白蛇
白い蛇は日本各地で縁起がいいとされていた。
弁財天の使いは白蛇に限らず蛇であるが、縁起がいいことに変わりはない。
その白蛇が、窓の外にいた。
普通の蛇とは思えないサイズ感でなんか、夢でも見ているのかな。
「みっちゃんじゃねぇか。」
皆が呆然としている中、飄々と言ったのは佐助だ。
佐助は窓際に歩いて行って、窓を開けた。
すると、白蛇はするすると小さくなって窓から部屋に入ってきた。
「佐助か。久しいな。」
「みっちゃんこそ。今度呑み比べでもしようぜ。」
酒飲み友達かよ。酒豪か下戸か。前世でもお酒を飲める年齢になったことがないから、そういう気持ちわかんないんだよな。
「セシルに会いに来たんだろ?」
「あぁ。佐助が懐いているなら、性格を察することは容易いが。」
ニョロニョロと意外と素早く私の目の前の机に登って目を合わせた。
「はじめましてとでも言おうか。我は蛟。近くの湖の主じゃ。」
蛟でみっちゃんね。
蛟って水の神様の名前だったと思うけど。
「はじめまして。セシルです。知ってるかもしれませんが、そっちが弟のノエルと婚約者のレオンさん。」
もう、どっから突っ込んだらいいんだか分からないけど、諦めて自己紹介をした。
「うむ。知っておるぞ。本当はもっと早く来てもよかったのじゃが、確証がなくてな。」
なんの確証だかは聞かないでおくか。
もう、なにが起きても驚かない自信がある。
手紙読んでたら忍者が現れて女の忍者が現れて、将棋をして花札をして、手紙を再度読み始めたら白蛇が現れた。
どうなってんの?
「みっちゃんは契約か?俺は伝説でしか聞いたことねぇが、するんだろ?」
佐助は蛟に尋ねた。
契約、手紙に書いてあったやつだね。
「あぁ。そのために来た。セシル、我と契約をしないか?」
一応、私の意思を汲んでくれるのね。
「その、契約というののメリットとデメリットを具体的に提示してもらえませんか?」
「わっはっはっは!!そういう返しをするのか。面白いやつじゃ。前の主が詐欺かと尋ねてきたのが懐かしい。」
超笑われた。
当たり前の質問だと思うんだけど。
「メリットは我を従者として遣えること。セシルは亜人との交流も考えているそうじゃないか。それも円滑に進むだろう。我の知識は膨大故、便利だと思うぞ。歩く必携世界辞典と前の主は言っておったわ。あとは、異世界の歩き方じゃな。」
"歩く必携世界辞典"か。受験勉強で役立ちそうなネーミングだな。
"〇〇の歩き方"って地球の歩き方みたいな観光ガイドだよね?
自分だけ納得しているように頷くなよ。首もないのに。
「で、デメリットは?」
なんか、歩く必携...とか...の歩き方を言って満足しちゃってたみたいな蛟に先を促した。
「む?ないぞ。」
え??ない?
「いや、ないってことはないでしょう?」
「そうじゃ!!クーリングオフは不可能と言っておったわ。それくらいじゃ。まぁ、契約魔術のときに魔力を使う程度。年会費は0円じゃ!!」
クーリングオフ不可能ってマジで地球のセールスか。
年会費ってさ、それに、円って言っちゃってるよね?
「一度契約したら解約は不可能ということですか。」
「解約金代わりに大量の魔力が必要じゃが、可能じゃよ。」
大量の魔力ってのが落とし穴っぽいけど。
マジで詐欺なんじゃないか?
「みっちゃんはいい奴だぜ?契約しちゃえばいいじゃねぇか!!」
「佐助、いいこと言うな。今度奢ろう。」
「っしゃぁ!!」
おい、賄賂じゃねぇか。
私はそのやり取りを冷めた目で見つめると、佐助が弁明した。
「冗談じゃなく、マジでイイ奴だぞ?ウチの文化の元になった御仁が前の主らしいぜ。」
ふむ。日本人が前の主か。
とすると、転生者に従う系の神獣なのかな?
佐助のイイ奴の基準が酒を奢ってくれるかどうかにかかっているのではないかという疑惑はさておき。
「でも、確かにメリットは魅力的です......。前例があるならば信用してもいいかもしれませんが......。」
まぁ、サエラさんの手紙にもあったし、日本人らしき人が主やってたみたいだし。
「ウチで蛇の飼育なんて不可能ですよ?前の主の生活環境を知りませんが。」
「それは問題ないわ。我は蛇の姿をしているが、蛇ではない。大気中の魔素で十分に英気を養える。主の魔力はより力になるが、食料というものは必要ないわ。大きさも自由自在な上、主以外に姿が見えないようにできるぞ。」
飼育は可能と。
「みっちゃんは神獣だぜ?飼育って...ククク、プッハッハッハ!!」
佐助がめちゃくちゃ笑っている。
「その神獣をみっちゃんと呼んでいる人に言われたくはないね。」
「みっちゃんはみっちゃんだし?」
佐助は全体的に意味不明である。
「もう、契約成立でよいな?」
おい!!
どさくさに紛れて契約を成立させようとすんな!!
「まぁ、いいでしょう。悪意はなさそうですし。」
「え、姉さん?」
「セシル?」
ここまで黙って聞いていたノエルとレオンさんが騒ぎ出した。
さっきまで空気だったのにねー。
「そんな適当に決めちゃっていいの?」
「途中の会話は俺も分からなかったが、適当すぎやしないか?」
いや、だってさ、もう、考えるのが面倒くさくってさ。
それに、なんとなくだけど、裏で酒を奢るかどうかという賄賂が行われている気がしてならない。
「うーん。どうせ分からないですし、情報を得るにしても彼らを信じることが大前提になりますし、なにより、彼らグルでしょ。」
「グル?」
「共犯。裏で絶対繋がってると思うんです。」
蛟と佐助が目を逸らした!!
分かり易っ!!
「もう、なにを考えても無駄に思えてきました。ということで、蛟さん、お願いします。」
「賢明じゃな。では契約の魔術を行う、契約の儀式じゃ。」
なにが起きているのか分からないけど、魔法って奴なのかな。
「我はセシルを主とし、それに仕えるもの。短きこの一時を主と共に過ごすことをここに誓う。」
その言葉と同時に眩い光に包まれて体の中からエネルギーが抜けていくような、そんな感じがした。
これが魔力、か?
「我の望みは主が為すことを支えその末を見届けることなり。」
その言葉が聞こえた後、光が止んだ。
すっごい、眠い。
力をたくさん使ったからか?
「おっと。」
ふらっとしたところを長身のイケメンに支えられた。
ん?イケメン?
というか、侍??
長身の着物を着たイケメン?
「主、大丈夫か?」
へ?
「もしかして、蛟、さん?」
「そうじゃ。契約すると主と同じ種族の姿になれるのじゃ。まぁ、元にも戻れるがな。」
すごい、侍。
「マジか。伝説級の場面に立ち会ったな......。まさか、契約の儀式を見れるとは。」
「なんだ?佐助。ただの契約なら誰でもできるぞ。」
そーなんだ。
「さっちゃん、マジか?」
「あぁ、やる奴がいないだけだ。我のように寿命のないものが寿命ある者と契約するのならほんの短き時だが、そうでなければ、ほぼ一生仕えることになるのだ。滅多なことじゃ使わぬ。」
「なるほどなー。」
「で、早速だが、主よ。」
「セシルでいいですよ。というか、すっごい眠い。」
「子どもが扱うような魔術でないからな。それに、我と契約するなら必要な魔力も嵩む。」
「で、この眠気か......。」
すごい眠い。お昼寝したい。
「害はない。後でゆっくり寝れば治る。で、我に名前をつけてくれ。」
「蛟というのが名前ではなかったのか?」
「確かにそうだが、主に仕える間は主のつけた名を使う。」
そーなの?
「あとでじゃだめ?」
「ダメじゃ。契約後スグに付けてもらわんと。」
「唯我独尊がすぎるよ......。なら......」
蛟、白蛇、みっちゃんって呼ばれてたよね。それが変わるのはちょっと寂しい。
ならば......
「瑞稀でどう?漢字は前が日本人なら知ってるよね。あとで紙に書くけど、瑞々しいっていう字に稀っていう字を書く。」
「瑞稀......気に入った。ありがとな。あとは、ゆっくり眠るといい。」
「気に入ったなら、よかった...」
そのまま意識が途絶えた。