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将棋と近づいた距離

 「<負けました。>」


 私がそう言って礼をすると、楓ちゃんはそれはもう、美しい礼をした。


 「??これで勝負はついたってこと?」


 レオンさんは不思議に聞いてくる。


 「はい。私の負けです。」


 私が静かに目を閉じながら言うと、レオンさんは目を見開いた。


 「負けた人がゲームの終わりを宣言するんだ......。」


 「意外ですか?勝った人が言うようなイメージを持っているようですが。」


 レオンさんは驚いているようだった。


 「感想戦。」


 私がレオンさんに答えていると静かに楓ちゃんが言った。


 「!!よろしくお願いします。」


 私はもう一度頭を下げて、楓ちゃんに感想戦を願い出た。


 「感想戦?」


 レオンさんは不思議に思って口にした。


 それに私が答えようとする前に楓ちゃんが答えた。


 「感想戦とは先の対局の始終、もしくは一部を切り取って、その局面における最善手を検討すること。」


 静かに的確にその答えがするりと出てきた。

 楓ちゃんは駒を彼女の望むように並べながらレオンさんの疑問に答えた。


 「楓ちゃんの言葉を噛み砕くと、さっきの勝負の反省会、になりますね。」


 私は一応付け加えて言った。


 「それを敵と行うのか?」


 レオンさんは今さっきまで戦っていた者同士で反省会をするのが信じられないみたいだけれど、話によると、プロの人だって感想戦を毎度行っているそうだ。対局者以外も混ざることがあるらしい。


 「楓ちゃん、いや、楓さん、すみません。私は素人、というか行き当たりばったりだったもので、全部覚えていないのですが。」


 感想戦を行う前に謝っておく。

 プロの棋士は当たり前のように棋譜を覚えているようだが、私はルールを覚えているだけの素人。

 なんとなく、覚えているような、覚えていないような。


 そういう私の言葉に対して不快感なんて滲ませずに楓さんは言った。


 「問題ない。私が全部覚えてる。」


 なんとなく、思ってたけど、全部覚えてるんだ。

 なんか、口角が無意識に上がって、ニヤニヤしてきてしまった。


 素直に凄いって思った。


 「全部覚えている??まさか、最初からどう動かしたのか全部覚えているということか!?」


 その台詞からレオンさんも察したようだ。


 「そうでないと、感想戦ができないから。」


 レオンさんの驚きにも淡々と返した。


 凄い、としか言いようがない。


 「まずは、この局面から。セシルさんは、こう動かしたけど、これだと、こうなるから悪手。私ならこうする。」


 駒を動かしながら、楓ちゃんは解説していく。


 楓ちゃんは将棋になると饒舌になるようで、たくさん話してくれた。


 レオンさんは一つ一つの動きをしっかりと見ていた。

 興味深いのだろうか。


 そして私は楓ちゃんの解説についていくので精一杯。

 私なんかじゃ全然相手にならなかったよね。

 なんか申し訳ない。



 感想戦が終わって、やっと話をすることができた。


 「私のことは楓と呼び捨てにしていい。私もセシルと呼ぶ。これからよろしく。」


 楓は右手を差し出してきた。


 「こちらこそ。楓。」


 初めての女の子のお友達ができたかもしれない。


 楓は笑ったように見えた。


 「なら俺もカエデと呼んで構わないか?俺もレオンと呼んでいいから。」


 せっかくの友情に水を差さないでくれます?


 「楓と呼ぶのは別にいい。レオン、さん。流石にセシルが敬語を使っている相手に呼び捨てはできない。」


 楓は呼び捨てすることは静かに拒否した。


 「まぁ、いい。カエデ。俺にその将棋を教えてくれないか?」


 えぇっ!

 それが目的っすか?


 「わかった。将棋が好きな人は嫌いじゃない。」


 そして楓はさらっと承諾した。


 「それは良かった。先程から見ていて、楽しそうだったんだ。」


 おぅ。そんなに楽しそうだっただろうか?

 頭をブン回してそんな余裕なかったわ。


 「まずは駒。これを動かす。レオンさん文字読める?」


 そんなことを考えているうちに楓が解説を始めた。


 「いや、読めない。複雑な字だな。最初は絵かと思った。芸術的だな。」


 レオンさんは読めるはずがない。

 だって、漢字だもの。


 「読めないのも仕方ない。私の集落で使っている文字だ。そのうち読めるようになる。」


 漢字については適当に流した!!

 楓にとってはどうでもいいらしい。


 「これが王将。王様、一番偉い。どんな国でも王が討たれれば終わり。このゲームも駒を動かして相手の王を討てば勝ちだ。」


 「なるほど。わかりやすい。」


 うん。ここまではわかりやすいね。

 動かし方を覚えるのが大変だけど。


 「駒ごとに動かせる範囲が違う。それを覚える。まずは、これ。一番小さくてショボい。でも居なくては勝てない。進めるのは前にたった1マスだけ。」


 一歩ずつ進む歩兵。

 大事なんだよね。


 「歩兵って呼ばれている。歩いている兵。同じ筋、列に二つ置けないっていう特殊なルールがある。」


 二歩だったよね。

 歩兵ばかり溜まって大変なことになったことがあるよ。


 「これが香車。とにかく真っ直ぐ進む。猪突猛進なちょっとお馬鹿な駒。後ろには下がれない。」


 使い勝手がちょっとよくわかんないんだよな。


 「で、これが桂馬。こうやって飛んで動ける。で、これが銀将。銀色の銀。真後ろと横以外に1つずつ動ける。」


 うん、うん。斜め後ろに動けるのが強いんだよね。


 「これが金将。金色。斜め後ろ以外は1ずつ動ける。あと、王様は全方向に1マスずつ動ける。」


 金将。凄いんだけど、時折斜め後ろに進めないのがイラッとくるんだよな。そして、取られる。


 「飛車が縦横無限。角行斜め無限。超エース。英雄。」


 うん、強いんだよね。

 というか、大分巻いて説明してない?これで理解できてるの?


 「それぞれ端から3つの段が陣地。相手の陣地に入ると金と王以外は裏返る。赤い字が書いてある駒になって強さがます。飛車・角行以外は金将と同じ動きをするようになる。飛車と角行は元の動きに加えて全方向1マスずつ動けるようになる。マジ最強。」


 いや、最強だけどさ、説明がマジ最強って何?


 「自分の駒は跨げない。相手の駒は自分のにすることができるけど、これ以上は進まない。こんなかんじ。」


 実際にやって見せてる。

 いや、確かに見ればそうなんだけどさ、あんな一気に教えられて動きを覚えられる訳がないよね!!


 「因みに一度脱皮したら戻らないから。どんな蛇も脱いだ皮をもう一度着ることはない。」


 なぜ蛇の脱皮に喩えた!!

 この子、不思議ちゃんなのでは?

 さっきから口が止まらないし!!


 「つまりは、部下を動かして相手の王を討つと。その間に自分の王も討たれないように守る。」


 レオンさんは、本質は理解していたようだ。


 「うん。攻めと守りのバランスは永久の命題。将棋は奥が深い。ルールが分かれば誰でもできるけど、誰も完全には至らない。究極。沼だよ、沼。レオンさんも沼に引きずりこーむ。」


 なんか、レオンさんを将棋ファンにさせるつもりらしい。


 「確かに、奥が深くて楽しそうだ。まだ、完全にはルールを覚えていないが、一度相手をしてもらえないだろうか。セシルにどう動くかということは聞くから。」


 え??

 私、参加することになってるの?


 って、楓頷いているじゃん。


 「将棋仲間が増えるならこの程度。」


 そう言って楓は駒を並べ始めたので、私がレオンさんの代わりに駒を並べる。


 「最初の位置は決まっているのか。」


 レオンさんは感心したように眺めている。

 ん?この目は覚える気なのでは?


 駒を並べ終わると、楓は一礼して挨拶をした。


 「<よろしくお願いします。>」


 私は、よく分かっていないレオンさんにコソッと教える。


 「ああやって頭を下げるのが作法なんです。で、あれは"よろしくお願いします"って意味なので、そう言えば通じます。」


 きっと、将棋の挨拶は日本語でっていうこだわりなんだろうな。


 レオンさんは私が言った通りに礼をして、よろしくお願いしますとこちらの言葉で言った。


 「先手はそちらでいい。」


 同じく、楓が言った。


 「なら、こちらから始めさせてもらう。」


 「待って。飛車角落ちにする。いい?」


 思い立ったように言った。

 確かに、ルールをちゃんと理解していた私でも手応えがなかっただろうから、それがいいかも。


 「レオンさん、ハンデです。ルールがまだちゃんと覚えていないから、楓はあの強い二つの駒なしでやるそうです。」


 私は飛車角落ちの意味を教えた。


 「なるほど......。相手にならないだろうから、よろしく頼む。」


 レオンさんは意外とハンデをあっさり受け入れた。


 私がサポートしながらの対局をした。


 当たり前のようにこちらが負けた。


 私が動きを教えたとはいえ、初めてだったし、聞かれたのは自分の駒がどう動けるかだった。

 自分の駒をどう動かせるかではなく、相手の駒がどう動くかを当たり前のように想像できなければ全く及ばないのだ。


 そして、王手と楓が言って、詰みになっても負け宣言ができず、異例だが、王を取られて終わった。


 「先程はこんな終わり方をしなかったと思うのだが?」


 レオンさんが言った。


 「負ける側から負けたと宣言するのが基本だからです。もっと前の段階で確実に負けるとわかるので。」


 「諦めたらそこで終わりじゃないか?」


 レオンさんは詰みというのがわからないんだろう。


 「ここ、さっきの前。この時点でどうやっても勝てない。」


 楓はそこを指さして言った。


 「なら、これをこう動かしたら?」


 「そうしたら、これで王が取られる。」


 「だったら、こうしたら?」


 「次はこう動かす。」


 そうやってレオンさんは楓と問答した。


 「はーぁ。これが分かるってことか。確かに、もう、どう足掻いても勝てない。」


 「詰みがわかって初めてちゃんと将棋ができるっていう。」


 楓は静かに言った。


 「難しい!!が、断然興味が沸いた。カエデ、このセット借りることはできないだろうか?」


 レオンさんは楓に頼み込んだ。

 マジか。

 将棋やるつもり??


 「うん。将棋仲間が増えるなら。これは土産にする。」


 そう言って、将棋セットをレオンさんに渡した。


 マジか。

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スピンオフ短篇の紹介

「ラッキー7の世界で」スピンオフ短篇

作品紹介


完結済

すべてはあの桜花のせい

悠という少年の巣立ちの物語。推理SF小説。

連載中

魔女の弟子と劣等学級 -I組生徒の過ごし方-

魔女の弟子が初めて街に降りて人と関わる学園もの。

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