見つめてしまっていたようで、ミレイのやや甲高い声が辺りに響いて現実に戻された。


「もー!探してたんだよ、ニア!」

「あっ。……ええと、相手(好い人)がいるミレイに探されても困るよ、私もこの祭で相手見つけないといけないんだけど?わかってるよねそこんとこさぁ……」

 私がため息を吐きながら言うとミレイは満面の笑みで答えた。

「大丈夫!私が紹介できるから!……っと私じゃないか。彼が紹介してくれるからね、ニア」

 と、ミレイが男性に微笑む。男性はそれを受けて顔を真っ赤にする。こいつミレイにまんまと落とされたんだな、とわかりやすい。


 彼を見ると階級を表す飾り紐はしていない。まさか労働階級の人なの?の割には肌が白くて良いとこの子にしか見えない。紐家(むすび)は労働者との近さから階級落ちする結婚もそれなり良くあることで一概に悪いとは言えない。ミレイが王妃になるのを分不相応だと諦めての結果なら、むしろ労働階級でも良いと言える。

 あ、でも、と彼の髪には髪飾りが飾られている。どこの家かを示すよう、形は各々の家の印でないといけない。彼の印はうさぎ。うさぎは食肉のために養兎している紐家(むすび)がある。そこの人かな?ん?あそこは娘一人のお家では?養子かな?などとあれこれ思っていると、ミレイが彼を紹介し始めた。私の耳元に口を寄せてこっそりと。


「……彼の名前はねえ、サイコス・オージェ・イステル――この国の王子様」


 ――はああああ?

 私がその場で叫び出さなかったのは褒めて頂きたい。

 んふふ、内緒だよと色気のある声が耳に聞こえる。こっそり紹介された男、いや麗しの王子様がミレイの耳打ちで固まった私を見てはにかむように微笑む。うわ、やめてその表情!すごく良い!ヤバい!私の語彙もヤバい!などと心中混乱している私をよそに、ミレイは彼の腕を引っ張り、反対の手で私の腕を取って広場の人混みから外れていく。私はチラチラ彼の横顔を見つつ、引っ張られるままとなってしまった、ああ素敵な人だなと思いながら。


「サイ、彼女はニア白君(はくくん)。私の親友ね」

「あっ、えっとニアリュア白君(はくくん)・モーイと言います。ミレイ白君(はくくん)とは女学校同年生で……」

 雑な紹介は彼が本物の王子様だとするとかなりの失礼になるので、お忍びだとすると仰々しい礼は取らないほうがいいかと、正式な口上挨拶のみすることにした。親友の座は不要なのであえて同年生を強調する。

 正式とは言え習ったわけでもない見よう見まねのなんちゃって口上だけど。


「いいよ、堅苦しいのは抜きだ、楽にしてニア。私もミレイにあやかって君をニアと呼ぶね。君も私をサイと呼んで、これは強制だけど。ミレイの友人は私の友人でもあるし」

 といたずらっ子のように微笑む他称王子様に私は一発で心撃ち抜かれた。もしこれが恋なら恋した瞬間失恋だけど、顔が良い、まだ私には()()だけだ。自分の見た目はミレイとは雲泥の差、高望みしない。私は何度もそれを心の中で繰り返した。



 * * * * *



 結局私はあの新月祭でも翌年の新月祭でも結婚相手を見つけることはできず。


 ミレイは結婚相手候補をサイから紹介してもらえると言っていたが、結局それもなく。聞いてもその内と言われるばかりなので彼女達に期待するのもやめた。

 ミレイとサイは順調に愛を育んでいるようで、会うたび濃くなる甘い空気に包まれていてげんなり。

 美男美女カップルへのちょっと暗めな羨ましい気持ちは何度も心の中で踏んだり冷や水をかけて消そうとしたにもかかわらず中々消えないので、もうそのままにしておくことにした。

 卒業後にミレイは結婚するだろう、そうすればもう二人と滅多に会うことはない。いつかこの気持ちは思い出になるんだ、と後ろ向きな前向きさを発揮することにした。

 後は、やはりサイは王族を騙る詐欺師で、調子に乗ってるミレイに結婚詐欺を食らわしてこてんぱんにしてくれるかもというものすごーく嫌な気持ちもないわけではない。やや多分にそうなれと思ってる。


 さて、サイの正体が本当に王子様かはともかく、初めて会ったあの日から学校休みの町遊びに行く際にはサイも一緒の三人で過ごすことが当たり前となった。私を誘わなければ二人きりのデートなのに、なぜか私は必ず呼ばれる。邪魔者でしかないけれど、サイの顔を見ながら彼の(厳密には二人のラブラブな)話を聞くのはまあ悪くなかったので、三人で遊ぶようになった最初の頃のような、申し訳なさから本気で断る気持ちも萎えていた。


 何だかんだそれとこれと私の結婚は別問題だよなあと、母にお願いしてあちこち頼って嫁入り先を探すけれど、あまりいいお話が来ないままいたずらに時間ばかりすぎる。

 悪くない話もあったけど、サイみたいな男性ならいいなという想いが相手に透けるのかもしれない。まだお試し期間の段階で流れてしまう。


 身体の準備が整うと成人と見なされるけれど、私はまだまだ結婚適齢期内にいる。女学校の同年生にはまだ成人を迎えてない子も何人かいて、成人でないということはまだ結婚できない子供ってことで、それ以外も決まってない子はいるんだから、私だけじゃない。


 何でも焦りすぎは良くないよね、と表面上は前向きに、落ち込んだ気持ちは隠した。

 母と二人卒業後に結婚相手をゆっくり探そうと決めた。


 あっという間にもうすぐ卒業。

 教室は結婚して辞めた子もいて、入学時から比べると人数は半分より少なくてなんだか寂しくもある。できれば辞める中にいたかったけどね。

 授業中そんな風にしんみりこれまでの五年間を振り返っていると、教室の外から用務員に私の名前を呼ばれた。

 父と兄が来ていて、女学校の客室に呼び出し願いをされていると告げられる。教室内の皆の私を見る目がまるで、不良だ!と言わんばかりで恥ずかしい。


 父とその後継の兄は代替りにより、領内や近隣領地問わず他家や領民である労働者達に顔を覚えてもらい、業務完全引継ぎのために定期的に各地や王都などを回っていて、本邸に帰って来られないのだと母から聞いていた。そのため時間の都合が付いたのが授業中だったのだろう。

 嫁入り先を見つけられない娘に苦言を呈しに来たのか?でもまだ私十五歳よ。四年前に嫁に行った三つ上の姉はともかく五つ上の兄だって結婚していないし言われる筋合いないわ、とやや気持ち暗めで呼びにきた用務員に先導されて客室に入ったら、久しぶりに会うというのに渋い顔。用務員がでは、と席を外した途端。


「ニア、お前は何を考えている?」

 兄が冷ややかな口調で聞いてくる。何かを窺うような、疑うような目で私を見る。

「なに――とは……?」

 これまで喧嘩しつつも仲良くしてきたはずの兄にそんな目で見られたのも突き放すような言い方をされたのも生まれて初めてで、息が止まりそうになる。兄の隣の父を見れば、父も同じ目で私を見ていた。

「王都の大学に推挙されたようだが、お前はどうするつもりだ。本来邸ですべき話だが、込み入った事情があった。学校に二人で押し掛けたのはすまなく思っている。」

 父は唸るように言う、私はうろたえて何も答えられずにいる。

 え?なに?大学?推挙?何が?結婚の話じゃないの――?

 兄は私のオロオロと落ち着かない様子に安心したように息を吐いて、

「父さん、ニアは何も知らされていないようです」

 と、父の肩を叩いて言った。普段なら口は悪いながらも何でも言い合える私達親子なのに、過去一度もないこの緊張感ありすぎてまるで尋問さながらの空気と、言われた言葉に私が混乱したために全く上手く話せない。冷や汗がじっとり掌を濡らすのが分かる。


「ニア、お前はここを卒業後、大学に行く事ができる。推挙してきたのは表向き藍君(あいくん)の方だが、王族の方に命を受けたのだと言われた。心当たりはあるか?」

 父の言葉に私は思い当たるのはサイしかいないので、勢い良くぶんぶん首を振って頷く。サイってば、本物の王子様だったのか……。


「あ、うん、あの、友人の友人が多分王族関係?みたいで。そのう、仲良くさせてはもらってた、と思う」

 ハッキリその人話題の王子だろうね!とは流石に言えない。なんとか真実を嘘にならないよう曖昧にくるんで話すと、父と兄はお互いの顔を見て頷き合った。父が渋々という風に口を開く。


「そして藍君(あいくん)からは、お前との養子縁組を求められている。お前はそれでいいのか?ある意味では出世になるな。ただ、私達家族、ここの親類縁者とは完全に縁を切ることになる。それを向こうはお望みだ」

 兄が続いた。

「そして今、王都は荒れ始めている。まず王の後継問題だ。噂でしかないが、その中にいい噂はひとつもない。そして後継として一番有力な王子が先日紫君(しくん)の令嬢との婚約を『反古』にしたそうだ。解消ではない。それはそれはかなり揉めたという話だ。とにかくそれに伴い、別家の紫君(しくん)に養子に入られた令嬢が婚約者として立たれた」


 ――え?待って、養子?別の?……そういえばミレイとサイの姿は最近見ていない。卒業近くて町遊びも誘われてないと思ってた。あの子最後に会った時何て言ってた?目的のために養子になるって言ってたような……。


 青ざめる私をよそに、兄の話は進んでいく。

「その新しく婚約された令嬢と王子の強い希望だそうだ、お前の王都行きは。大学卒業後に王城で令嬢の相談役になってほしいと」

 父は兄の話が終わると、先ほどとはうってかわっていつもの優しい顔に戻る。

「私はね、ニア。父親として複雑な気持ちでいる。結婚が調わないのを幸運として、階級も上がり未来の王妃の相談役になり、王城や王都で頼りになる男性と知り合うのもいいんじゃないか?と」

 ふう、とため息をこぼし、

「だけどね、一方でそれが本当にお前のためになるのかと。領地で結婚の話がなかったのは誰かの思惑に乗っているのではないか、どうもキナ臭くておかしな噂しかない王都に行かせるのは間違いなんじゃないかという相反する気持ちがあるんだよ。お前は口も悪いし、領地でのびのび暮らす方が向いていると思っている。だからこそニアの気持ちで決めてほしい」


 父の私を思う言葉に対し、私の頭の中は華やかに微笑むミレイと寄り添う麗しい笑顔のサイの笑顔が浮かび、そのうちサイのそれのみでいっぱいになっていた。



 * * * * *



 結局迷う間もなく、あの学校訪問後すぐサイから父宛に、王家印の堂々入った『言うこと聞きやがれ』を丁寧な言い回しにした手紙が来て、女学校を卒業して家に帰れば藍君(あいくん)からお迎えの馬車が停まっていて、お別れを言う暇なく連れ去られ、あれよあれよと色々な手続きが本人の知らない間になされていった。

 十五年育った我が家、血の繋がった優しい家族達は赤の他人へと書類上はなった、なってしまった。もう戻れない。

 この強引なやり口に思うところがないわけではないけど、私の本音としてはミレイの側にいれば、サイの側にもいられるのでは?という打算のみ。いつか思い出にという慎ましやかな気持ちに逆にしっかり蓋をすることにした。

 私の名も『ニアリュア白君(はくくん)・モーイ』から『ニア藍君(あいくん)・ステイシー』に改名された。

 王都の大学にはマナーの勉強も兼ねて二年通うことになり、寮に入ったほうが通うより都合がいいと勧められる。

 いくら養子とはいえ藍君(あいくん)のお家では腫れ物を扱うような、さらに側仕え達からはあからさまに蔑むような言葉はなくても、態度や視線を受けて居たたまれなかったのでこれ幸いと入寮話に喜んで従った。


 そして私があまり気にしなくて良かったマナーだの、国の勉強だのに苦しんでいるこの二年の間に、多方面で揉めつつもミレイはサイと婚姻し王子妃になる。

 嬉しい誤算としてサイは多忙な合間に時間を見つけてはお忍びで私の様子を自ら見に来てくれたこと。

 最初は持っていたミレイに対しての罪悪感なんて数回続けば消えてなくなる。


 しかもサイから愛情を仄かされればなおのこと。

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